ラテンアメリカ・レポート
Online ISSN : 2434-0812
Print ISSN : 0910-3317
資料紹介
内藤順子 著 『取るに足らないものたちの民族誌―チリにおける開発支援をめぐる人類学』
三浦 航太
著者情報
解説誌・一般情報誌 フリー HTML

2024 年 41 巻 2 号 p. 74

詳細

チリでは、2010年代以降、教育や年金といった社会政策分野を中心に抗議運動が活発になったが、そこで問題提起されてきたのは「格差」であり「貧困」ではなかった。2023年に貧困率は過去最低の6.5%と報告され、世論調査でも人びとの貧困への問題意識は低下の一途を辿っている。それゆえ、現代チリを論じる上で、貧困ではなく格差という観点から、というのが紹介者自身も無自覚的に絡めとられた文脈だったのだろうと思われる。

本書は、チリでの貧困支援と医療支援を通じた被支援者の現実、開発の現場を記した民族誌である。筆者自身が2000年代前半に参加した政府開発援助のプロジェクトと、それをきっかけとした貧困地区や障害児施設との関わり、フィールドでの実践に基づいている。序章では、貧困概念を検討し、チリにおいて、貧困が上から救われるべき、取り除かれるべきものと捉えられていることを指摘する。第1章から第3章では、貧困者の日常や実践に迫り、彼ら・彼女らが置かれている社会的・文化的文脈を描きながら、その文脈を考慮しない上からの開発支援の問題を指摘する。第4章から第5章では、政府開発援助のプロジェクトで携わった障害児のリハリビテーションの現場から、支援現場での日本とチリの文化摩擦を描いている。そうした課題を踏まえた上で、被支援者の社会的・文化的な環境を踏まえた支援の必要性、そのための専門家(とくに人類学者)のあるべき役割を提示する。

筆者が本書の中で繰り返し強調しているのは、自分自身の置かれた文脈を自覚し、他者の置かれた文脈に配慮することの重要性である。そして、支援現場に関わる人類学者には、異なる文脈を持った人びとの間を埋める・つなぐファリシテーターとしての役割が求められていると主張する。それが重要ではあるものの、その実践が非常に難しいということは、本書で詳細に描かれる筆者自身の現場での葛藤からも伺うことができる。本書の最後に、筆者は専門家が自らの偏った知を自覚し、文脈の移動を自在にこなす「専門知のリハビリテーション」を提案している。紹介者にとって、本書を読み終わっての一つ目の専門知のリハビリテーションこそ、冒頭で示した、格差という観点からのみチリを論じてきたことへの再認識であった。

 
© 2024 日本貿易振興機構アジア経済研究所
feedback
Top