2024 年 41 巻 2 号 p. 16-27
新大統領ハビエル・ミレイが行った省庁再編は抜本的なもので、選挙当時から省庁数の大幅な削減を声高に唱えていたとおり、政権を発足させた後に18省を9省へと縮小させた。省庁再編は今後の政権運営を考える上での重要な出発点であり、本稿では、ミレイ政権において省庁数を削減するという省庁再編はどのような意義をもつのかを考察する。具体的には、2つの視点から今回の省庁再編の意義を考えていく。
第一に、アルゼンチンで喫緊の課題である高インフレに対応するため、今回の省庁再編は歳出削減策の1つとして期待される。第二に、省庁再編は執政府内の権力構造を変えるものであり、自身の権力基盤を作る意義ももつ。しかし、いずれにおいても省庁再編が果たせる役割は限定的である。省庁数の削減は公務員数の削減や政策の整理をもたらすが、それによる歳出削減額は限られると考えられた。また省庁再編で旧勢力を追い出せたとしても、数が減った閣僚ポストには他党の人物が多く任命されており、ミレイは他の勢力と権力を共有する状態であるとわかった。
The reorganization of the ministries by the new president, Javier Milei, was drastic. Having proposed a radical reduction in the number of ministries since the time of his election, he decreased the number of ministries from 18 to 9 after taking office. This reorganization is so meaningful for considering the future administration of the government that this paper considers the significance of the reorganization of the ministries in Milei's administration, mainly from two perspectives.
First, this reduction of ministries could be one of the measures to cut back on government spending to cope with a current Argentine problem, namely, high inflation. Second, the reorganization of ministries would change the power structure within the executive government and strengthen the president's power base. In both cases, however, the role of this reorganization is limited. Reducing the number of ministries will decrease the number of civil servants and streamline policies, but this could lead to a limited reduction in spending. On the other hand, even if the reorganization of ministries can drive out the former influential people, the reduced number of ministers is mainly composed of members of the other parties, which means that the president can't avoid sharing power with the other parties.
昨今のアルゼンチンでは、大統領が最初に着手する改革として省庁再編がある。ミレイ(Javier Milei)の場合は、選挙キャンペーン時から、増えすぎた省庁の数を問題視し、政権に就いた暁にはその数を大幅に削減すると強くアピールしていた。ミレイの「小さな政府」観を象徴するものとして、中央銀行の廃止や国内通貨のドル化といった話題をさらうような政策とともに、省庁数の削減は政治的パフォーマンスに利用されたのである。そして政権を獲得すると、公約どおり18省を9省に、106庁を54庁に大幅に削減した1。省庁再編は今後の政権運営を左右することに違いなく、この再編を読み解くことはミレイ政権の行方を知る手がかりとして重要である。
では実際のところ、省庁数を削減する省庁再編はどのような意義をもつのか。何より世間的に広く認識されたのは、歳出削減策としての省庁再編である。2000年代以降の左派政権のもと、歳出が大きく拡大されてきたが、これは現在のアルゼンチンを苦しめる高いインフレ率2の原因の1つとして考えられている。その背景のもと、ミレイは選挙期間中、チェーンソーを振りかざして歳出削減の姿勢をアピールし、その1つの手段として省庁再編を掲げた。
一方で、省庁再編は歳出削減という点のみに意義があるわけではない。ミレイは政権を発足した後に執政府の権限を拡張する法案を国会に提出しており3、自身がトップに立つ執政府に権力を集中させる姿勢がうかがわれた。その姿勢に照らし合わせて省庁再編を読み解くならば、省庁再編は旧政権の勢力を排除するだけでなく、執政府内の権力構造を変化させる手段であり、大統領にとっては執政府をコントロールするための権力基盤を作る役割として機能する。
ゆえに本稿では、今回の省庁再編がどのような意義をもつのかということを明らかにするため、歳出削減と権力基盤という2つの視点から、省庁再編の意義と、実際に省庁再編が果たせる役割を考察していきたい。具体的には、まず実際の省庁再編が歳出削減にどれほど寄与するのか、そして、省庁再編が権力基盤の確立にどれほど貢献するのかを論じる。最後に全体の議論をまとめ、ミレイ政権の今後の展望に触れたい。
(1)歳出削減と省庁再編の歴史
ミレイが実施した省庁再編は執政府を拡張するのではなく、縮小させることを意図していた。2010年代以降問題視されていた歳出の増加に関し、ミレイは1つの指標として、国民にもわかりやすい省庁の数を取り上げ、その数を減らすことを訴えた。実際に、フェルナンデス(Alberto Fernández)前政権から比較すると、政権を発足した時点で、内閣府を除いて18省から9省に削減されることになった(図1)4。公共事業関連や教育関連、社会的包摂・環境関連の省が、それぞれ既存の、もしくは新しい省に統合された。特徴的なところを紹介しておくと、教育や就労、社会保障を扱うことになった「人的資本省」(Ministerio de Capital Humano)が挙げられる。人材を経済活動の資本ととらえる名称が指し示すとおり、教育や就労、社会保障に関する政策のゴールが社会経済的な格差の是正というよりも、経済活動の活性化ないしは経済成長の促進に据えられたことが読み取れる5。一方で、外交関連や経済関連の省はそのまま残された。
(注)表内では中央省庁の変遷を示すため、首相がいる内閣府も含めている。
(出所)大統領令第8/2023号に基づき筆者作成(2024年5月30日閲覧)。
歳出削減を意図して政府を縮小する試みは、1970年代から80年代の先進国で観察された事象と類似する。石油危機による経済不況を経て財政赤字が肥大化するなか、現在のアルゼンチンのように、財政健全化が優先課題とされた。当時、歳出が増加する要因として、公営企業のような政府による市場介入が失敗しているという「政府の失敗」が指摘されると同時に、政府の非効率性も問題視されていた。そのため、政府の縮小には、民営化や規制緩和といった政府の市場撤退だけでなく、政府の非効率性を改善するために、民間企業の経営手法を公的部門に取り入れる新公共経営(New Public Management)や公的部門のコスト削減が伴った(Dunsire et al. 1989; Hood 1991; Peters 1992)。周知のとおり、イギリスのサッチャー(Margaret Thatcher)政権やアメリカのレーガン(Ronald Reagan)政権はその代表例であり、いずれも政府の縮小を実践した。
今回のミレイ政権も、政府の市場撤退という動きはもちろんのこと、前政権に不要な省庁が多いことを指摘しながら政府の非効率性を表面化させ、歳出削減の姿勢をみせた。インターネット上では、前政権が設置した各省庁に対して「出て行け」(afuera)とミレイが声高に訴える動画がアップロードされ、少なくとも200万回以上再生されるほどに反響があった6。また、首相の権限を規定する大統領令のなかでは「より効率的な管理」(una gestión más eficiente)7の実現が明確に目指されている。政府の市場撤退とともに、政府の非効率性にアプローチする姿勢は、まさに70年代や80年代に英米で起きた流れに共通するところである。
ただしアルゼンチンの過去をみると、ミレイ政権のみが省庁数の削減と歳出削減を結びつけたわけではない。最近では2018年に、当時のマクリ(Mauricio Macri)大統領が19省から10省に削減するという省庁再編を行った。国際金融市場で同国の信用を維持させるため、かつ、国際通貨基金(IMF)からの借入れ条件を満たすために、省庁再編を1つの手段として財政を健全化させることを試みたのである 8。
(2)省庁再編による歳出削減の可能性
ミレイは選挙期間中、2007年から8年間にわたり政権を握ってきたクリスティーナ(Cristina Fernández)のもとに集まるキルチネル派を強く批判した9。キルチネル派は左派寄りで国家の役割を拡張する傾向にあったため、直観的にキルチネル派の政権のもとで中央省庁の数が増えすぎたのではないかと疑われる。ここで、クリスティーナ政権からミレイ政権において中央省庁の数を確認すると、その推移は図2のとおりとなる。
(注1)「2024年(Q1)」は2024年第一四半期(1月~3月)のデータを示す。
(注2)2023年までの省数(右軸)は各年12月末時点、2024年の省数は3月末時点での数を計上し、棒グラフ中心部の数値がその数を指す。経常経費と人件費、社会保障費・移転支出については、対GDP比の値を算出(左軸)。なお、2024年第一四半期のGDPについては、公式データが未発表であるため、報道内容から算出される推定値を使用10。
実のところ、左派側のクリスティーナ政権では20省以下で、右派側のマクリ政権以降に20省で推移する。まずはアルゼンチンにおける昨今の省庁再編について、2つの特徴を押さえておきたい。第一に、2007年から2023年という16年のうちに幾度も中央省庁の数が増減してきた。省庁再編の回数の多さから、再編という改革手法が比較的容易に採られやすいことがわかる。1つの要因として考えられるのは、必要緊急大統領令(Decreto de Necesidad y Urgencia: DNU)11によって省庁再編が断行できることである。同大統領令は必要性や緊急性の高い問題に対し、議会の可決を必要としない手続きで発出される政令である。大臣法(Ley de Ministros)の大幅な改訂ではない限り、手続きの少ないDNUによって省庁の編成を定めることができるのである。
第二に、先述したとおりマクリ政権は2018年に省庁再編を行い、その数を大幅に減少させた。しかし、そもそも中央省庁の数を増やした人物は、クリスティーナにも確かにその傾向がみて取れるが、マクリ自身でもあったことは疑いがない。マクリもミレイほどではないが右派の自由主義的な政権を樹立したものの、この推移を通して、必ずしも自由主義的な政権が省庁の数を規定するとは限らないことがわかる12。
では、省庁の数が歳出とどのように関係してきたのか。図2内、毎年経常的に支出される経常経費の推移をみると、中央省庁の増減は確かに経常経費の推移と連動し、2018年から2019年にかけて中央省庁の数が少なくなると、経常経費も減っている。ミレイ政権の第一四半期を観察しても、第一四半期は歳出が少ない期間ではあることに気をつけなければならないが13、省庁の数が減ったと同時に、財政黒字を達成できたほどに経常経費を削減できた14。しかし、中央省庁の数と歳出の増減を直接的に結びつけることは早計である。というのも、中央省庁の数が減ることによって経常経費が減るという流れには、2つの経路が考えられ、その2つの経路を踏まえる必要があるからである。
第一に、中央省庁が減り、公務員数が減少することによって経常経費が削減される、という経路である。省庁の数が削減されると、公務員の人数が減り、人件費の総額も減少すると想像されやすい。だが、図2内の人件費の推移をみると、そのような傾向は確かにみられるが、経常経費で人件費が占める割合は大きくなく、削減できる余地はそれほど大きくないことがわかる。換言すれば、公務員の数を減らすことによる経常経費への影響はあまり大きくはない。ミレイは2024年3月末時点で、国で働く公務員34万1477人のうち、単年度契約の公務員を中心に、すでに2万4000人を解雇しただけでなく、さらに5万人の契約更新が見直されることになっているという15。大規模な人員整理が歳出削減に寄与できる部分は結局のところ限定的であると想定される一方で、その人員削減が社会的な混乱をすでに招き始めていることには注意が必要である16。
第二に、中央省庁が減り、各省庁間で類似した政策プログラムが自動的に整理されることによって経常経費が減少する、という経路である。社会保障費や補助金の移転支出は経常経費と連動しており、省庁再編の推移も考慮に入れると、中央省庁の数が減った2018年から2019年にかけて、社会保障費ならびに移転支出も抑制されていることがわかる。だが、同期間のマクリ政権の経験を振り返ると、交通事業や電気事業への補助金が削減されるといったように、積極的に政策プログラムを整理する姿勢がみられた17。ミレイ政権も年金の給付額の抑制や州政府への交付金の削減を行っている18。すなわち、中央省庁の数を減らすことによって事業費用が自動的に削減されることには限界がある。社会保障費や移転支出は経常経費のなかでも大きな割合を占めるものであるからこそ、今後もその分野の費用を削減する努力が求められる。
要するに、最近のアルゼンチンでは左派、右派の政権にかかわらず省庁再編がよく行われ、省庁数を大幅に減らす改革は、あたかも有効的なコスト削減であるかのように世間にアピールしやすいと同時に、実現しやすい。しかし財政データをみていくと、省庁再編を通して公務員を減らすことが経常経費の削減に大きく寄与するということは期待しにくく、また省庁再編だけで簡単に社会保障費や移転支出を減らすことができるとは考えにくい。
(1)省庁再編を伴う閣僚任用と削減された閣僚ポスト
まずは省庁再編とともに決定される、閣僚任用について簡単に説明しておきたい。アルゼンチンでは憲法第99条によって、大統領は上院の合意を得ながらも、閣僚らを任命、罷免する権限をもつ。この任用制度は大統領制の米国やラテンアメリカ諸国でみられ、議会との関係性や個人のもつ専門性、政党への忠誠心に基づきながら、さまざまな人材が大臣や副大臣、事務次官などに任用されると論じられてきた。また、政治活動や選挙活動を献身的に支えた人物への見返りでもあるため、このような任用はクライエンテリズムに基づくものであると認識される(Lewis 2008; Praça et al. 2011; Panizza et al. 2019)。
アルゼンチンの閣僚任用の特徴をみると、左派、右派問わず、大統領の個人的に親しい人々のなかから閣僚が選ばれる傾向がある(Llano 2019)。その一方で現実的には、閣僚を任命する際に、個人的なつながりだけを頼るのが難しい場面もある。たとえば、2000年代のキルチネル(Nestor Kirchner)政権を分析した篠﨑(2008)によると、大統領になった当初のキルチネルは、経済政策の策定や議会運営などの経験をもち合わせていなかった。その経験不足を補うべく、ドゥアルデ(Eduardo Duhalde)前大統領に近しいドゥアルデ派の人材を閣僚に配置せざるを得なかったとされる。直近では菊池(2020)が、前政権のフェルナンデス政権を分析するなかで、政権の支持率が低下した場合にキルチネル派の閣僚を増やすことは得策ではなかったと指摘した。
そして新生のミレイ政権は、省庁再編を行いながら閣僚らを任用することになった。ミレイの真意は定かではないが、執政府の権限を拡張する姿勢19にかんがみると、この省庁再編を伴った閣僚任用には、個人的に親しい人を閣僚に配置して、執政府、ひいては大統領自身に権力を集中させたいという意図があったのではないかと推測される。たとえば米国の行政研究では、大統領は執政府のコントロールを強めるため、自身と政策選好が似た人材を大臣らに任用するだけでなく、そうした人材を配置する省庁そのものを再編すると指摘されている(Lewis 2008)。つまり、省庁再編を伴った閣僚任用を、執政府内で旧政権の勢力を排除するだけでなく、大統領自身の権力基盤を築く手段としてとらえることができるのである。
しかしながら、省庁の数が減ると、当然のように閣僚ポストも減ることになる。閣僚任用のクライエンテリズムを考慮すると、削減されてしまった閣僚ポストは協力者も含め、関係者間で配分されることになる。ここに1つのジレンマが生まれるのである。以下で詳細を確認するが、ミレイ陣営は選挙で勝つことを目指して他党と協力したため、協力の見返りとして、限られた閣僚ポストには他党の人々が割り当てられたと同時に、ミレイともともとの協力者のあいだには溝が生まれてしまった。最終的には、ミレイ政権では種々雑多な人物が閣僚に就任し、ミレイの個人的な権力基盤には限界がみえるものとなった。
(2)ミレイ政権で就任した寄せ集めの閣僚たち
図3はミレイ政権発足時の閣僚の顔ぶれであり、彼、彼女らの就任当時のおもな政治的な関係性を表したものである20。人によっては複雑な政治キャリアをもち、たとえばブルリッチ(Patricia Bullrich)治安大臣は、以前に今とは異なる政党とつながりをもつ人物であった21。だが重要なのは、閣僚たちの多くが別の右派連合や政党、マクリ前政権とつながりをもつため、ミレイは政権運営のために、それらの勢力との調整が必要だということである。首相と外務大臣は今回の政権以前に目立つほどの政治キャリアを有していなかったが、少なくとも6人は別の右派連合や政党に属するか、もしくはマクリ前政権で活躍した人物であった。
また、1990年代に新自由主義的な政策を推進したメネム(Carlos Menem)政権とつながる人物もいる。ミレイ本人を筆頭に、彼の側近たちは当時のメネム政権の政策を評価していたといわれる(Morresi and Vicente 2023: 72)。その傾向は閣僚任用にも表れ、たとえばフランコス(Guillermo Francos)内務大臣は、確かにミレイの選挙活動を献身的に支えたが、かねてより、メネム政権期に経済大臣を務めたカバッロ(Domingo Cavallo)とともに政治活動を行ってきた人物でもあった22。リバローナ(Mariano Cúneo Libarona)司法大臣もメネムの弁護士として活動した経歴をもつ23。このように、全体的にはミレイの側近だけで固められた閣僚任用ではなく、むしろ右派政党や右派寄りの人物を幅広く取り込んだ布陣であった。
(注)国防大臣と治安大臣は「変革のために共に」(Juntos por el Cambio)という政党、人的資本大臣は「民主中道同盟」(Unión del Centro Democrático)という右派連合とつながりがある。
(出所)El Paísほか24に基づき筆者作成。
そして、他党との協力関係を取り付けたことと引き換えに、ミレイとそれまでの協力者に溝が生まれることがあった。このこともさまざまなバックグラウンドをもつ閣僚らで構成される政権となった一因だと考えられる。たとえば、キクチ(Carlos Kikuchi)はミレイの初期の選挙活動で中心的な役回りを担ってきた。だが、マクリが統率する政党との協力関係に異議を唱えたため、ミレイから見捨てられるような形で、キクチが担当していた州間の調整業務を現内務大臣のフランコスが務めるようになった25。
また、世間の注目を集めたドル化政策および中央銀行の廃止という経済政策を練り出した経済学者オカンポ(Emilio Ocampo)や、ミレイの経済アドバイザーらを取りまとめてきたロドリゲス(Carlos Rodríguez)もミレイとはかかわらなくなった26。ミレイがマクリとの協力を進めるなかで、経済大臣にルイス・カプート(Luis Caputo)が任命されることが決まった時期には、すでに両者ともにミレイから離れていたとされる。とりわけカプートは、マクリの親友ともいえる存在のニコラス・カプート(Nicolás Caputo)のいとこであり27、マクリ政権期に金融大臣や中央銀行総裁を務めていた過去をもつ。なお、急進的な経済政策に焦点を絞ると、中央銀行総裁になったバウシリ(Santiago Bausili)も、実のところマクリ政権期に金融次官を務めた人物であったことは見逃せない点である28。
このように紆余曲折を経ながら、出自の異なる閣僚らが就任した。結果的には、省庁再編が伴う閣僚任用で、旧政権の勢力を一掃しながら、ミレイは自身の権力基盤を確立しようと試みたかもしれないが、彼の権力基盤が堅固なものになったということには首肯しがたい。省庁再編によって閣僚ポストが減った上に、他党などと協力関係を築いたため、数少ない閣僚ポストに別の政党の人々が多く割り当てられる結果となった。選挙当初からミレイを支援していた、個人的に近しい人物が閣僚に任命されることはなく、右派連合を中心に、その他の勢力の閣僚らと政策を調整していく必要性がある。
本稿ではミレイの省庁再編に焦点を当てながら、歳出削減および権力基盤を確立することに寄与するのかということを論じた。省庁の数を大幅に減らす改革は一見、どちらの場合でも意義があるように思われる。しかしながら、省庁再編と歳出の関係性や任用された閣僚たちのバックグラウンドを整理していくと、その役割には限界があることが明らかになった。
歳出削減については、省庁の数を大きく減らすという改革だけでは不十分である。省庁再編を通して公務員数を減らし、歳出を削減するというやり方には限界があり、補助金や社会保障などの経常移転支出の削減にも積極的に取り組むことが不可欠になるだろう。一方で、権力基盤の確立という点でも、省庁再編を伴った閣僚任用はミレイ自身の権力基盤を築く手段でもあったはずだが、結果的にはその基盤をどこまで築くことができたのかには疑問が残った。省庁再編によって閣僚ポストが減ったなかで、他党との協力があったため、元大統領マクリの関係者を筆頭に、出自の異なる閣僚たちがポストを占めることになった。
最後に、本稿を通してみえてくる、ミレイ政権の今後の展望を簡単に付け加えておきたい。ミレイは極右と評価されるように、いくつもの急進的な政策を掲げている。省庁数の抜本的な削減もそのうちの1つであり、掲げたとおりに実現させることができた。しかしながら、アルゼンチンにおける省庁再編は単に実現させやすかったのであり、そのほかの政策については、ミレイの思うままに実現させることは難しいのではないかと考えられる。というのも閣僚構成をみる限り、そのほかの政治勢力と政策を調整しなければならないからである。歳出削減策を例にとっても、歳出の多くを占める社会保障費を削減する方針について、すでにカプート経済大臣とペットベロ人的資本大臣のあいだで対立が起きているともいわれている29。ミレイは政治的調整の必要性に縛られながら、現実的な政策を選択していかなければならないと想像される。
(2024年5月30日脱稿)
本稿はJSPS特別研究員奨励費23KJ0556の助成を受けたものである。また査読者の方には大変貴重なご意見をいただき、心より感謝申し上げたい。