蝶と蛾
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トリバネアゲハ属(鱗翅目,アゲハチョウ科)の系統と生物地理
David L. HANCOCK広渡 俊哉
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1991 年 42 巻 1 号 p. 17-36

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抄録

筆者は,雄交尾器のjuxtaやharpeの形状,腹部の色彩などからトリバネアゲハ(Ornithoptera)属はアカエリトリバネアゲハ(Trogonoptera)属よりもキシタアゲハ(Troides)属に近縁であり(HANCOCK, 1983a; MILLER, 1987)キシタアゲハ属の亜属としてもよいと考えているが,ここでは混乱を避けるため一般に受け入れられているように独立の属として扱った.本稿はZEUNER(1943)によって提唱されたトリバネアゲハ属の系統と生物地理学的関係ならびにそれ以降の分類体系を再検討するものである.その結果,本属に13種を認めるとともにFig.3に示した種間の系統関係が推定され,本属を以下の2セクション4種群に分割した.Schoenbergia: paradisea群(paradisea, meridionalis),tithonus群(goliath, chimaera, rothschildi, tithonus) Section Ornithoptera: victoriae群(aesacus, alexandrae, victoriae), priamus群(priamus, euphorion, richmondia, croesus)従来の分類体系からの主な変更点等は以下のとおりである.O.goliathは単独の種群として扱われることが多かったが,chimaeraに最も近縁であることが推定され,tithonus群に移した.また,従来priamus群に置かれていたaesacusをvictoriae群に移した.O.euphorionとrichmondiaはpriamusの亜種とされることが多かったが,priamusよりもcroesusに近縁であると考えられ独立種として扱った.また,SUMIYOSHI(1989)は西イリアンのArfak産のarfakensisを独立種としたが,形態的差異は非常に小さいので西イリアンWeyland Mts産のtarunggarensisとともにparadiseaの亜種として扱った.本稿では,トリバネアゲハでよく報告されている雑種についての再検討も行い以下の結論を得た.(1) O. allottei: ROUSSEAU-DECELLE(1930), McALPINE(1970), HAUGUM and LOW(1978-79)などが指摘するようにO. allotteiはpriamus×victoriaeから生じた雑種である.特にHAUGUM and LOW(1978-79)はソロモン諸島のBougainvilleにおいてO. priamus urvilliana♂とO. victoriae♀の自然交尾個体を報告している.(2) O. akakeae: HAUGUM and LOW(1978一79)はO. akakeaeをpriamus×rothschildiから生じた雑種としたが,詳細な斑紋パターンの解析からpriamus aureus×tithonus misresiana f. ichwaniから生じた雑種であるという結論に達した.(3) O. rothschildi:筆者(HANCOCK, 1978, 1983a)が提唱した「O. rothschildiは西イリアンのAnggi湖付近でchimaeraとtithonusの祖先種間の雑種個体群が隔離維持されて生じた種である」という説を再度提示した.(4) Goliath×chimaera:西イリアンのWamena付近の高地ではgoliath×chimaeraから生じた雑種と考えられる個体がえられる.これはgoliathとchimaeraが従来考えられていたよりも近縁であり,この地域において遺伝質浸透が起こっていることを示唆する。(5) その他 euphorion×victoriae, goliath×tithonus, goliath×rothschildi, priamus×Troides oblongomaculatus papuensisから生じた雑種についても論じた.本稿ではトリバネアゲハ属の種分化,分布の成立過程についても考察を加えた.トリバネアゲハ属はニューギニアの中心部を起源とし,Section Ornithopteraの各種の祖先種がニューギニアの低地や,マルク諸島,ソロモン諸島,オーストラリアなどの周辺域に分布を拡大する一方,Section Schoenbergiaの祖先種の生息域はニューギニアの山岳地帯に限定されていったと考えられる.

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© 1991 日本鱗翅学会
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