マーケティングジャーナル
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
特集論文 / 招待査読論文
製品開発プロセスにおけるデザイン活用の有効性について
― ハプティック知覚の意味概念活性化の視点から ―
小川 亮
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2019 年 38 巻 4 号 p. 47-62

詳細
Abstract

本研究は製品開発プロセスの初期段階においてデザインを活用することの有効性を検証する。

開発初期段階のコンセプトテストにおいて,接触可能なデザインを活用することで情報の具体性が増加しその結果,消費者からの改良アイデアが出やすくなることについて2つの視点から仮説を構築し実証分析を行った。

1つは提示する情報が具体的であるほど,製品の改良アイデアが出やすいという解釈レベル理論に基づく仮説であり,もう1つは実際に製品を触れさせるという提示方法を用いることで,製品の意味概念の活性化が行われるため,改良アイデアが出やすいというハプティック知覚研究に基づく仮説である。富士里和製紙の製品開発プロセスにおいて実際に使用されたトイレットペーパーの提示物を用いて会場調査を行い,コンセプトテストにおいて文字で提示する場合と平面デザイン及び接触可能な立体デザインで提示する場合の改良アイデアの出やすさにおける差を検証した。その結果,文字情報のみを提示した場合と接触できる立体デザインを提示した場合では後者の方が具体性が高く,意味概念の活性化が行われ,改良アイデアが出やすいことに有意に差が見られた。

I. はじめに

製品開発プロセスは製品が市場に出るまでの失敗のリスクを効率的に低減するという使命を内包している。中止の判断が遅くなるほど投資額は高くなる傾向にある(Thomke, 1998)。市場の成熟化とコモデティ化が進むにつれ,イノベーティブな製品を市場で成功させることは1つの事業命題となっている。製品開発プロセスはステージを1つ1つクリアしていくことでリスクを低減させていく従来のリニアモデルから,開発プロセスでの新しい発見を前提としてプロセスの前後を行ったり来たりするノンリニア型のプロセス概念が広まり,同時にユーザーイノベーションやデザイン思考といったイノベーションを実現するための概念や思考法が登場してきた。また,サービスドミナントロジックの登場により,製品はモノではなくサービスの一部としてとらえられ,経験価値の創出が新しい製品価値の創造につながると考えられてきた。製品が限定されたモノ領域の存在であり,効率性と合理性に優先された直線的開発プロセスだった従来に比べ,昨今の製品開発プロセスは複雑さを増している。

例えば,従来の新商品開発の範囲が来年の新しい味種を考えるというようないわばバリエーション展開,ブランド展開を中心に行われてきたのに対して,昨今の新商品開発では新しい流通経路の可能性や他企業とパートナーシップを組んで新たなサービスとして事業を展開していくという形に広がりつつある。レギュラーコーヒーを量販店で販売していたネスレが,オフィスにコーヒーマシンを導入してもらい,展開要員として一般顧客からアンバサダーを募るといった事業展開などはまさにその好例といえる。

このように製品開発プロセスが複雑さを増すことで,そのプロセスにおける市場性の評価方法であるコンセプトテストも複雑さを増している。市場性の不透明さが増す中で,益々製品開発プロセスにおけるコンセプトテストの役割は重要になっているにも関わらず,コンセプトテストをテーマにした研究は少なく,従来のリニアモデルを前提にした研究領域を超えていない。

本研究では,コンセプト伝達手段の1つであるデザインに着目し,その有効性を検証することで,製品開発プロセスにおけるデザインの新たな価値に着目しようとするものである。

構成は以下のとおりである。第II節では,先行研究のレビューを行い,製品開発プロセス,デザインの役割,コンセプトテストに関して1960年代からの系譜を概観することで,複雑化する開発プロセスとデザインを活用したコンセプトテストの可能性について記述する。第III節では,2つの仮説を設定する。仮説設定には解釈レベル理論およびハプティック知覚研究における製品接触の意味概念の活性化研究を援用し,コンセプトテストの目的にあわせたデザイン活用の有効性に関する仮説設定を行う。第IV節では実証分析の内容について記述する。2つの仮説に対して,実際のトイレットペーパーの開発で使用された提示物を使い97人の会場調査を実施した。第V節では実証分析の結果を提示する。第VI節では発見と本研究の課題について触れる。

II. 先行研究レビュー

1. 製品開発プロセスとデザイン価値の変遷

開発プロセスにおける研究は,マーケティング分野からのものとエンジニアリングからの研究に分かれるが,そのモデルの原型は1960年代のNASAのPPP(Phased Project Planning)方式にあり,開発プロセスを各フェーズに分け,フェーズごとに評価ポイントを設けて,続行か中止か(Go or Kill)の意思決定を行うもので,「フェーズ・レビュー・プロセス」と呼ばれる(Kawakami, 2005, p. 44)。このフェーズ・レビュー・プロセスに,市場志向を加え,マーケティングと生産が重要な役割を果たす点などを加味したものが「ステージ・ゲート・プロセス」と言われ(Cooper, 1994)これが現在でも,マーケティング分野における製品開発プロセスの中心的なものとなっている。時間軸に沿って段階的に開発を進めていくプロセスは,新知識の発見に始まり開発段階を経て,最後に最終的実用形態として発現する順序付けられた過程(Kline, 1985)と定義づけられ,種々の活動や段階を経時的に一方向で順次展開していくものとして捉える(Nakahara, 2011)。またその目的は消費者のニーズと技術代替案をつなぐプロトコルを作成できるか(Crawford, 1984)にあるとされ,消費者のニーズが暗黙の所与として存在していることを前提にプロセスが組み立てられている。

具体的な開発プロセスは,アイデア探索からはじまり,アイデアのスクリーニングが行われ,商品コンセプトが検証され,ビジネス上のリスクや実現性,競争状況などが検討され,コンセプトを実際の製品にしていく開発作業が行われ,売上予測や市場性の検証が行われた後に製品の商業化が行われる。

この「フェーズ・レビュー・プロセス」や「ステージ・ゲート・プロセス」と呼ばれる製品開発プロセスは,製品開発におけるタスクを時間軸に沿って進めていくため,リニアモデルと呼ばれている。リニアモデルにおけるデザインの役割はコンセプトを忠実に表現,具体化し,コンセプト理解を促すこととされることが多かった(Crawford, 1991)。

これに対し,1980年代後半からノンリニアモデルと呼ばれる,時間軸による段階的開発プロセスを否定するモデルが登場する。例えば「製品は,合理的な新製品開発のモデルが示唆するほど一意的にきまるものではないということである。言い換えれば,明確な「消費者ニーズの理論」ができたからといって,それがそのまま新製品開発の基軸になる理論となるわけではない。消費者のニーズと生産者の製品アイデアとは歴史的な時間を経て相互作用的に,そして予測不可能な形で,それぞれ変容を受けるものである。」(Ishii & Ishihara, 1996, p. 112)に見られるようにリニアモデルの前提となる消費者ニーズの不透明さに端を発している。市場の成熟や製品のコモデティ化に伴い,消費者ニーズそのものの存在もしくは潜在的で言語化できないものを開発プロセスで探っていくことの重要性がうたわれ,一義的で直線的な開発プロセスと対抗するノンリニアモデルが提唱される。ノンリニアモデルは「開発プロセスのコンテンツに着眼が置かれ,行為システムにつかさどられた非決定論的なモデルであり,解釈を土台としている」(Yuzawa, 2008, p. 161)とする考え方もある。開発プロセスは複数のタスクを時間的に順次行う連続的な活動と捉える「新製品開発プロセスのリニア・モデル」と,「ある特定の顧客ニーズに応じた製品を開発する」「ある新技術を製品として実用化する」といった,目的・手段の因果関係に基づく新製品開発プロセスのリニア性を否定した「新製品開発のノン・リニア・モデル」とに分類される(Kawakami, 2005)考え方が主流である。

こういったノンリニアモデルに共通する主張としては,きわめて偶発的な相互作用の結果,製品のコンセプトが必然的に生まれてくるという点である。この点についてIshii(2004)はリニア型プロセスとノンリニア型プロセスに対応した「論理実証型製品開発」と「意味構成・了解型製品開発」を提唱し,それぞれの特徴を1.製品属性評価の客観性,2.消費者の属性認知の明瞭性,3.開発プロトコル 4.市場人気の透明性の4点で比較をしている。直接的に「意味構成・了解型製品開発」をノンリニア型とは明言していないものの,こういったプロセスはモノ型に対して芸術型であり,広告作品やアパレルといったコンテンツや製品の開発に適しており,製品属性評価の客観性が低く,消費者の属性認知の明瞭性が不明瞭で,開発プロトコルが困難で市場人気の透明性が不透明な開発プロセスであると整理していることからノンリニア型の開発プロセスに言及していると考えられる。

こういったリニアからノンリニアへの変化の背景には2004年に提唱されたモノはサービスの中の一要素というサービスドミナントロジック概念(Vargo & Lusch, 2004)の影響が大きい。また製品やサービスそのものが持つ金銭的もしくは物質的な価値ではなく,その利用を通じて得られる感動や効果,満足といった経験を通じて得られた心理的・感覚的な価値のことを経験価値と定義した経験価値概念の登場により,製品概念が従来のモノ志向からサービス志向に移行したことで,製品に複雑性が増し,従来の客観的で効率的なリニア型開発プロセスが機能しづらくなった面も考慮する必要がある。

ノンリニア型開発プロセスは従来の効率的な線形プロセスの課題点を明らかにした点で,成果があるといえるが,一方でそれを実務的に再現しようとしたときにの具体的な方法論にまでには発展しておらず,あくまでも現象を体系的に言語化したにとどまっている点に限界があった。それに対し,方法論的意味合いで登場したのが,ユーザーイノベーションやデザイン思考といった概念である。

従来イノベーションはメーカーが行うものだと考えられてきたものであるが70年代中盤以降,メーカーだけでなくユーザーやサプライヤーといった他のプレーヤーもイノベーションを行うことが明らかになってきたのである(von Hippel, 1988)。こういったイノベーションはユーザーイノベーションと呼ばれ,イノベーションの実践や源泉は,メーカーではなく商品やサービスの受け手であるユーザーによって行われていることが確認され,ユーザーを起点にしたイノベーション研究が盛んにみられるようになった。

一方で実務的には2000年代に入り,サンフランシスコに拠点を置くデザインコンサルティング会社IDEOが提唱するデザイン思考による開発プロセスが注目されようになってきた。Journal of Product Innovation Managementが2005年に“Marketing Meets Design”を特集し,Harvard Business Reviewでは2008年にTim Brownの“Design Thinking”を特集している。世界19ヶ国48大学・大学院(うち日本は8つ)が何らかのかたちでデザイン思考を用いた教育を行っている(Kashino, 2012)。

デザイン思考とは,顧客価値と市場機会に転換されうるものと人々のニーズを一致させるよう,デザイナーの感性と手法を用いる領域であり,イノベーションの1つの方法である(Brown, 2009)。インプットとしての観察,アイデアづくりのためのワークショップ,アイデアを可視化するアウトプットとしてのプロトタイピングの3つのステップで構築されている。これらの3つのステップを行ったり来たりしながら開発を進める。その根底には「人を中心」にという人間中心思考があり,さまざまな経験をもつ人が集まって問題解決にあたるといった「共創」が重視されている(Miyazawa, 2014)。このプロセスからもわかるようにデザイン思考はノンリニア型の開発プロセスとして捉えることができる。IDEOの代表であるTim Brownは,デザイン思考について,人間を中心にしたデザインに基づくイノベーション活動であり,デザイナーでない人に対して,デザイナーの道具を手渡し,その道具を幅広い問題解決に応用するとしている。またプロトタイプの役割の1つとして「Build to Think」と定義し,アイデアや発見を促進させることができると提唱している(Brown, 2009)。

一方,デザインの役割はマーケティング活動と深く結びついており,マーケティング戦略における重視点の歴史的変遷に大きく影響を受けてきている。日本企業におけるデザインの役割は,1960年代の高度成長期から重視されはじめる。しかしその役割は製品の表層的な表現を頻繁に変えることで,「あなたの商品はもう古いですよ」という消費者意識を増幅させ,買い替え需要を生み出すといういわば相対的陳腐化を促す手段がデザインに課せられていた(Inoue, 2005)。特に1970年代,80年代の自動車産業や家電業界では積極的に相対的陳腐化手段としてのデザインが活用され,デザインを活用することでモデルチェンジごとに消費者が新車を購入するという消費サイクルを作りだした。しかし,1990年代に入りブランドマネジメントが重視されるに従い,デザインはブランド資産の重要な要素であるとの認識が高まり,デザインを通じてのブランド価値の創造や資産としてのデザインマネジメントが重視されるようになった。例えばエスティクスのマーケティング概念では,感覚的経験を顧客に提供し,企業やブランドのアイデンテティ形成を促進する活動として,マネジメントの対象分野を製品デザイン,コミュニケーション研究,空間デザインとしている(Simonson & Schmitt, 1997)。この3分野については,例えば現代デザイン事典などでもデザインの分野が商品のデザイン,情報のデザイン(コミュニケーションデザイン),空間のデザインと言われているものと重なっており,エスティクスのマーケティング活動そのものがデザインマネジメントに深くかかわっていることがわかる。この点からも,90年代後半はブランドマネジメントにおいてデザインが重要になり,そのマネジメント方法が研究分野においても注目されてきたと言える。2000年代に入ると経験価値が重視され,ユーザーの使用経験をいかに快適にしていくかが重視され,デザインはユーザーのものであり,デザイナーの主張が入る隙間の存在を否定する(Norman, 1988)といった主張が見られるようになった。こういったとらえ方はソフトウェア業界でもユーザーインターフェイスやユーザーエキスペリエンスと呼ばれる顧客の体験をいかにデザインするかという問題解決としてのデザインが同様に注目されてきた。2000年代後半にはデザイン思考の普及により,積極的な顧客経験の創出や思考法の提言がされ,デザインの役割は意味や経験の創出のための重要な要素ととらえられるようになっていく。「デザインは,ただ形状をきれいに見せるためだけの手段ではなく,むしろデザインでビジョンを提案して,ニーズを先回りするべきである。デザインはもともと「モノに意味を与える」という意味を持っている。すべての製品は意味を持っている。意味は,ユーザーと製品の相互関係による結果である。ほとんどの場合,実物を見せない限り,人というのは自分が何を欲しいのか,分からないものなのだ(Verganti, 2009, pp. 60–61)。」といったロベルト・ベルガンディの主張に見られるように,例えばスウォッチが時計の意味を変え,スターバックスがコーヒーショップをコーヒーを飲む場所からくつろぎの場に変えたように,デザインには意味や経験を定義する力がある(Verganti, 2009)。言い換えればデザインには製品価値を定義する意味概念を活性化し定義づけていく価値があり,2000年代はこういった価値をマーケティング戦略においても積極的に活用していこうとする企業姿勢がうかがえる。この流れは前述のデザイン思考の普及とともに,製品開発の初期段階においてプロトタイプと呼ばれる試作デザインを積極的に活用すべきという主張と共通する点が見られ,マーケティング活動において,意味発見・創造を促す媒介としての価値がデザインの新しい役割となってきているととらえることができる。

このデザインの価値の変化を図式化したものが下記である(図1)。

図1

マーケティング研究とデザイン価値の変遷

2. コンセプトテストと視覚化に関する研究レビュー

コンセプトテストとは「新たに創造した価値が顧客に受け入れられるかを,ターゲット顧客に提示して検証する。これをコンセプトテストと呼ぶ」(Hirota, 2012, p. 110)。通常の製品開発プロセスにおいては,製品開発投資の判断が遅れるほど失敗したときの財務的な損失は大きい(Thomke, 1998)。したがって,製品開発プロセスにおいてはできるだけ早い段階で,製品アイデアの良し悪しを判断し,投資や上市に値するアイデアかをテストで見極めようとする。コンセプトテストには3つの目的がある。1つ目は完成度の低いコンセプトを開発上市対象から削除すること,2つ目は発売された時の売り上げやトライアル率を予測すること,3つ目はアイデアを昇華させることである。コンセプトテストの方法論については例えばCrawford(2011)は,コンセプトテストが機能しにくい状況として,製品ベネフィットが個人のセンスに依存するようなアロマや香水のようなものである場合,芸術やエンターテイメントの新サービスの場合,ユーザーが想像できない新しいテクノロジーが含まれる場合,消費者自身が自分の課題が何かを理解していない場合などを挙げており,画期的な新しいテクノロジーやサービスの場合は,コンセプトテストにおいて実際の試作品などを提示するプロトタイプコンセプトテストの有効性を述べている。

提示物には口頭,記述されたもの,モデルやプロトタイプ,バーチャルリアリティといったものがあるが,初期段階のテストでは,どの方法でも回答者から得られる回答は大きく変わらない。この点については,他にも文章とビジュアル,その両方という3つの提示物で実証研究を行い,提示物の差によってコンセプトテストの結果に差がないことを主張した研究が存在する(Gavin & Malcon, 2004)。一方で,提示物の差に着目したコンセプトテストに関する研究では,「性能」についてはアイデアの表現の具体性は低<おさえた上でベネフィットを具体的に表現するのがよいこと,他方「操作性」については製品属性によって異なるが専門知識の必要でないものについてはベネフィットの表現の具体性を低くおさえるのがよいとするものが存在する(Kato & Nakazyo, 2004)。

また,プロトタイプを提示し触ってもらうことで,プロトタイプを提示しない場合に比べ購入意向と価格弾力性が高まると主張する研究もある(Boris, 2016)。対象者に使用経験を促した場合とそうでない場合に比べ製品好意度が高まるといった研究がある(Hamilton & Thompson, 2007)。

このようにコンセプトテストに関する研究においては,提示物の差が結果の差に与える影響は少ないと主張するものと提示物の差によって得られる情報や評価にどのような差が生じるかに主眼を置いた研究が若干存在する。しかしながら,「コンセプトの表現方法がコンセプトテストの結果に与える影響については,製品の種類によってどのような違いがあるのかを含めて明らかにされていないのが現状である」(Kato & Nakazyo, 2004, p. 121)とあるように,プロトタイプやバーチャルリアリティなどをコンセプトテストのどういった目的のために活用するべきか,またその効用について研究しているものは少ない。この点についてOgawa(2016)は1,500人を対象にトイレットペーパーを使った実証実験を行い,文字で表現されたコンセプト群とデザインで表現されたコンセプト群では,消費者の使用意向順位差異が生じるという点を検証している。コンセプトテストにおいては,提示物の違いではコンセプトの選好順位は変わらないという従来の研究結果に対し,文字で提示されたコンセプトとデザインで提示されたコンセプトでは選好順位が変わる点を指摘している。コンセプトテストの目的の1つが,複数の開発コンセプトに優先順位をつけ,完成度の低いコンセプトを開発上市対象から削除することにあるとすれば,コンセプトテストにデザインを使用することは,文字だけで提示することに比して合理的な選択ができることを示唆している。このデザイン価値について,ゲームツリーを例に後ろからゲームを解いていき合理的選択を行うことのできる後退帰納法的価値としている(Ogawa, 2016)。このことは,前述のコンセプトテストの2つ目の目的でもある「発売された時の売り上げやトライアル率を予測すること」にも直接的に寄与する。

しかしながら,イノベーションが注目され,ペルソナ戦略に見られるようにターゲットがより細分化され,新しいテクノロジーが台頭し,サービスドミナントロジックによってサービスが取引の中心となっている背景から,開発プロセスにおける製品の意味概念の探索が重視されてきている点を考えれば,サービスや簡単に想像できない製品こそ早い段階での製品の投資判断や意味の発見のためのコンセプトテストのあり方が求められている。すなわち,コンセプトテストの目的の3つ目である「アイデアを昇華させる」ことがより重要になってきている。この点については,コンセプトテストの研究レビューに対し,コンセプトを視覚化することの効用についての研究が存在する。例えばIsono(2011a)は,プロジェクトの進め方を「コンセプト決定後にデザインを開発するプロセス(Build after Thought)」と,「デザイン開発がコンセプト開発に影響を及ぼすプロセス(Build to Think)」とに分け,上場・有力非上場企業におけるマーケター・デザイナー93人から得られた結果をもとに33%のケースで両方のプロセスが使われていることを確認している。また,プロトタイプの開発段階における視覚化活用の効果として,市場環境が激しく変化する場合には,コンセプト確定後のコンセプト理解促進のためのデザインではなく,コンセプト開発・視覚化はオーバラップし,製品魅力の分散を低減することで,より高い製品の魅力を実現するといった研究が存在する(Bhattacharya, Krishnan, & Mahajan, 1998)。

近年,このように開発における視覚化の有効性に関する主張や研究がみられるが,そのコンセプト視覚化がコンセプト洗練化になぜ,どのようにして有効であるのかについては明らかではない(Isono, 2011a)といった主張にみられるように,視覚化についての理論的背景,検証についての研究は不十分である。

同時にIsono(2011b)は,「創造的視覚化を活用する新製品コンセプト開発」のなかでこの点に触れ,創造性理論から視覚化有効性の理論化・検証を試みている。「創造的アイデアは小アイデア同士の一件無関係な組み合わせ(association)がいくつも思考される。そのうちの小アイデアの組み合わせの結果が,実は問題によく適合するとき,いいアイデアの思いつきとして意識上に現れる(Isono, 2011b, p. 47)」とし,創造性理論を引用したサントリーの伊右衛門,日本コカ・コーラの「からだ巡り茶」の事例研究から,経営におけるデザイン重視度に差のある2社において,視覚化活用がコンセプトを可逆的に洗練させている例をあげている。

また,Isono(2014)は56人の学生を対象に,オーラルケアの製品アイデアを文章だけの記述とスケッチを使った記述のグループに分け,生まれたアイデアの新規性と有意味性の2点で視覚化活用によるアイデア開発における効果を検証している。これらの研究は,製品開発プロセスにおける視覚化の効果の理論化を試みる有意義な研究であるが,具体的な提示物の差による視覚化効用のメカニズム解明のための仮説立案と仮説立脚における理論背景に脆弱性が見られる。

III. 仮説の設定

1. 解釈レベル理論の援用

前節の研究論文のレビューにおいて,意味探索を前提とするノンリニア型の製品開発プロセスが台頭し,その中でデザインが意味の創出において一定の役割を担うようになったことが確認された。また,開発の初期段階におけるコンセプトテストにおいては過去の研究が発展途上であることを指摘し,開発初期段階におけるコンセプトテストの提示物としてのデザイン活用の有効性についてさらなる研究の必要があることが確認された。その上で,本研究では,開発プロセスにおけるデザイン活用の有効性に関する仮説を設定し,実証分析を試みる。仮説設定にあたり,解釈レベル理論を援用したい。

解釈レベル理論(Construal Level Theory)とは対象との心理的距離による精神的表象の変化を説明した理論で,ニューヨーク大学のYaacov Tropeやテルアヴィヴ大学のNira Libermanらを中心として構築が進められてきた(Liberman & Trope, 1998; Trope & Liberman, 2003; Liberman, Trope, & Stephan, 2007)。近年,消費者行動研究においては解釈レベル理論の導入が盛んに進められている。その意義は消費者の製品選択プロセスについて直接的な説明や予測を提供する点にある。例えば,パーティの幹事を引き受けた場合,半年前は趣旨や目的などの本質的な側面に共感し幹事を喜んで引受けたものの,3日前になると会場の手配や出欠管理などの副次的な側面に注目し,幹事を引き受けたことに対して後悔を覚える。このように人の解釈は対象となる事物との心理的距離によって対象のとらえ方が異なるというものである。対象との心理的距離とは時間的距離(たとえば,1年後と明日),空間的距離(たとえば10 km離れた店舗と1 km離れた店舗),社会的距離(たとえば自分から見た他者と自分),経験(たとえば,PCの画面上で見ただけの製品と実際に触れた製品),仮説性(たとえば50%の確率でいける旅行と100%の確率で行ける旅行)によって位置づけられる。この心理的距離が遠い場合,高次の解釈がなされる。対象のとらえ方の特徴としては,抽象的,単純,構造的,一貫的,脱文脈的,本質的,上位的,目標関連的,Why視点,望ましさといった視点でのとらえ方をされる。逆に心理的距離が近い場合には,低次の解釈がなされる。その視点は,高次の場合と比較し,具体的,複雑,非構造的,非一貫的,文脈依存的,副次的,下位的,目標非関連的,Howの視点,実現可能性といった解釈がなされる傾向にある(Trope, Liberman, & Wakslak, 2007; Togawa & Yashima, 2014)。

この点を踏まえれば,コンセプトテストにおいて,心理的距離が近い提示物の方が改善点や新しい使い方の発見がしやすいことが考えられる。この点を背景に仮説設定を行う。

2. 仮説1の設定

本研究では製品開発プロセス1)におけるデザイン活用2)の有効性について,「コンセプト提示物の違いによってはコンセプトテストから得られる結果は変わらない」という主張に対立する視点から仮説を設定する。解釈レベル理論によれば,心理的距離が遠い場合と近い場合で対象物の解釈が異なるとしている。

この主張を援用すれば,具体性の高い提示物であるデザイン提示では,具体的,複雑,非構造的,非一貫的,文脈依存的,副次的,下位的,目標非関連的,Howの視点,実現可能性といった視点で提示物の解釈が行われる。そのため,デザインを提示することにより,製品の意味創造に不可欠なHowの視点や,実現可能性を考慮した具体的な改善のアイデアが創出しやすく,デザインを活用することで開発プロセスにおける意味の発見が促進されることが考えられる。製品開発プロセスに製品の意味発見過程が内在し,デザインによるコンセプトの提示がアイデア探索に効果を発揮するならば,製品開発において早期のデザイン活用には価値があるといえる。そこで

仮説1:文字で表現されたコンセプトに比してデザインで表現されたコンセプトのほうが,改良アイデアが生み出しやすい

と設定する。

3. ハプティック知覚研究における製品接触の意味概念の活性化研究の援用

ハプティック知覚とは消費者が自らの手で自由に対象物に触れることで得られた知覚のことであり,近年,感覚マーケティングへの関心が高まると同時にこのハプティック知覚を取り上げた研究が増加している(Park, Ishii, & Togawa, 2016)。触覚は,製品評価において視覚の次に重視される感覚であり(Schifferstein, 2006),製品評価においては重要な情報になりうることが想定される。過去のハプティック知覚研究においても,製品の接触の有無によって製品評価の結果に影響を及ぼすとする研究がなされている。

例えば,同じ量のヨーグルトを食べても器の重量が重い方が味の濃厚感,好感度,推定価格が高いこと(Piqueras-Fiszman, Harrar, Alcaide, & Spence, 2011),枕カバーやタオル,携帯ライトなどの高品質な製品への接触は,製品の品質の高低に関わらず,製品の知覚品質を高めること(Grohmann, Spangenberg, & Sprott, 2007),同品質の水であっても硬い容器で飲んだ水の方が柔らかい容器で飲んだ水よりも高く評価されること(Krishna & Morrin, 2008)などが示されており,製品接触の存在が製品品質評価へ影響を及ぼしている点が検証されている。

一方,近年のハプティック研究においては,その研究対象が接触の有無と製品評価の関係性の研究から,所有意識,意味的適合,感覚転移など接触の影響メカニズムの解明へ拡大している傾向が見られる(Park, Ishii, & Togawa, 2016)。

こういった先行研究の中で製品評価に影響を与えるのは接触経験そのものではなく,その経験によって意味概念が活性化され,その結果として製品コンセプトの解釈に影響を及ぼすとしたものがある(Zhang & Li, 2012)。この研究では,ハプティック知覚における重さに焦点をあて,重いものを持つという行為及び重いものを持つという過去の経験からくる意識が意味概念の活性化を生み出し,その結果「重いもの」=「大切なもの」という経験からくる意味概念が製品の解釈に影響を及ぼすとするものである。従来の研究で主張されている,「重いものを運ぶ」という行為そのものが直接的に製品判断に影響を及ぼすとする考え方に対し,ハプティック知覚が過去の経験に基づく意味概念の活性化を促すというプロセスを通じて,製品の比喩的評価・理解・判断に影響を及ぼすことを指摘している。同時に飲料ボトルを用いた実証研究から,ハプティック知覚における製品評価に与える影響は,必ずしも接触という行為だけでなく,接触を想起させる心的シュミレーション(重さの概念に関連する連想や想起)も消費者の意思決定に同様の影響を与えるとしている。

4. 仮説2の設定

ハプティック知覚研究における「接触行為が,意味概念の活性化を促す」という主張は,デザインが意味概念を規定する価値があると主張するデザイン研究の主張と重なるものである。これらの先行研究を製品開発プロセスにおけるデザイン提示の有効性についてあてはめると,コンセプトテストにおいて接触可能な提示物を使用することで,製品コンセプトの改良や改善案,新しい使い方といった製品コンセプトを高めていくためのアイデアが収集しやすくなるという効果を仮定することができる。改良や改善案,新しい使い方といった製品コンセプトを高めていくためのアイデアの収集は,コンセプトテストの目的の1つであることから,接触可能なデザイン提示によってコンセプトテストそのものの有効性が高まると考えられる。

従来コンセプトテストの提示物は,前述のコンセプト研究が示すように文章で示したものや,ポスターなどの提示物として使われる平面のデザイン,接触可能な商品デザイン,映像や仮想空間の中で使用体験が得られるVRなど様々な提示物が使われている。しかしながら,提示物による効果の差についての研究は少ない。本研究では,ハプティック知覚及びデザイン研究の両分野の先行研究に立脚し,下記の仮説を設定する。

仮説2:接触可能な商品デザイン提示は,接触不可能な平面デザイン提示に比べ改良アイデアが生み出しやすい

IV. 実証分析

富士里和製紙株式会社(富士市 代表取締役 里和 義政氏)で実際に開発時に検討されたトイレットペーパーに関するコンセプト案を使用し,2017年7月8月の3日間,東京で会場調査を行った。調査対象者は普段トイレットペーパーをスーパー・ドラッグストア等のリアル店舗で購入する20~60歳女性を対象とし,事前スクリーニングを行った97人に調査を実施した。文字によるコンセプト,文字と平面デザインによる提示(コンセプト文と2次元の商品デザイン),商品映像動画提示(1分程度の動画),文字+立体デザイン(コンセプト文+製品ダミー)の4つを提示し(図2),それぞれをPQRSとし,各提示物を壁で区切ったブースを会場に作り,順序効果を考慮するため閲覧順序を4パターンに分けた。

図2

提示物内容

本件研究で対象となるデザインによる提示物については,「文字と平面デザインによる提示(Q)」と「文字+プロトタイプ(R)」の2点の提示物がデザインを活用したものとする。調査時にはイニシャルにおけるバイアス効果をさけるためPQRSと提示したが,本論文では仮説検証の流れを確認しやすくするため,文字による提示物(コンセプト文)を「文字のみ(ND1)」文字と平面デザインによる提示物(コンセプト文と2次元の商品デザイン)を「文字+絵(D1)」,文字+プロトタイプ(コンセプト文+ダミー)を「文字+プロトタイプ(D2)」,商品映像動画を「動画(ND2)」と記載する。尚NDとはNon Designの意味であり,本研究でのデザイン提示物とは「文字+絵(D1)」,「文字+プロトタイプ(D2)」の2つの提示物であるとする。対象者にはそれぞれの提示物につき,購入意向,購入理由を聞いた後,改善のアイデアの浮かびやすさ,新しい使い方の思いつきやすさについて回答を求めた3)。また最後に提示物が具体的であったか抽象的であったかを質問し,解釈レベル理論を援用するためにそれぞれの提示物の具体性,抽象性の相対的な位置づけを定量的に確認した。尚,提示物については情報量による差がでないように,同一の文字情報やデザイン情報を元にして制作した。

V. 分析結果

1. 仮説1に対する分析の結果

仮説1「文字で表現されたコンセプトに比してデザインで表現されたコンセプトのほうが,改良アイデアが生み出しやすい」についての検証には,5点尺度を採用した。提示物それぞれに対して回答ごとにスコアリングを行い,購入意向,改善案,新しい使い方,具体性の4つの回答について,提示物間の計6通りの全ての組み合わせについてt検定を行った。その結果は表1のとおりである。スコアリングは肯定的回答を5として平均値を算出した。

表1

各スコアと検定結果(スコアは5段階の各評価を5~1として平均値を算出した。5に近いほど評価が高い)

提示物の具体性については,具体性の低いものから順に,「文字のみ(ND1)」「文字+絵(D1)」「文字+プロトタイプ(D2)」「動画(ND2)」と評価された。「文字のみ(ND1)」とそれ以外では具体性において差の有意性が見られた。また「文字+絵(D1)」と「文字+プロトタイプ(D2)」および「文字+絵(D1)」と「動画(ND2)」においても具体性において差の有意性が見られた。「文字+プロトタイプ(D2)」「動画(ND2)」の間には差の有意性はみられなかった。

一方,「改善のアイデア」の思いつきやすさについては,「文字のみ(ND1)」の場合と比して「文字+プロトタイプ(D2)」「動画(ND2)」いずれも「改善のアイデア」の思いつきやすさについて差の有意性が見られた。同様に「文字+絵(D1)」の場合と比して「文字+プロトタイプ(D2)」「動画(ND2)」いずれも「改善のアイデア」の思いつきやすさについて差の有意性が見られた。「文字+プロトタイプ(D2)」「動画(ND2)」の間には差の有意性はみられなかった。以上の結果は図3のとおりである。

図3

提示物の具体性とアイデアの思いつきやすさ

この結果から,仮説1:文字で表現されたコンセプトに比してデザインで表現されたコンセプトのほうが,改良アイデアが生み出しやすいと設定した仮説については一部支持された。

2. 仮説2に対する分析の結果

仮説2:接触可能な商品デザイン提示は,接触不可能な平面デザイン提示に比べ改良アイデアが生み出しやすいにおいては,「文字+絵」(D1)と「文字+プロトタイプ」(D2)において,改善のアイデアの生み出しやすさに差が見られたことから支持された。

VI. 実務への示唆と今後の課題

本研究においては,製品開発プロセスにおけるデザイン活用の有効性が部分的に認められた。4つの提示物の内,解釈レベル理論が示すように,接触可能な提示物は従来の文字のみの提示や2次元のデザイン提示に比べ,具体的だと考えられており,より製品コンセプトの理解を促し,改善アイデアの思いつきやすさが高いとされた。また有意性は確認できないが,より具体的と感じられていた動画よりも接触可能な提示物のスコアが高いことから,具体的か抽象的かといった解釈レベル理論に加え,今後ハプティック知覚の研究の援用が補完的説明になりうる可能性が見られた。また,接触経験は非接触経験よりも意味概念の活性化が活発に行われることで,改良アイデアの創出につながることが確認された。このことは,接触経験が製品評価といった目的だけでなく,製品開発プロセスの初期段階において積極的にプロトタイプを活用することの有効性を示唆している。

この結果から実務への示唆として考えられることは,開発の初期段階に触ることのできるデザインを積極的に活用することで,コンセプトのテストの3つ目の目的,すなわち「アイデアを昇華させること」が活発に行われる可能性が高いということである。特にハプティック知覚により改善アイデアが創出されやすくなるとする本研究は,デザイン思考をはじめとするラピッドプロトタイピングの有効性を研究の視点から明らかにすることができた。また,デザインの後退帰納法的価値(Ogawa, 2016)と今回の結果を合わせて考えれば,デザインの活用はコンセプトテストの3つの目的,すなわち「完成度の低いコンセプトを開発上市対象から削除すること」「発売された時の売り上げやトライアル率を予測すること」「アイデアを昇華させること」のすべての効果を高める可能性が提言できた。

こういったデザイン活用の有効性について理論的背景を提供できたことは,実務において開発の初期段階において積極的にデザインを活用することの後押しが可能になったのではないかと考えている。

一方で本研究においては,下記の7点において限界があり,今後さらなる研究が必要である。1点目は「改善アイデアが思いつきやすい」という調査対象者の回答をそのまま実際のアイデアが思いつくということと結びつけて考えられるのかといった疑問である。対象者が「アイデアが思いつきやすい」と回答しても,実際の改善アイデアはその質と量の両面から評価されなければならず,この点については今後改善アイデアそのものを対象にした質的,量的両面からの分析が必要である。2点目は接触経験が開発アイデアの思いつきやすさに結びつくメカニズムが明確になっていない点である。先行研究においては,「重い」という接触経験からくる抽象的な概念が,「重い」=「重要」という個々人の経験によって構築された意味概念の活性化によって解釈され,製品コンセプトの理解・判断・推定につながりうるメカニズムを提唱している。実証研究では提示物の具体性とコンセプトの理解のしやすさには一定の相関がみられたが,提示されたトイレットペーパーに触るという行為が触発する被験者の過去の接触経験がもたらす意味概念について触れておらず,このメカニズムに対するさらなる仮説検証が必要である。

3点目は動画という提示物の位置づけに対する曖昧さが残る点である。動画は接触経験は提供しないが具体性が高く,改善のアイデアの出しやすさにおいても接触経験と同様の効果が見られる。動画では聴覚の刺激が追加されており,感覚マーケティングにおける聴覚の先行研究を基にした新たな研究の枠組みと,調査サンプル数を増やすこととで統計的な差をより明確にしていく必要がある。

4点目は,調査で用いたコンセプト文,デザインの恣意性の排除の限界である。文章によるコンセプト表現とデザインによるコンセプト表現を同列に比較する場合,その対象物はある一定の客観的同列性のうえで評価されるべきものであるが,そもそもコンセプトやデザインを描く人間の意図や,技能へ依存する点を完全に排除することができない。今回はできるだけそういった恣意性を排除するために,実際の商品開発プロセスで使用されたものを調査対象とした。実際の商品開発過程で制作されたものには,特定の研究目的にかかわる恣意性は存在しえないからである。また,各提示物で使用される情報量に差が生じないよう同じ文章を使用した。とはいえ,それだけでは客観的同条件において提示物が制作されたことの根拠には不十分であり,この点については本研究の課題として今後も方法論の検討が必要である。

5点目はカテゴリー適用の限界である。トイレットペーパーという限られた商品を対象にした調査結果であり,幅広いカテゴリーでの活用には限界がある。今後より広いカテゴリー,商品での検証を積み重ねる必要がある。

6点目は消費者調査による検証の限界である。本来会場調査であっても,本研究の趣旨から仮説2の検証においてもピュアモナディックで提示物の差を比較すべきところだが,サンプル数に限界があるため提示物に対する評価を合算したスコアを元に分析している。この点については,今後同じ調査を積み重ねサンプル数を追加していくことを検討したい。

7点目は本調査がパッケージデザインのみを実証分析の対象としており,プロダクトデザインやファッションデザイン,インテリアデザイン,ジュエリーデザイン,サービスデザインなど幅広い製品カテゴリーにおける視覚化の有効性を示すものではなく,あくまでもパッケージグッズにおける有効性を検証した限定的である点である。

1)  本論文で用いる製品開発プロセスにおいては,注のない限り,Khurana and Rothental(1998)のファジーフロントエンドモデルにおける,商品アイデアの創造・評価・分析および商品コンセプトと商品開発計画立案という2つ初期段階のフェイズにフォーカスする。

2)  本論文におけるコンセプトテスト時のデザイン活用とは,製品を平面で説明するポスターやプロトタイプの活用を対象とし,文字によるコンセプト提示や動画によるコンセプト提示はデザイン活用の対象とはしない。

3)  調査における質問文は以下のとおりである

Q1 あなたは,このような『トイレットペーパー』があった場合,買ってみたいと思いますか?

Q2 あなたは,この商品がどのような商品か分かりやすいですか?

Q3 あなたは,この資料を見て,ご自身で持ち帰るイメージができますか?

Q4 あなたは,このようなパッケージの『トイレットペーパー』があった場合,このパッケージをもっと良いものにする改善のアイデアが浮かびますか?

Q5 どのようなアイデアが浮かびますか?できるだけ具体的にお知らせください。

Q6 あなたは,このようなパッケージの『トイレットペーパー』があった場合,この資料で紹介されている以外の新しい持ち運び方や家での保管方法など,このパッケージだからこその新しい使い方が思いつきますか?

Q7 どのような使い方が浮かびますか?できるだけ具体的にお知らせください。

Q8 この資料は,この商品を理解する資料として,どのように思いますか?

※具体的とは:見ただけ,聞いただけで分かるような形になっている様子。※抽象的とは:[具体的]の反対の意味です。

小川 亮(おがわ まこと)

94年慶應義塾大学環境情報学部卒業。キッコーマン株式会社,慶應ビジネスクールを経て株式会社プラグにてデザイン評価,デザイン思考による製品開発を行う。同社代表取締役社長。

2016年 日本マーケティング学会にてベストドクター賞を受賞。2017年経営管理博士号取得。

References
 
© 2019 The Author(s).
feedback
Top