Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Preface
Reconsidering Regional Retailing
Junya Ishibuchi
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2019 Volume 38 Issue 3 Pages 3-5

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地域商業は,これまでとは違う段階に入ったのかもしれない。これにはポジティブ,ネガティブ両方の意味がある。まず,ややネガティブな話から始めたい。

地域商業に関しては,これまでも多くの報道や学術論文などがあり,地域商業の一形態である商店街の厳しい現状や,地域貢献活動などが取り上げられてきた。しかし,商店街が立ち行かなくなったとき,担ってきた「まち」のインフラの維持・管理,処分をどうするかついては,ほとんど注目を集めることはなかった。しかも,「まち」のインフラは老朽化が進んでいることが多いが,老朽化という点にもあまり注目は集まっていない。これは,野村総研1)がインフラ老朽化の2030年問題を指摘して以降,橋,道路などのインフラの老朽化に注目が集まるのとは対照的である。

しかし,今,中心商業地のインフラ老朽化は,重要な問題となっている。これまで,商店街などの地域商業者や商店街組織が中心商業地のインフラとも言える都市施設(アーケード,駐車場,ポケットパーク,共同ビルの一部など)の所有と管理を担うことが多かったが,Ishihara(2014)によれば,経営難に陥った商店街振興組合から行政がアーケードを買い取ることや,立体駐車場を保有する商店街振興組合が破たんするなどの事態が生じている。また,Watanabe(2018)は,1950年代から1960年代にかけて,耐火建築法や防災建築街区造成法により建築された共同ビルなどの老朽化問題を取り上げ,「老朽化した共同建築物等が一定規模以上に集積している都市においては,それらを放置するとまちづくりの障害になりかねないため,取り壊して再開発するか,あるいは耐震補強等の補修を含むリノベーションによって当面使い続けるかが,まちづくりの大きな課題になってきている」(p. 96)と指摘している。商業の共同ビルは都市施設なのかという疑問は当然でると思われるが,例えば沼津市のアーケード名店街などでは,共同ビル建築時に商店がセットバックし,2階部分が歩道側にせり出しアーケードの役割をしているケースもある。また,共同ビルは,その上層階に公営住宅が整備されることや,道路沿いに長い共同ビルを建築することで防火壁の役割を果たすことなどがあり,商売以外の「まち」の機能を担っているケースも多い。

まちの住人が利用する都市施設の一部を,地域商業者や商店街組織が借金をしてまで整備,保有してきたのだが,それを維持できなくなった時,誰がどのように維持管理,あるいは処分するのか。上述の研究者達の指摘は,中心商業地のインフラ・都市施設の整備時には想定していなかったこの問題を,真剣に考え始める時期に来ていることを示している。今後,この傾向は増えることこそあれ,減ることはないと考えられるが,この問題にどう対処するか,誰もスキームを準備できていないのが現状である。

もう一つ違う段階に入ったかもしれないと考える点は,ポジティブな面である。いくつかの商店街が「商店」の「街(まち)」にこだわらなくなってきている点である。例えば,Sumiya, Watanabe, and Niijima(2018)によれば,北海道の発寒北商店街は,物販の商店街からサービス中心の商店街への移行をめざし,「どんな悩みも解決できる相談窓口」を設け,住民の生活の悩みを解決する場になることを目指している。平成27年度商店街実態調査の報告書によれば,商店街の物販店の比率は40.5%であり,サービス店や飲食店などの非物販店が増えている。物販店が立ち行かなくなり,サービス店などが出店しているということであるが,これは必ずしもネガティブなことではないかもしれない。J.フロントリテイリングの元CEO兼会長のOkuda(2014)は,呉服店の一部は百貨店に生まれ変わったことで生き残ったが,「変化に対応できなかったことで数えきれないほどの呉服店が消えていったはず」(p. 4)であると言っている。1つの小売企業と,自然発生的な商店の集まりである商店街を同列に論じることはできないが,どのような組織も生き残るためには,程度の差こそあれ変化に対応することが必要である。そのためには,マーケティング・マイオピア的にモノの販売にこだわらず,住民が本当に求めているサービスの提供を目指すというのは,新しい変化への対応の1つの形であろう。

本特集の目的は,大きく2つある。1つ目は,地域商業の現状や新たな取り組みを広く紹介し,その問題を整理し,選択肢を考える機会を提供するという点である。本特集が,地域商業のポジティブ,ネガティブ両方の現状を少しでも知る機会となり,地域商業やまちづくりの問題を考える機会となればと考えている。2つ目は,学術的研究の促進である。新しい現象にだけとらわれるのではなく,多くの研究者の方にとって,その背後にあるメカニズムや問題点を考える機会となり,地域商業研究がより進展することを願っている。

本特集は2部から構成されている。前半は,マクロ視点の地域商業,政策に関する論文であり,第1,2論文が該当する。後半は,ミクロ視点の事例を中心とする論文であり,第3,4,5論文が該当する。

第1論文は,石原武政氏による「小売業の外部性と地域貢献」である。石原氏は,小売業の外部性に関する詳細な考察に基づき,小売業の社会貢献と地域貢献について検討を行っている。中小小売商がこれまで担ってきた地域貢献の位置づけと,大型小売店に社会貢献が求められるようになった経緯を紐解き,中小小売商が行っている地域貢献に,チェーン型大型店が参画することの重要性を指摘している。

第2論文は,渡辺達朗氏による「イギリスにおける都市再生の思想・政策・取組み―小売・サービス等の多様性と持続可能性の視点から日本への示唆を探る―」である。渡辺氏は,イギリスの都市政策の思想,政策,取組みの検討から,多様性,複合用途,持続可能性という評価軸の重要性を指摘している。また,これらの評価軸に基づき,日本の都市政策,まちづくりの問題点を明快に指摘している。

第3論文は,西村順二氏による「ボランタリーチェーンがもたらす地域商業に対する有効性―コスモス・ベリーズの事例に基づく流通再考―」である。西村氏は,日本の小売業と卸売業の動態的変化の詳細な検討から,卸売業と小売業の連関に関する問題を指摘している。このような中で,地域の小売業を支援しながら,自らの成長も目指すボランタリーチェーンの事例を取り上げ,変わりゆく流通の世界を理論的に検討している。

第4論文は,二宮麻里氏・濱満久氏による「独立零細小売商による経験価値の提供」である。二宮氏・濱氏は,地域商業者の大きな割合を占める零細小売商の「生産局面にまで踏み込んだ仕入活動」をケースに基づき理論的に検討している。零細小売商は,その接客や地域貢献の独自性に注目が集まりがちだが,本論文は,零細小売商が積極的な生産段階に介入し,差別的な品揃えを形成し,消費者に優れた経験価値を提供する様子を生き生きと捉えている。現象だけでなく,それを分析する両氏の理論的視座にご注目頂きたい。

第5論文は,山口信夫氏による「衰退商業地における新規開業事例に関する研究―松山市三津地区におけるワークライフバランス事業者を事例にして―」である。山口氏は,衰退する商業地のワークライフバランス事業のビジネスモデルを,ヒアリング調査を中心に丁寧に掘り下げ,地域商業の再生の方策を検討している。ワークライフバランス事業者が,不動産価格の下落を積極的に利用し,関与度の高い消費者を広域から集客する様子を,個店の損益分岐点にまで踏み込み,検討を行っている。

これまでとは異なる段階に本当に入ったのかどうかは,時間が経ち振り返った時にしか分からない。ただ,買物難民問題にも注目が集まる昨今,すべての人がこの問題を真剣に考えるべき時期に来ていることは間違いないだろう。論文にお目通し頂き,この問題を考えるきっかけにして頂ければ幸いである。

1)  文献として,Ohnuma, Okamura, Kobayashi, Mizuishi, and Deguti(2015)が挙げられる。

References
  •  Ishihara,  T. (2014). Syoutengai no hudousan to syoutengai sosiki: Jou. The Journal of Marketing and Distribution, 509, 44–57.(石原武政(2014).「商店街の不動産と商店街組織」『流通情報』509, 44–57.)(In Japanese)
  • Ohnuma, K., Okamura, A., Kobayashi, Y., Mizuishi, T., and Deguti, M. (2015). 2030 nen no nihon ga cyokumen suru kouzouteki kadai. Knowledge Creation and Integration. 2015-04. 6–19.(大沼健太郎,岡村篤,小林庸至,水石仁,出口満(2015).「2030年の日本が直面する構造的課題」『知的資産創造』2015年4月号.6–19.)(In Japanese)
  • Okuda, T. (2014). Mikan no ryutsu kakumei. Tokyo: Nikkei BP.(奥田務(2014).『未完の流通革命―大丸松坂屋,再生の25年』日経BP社.)(In Japanese)
  • Sumiya, Y., Watanabe, T., and Niijima, Y. (2018). Tiiki needs ni kotaeru syoutengai. Ishihara, T. and Watanabe, T. (Eds.). Kourigou kiten no matidukuri. Tokyo: Sekigakusya, 140–156.(角谷嘉則・渡辺達朗・新島裕基(2018).「地域ニーズに応える商店街」,石原武政・渡辺達朗編『小売業起点のまちづくり』碩学社.140–156.)(In Japanese)
  •  Watanabe,  T. (2018). Numadu arcade meitengai no kensetsu kara saikaihatsu madeno keii to tenbou: Boukakentikutai tositeno tempo heiyou kyoudou jutaku kara life style center he. Commercial Review of Senshu University, 106, 95–116.(渡辺達朗(2014).「沼津アーケード名店街の建設から再開発までの経緯と展望―防火建築帯としての店舗併用共同住宅からライフスタイルセンターへ」『専修商学論集』106, 95–116.)(In Japanese)
 
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