Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
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Aesthetics and Consumer Psychology
Hiroaki Ishii
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2019 Volume 38 Issue 4 Pages 3-5

Details

1957年から現在に至るまで,グッドデザイン賞は,我が国の「よいデザイン」を表彰してきている。半数を超える消費者に認知されているだけでなく,同賞の受賞が商品の魅力を高める要因となるなど(Japan Institute of Design Promotion, 2017),消費者に広く浸透した賞の一つとなっている。

2018年のグッドデザイン賞は,昨年10月に発表された。1,000を超えるグッドデザインの中から最も優れたデザインに贈られるグッドデザイン大賞には,日本全国の寺のお供え物をNPO法人が支援団体を通じて生活に苦しむ家族へおすそわけする「おてらおやつクラブ」が選ばれた。「デザイン」という言葉から連想される従来の意味から考えると,少し意外に感じられる人もいるかもしれない。

近年,多くの論者がデザインの重要性を指摘している。実際,本誌においても,「デザインとイノベーションに関する最新の研究の取り組み(Vol. 38, No. 1)」「サービス・デザインとマーケティング(Vol. 35, No. 3)」といった特集号を展開してきている。デザインがビジネスの様々な局面で重視されるようになったことにより,デザインという言葉は「意匠」から「設計全般」へと意味を拡大している(Washida, 2018)。こうした視点からデザインを捉えると,「おてらおやつクラブ」の受賞にも納得がいく。

2018年のグッドデザイン賞の審査委員長である柴田文江氏は,審査のキーワードを「美しさ」に設定したと述べたうえで,「『美しさ』の中には,環境への配慮といった企業の理念や,ユーザーの暮らしへの関わり方,出来上がる課程や出来上がったものの役割なども含まれます。経済性や利便性だけでなく,幸せとか,誇りとか,人間らしい生き方を感じさせるものを,『美しさ』というキーワードで選ぼうと提案した」と続ける(Nojima, n.d.)。

確かに,我々は多様な対象から美しさを感じる。実際,「おてらおやつクラブ」の仕組みにも美しさを感じることができる。

それでは,「美しいデザイン」とはどのようなものであろうか。そもそも「美しさ」とはどのように捉えれば良いのであろうか。本特集では,デザインの対象範囲が拡大している中,改めてデザインの美しさについて検討したいと考えた。特に,これまでにも議論が積み重ねられてきている「エスセティクスと消費者心理」をテーマにすることで,マーケティングにおける「美しいデザイン」の解明に少しでも近づくことが本特集の目的である。

Patrick and Peracchio(2010)によれば,消費者心理との結びつきを検討する際の「エスセティクス」という用語は,「対象,人々,消費環境の外観や美しさを表すものとして広く用いられてきた(p. 393)」という。先行研究において,エスセティクスは重要なデザイン要因として指摘されており(e.g. Iwashita, Ohira, Ishida, Togawa, & Onzo, 2015),消費者の選択行動を促し(Creusen & Schoormans, 2005),高い顧客満足に結びつくことが示されている(Srinivasan, Lilien, Rangaswamy, Pingitore, & Seldin, 2012)。なお,エスセティクスの議論の範囲を視覚的なものに限定している研究も少なくないが(e.g. Townsend & Sood, 2015),視覚以外の感覚経験を含めて捉えている論者も多い(e.g. Schumitt & Simonson, 1997)。本特集においても視覚以外の感覚も含めてエスセティクスを捉えることとした。

近年のデザインに対する注目を背景に,エスセティクスに関する議論も様々な視点から進められてきている。例えば,2010年には消費者行動関連のトップジャーナルの一つであるJournal of Consumer Psychology誌(Vol. 20, No. 4)において特集号が展開されており,12本の論文が掲載されている。また,Journal of Association for Consumer Research誌(Vol. 4, No. 4)においても,エスセティクスに関連した特集号が発行される予定である。学術界において高い注目を集めていることが分かるだろう。

デザインに関する消費者心理を多面的に議論した学術書Psychology of Designに目を向けてみると(Batra, Seifert, & Brei (Eds.), 2015),第3部の「プロセスの解明」を構成する7つの章のうち,4つの章でタイトルにエスセティクスやそれに関連する語が含まれる。エスセティクスに対する心理的反応の理解を通じて,デザイン全体に対する心理プロセスの解明が期待されているものと推察できる。本特集においても,消費者反応の背景にある心理的なプロセスやメカニズムを重視した。

以上の問題意識の下,本号では4つの招待査読論文を収録した。

第一論文は,小野晃典氏による「「製品の顔」のデザインに対するニーズ多様性―擬人化製品のカスタマイゼーションの可能性を探究して―」である。同論文では,製品デザインの擬人化から生じるパーソナリティ知覚に注目し,それらと消費者が有する理想的な自己イメージとの合致が製品デザインに対する好意度に結びつくことを示している。消費者の違いから好ましいデザインの多様性を描き出すことで,過度に単純化された先行研究の議論を大きく発展させている。また,実験1で示されたデザインから知覚されるパーソナリティ次元は,今後の議論の礎となる貴重な結果であろう。

第二論文は,朴宰佑氏・外川拓氏による「審美性知覚と消費者行動の接点」である。同論文では,消費者行動研究においてこれまで進められてきた視覚的な審美性に関する先行研究が包括的にレビューされている。特に,色,形状,配置という視点から先行研究を整理した第II節と第III節は,既存の知見が分かりやすくまとめられており,審美性研究にこれから取り組もうと考えている研究者にとっても,ビジネスへのヒントを得たい実務家にとっても極めて有用であろう。さらに,審美性研究の課題を整理した第IV節では,今後の議論の方向性を示唆する複数の考察が進められている。

第三論文は,平木いくみ氏・外川拓氏による「視覚的重さと希少性の知覚」である。同論文では,近年,研究の蓄積が進んでいる身体化認知理論を援用し,製品パッケージのレイアウトやカラーなど,重さを生じさせる視覚的なデザイン要因の影響を検討している。2つの実験を通じて,視覚から生じる重さの知覚が製品の希少性に影響を及ぼすことが明らかにされており,既存研究にない独自の知見が得られている。また,実験2では陳列スペースが狭い場合にはこうした影響が生まれないことが示されるなど,精緻な検討が加えられている点にも特徴がある。

第四論文は,小川亮氏による「製品開発プロセスにおけるデザイン活用の有効性について―ハプティック知覚の意味概念活性化の視点から―」である。同論文では,製品開発の初期段階であるコンセプトテストにおいて,デザインを活用する有効性が明らかにされている。特に,解釈レベル理論やハプティック研究の知見を援用しながら,実際に触れることのできるプロトタイプをコンセプトテストに用いることで,コンセプトの改善アイデアが多く得られる可能性を示唆している。また,実際に用いられたデザインやプロトタイプを使った実験が進められるなど,実務に応用可能な議論を展開しようという著者の意図が色濃く反映された論考となっている。

いずれの論文も,学術界における最新の動向を踏まえた質の高い議論が展開されているだけでなく,実務への応用性を意識した示唆に富む内容となっている。本号で掲載された論文を通じて,改めてエスセティクスと消費者心理との結びつきを検討していただければ幸いである。

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© 2019 The Author(s).
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