哺乳類科学
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「Variation」の訳語として「変異」が使えなくなるかもしれない問題について:日本遺伝学会の新用語集における問題点
浅原 正和
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2017 年 57 巻 2 号 p. 387-390

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抄録

日本遺伝学会用語編集委員会が新たに遺伝学用語の和訳を策定し,2017年9月に用語集を発刊した.日本遺伝学会はこれに基づいて文科省に教科書の用語変更を求めていく方針だという.今回改訂された用語には,遺伝学以外の分野で用いられる用語も含まれる.中でも,進化学や生物多様性分野における最重要用語の一つである「variation」はこれまで「変異」と訳されてきたが,これを「(1)多様性,(2)変動」と訳すように変更し,「変異」は「mutation」の訳語として用いるように変更するという.しかし,歴史を紐解けば,variationの訳語としての「変異」は遺伝学そのものが誕生する以前から使われてきた.また,「変異」という用語は多くの派生語があり,現在も哺乳類学を含む,遺伝学以外の様々な自然史分野で広く使われている.このように広い分野で継続して使われてきた「変異」という日本語の意味する対象が突然variationからmutationに変更されてしまうと,これまで蓄積されてきた日本語文献について誤読が生じかねない.以上のように,variationの訳語変更は歴史的な正当性を欠き,学術的にも混乱を招きかねず,日本語という言語の価値を保つ上で問題がある.そのため,今後もvariationの訳語として,伝統的に用いられ,現在も広く使われている「変異」という訳語を残すことが望ましいと考えられる.

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© 2017 日本哺乳類学会
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