マーケティングジャーナル
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特集論文 / 招待査読論文
口コミ発信者に対する妬みは口コミ受信者による推奨製品の忌避に帰着するか
― 制御焦点理論に着目して ―
小野 雅琴清水 亮輔
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2018 年 38 巻 2 号 p. 68-78

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Abstract

制御焦点理論は本来,促進焦点を有する個人はポジティブな結果を重視した判断を行う一方で,予防焦点を有する個人はネガティブな結果を重視した判断を行うというテーゼを提唱する理論であるが,拡張の結果として,促進焦点を有する個人は感情的に結果を判断しようとする一方で,予防焦点を有する個人は認知的に結果を判断しようとするというテーゼも提唱されている。このテーゼを援用することによって,本論は,口コミ発信者に対する妬みが口コミ受信者による推奨製品の忌避に帰着すると説く最新の口コミ研究の主張を部分的に反駁し,促進焦点を有する個人はそうである一方で,予防焦点を有する個人はむしろ推奨製品を採用する傾向にあると主張する。消費者実験を行って収集されたデータを用いてANOVAを行ってテストしたところ,仮説は首尾よく支持された。

I. はじめに

Lazarsfeld(1944)Rogers(1976)をはじめとするイノベーション普及に関する古典理論は,口コミ発信者が新製品に関する推奨情報を発信することを契機とし,フォロワーがその情報に基づいて当該新製品を購買することによって,普及が生起すると主張してきた。しかし最近,心理学研究において,ソーシャルネットワーキングサイト(以下SNS)上のe口コミメッセージを閲覧した消費者は,口コミ発信者が推奨するに値するような高価値な新製品を所有ないし消費しているという事実に接すると,「妬み」の感情を生起させ,不幸な気分に陥ると指摘する研究群が現れた(Krasonova, Wenniger, Widjaja, & Buxmann, 2013; Tandoc, Ferrucci, & Duffy, 2015)。さらに,消費者行動研究においても,「妬み」の感情を生起させた口コミ受信者は,単に不幸な気分に陥るだけでなく,その推奨製品とは別の製品を購買しようとするという行動に至ると主張する研究群も現れた(van de Ven, Zeelenberg, & Peters, 2009, 2011, 2012)。このような最新の研究群の知見は,推奨行動はイノベーション普及を促進させるという古典理論のテーゼを否定し,むしろ推奨は普及を阻害するというアンチテーゼを提示している点で,非常に興味深い。

このアンチテーゼにおいて中心的な役割を果たしている鍵概念は,先述のとおり「妬み」の感情である。先行研究群によると,口コミ受信者が発信者に対して抱く「妬み」の感情には,一般的に日常用語として使用される,負の感情を伴う「悪性の妬み」,ないしは,単に「妬み」のほかに,負の感情を伴わない「良性の妬み」,ないしは,「羨望」があるという(van de Ven et al., 2009, 2011, 2012)。「悪性の妬み」は,口コミ発信者が新製品の正当な所有者ではないという評価を伴って,口コミ発信者に追随することを忌避して,競合製品を購買することを選択しようという志向に帰着するという。他方,「良性の妬み」は,口コミ発信者は新製品の正当な所有者であるという評価を伴って,自分も当該新製品を所有できるように努力しようという志向に帰着するという。

ここで注記するべきことに,このような論説を展開したvan de Ven et al.(2011)は,口コミ受信者の抱く「妬み」の感情が「悪性の妬み」であるか「良性の妬み」であるかということを規定する要因として,口コミ発信者の外在要因にしか目を向けていない。彼らは,口コミ受信者が,発信者が当該新製品の正当な所有者であると評価するか,それとも,正当な所有者ではないと評価するかは,口コミ発信者が当該新製品の所有者として相応しい(deserving)と感じられる内容(例えば,一生懸命に働くといった努力を費やした結果として,口コミ発信者が当該新製品を手に入れることができたという内容)であるか否かに左右されると主張した。具体的には,口コミ発信者が当該新製品の所有者として相応しいと判断される場合には,当該発信者の推奨行動に伴って「良性の妬み」が生起して,口コミ受信者は当該新製品を採用するという。一方で,口コミ発信者が所有者として相応しくないと判断される場合には,当該発信者の推奨行動に伴って「悪性の妬み」が生起して,口コミ受信者は当該新製品を忌避するというのである。

長らく学界に受け入れられてきた古典理論に対してアンチテーゼを提唱した点において,以上のような最近の研究成果には一定の意義がある,と評価することができるであろう。しかしながら,口コミの受信に伴う「妬み」の感情がイノベーション普及を促進したり阻害したりするという消費者行動のメカニズムを,口コミ発信者が製品所有に相応しいと口コミ受信者が評価するか否かという外在要因のみに着目して探究しようとすることには難がある。現実的には,たとえ製品所有の相応しさが低い口コミ発信者が発信した肯定的な口コミに接し,「悪性の妬み」が生起したとしても,ある受信者は,先行研究の指摘どおり,「悪性の妬み」の感情に重きを置くことによって,推奨製品を忌避しようとするかもしれないが,別の受信者は,生起した「悪性の妬み」の感情を制御し,製品が自身にもたらす価値に関する情報を認知的に処理することによって,推奨製品を採用しようとするかもしれない。つまり,外在要因だけではなく内在要因による影響も存在すると考えられるであろう。そこで,本論は,「悪性の妬み」が生起する状況,すなわち,先行研究によって,推奨の対象となった製品であるにもかかわらず口コミ受信者に忌避されるという現象が生じると主張された状況の下で,肯定的な口コミの対象製品が忌避されたり採用されたりするという消費者行動に影響を与える口コミ受信者の内在要因に着目して,研究を展開したい。

本論が着目する口コミ受信者の内在要因は,「制御焦点」である。「制御焦点」という概念は,Higgins(1997)によって提唱された「制御焦点理論」の中に登場する概念である。Higgins(1997)は,同理論において,個人の目標に対する制御焦点を促進焦点および予防焦点の2種類に大別したうえで,これら2種類のいずれを有するかということが,当該個人の行動に対して影響を及ぼすと主張した。そして,本論の文脈において注目すべきことに,より近年において,消費者が意思決定を感情に依拠して行うのか,それとも認知に依拠して行うのかが異なると主張するPham and Avnet(2004)が登場した。後述の通り,Pham and Avnet(2004)によると,促進焦点を有する消費者は,感情に基づいて意思決定を行う傾向にある一方で,予防焦点を有する消費者は,認知に基づいて意思決定を行う傾向にあるという。このテーゼを所与とすると,同一の口コミメッセージを受信したとしても,促進焦点を有する消費者と予防焦点を有する消費者とでは,推奨製品を忌避するか採用するかという意思決定結果が,異なりうると考えられるであろう。

II. 妬みとSNSの関係

ソーシャルメディアの登場以来,消費者による情報へのアクセスは非常に容易になったという(Agnihotri, Dingus, Hu, & Krush, 2016)。ソーシャルメディアには,ブログサイトやソーシャルブックマークサイト,および動画サイトなどの多種多様な形態がある(Drury, 2008; Kim & Ko, 2012)が,代表的なソーシャルメディアといえば,その1つとして,FacebookやInstagramといったSNSが挙げられるであろう。SNSとは,(1)境界に仕切られたシステム内において,個人が,公開または半公開の自身のプロフィールを構築可能であること,(2)個人が,自身が関係性を有する他のSNS利用者の一覧を明示できること,および(3)システム内において,個人が,自身が関係性を有する他のSNS利用者の一覧や,他のSNS利用者が関係性を有する利用者の一覧を閲覧することができるという3つの要素を有する,Webを基礎としたサービスであると定義されている(Boyd & Elliso, 2008)。SNSは,また,個人のプロフィールの作成,プロフィールを閲覧できる友人や仲間との結びつき,およびSNS利用者同士によるe-mailやメッセージの送受信を通じて,SNS利用者同士の繋がりをもたらすアプリケーションであると指摘されている(Kaplan & Haenlein, 2010)。

そして,研究者たちが指摘するように,SNSの普及を契機として,消費者間のコミュニケーションは促進されていった(Goldsmith & Horowitz, 2006)。大半の研究者は,消費者が発信する新製品に関する肯定的な口コミ情報,すなわち,推奨情報は,口コミ受信者の消費者行動に対して正の影響を及ぼすと主張してきた(e.g., Lopez & Sicilia, 2013; Trusov, Bucklin, & Pauwels, 2009)。しかし最近,SNS上の幸福な記事を閲覧した消費者は,その記事の投稿者に対して「妬み」の感情を生起させ,その結果,生活満足度が低下したり,鬱状態に陥ったりすると指摘した心理学研究が展開されるようになった(Krasonova et al., 2013; Tandoc et al., 2015)。

Krasonova et al.(2013)は,SNS上の記事を閲覧した消費者が妬みの感情を生起させるのは,SNSが次の特徴を有しているからであると述べている。すなわち,SNS利用者が印象操作のために身の回りの出来事を肯定的に強調する傾向にあり,そうした肯定的な情報が他のSNS利用者にとって容易に閲覧でき,そして,そのことによって社会的上方比較が引き起こされがちである,という特徴である。SNSをそのように特徴づけたうえで,彼らは,生起した「妬み」の感情が消費者の生活満足度に対して及ぼす影響について研究を試みた。その結果,SNS上の記事を閲覧した消費者は「妬み」の感情を生起させ,それを介して,彼ら自身の生活満足度を下落させるということが見い出されたのである。そして,Tandoc et al.(2015)は,Krasonova et al.(2013)の成果を踏まえて,SNS上のe口コミと鬱状態の関係性について研究を試みた。その結果,SNS上の記事を閲覧した消費者は「妬み」の感情を生起させ,それを介して,鬱状態に帰着するということが見い出された。

III. 消費者の「妬み」

「妬み」の感情とは,他者が持っている優れた資質,業績,所有物を自分は持っておらず,それらを自分が得ることを望んだり他者が失ったりすることを望むときに生起する強い感情である(Parrott & Smith, 1993)。自分を自分より優れた他者と比較することによって生起する,両者のギャップを埋めたいという欲求に関連した負の感情であるとも指摘されている(Miceli & Castelfranchi, 2007)。前節において言及したとおり社会的比較を助長すると考えられるSNSという環境の下で,消費者は社会的比較を行い,その結果として,「妬み」の感情が生起すると考えられる(cf. Ackerman, MacInnis, & Folkes, 2000; van de Ven et al., 2009)。

上掲の定義によっても示唆されているように,「妬み」の英語(envy)は,日本語の「妬み」の用法とはやや異なって,自分が持っていない要素を他者から失わせたいという悪性の動機付けを伴う種類の他に,自分が持っていない要素を努力して得たいという良性の動機付けを伴う種類を含んでいる。このような2種類の「妬み」の存在は古くから知られていたが,これらについて実証分析を試みた研究は,最近まで行われてこなかった。

そのような状況下において,van de Ven et al.(2009)は,「悪性の妬み」および「良性の妬み」の2種類の「妬み」と,それが消費者にもたらす異なる動機付けの関係について分析した。分析の結果,優れた他者に比しての自分自身の地位を高めるために,「良性の妬み」を抱いた消費者が,自分自身を改善することを動機づけられるのに対して,「悪性の妬み」を抱いた消費者は,他者を引き下げることを動機づけられると主張した。

次に,van de Ven et al.(2012)は,自分より優れた他者が製品所有に相応しい(deserving)かどうかに関する消費者評価に着目し,評価理論(appraisal theory)を援用することによって,「良性の妬み」と「悪性の妬み」の形成過程を説明しようと試みた。評価理論の本質は,出来事や状況の評価によって感情が引き起こされるということであり(van de Ven et al., 2012),この出来事や状況の評価は,評価した人の顔の表情や行動の傾向に特徴的に現れる異なった感情を生成するという(Roseman, Antoniou, & Jose, 1996)。分析の結果,口コミ受信者は,「妬み」のきっかけとなった推奨製品を発信者が所有することが相応しいと判断した場合には「良性の妬み」を抱きやすい一方で,相応しくないと判断した場合には「悪性の妬み」を抱きやすいということが見い出された。

さらに,van de Ven et al.(2011)は,van de Ven et al.(2012)を踏まえて,「良性の妬み」と「悪性の妬み」は,推奨製品に対する口コミ受信者の支払意志額に異なる影響を及ぼすと主張した(出版が逆順になってしまったが,当該論文は,2012年の論文のあとに執筆された論文である)。彼らは,口コミメッセージが口コミ発信者が製品所有に相応しいと感じさせる内容であった場合には,「良性の妬み」が生起して製品採用に帰着する一方で,口コミメッセージが口コミ発信者の製品所有の相応しさが低いと思わせる内容であった場合には,「悪性の妬み」が生起して製品忌避に帰着する,と結論づけた。

彼らの一連の研究は,推奨情報に露出した消費者が推奨製品を採用しないケースとして,製品所有に相応しくない発信者による口コミが「悪性の妬み」を生起させるという状況を識別した点で,本論冒頭において言及したとおり,長らく学界に受け入れられてきた古典理論に対してアンチテーゼを提唱したと見なすことができる。その意味において,一定の意義があったと言いうるであろう。しかしながら,彼らは,口コミ受信者にとって外在要因にしか着目していない。たとえ「悪性の妬み」を生起させるような口コミであったとしても,口コミ受信者の内在要因が異なれば,先行研究によって主張されたように,推奨の対象となった製品であるにもかかわらず口コミ受信者に忌避されるという状況に帰着する場合もあれば,先行研究による主張とは異なり,肯定的な口コミの対象製品が採用されるという状況に帰着する場合もある可能性について考慮に入れていないのである。

IV. 制御焦点理論

本論冒頭において言及したとおり,本論が着目するのは「制御焦点」である。Higgins(1997)は,「制御焦点理論」を提唱し,目標に対する焦点状態が当該個人の行動制御に影響を及ぼすと主張した。彼によると,焦点には,促進焦点および予防焦点の2つがあり,促進焦点を有する消費者が,ポジティブな結果の有無を重視する一方で,予防焦点を有する消費者は,ネガティブな結果の有無を重視するという。

この「制御焦点理論」の理念は,多くの追随研究を生むこととなったが,その中で,Pham and Advent(2004)は,制御焦点理論を援用して,目標に対する焦点状態と説得における広告メッセージの特性の関係について研究を試みた。まず,彼らは,Crowe and Higgins(1997)を引用することによって,促進焦点を有する消費者と予防焦点を有する消費者は,異なる探索方略およびリスクへの態度を形成するということを示した。具体的には,促進焦点を有する消費者は,熱心な形態の探索方略およびリスク志向的態度を形成する傾向にある一方で,予防焦点を有する消費者は,警戒的な形態の探索方略およびリスク回避的態度を形成する傾向にあるという。そして,彼らは,熱心およびリスク志向的態度と警戒およびリスク回避的態度が担う役割に関する既存研究を吟味したうえで,促進焦点を有する消費者は,感情的な情報を好む傾向にある一方で,予防焦点を有する消費者は,本質的な情報を好む傾向にあると主張した。さらに,彼らは,この主張が成立すると仮定したうえで,ブランドを評価するために,促進焦点を有する消費者は,判断材料として,感情的な情報を用いる傾向にある一方で,予防焦点を有する消費者は,判断材料として,本質的な情報を認識する傾向にあると主張した。分析の結果,促進焦点を有する消費者が,見た目が美しい広告が対象とする製品に対して高く評価する一方で,予防焦点を有する消費者は,製品の強みを打ち出した広告が対象とする製品に対して高く評価するということが見い出された。この結果から,彼らは,促進焦点を有する消費者が,判断形成に際して感情に準拠する傾向を有する一方で,予防焦点を有する消費者は,認知に準拠する傾向を有すると結論づけた。

以上の議論を拡張すると,Pham and Advent(2004)が想定した広告露出の文脈に限らず,SNS上の製品推奨情報に露出した状況においても,促進焦点を有する消費者が,判断形成に際して感情に準拠する傾向を有する一方で,予防焦点を有する消費者は,認知に準拠する傾向を有すると考えられるであろう。そして,先述のとおり,「悪性の妬み」を生起させるような推奨情報に露出し,実際に「悪性の妬み」が生起したとしても,促進焦点を有する消費者が,その負の感情に準拠して判断形成を行う一方で,予防焦点を有する消費者は,負の感情に流されることなく判断形成を行うであろう。その結果として,前者の消費者は,消費者の「妬み」の感情に関する先行研究が主張したように,「悪性の妬み」に伴って推奨製品を忌避する,すなわち推奨製品への「支払意志額」を低める一方で,後者の消費者は,先行研究の主張とは逆に,「悪性の妬み」の生起にもかかわらず推奨情報の認知的処理を優先する結果として,推奨製品を採用する,すなわち推奨製品への「支払意志額」を高めると考えられるであろう。かくして,本論は,先行研究の仮説を改訂した新仮説を設定した上で,実験を行いたい。

仮説 SNS上の製品推奨記事を閲覧し「悪性の妬み」を抱いた消費者について,その消費者が促進焦点を有する場合に比して,予防焦点を有する場合の方が,推奨製品への支払意志額は高い。

V. 実験概要

1. 実験参加者および実験財の選定

前節において提唱された仮説の経験的妥当性を吟味するために,実験室実験を実施した。実験参加者は,FacebookなどのSNSを利用したことがある都内の大学生93名(男性41名,女性52名,Mage=18.7)である。

また,実験財としては,実験時点においてiPhoneの最新モデルであったiPhone Xを使用した。iPhoneの最新モデルを選定した理由は,主に2点挙げられる。第1に,iPhoneは多くの大学生にとって非常に身近な製品であり,比較的容易にその価値を判断することができるためである。第2に,本論にとっての直接的な先行研究の1つであるvan de Ven et al.(2011)が,iPhoneを実験財として選定していたためである。

2. 実験方法

実験の手順は,以下の通りである,初めに,「悪性の妬み」が生起ししているかどうか検討するために,「悪性の妬み」を誘発させるような口コミメッセージを受信する条件(以下,「悪性の妬み」有の条件)および「悪性の妬み」を誘発させるような口コミメッセージを受信しない条件(以下,「悪性の妬み」無の条件)の2つのグループに実験参加者を無作為に割り当てた。次に,実験参加者が有する個人特性としての焦点状態が,予防焦点状態あるいは促進焦点状態のいずれであるかについて確認するために,実験参加者に,Higgins et al.(2001)のRegulatory Focus Questionnaire(RFQ)を邦訳した尺度(Endo, 2011)に回答してもらうよう依頼した。

全ての実験参加者にシナリオを読んでもらい,実験参加者自身が,「iPhoneの最新モデルであるiPhone Xは,非常に高価な製品であるけれども,強く魅力を感じており,購入するべきか悩んでいる」という状況に置かれていることを想定してもらった。次に,実験参加者と同じ大学に所属する学生が架空のSNS上に投稿したと想定してもらったうえで,それぞれの条件の実験参加者に対して,記事を閲覧してもらうよう依頼した。

「悪性の妬み」有の条件の実験参加者には,「悪性の妬み」を誘発させるような文章,つまり口コミ発信者がiPhone Xの所有者として相応しくないと思わせる内容の文章(約13万円のiPhone Xを,父に買ってもらった。私が望むと,私の父は,いつも欲しいものを買ってくれる)に加えて,iPhone Xに関する推奨情報(今までの携帯の中で,iPhone Xが一番良いと思う。高級感のあるデザインで,かつてない最新技術を体験できる携帯だよ!ホームボタンが無くなって,正面の全てがスクリーンなのはすごく快適!Face IDという機能が付いていて,自分の顔がパスワードの代わりになるんだ。みんなも機種変更するなら,iPhone Xがオススメ)を記載した記事を閲覧してもらうよう依頼した。他方,「悪性の妬み」無の条件の実験参加者には,「悪性の妬み」を誘発させるような文章は記載せずに,iPhone Xに関する推奨情報のみを記載した記事を閲覧してもらうよう依頼した。

SNS上の製品推奨記事を閲覧してもらった後,「悪性の妬み」有の条件の実験参加者には,SNS上に記事を投稿した学生が,iPhone Xをどのように入手したのかという質問に回答してもらうよう依頼した一方で,「悪性の妬み」無の条件の実験参加者には,iPhone Xの機能はどのようなものかという質問に回答してもらうよう依頼した。

続いて,本論の意図通りに,実験の設定が正しく行われたか確認するために,実験参加者に,「悪性の妬み」,「相応しさ(deservingness)」,およびSNS上に記事を投稿した大学生への「好ましさ」に関する質問項目に回答してもらうよう依頼した。「悪性の妬み」の測定尺度は,van de Ven et al.(2011)において使用された測定尺度を用いた:「私は,この大学生に対して,「妬み」の感情を感じた」。「相応しさ」の測定尺度は,van de Ven et al.(2011)において使用された測定尺度を用いた:「この大学生は,iPhone Xの所有者として相応しいと思う」。SNS上に記事を投稿した大学生への「好ましさ」の測定尺度は,van de Ven et al.(2011)において,使用された測定尺度を用いた:「私は,この大学生が好きである」。実験参加者に,これらの質問項目に対して,「1:全くそう思わない~7:非常にそう思う」の7段階評価で回答してもらうよう依頼した。

最後に,「悪性の妬み」が製品への「支払意志額」に対して影響を及ぼしているかどうかについて吟味するために,それぞれの条件の実験参加者に対して,iPhone X,バルセロナ旅行ツアー,およびUSB64GBの参考価格を提示したうえで,それぞれの製品への「支払意志額」を回答してもらうよう依頼した。製品への「支払意志額」の測定尺度は,van de Ven et al.(2011)において使用された測定尺度を用いた:「私は,最大で_円,(製品名)に対して支払いたい」。

3. マニピュレーションチェック

本分析に先立って,実験の設定が本論の意図通りに正しく行われていたかどうかを確認するために,マニピュレーションチェックを実施した。

van de Ven et al.(2011)によると,「妬み」の感情のきっかけとなった推奨製品を推奨者が所有することが相応しいと判断される場合には,口コミ受信者は「良性の妬み」を生起させる傾向にあるが,相応しくないと判断される場合には,「悪性の妬み」を生起させる傾向にあるという。本論において,「悪性の妬み」有の条件の実験参加者(M=3.48, S.D.=1.69)は,「悪性の妬み」無の条件の実験参加者(M=4.28, S.D.=1.25)に比して,SNS上に記事を投稿した大学生はiPhone Xの所有者として相応しくないと判断しているということが示唆された(t=–2.61, p=0.01)。また,被説明変数を「悪性の妬み」と設定したうえで,2(悪性の妬み 有/無)×2(焦点状態 促進焦点/予防焦点)の二元配置分散分析を実施した。分析の結果,「悪性の妬み」の主効果は有意であった(F=15.73, p<0.01)一方で,「焦点状態」の主効果は非有意であった(F=0.07, p=0.79)。また,「悪性の妬み」および「焦点状態」の交互効果は非有意であった(F=0.84, p=0.36)。したがって,促進焦点を有している場合および予防焦点を有している場合のどちらにおいても,「悪性の妬み」有の条件の実験参加者は,「悪性の妬み」無の条件の実験参加者に比して,十分に「悪性の妬み」の感情を経験していたと言いうるであろう。

続いて,本実験の操作が,SNS上に記事を投稿した大学生への「好ましさ」の程度に対して,影響を及ぼしていないかどうか吟味するために,SNS上に記事を投稿した大学生への「好ましさ」の程度を被説明変数としたうえで,2(悪性の妬み 有/無)×2(焦点状態 促進焦点/予防焦点)という4つの条件間のKruskal-Wallis検定を実施した。検定の結果,「悪性の妬み」有×促進焦点(M=2.67, S.D.=1.69),「悪性の妬み」有×予防焦点(M=2.65, S.D.=1.54),「悪性の妬み」無×促進焦点(M=3.00, S.D.=1.59),および「悪性の妬み」無×予防焦点(M=3.31, S.D.=0.95)という4つの条件間において,SNS上に記事を投稿した大学生への「好ましさ」の程度に有意な差は見出されなかった(x2=3.70, p=0.30)。これは,本実験の操作が,各条件におけるSNS上に製品推奨記事を投稿した大学生への「好ましさ」の程度に対して影響を及ぼしていないということを示唆する結果であると言いうるであろう。

最後に,本実験の操作が,推奨製品への「支払意志額」に対して影響を及ぼしていないかどうか吟味するために,被説明変数をバルセロナ旅行ツアーおよびUSB64GBへの「支払意志額」としたうえで,2(悪性の妬み 有/無)×2(焦点状態 促進焦点/予防焦点)という4つの条件の間のKruskal-Wallis検定を実施した。検定の結果,「悪性の妬み」有×促進焦点(M=81,460, S.D.=26,114),「悪性の妬み」有×予防焦点(M=83,361, S.D.=18,542),「悪性の妬み」無×促進焦点(M=84,625, S.D.=18,578),および「悪性の妬み」無×予防焦点(M=89,550, S.D.=33,768)という4つの条件において,バルセロナ旅行ツアーへの「支払意志額」に有意な差は見出されなかった(χ2=0.25, p=0.97)。また,「悪性の妬み」有×促進焦点(M=5,167, S.D.=1,583),「悪性の妬み」有×予防焦点(M=5,548, S.D.=2,177),「悪性の妬み」無×促進焦点(M=4,575, S.D.=2,144),および「悪性の妬み」無×予防焦点(M=5,688, S.D.=2,152)という4つの条件において,USB64GBへの「支払意志額」に有意な差は見出されなかった(χ2=2.67, p=0.45)。これは,本実験の操作が,推奨製品への「支払意志額」に対して影響を及ぼしていないということを示唆する結果であると言いうるであろう。

4. 個人の特性としての促進焦点状態および予防焦点

本論は,実験参加者の個人特性としての焦点状態を確認するために,11個の質問項目(促進焦点に関する質問項目が6つ,予防焦点に関する質問項目が5つ)から成るRFQ(Higgins et al., 2001)を用いた。実験参加者の促進焦点および予防焦点の得点は,多重尺度の合計得点を得た上で,質問項目数で割ることによって,それぞれの平均値を算出した。また,促進焦点および予防焦点に関して,それぞれの構成概念の信頼性を吟味するために,クロンバックαを算出した。促進焦点および予防焦点のクロンバックαは,それぞれ0.65および0.65であった。したがって,促進焦点および予防焦点の信頼性は,十分許容できるものであろう(cf. Hair, Sarstedt, Ringle, & Mena, 2012)。

続いて,Hong and Lee(2008)およびLouro et al.(2005)と同様の手法を用いて,本論は,実験参加者を促進焦点の条件と予防焦点の条件に分類した。具体的には,各実験参加者の促進焦点の得点から予防焦点の得点を引くことによって,焦点得点を算出した。そして,各実験参加者の焦点得点の中央値より高い焦点得点を有する実験参加者,すなわち予防焦点に比して,促進焦点が強い実験参加者を促進焦点の条件に分類した一方で,中央値より低い焦点得点を有する実験参加者,すなわち促進焦点に比して,予防焦点が強い実験参加者を予防焦点の条件に分類した。「悪性の妬み」有の条件において,焦点得点の中央値が,–0.30であった一方で,「悪性の妬み」無の条件において,焦点得点の中央値は,–0.07であった。分類の結果,「悪性の妬み」有の条件において,促進焦点の条件の実験参加者は30名,予防焦点の条件の実験参加者は31名であった。また,「悪性の妬み」無の条件において,促進焦点の条件の実験参加者は16名,予防焦点の条件の実験参加者は16名であった。

「悪性の妬み」有の条件において,促進焦点の条件の実験参加者(M=3.33, S.D.=0.57)が,予防焦点の条件の実験参加者(M=2.81, S.D.=0.48)に比して,より高い促進焦点得点を有していた(t=3.89, p<0.01)一方で,「悪性の妬み」有の条件において,促進焦点の条件の実験参加者(M=2.83, S.D.=0.58)は,予防焦点の条件の実験参加者(M=3.57, S.D.=0.44)に比して,より低い予防焦点得点を有していた(t=–5.67, p<0.01)。また,「悪性の妬み」無の条件において,促進焦点の条件の実験参加者(M=3.29, S.D.=0.50)が,予防焦点の条件の実験参加者(M=2.94, S.D.=0.53)に比して,より高い促進焦点得点を有していた(t=1.94, p=0.06)一方で,「悪性の妬み」無の条件において,促進焦点の条件の実験参加者(M=2.76, S.D.=0.46)は,予防焦点の条件の実験参加者(M=3.49, S.D.=0.47)に比して,より低い予防焦点得点を有していた(t=–4.41, p<0.01)。

5. 実験結果

前節において提唱した仮説の経験的妥当性を吟味するために,被説明変数をiPhone Xへの「支払意志額」と設定したうえで,2(悪性の妬み 有/無)×2(焦点状態 促進焦点/予防焦点)の二元配置分散分析を実施した。分析の結果は,図1に要約されるとおりである。初めに,「悪性の妬み」および「焦点状態」の交互効果はいずれも有意であった(F=3.46, p=0.07)。次に,単純主効果検定を実施した。検定の結果,「悪性の妬み」有の条件において,実験参加者が有する焦点状態が促進焦点状態である場合には,「支払意志額」の平均値は,65,720円(S.D.=30,305)であり,実験参加者が有する焦点状態が予防焦点状態である場合には,「支払意志額」の平均値は,88,071円(S.D.=35,517)であり,その差は有意であった(F=7.68, p<0.01)。また,「悪性の妬み」無の条件において,実験参加者が有する焦点状態が促進焦点状態である場合には,「支払意志額」の平均値は,96,363円(S.D.=36,206)であり,実験参加者が有する焦点状態が予防焦点状態である場合には,「支払意志額」の平均値は,93,125円(S.D.=17,405)であり,その差は非有意であった(F=0.08, p=0.77)。

図1

二元配置分散分析の結果

以上の実験結果により,仮説は支持されたと言いうるであろう。

VI. おわりに

1. 学術的貢献

本論は外在要因である「製品所有の相応しさ」にしか着目してこなかった既存研究が主張した仮説を,口コミ受信者の内在要因である「制御焦点」を考慮に入れることによって拡張した。具体的には,既存研究は,口コミメッセージが,製品所有に口コミ発信者が相応しくないと思わせる内容であった場合には「妬み」の感情が生起して製品忌避に帰着する,と主張していた。それに対して,本論は,制御焦点理論を援用することによって,口コミ受信者の焦点状態が予防焦点である場合には,たとえ製品所有の相応しさが低く「悪性の妬み」が生起したとしても,推奨された製品の忌避に帰着するという意思決定には至るとは限らない,と指摘することに成功した。

製品を推奨するような肯定的な口コミに接した受信者は,口コミ対象製品を肯定的に評価する,というのが古典理論であったのに対して,最近の研究は,「妬み」の感情を媒介して肯定的な口コミの対象となった製品はかえって否定的に評価される,という真逆の主張を展開して,注目を集めている。しかしながら,そのような新しい主張が成立するのは,促進焦点を有する一部の消費者だけであって,予防焦点を有する消費者は,古典理論が示唆してきたように,肯定的に評価すると指摘することによって,本論は,幾分かの学術的貢献を成したと言いうるであろう。

2. 実務的含意

本論の知見に基づくならば,最新理論に準拠して,自社製品に関するインターネット上の口コミが肯定的であることは,消費者の「妬み」の感情と,それゆえに,否定的な結果につながるという意味で,自社製品にとって憂うべき状態であると考えるようなマーケターは,偏った視野で口コミの影響を考えていると警鐘を鳴らすことができる。かといって,古典理論に準拠して,自社製品に関するインターネット上の口コミが肯定的であることは,消費者の肯定的な評価をもたらすという意味で,自社製品にとって好ましい状態であるという考え方も,偏っている。自社製品に関する口コミの影響を予測するには,その口コミを閲覧している潜在顧客たちが,促進焦点を有する傾向にあるのか,それとも,予防焦点を有する傾向にあるのかを識別する必要がある。一方で,潜在顧客が予防焦点を有する傾向にある場合には,肯定的な口コミと,それに伴う「悪性の妬み」は,企業にとって憂慮すべき現象ではない。消費者は,「妬み」の感情に突き動かされて,その製品から離れていくというより,むしろ,その製品に含有される価値を評価するであろうから,企業は,そうした製品価値について強調するようなコミュニケーション施策を講じればよい。他方において,促進焦点を有する傾向にある場合には,肯定的な口コミは自社製品にとって悪い結末を引き起こす危険性がある。そのような場合には,「悪性の妬み」の生起を統制するような企業努力,制御焦点を促進焦点から予防焦点に転換させるような企業努力,あるいは,そもそも口コミの発信を抑制するような企業努力が有効であろう。

3. 本論の限界

本論における主たる限界として,以下の2つが挙げられるであろう。第1は,理論面の限界である。すなわち,本論は,仮説導出に際して,オリジナルの制御焦点理論ではなく,意欲的で挑戦的な仕方で拡張された同理論の派生型を援用した。この派生型の制御焦点理論は,慎重な手続きで実施された実証分析によって支持され,大変権威ある学術雑誌において発表されたわけではあるものの,論理的妥当性の点で議論の余地があると見なしうるかもしれない。それにもかかわらず,本論は,その点を充分に吟味することなく援用した。

第2は,実証面の限界である。すなわち,「妬み」という負の感情を取り扱った実験に際して,本論の実験参加者たちは,「悪性の妬み」有の条件のグループでさえ,自分たちが有する「悪性の妬み」の程度を,スケールの中央値である4を下回る水準であると報告した。社会的上方比較に関する既存研究が指摘するように,自分より望ましい境遇にある他者に対して負の感情が誘発されたとしても,それを調査員に報告することを恥ずべきことと考えて,実験参加者たちは,実際より低水準に回答を行った可能性がある(cf. Smith & Kim, 2007)。呈示されたシナリオを読んで実験参加者自身にどのような感情が湧いたかを問う質問群の代わりに,呈示されたシナリオのような状況に置かれた人ならどのような感情が湧くと想像できるかを問う質問群に回答してもらうという「投影法」(e.g. Krasonova et al., 2013)を使用したほうがよかったかもしれない。

4. 今後の課題

他方,本論の取り組みは,様々なタイプの今後の研究への道を切り拓くことに成功したと指摘することもできる。第1に,本論は,最近の研究(van de Ven, 2009, 2011, 2012)が取り扱った2種類の「妬み」の感情のうち,「悪性の妬み」に着目して成果を挙げた。今後は,「良性の妬み」,すなわち「羨望」に着目して,促進焦点を有する口コミ受信者と予防焦点を有する口コミ受信者の行動の差異について論じることは,面白い研究テーマであろう。

また,口コミ受信者は,「妬み」の感情の影響を受けて,推奨製品に対する評価を変化させるだけでなく,すでに自身が所有する別の製品の満足度も変化させるということが,最近の研究によって指摘されている(Ackerman et al., 2000)。そこで,本論が「支払意志額」を被説明変数に設定したのとは異なり,「満足度」を被説明変数に設定して,「悪性の妬み」の影響と,その影響に対する制御焦点の調整効果を吟味するという興味深い課題も残されている。

最後に,企業のコミュニケーション戦略について考慮に入れるという研究の方向性も考えられるだろう。推奨製品に関する企業の広告キャンペーンが促進焦点を活性化させるような内容である場合と,予防焦点を活性化させるような内容である場合によって,本論が指摘する「悪性の妬み」がもたらす2種類の帰結を企業が首尾よく統制できるかどうかを吟味する試みは,消費者行動論の範囲にとどまらず,マーケティング論の範囲へと含意を拡大する上で,意義深い挑戦として位置づけられることになるであろう。

謝辞

拙稿の執筆に際して,エディタを務められた小野晃典先生(慶應義塾大学)ならびに,レビュアーの先生方から,数多くのご意見を賜った。この場をお借りして,深い感謝の意を表したい。

小野 雅琴(おの まこと)

慶應義塾大学大学院商学研究科後期博士課程修了,博士(商学)。株式会社博報堂(本務),目白大学・中央大学(非常勤講師)。専門は消費者行動論・製品開発論。

清水 亮輔(しみず りょうすけ)

慶應義塾大学大学院商学研究科前期博士課程。専門は消費者行動論,とりわけソーシャルメディア上のe口コミ。

References
 
© 2018 The Author(s).
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