2024 年 41 巻 2 号 p. 78
21世紀に入り、まず中国においてスマホ決済やデジタル・プラットフォームの利用が拡大し、同国での数多くの新しいデジタル産業の爆発的発展につながった。その後、携帯電話の普及やコロナ禍を契機として、多くの途上国で経済活動のデジタル化が進展した。途上国では固定電話などの通信インフラ、銀行などの経済インフラ、医療や教育などの社会サービスインフラなどが十分に整備されていないが、携帯電話の普及とデジタル化は、問題を一足飛びに乗り越えることを可能にする。その結果、途上国におけるデジタル化は、先進国のそれ以上に経済社会開発の可能性を大きく広げることがあり、それは「リープフロッグ」(カエル跳び)と呼ばれている。
本書は、2021~2022年度にアジア経済研究所で実施された研究会「デジタル化と発展途上国—デジタル化で変わるもの、変わらないもの」の成果であり、アフリカ、東南アジア、ラテンアメリカの3地域から、異なるタイプの6つの事例をとりあげている。ラテンアメリカからはペルーとベネズエラの章が含まれる。
ペルーを扱う第1章は、配車アプリ、モバイルウォレット、オンライン診療をとりあげている。リマなど都市部ではこれらのサービスの利用が広がり市民の利便性が向上する一方で、デジタル化における都市農村格差が大きい。しかし、さまざまな情報不足が小農の生産活動や収益拡大を阻害している農村部でこそ、デジタル化の恩恵が期待できる。栽培技術や価格に関する情報をスマホで小農が受取ることによって生産量や収入を増やせること、デジタルによる身分証明や作付け履歴などから融資の道が開けることなど、農村部の開発にデジタルが有効となりうる可能性を指摘している。
第6章は、ベネズエラにおける暗号通貨利用の広がりについてとりあげている。ベネズエラではハイパーインフレで法定通貨ボリバルが機能不全に陥った。暗号通貨が決済手段や資産価値保全といった通貨の機能を代替するものとして、また厳しい外貨統制時に外貨の代替として利用される実態が示されている。さらに800万人近い国民が国外に脱出する状況で、国内に残る親族への送金にも、安価で瞬時に送金可能な暗号通貨が利用されている。暗号通貨には国境という概念がなく、インターネットにつながっていれば自在に制限なく取引される。暗号通貨利用の拡大は、単に経済取引の新形態というだけでなく、経済運営に失敗した国家に対する市民の信頼の揺らぎを反映したものであるともいえる。