2025 年 42 巻 1 号 p. 95
日本で暮らす外国籍者が増加し、現在300万人を超えるなかで、外国人に関する施策や活動において、しばしば用いられる言葉が「多文化共生」である。どこかポジティブで理想的な響きのする言葉という印象を持つ人が多いのではないだろうか。その多文化共生という言葉や言説に批判的に切り込み、その実態や課題を浮き彫りにしようというのが本書である。
本書は、1990年代以降ブラジルから日本に移り住んだ人びとの子ども世代(本書では日系ブラジル人第二世代と呼ぶ)を対象に、政府資料、議会議事録、豊富なインタビューに基づき、多文化共生の言説や施策に潜む排除や周縁化の実態を明らかにし、いかにその課題を克服すべきかを示している。序章では、本書の根底にある、多文化共生における日本人と外国人の二項対立構図への問題意識を示している。第1章「政府文書にみる多文化共生概念の展開」では、国レベルの行政において、多文化共生概念が日本語支援を中心とする福祉的側面と、グローバル化の中での地域競争力強化という側面で語られてきたことを論じている。第2章「地域社会に浸透する多文化共生言説」では地方レベルに目を移し、多文化共生施策の現場では、日本語支援を通じて言語的差異をなくし対等化させるという同化主義が強いことを示している。第3章「支援の功罪」では、日本語支援は子の学校生活や親の社会生活を支えつつも、資金人材不足という問題があり、同化主義・自己責任・パターナリズムの考え方ゆえに、支援を通じた排除や周縁化も生じていることを示している。第4章「コミュニティとネットワーク」では、エスニックコミュニティが、そうした排除や周縁化から自尊心を守り、ブラジル人であるという差異を主体的に肯定していく場として機能していることを論じている。第5章「「グローバル人材」言説が与える新たな立ち位置」では、多文化共生概念が伴うグローバル人材という考え方が、問題はありながらも、差異を積極的に肯定し第二世代の社会上昇を促しうることを示している。終章では、第二世代の自己ルーツに対する誇りを制度的に支える必要性、また、言語の問題や個人の問題に矮小化させないためにも、第二世代を取り巻く文脈の把握、そのための調査やデータの必要性を訴えている。
豊富なインタビューで得られた当事者たちの生の声と、それを読み解く学術的枠組みを通じて、読者は、多様な第二世代のあり方や多文化共生の課題を明確かつ具体的に理解することができる。読後、多文化共生という言葉への印象は大きく変わるだろう。本書は、表面的な理想論にとどまらない洞察を提示し、多文化共生の現実を直視する視点を促す一冊となっている。