マーケティングジャーナル
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マーケティングケース
デュアル・ソーシング戦略
― グッドスマイルカンパニー楽月工場 ―
石井 隆太白石 秀壽小野 晃典
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2020 年 40 巻 2 号 p. 83-93

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Abstract

アニメ等のコンテンツに登場するキャラクターを象ったフィギュアは,世界中のファンたちを魅了している。そんなフィギュアを生産するメーカーとして,国内有数のシェアを誇り,業界をリードしているのが,株式会社グッドスマイルカンパニーである。フィギュアの生産には,熟練工による手作業が必要不可欠であるため,フィギュアメーカーは,その生産工程の多くを,人件費の安い海外の委託工場に外注している。しかしながら,グッドスマイルカンパニーは,2014年,鳥取県倉吉市に楽月工場を建設し,全メーカーに先駆けて,一部の製品を,国内自社工場で生産することにした。このように,生産活動の内製と外注を同時に行う戦略は,デュアル・ソーシング戦略と呼ばれる。本論は,この戦略を採用することによって,同社が,フィギュアの品質向上・費用低下を実現するだけではなく,生産技術の立ち遅れを取り戻した上で,生産効率化の余地を探究し,取引条件に関する詳細な交渉を行うことにも成功しているということを示す。

Translated Abstract

Figures in the shape of anime characters attract fans all over the world. Good Smile Company is a leading company with a high market share in the figure industry. Because the production process of figures requires manual operations of skilled professionals, figure manufacturers outsource most of the process to overseas factories. However, in 2014, Good Smile Company established the “Lucky Factory” in Kurayoshi, Tottori and started producing some series of figures there. The strategy of simultaneously making and buying the same good or service is called a dual sourcing strategy. This paper shows that this strategy enables the company to not only improve quality and decrease the costs of the figures, but also to catch up on the latest production technologies and succeed in improving production efficiency and negotiating in detail with overseas factories.

国産第一号フィギュア「桜ミクBloomed in Japan」

落成した楽月工場で初めて生産されたのは,主力商品「ねんどろいど」シリーズの通算500番目という記念すべき品番を与えられた「桜ミクBloomed in Japan」であった。出典:グッドスマイルカンパニーHP(https://www.goodsmile.info/

I. はじめに―楽月工場のなりたち―

鳥取県中部の都市,倉吉は,東部の鳥取,西部の米子に次ぐ県下第3の都市である。この都市の市民に安定的な就労機会を提供し,ひいては地域経済の活性化をもたらすために,市が企業誘致を行ったところ,それに応じて西倉吉工業団地に工場を建設した企業の中に,株式会社グッドスマイルカンパニーがあった。同社は,主として,アニメ等のキャラクター(登場人物)を3次元化したフィギュア(人形)を,企画,製造,販売している企業である。

周知の通り,日本のアニメーション,すなわち,いわゆる「アニメ」は,もともと子供が鑑賞するコンテンツであったが,その鑑賞者が,アニメオタクと呼ばれる層の大人,ひいては,より一般の大人のファンへと拡大して久しい。多くのアニメが,テレビや映画館で放映・上映され,ときに,海外にも輸出されて人気を博するようになり,日本政府が推進する「クールジャパン」の一翼を担う存在にもなった。

アニメは,それ自体が商品であるが,周辺的な商品も多数生み出された。アニメにとって重要なのは,ストーリーもさることながら,劇中に登場するキャラクターたちである。主人公やそれを支える仲間,あるいは好敵手が,ファンたちを魅了している。本論の主題である「フィギュア」という商品は,そんなキャラクターたちを象った人形である。

かくして,子供向けとは異なり,高品質で高価格なフィギュアを提供する「フィギュア産業」なる業界が興った。フィギュア産業に類する産業としては,プラモデル産業や鉄道模型産業が挙げられるが,フィギュア産業の市場規模は,それらに比しても大きく,2019年現在,国内出荷金額ベースで約300億円に上っている(Yano Research Institute, 2019)。

フィギュア産業は,オタクと呼ばれる,市民の中でも少数派をメインターゲットにしており,しかも,次々と誕生しては終了していくアニメ作品の移り変わりに合わせて多種多様な製品を供給しなければならない。そのため,ある種類のフィギュアを生産し始めたが早いか,平均して数日経つと別の種類のフィギュアへの生産に切り替えるという,多品種小ロット生産を特徴としている。

この特徴のせいで,フィギュア産業の機械化は,他の産業に比べて遅れている。同一の製品を大量生産するのであれば,機械化は容易であろう。しかし,数日おきに異なる作業を機械に行わせるのは容易ではない。例えば,プラスチック粒を熱で溶かして金型に流し込んで射出成形したものを金型から取り出し,品質を確認したり,一部を切断したり複数を組み立てたりするなどの加工を施したりする作業をロボットにやらせるとしたら,数日おきにパーツが変更になるたびに,その軌道をプログラミングする必要が生じる。塗装も同様である。フィギュアにとって,塗装は,何か月もの習熟期間を経た適合者のみが担当できる重要な工程である(図1を参照)。熟練工が担当していてもなお,厳しい目を持つ消費者のニーズに合致しない不適格品が生じやすいため,機械化が望まれるわけであるが,塗装対象パーツが変更になるたびに,そのパーツとエアブラシをどのように動かしながらスプレーするかについてのプログラミング作業を,頻繁に行う必要がある。そのため,なかなか機械化するのは難しい。かくして,フィギュアメーカーは,人件費の安い海外の工場に生産を委託するようになった。

図1

フィギュアの塗装工程

楽月工場の職人たち(左の写真)は,機械にはできない微妙なグラデーション塗装をたった数秒間のスプレーワークで行い,しかも,まるで機械で塗装したかのように,何度やっても寸分たがわぬ塗装を行うことができる(右の写真がグラデーション塗装前(左)とグラデーション塗装後(右))。写真は楽月工場にて著者撮影。なお,左端は谷本哲也工場長である。

驚くべきことに,フィギュアメーカーは,海外の委託工場に対して,設計図や生産工程表を渡して指示通りに生産するように依頼するのではなく,原型師と呼ばれるフィギュア彫刻の担当者が作った見本を渡し,見本通りに生産するようにと依頼するという。途中,メーカー側と工場側で何度も修正に関するやり取りが行われるものの,生産工程に関しては工場側に任せることが多いため,日本側は,どのように作るのか詳細部分までは解らない。その結果,子供向けから大人向けへと高品質化していったこの産業の製品を生産するノウハウを充分に蓄積することが日本側にとっては難しく,海外の委託工場に依存する状態になっていった。この問題を解消するために,グッドスマイルカンパニーは,他社に先駆けて,生産の一部を,新規に建設された国内自社工場「楽月工場」で行うことにしたのである(図2を参照)。このように生産活動のアウトソーシング(外注)とインソーシング(内製)を同時に行う戦略は,デュアル・ソーシング戦略と呼ばれている(Mols, Hansen, & Villadsen, 2012; Parmigiani, 2007)。本論は,グッドスマイルカンパニーによる楽月工場の建設と,デュアル・ソーシング戦略が,同社にいかなる競争優位をもたらしているのかについて論じたい。

図2

楽月工場

国内唯一のフィギュア量産工場「楽月工場」。英訳名は,Lucky Factoryである。なお,海外の委託工場の多くにも,「如月工場」や「明月工場」のような「月」にちなんだ名称が与えられている。写真は,落成記念動画からのキャプチャー画像(https://www.youtube.com/watch?v=R7UOFyGlV0E)。

II. フィギュアとフィギュア産業

昭和の時代,子供向けに発売されていたソフトビニール製や,超合金と呼ばれる金属製の人形は,頑丈で安全という特徴を有していた。それに対して,平成・令和の時代,フィギュアといえば,それらのタイプの人形を指すのではなく,むしろ,大人のファンの嗜好に合わせた人形を指す。たとえて言えば組み立て済のプラモデルのように,雑に取り扱うと壊れてしまうような脆さがあるものの,その分,ソフビ人形や超合金よりはるかに精巧にキャラクターの姿や表情を再現することに成功しており,それを飾り棚に飾った上で鑑賞して楽しむというスタイルの人形,それが,ここでいうフィギュアである。

フィギュアには,いくつかの種類がある(図3を参照)。形状に基づいてフィギュアを分類すると,最も典型的なフィギュアといえば,「スケールフィギュア」であろう。これは,アニメ作品に登場するキャラクターの姿を,作品の一場面を連想させるポージングに固定した上で,実際の人間に換算すると約1/3から1/12程度の縮尺で忠実に再現したフィギュアである。また,亜種として,ポージングを自由に変えることができるように,人形の関節部が可動式になっている「アクションフィギュア」もある。

図3

様々なタイプのフィギュア

左端は非稼働タイプのスケールフィギュア(他社商品),中央は稼働タイプのアクションフィギュア(マックスファクトリー「figma」ブランドの商品),そして,右端はデフォルメフィギュア(グッドスマイルカンパニー「ねんどろいど」ブランドの楽月工場製商品)である。なお,モチーフは,3種とも,鳥取県出身の漫画家,青山剛昌氏のキャラクター「怪盗キッド」である。出典:各社ウェブサイト(https://www.kotobukiya.co.jp/product/product-0000002940/https://www.goodsmile.info/ja/product/6087/figma+怪盗キッド.htmlhttps://www.goodsmile.info/ja/product/8247/ねんどろいど+怪盗キッド.html)。

他方,「スケールフィギュア」とは異なり,アニメ作品の劇中人物や実際の人間のプロポーションを,おおよそ乳幼児の比率またはそれ以上の比率にまで,頭部を巨大化させ,キャラクターを可愛らしく表現した「デフォルメフィギュア」もある。スケールフィギュアにおいては,しばしば,成人の女性や男性の持つ身体的特徴が強調される。それと対照的に,デフォルメフィギュアは,そのような性的表現のアンチテーゼともいうべき存在である。

形状以外のフィギュアの分類方法として,販売形態に言及するのも有用であろう。まず,上で紹介したフィギュアとは一線を画す,超小型で細密性に乏しい人形であるが,ガチャガチャのプラ製カプセルに入れられて販売される「自販機フィギュア」や,オマケとして菓子に同梱される「食玩フィギュア」がある。これらは,古今,子供向けも多いが,実際の消費者の中には大人も多い。

自販機フィギュアや食玩フィギュアが超小型であるのに対して,「プライズフィギュア」といって,ゲームセンターにおけるクレーンゲーム等のプライズ(賞品)として提供されるフィギュアは,上で紹介したフィギュアに相当するような,ある程度の大きさがあり,また,造形や塗装に細密性のあるフィギュアである。しかし,数百円のゲームにとっての景品であるから,低コストで生産されており,造形と塗装の細密性に限界がある。

食玩フィギュアやブライズフィギュアは,それまでフィギュアとは無縁だった顧客層を顕在化させるのに貢献したものの,巨大市場へと成長させる立役者となったのは「市販フィギュア」であろう。これは,数千円から数万円という比較的高い価格付けがなされ,それゆえに最高品質の造形と塗装を伴って生産され,玩具店や専門店を介して,あるいは,メーカー直販方式で,販売されている。

III. グッドスマイルカンパニー

グッドスマイルカンパニーは,2001年,千葉県松戸市にて産声を上げた。創業当初はアーティストマネジメント等を中心とした多彩な仕事を受注していたが,エンターテイメント業界出身であった安藝貴範社長の下,フィギュアを含む玩具の企画・販売業務へと傾注していった。当初,出資企業であるフィギュアメーカー,マックスファクトリーとの業務提携の下で関わったのは,食玩フィギュアの企画・製造であった。おりしものブームで,生産が受注量に追いつかなくなると,高品質な市販フィギュアを作ることのできる海外の工場を探索して生産委託を行った。それと同様の方法で,2004年にはスケールフィギュア,2006年にはデフォルメフィギュアの作成に挑戦し始めた。デフォルメフィギュアの代名詞となる「ねんどろいど」シリーズにおける「初音ミク」第一号モデルである「ねんどろいど 初音ミク」は出荷数10万個超えの大ヒットを記録し,これを契機にして同社は業界をリードする企業へと成長を始めることになった。

ねんどろいどに類似した全長10 cmほどの手のひらサイズのデフォルメフィギュアの競合商品は,以前から発売されていたが,ねんどろいどは,原型師たちの造形の丁寧さと,海外の委託工場における組立・塗装の丁寧さがファンたちの厳しい目に叶い,大きな評判を呼ぶことになった。ファンたちは,この商品を「かわいい」と漠然と評するが,グッドスマイルカンパニーは,顔の各パーツをいかに造形・配置すれば顧客が「かわいい」と感じるかについて分析している。さらに,工場においては,完成品のうち約15%を不適格品として処分するほど厳しい品質管理を行っている。そうした努力によって,ねんどろいどシリーズは,持続的にヒットを飛ばし,2020年4月現在,累計1,340種にも及んでいる。

そのヒットに伴って,海外の委託工場も次々と増設され,現在,中国の深圳・東莞を中心に従業員数100人から1,500人規模の委託工場を10か所抱え,最近では,フィリピンに新たな委託工場を持つに至っている。高い生産能力を持つ委託工場群は,ファンたちの厳しい目に叶う品質のフィギュアを生産する上での鍵の一つであり,グッドスマイルカンパニーに固有の資源と言いうるであろう。

フィギュア産業は,アニメ作品の移り変わりに合わせた,多品種小ロットの生産が求められるという特徴を持っているということは本論冒頭で触れた通りであるが,そうした小ロットの一つひとつに対する需要が予測しにくいせいで,売れ残りや売り逃しのリスクが極めて高いという特徴をも併せ持っている。すると,買い手の側としても買い逃しのリスクがあるために,一部の熱心なファンたちは,販売前のフィギュアを予約しようとする。他方の流通業者も,そうした予約を受け付けて,予約状況に応じた発注を掛けようとする。しかし,このように自然発生した予約行動に対して,多くのフィギュアメーカーは,慣習的に,予約数量の配荷を保証していなかった。グッドスマイルカンパニーは,この点を改善して,予約分を必ず納品するという努力をもって予約に報いようとした。その結果,問屋や特約店も安心してファンからの予約を熱心に受け付けるようになった。かくして構築された製販協力体制と,その下で行われる予約販売に伴うより正確な需要予測能力もまた,グッドスマイルカンパニーに固有の資源として位置付けられるであろう。

グッドスマイルカンパニーは,また,フィギュアを中心とする玩具事業だけでなく,その他の事業にも携わっている。例えば,2015年,人気の飛行機レース「レッドブルエアレース」を日本で初開催したのは,同社である。また,それに先立つ2008年,国内最高峰の自動車レース「スーパーGT」に参戦しており,過去3年にわたって,クラスチャンピオンに輝いている(図4を参照)。また,ロードバイク用のアパレルブランド「GSR Gear」も展開している。さらには,「グランドサマナーズ」などのスマホ用ゲームアプリの開発や,テレビ向けの「働くお兄さん!」や関連会社グッドスマイルフイルムによる「ゴブリンスレイヤー」などのアニメーションの製作,プロデュースからは,コンテンツの二次利用から一歩進んで,新しいコンテンツを自ら生み出していこうとする,企業家精神ないし企業家志向(Miller, 1983)とも言える同社の挑戦的な企業文化の一端を窺い知ることができる。

図4

GTカーとレーシングミク

「グッドスマイルレーシング」は,いまや国内最高の自動車レーシングチームの一つである。左の写真は,レースカーを象った自動車模型,右の写真は,チームキャラクター「レーシングミク」のフィギュア。ミクのフィギュアは,頻繁にモデルチェンジされる人気商品である。出典:https://www.goodsmile.info/ja/product/4554/グッドスマイル+初音ミク+Z4+2014+第2戦優勝ver.htmlhttps://www.goodsmile.info/ja/product/8643/レーシングミク+2019Ver+feat+杏仁豆腐.html

IV. 楽月工場と倉吉

さて,そんなグッドスマイルカンパニーによる国内自社工場「楽月工場」の建設は,もっぱら海外の委託工場で製品を生産してきたフィギュア産業において,画期的なことであった。同社は,倉吉市と同じく工場誘致を行っていた他の地方自治体にも接触したという。しかし,そのような自治体の多くは,同社が広く一般には知られていない企業であるということからなのか,あまり積極的ではなかった。

それとは反対に,倉吉市は好意的であった。2012年,「まんが王国」を宣言した鳥取県において,倉吉の北には青山剛昌作「名探偵コナン」で町おこしを成功させている北栄町,西には水木しげる作「ゲゲゲの鬼太郎」の境港市が立地しており,同市自体も,欧州で人気を博した谷口ジロー作「遥かな町へ」の舞台となったことで,そのレトロな街並みが世界中に知られるという恩恵を,マンガから受けていた。最近においては,楽月工場建設の2年前にあたる2012年から開始されたWeb連動型音楽配信企画「ひなビタ♪」において,仮想のバンドメンバーの女子中高生たちが暮らす地方都市,倉野川市のモデルが,倉吉市ではないかということで,市外のファンが大挙して全国から倉吉市に訪問するという聖地巡礼ブーム(cf. Ono et al., 2020; Shiroishi & Kubo, 2019)が起き始めていた。すると,それを受けて,楽月工場誘致後の2016年のことであるが,倉吉市は,ネット上の仮想都市,倉野川市と姉妹都市提携を結び,仮想のヒロインたちを同市観光課のマネジャーとして雇用するという,遊び心のある政策を打ち出した。倉吉市とは,そのような文化的背景と柔軟性を持つ稀有な自治体であり,そのことが,グッドスマイルカンパニーの社名を聞いて,二つ返事で建設を歓迎することに繋がったのである。

V. 楽月工場の存立論拠(1):品質の向上と費用の節約

かくして,楽月工場は落成・稼働した。このことは,グッドスマイルカンパニーに幾つかの競争優位をもたらした。一方において,品質面について,パッケージに貼られた「Made in Japan」のシールは,世界中の消費者にとって高品質のシグナルとして知覚されるし,実際に,厳しい目を持つファンすら気づけない微細なエラーのある商品を不合格と見なすような高品質志向が徹底された。海外の委託工場は,きちんと教育しなくては,低品質の商品を市場に流通させてしまうこともあるが,楽月工場製,ひいては品質管理を徹底するグッドスマイルカンパニー製は,それとは対照をなす高品質のフィギュアとしての評判を得ることになった。

さらに,高い品質を支える要因として,高い雇用定着率が挙げられる。海外の委託工場の問題点の一つは,年間の離職率が20~30%と高く,各生産工程において熟達した技術を持つ人材がすぐに企業から離れてしまうということである。企業が競争力を創出・維持するには,高い生産技術や優れたルーティンが必要であり,そのためには,従業員個々人の経験や記憶の蓄積が必要である(Nelson & Winter, 1982)。楽月工場では,年間97%という高い雇用定着率を誇っており,それが高い品質と競争力に貢献しているのである。

他方において,費用面について,海外にしか工場がなかった時には,距離の遠さと異文化コミュニケーションの難しさに由来して,商品企画者であるグッドスマイルカンパニーや,版権者であるアニメコンテンツの所有者が出荷前の商品確認を実施するのに時間が掛かっていた。楽月工場の建設以降は,確認に要する時間が減り,リードタイムが短縮された。

なお,海外からの遠距離物流は,輸送費という金銭的コストについて,国内の近距離輸送に比して不利ではないかと直観するところであるが,実は,さほどではない。なぜなら,フィギュアの生産において,最も重要な工程の一つである金型づくりは,依然として海外に依存しなくてはならないからである。フィギュアの金型は,大半の工業製品の金型が,先進のマシニングセンターを使った切削加工によって製作されるのとは異なり,芸術品の彫塑と同じように,通称「ベリ型」と呼ばれるベリリウム銅の鋳造型を用いて製作される。このような旧態依然とした金型製作を安価で請け負う企業が,日本には存在しないため,海外の業者に依存しなくてはならない。そのため,採用しうる選択肢は,海外製の金型を日本に輸入して生産を開始するか,金型を製作したら完成品を現地で生産して製品を輸入するかという,輸送費の点では大差のない2つに絞られるのである。

さて,以上の2つの点にも増して,国内自社工場の建設が同社にもたらした最大の競争優位は,本論冒頭に挙げた建設理由に関連している。すなわち,(1)失われた生産技術の遅れを取り戻した上で,(2)生産効率化の余地を研究し,(3)取引条件に関する詳細な交渉を行う力を強化することができたということである。これらについて,節を変えて論じたい。

VI. 楽月工場の存立論拠(2):ノウハウの学習・新技術の開発・交渉力の強化

グッドスマイルカンパニーに限らず,数多くのメーカーが,先述の通り,フィギュアの生産を海外の委託工場に任せてきた。しかし,海外委託には,生産工程の進化を図るという点で,ジレンマを抱えている。

一方において,先述の通りフィギュアの生産を日本のメーカーから委託された海外の工場は,独自の創意工夫を行って日本のメーカーにとって得難いノウハウを蓄積する結果となった。例えば,ゴルフボールの名入れのような曲面への印刷に適したタンポ印刷機を,多連装式にすることによって,奥深い重ね色を持った眼球を表現することを実現させるという,工作機械の改造を行ったのは,海外の委託工場であった(図5を参照)。

図5

楽月工場に設置された中国製タンポ印刷機

タンポ印刷機は,柔らかなゴムにインクを付けて,それを塗装面に押し付けて印刷するタイプの印刷機である。曲面への塗装に向いており,フィギュア工場では,目の印刷に使われる。目は何色もの色から構成されるため,印刷装置を幾重にも並べて,ベルトコンベア式に塗装する多連装式タンポ印刷機が導入されている。これは海外でのイノベーションの成果である。楽月工場にて著者撮影。

他方において,そのような工作機械を用いた機械化作業は,全行程の一部に採用されているにすぎず,多くの作業には,機械化作業と手作業を天秤に掛けた結果,実は手作業が採用されており,そこに,機械化の余地が残されている可能性があるということである。

このように,海外生産委託は,生産費用を節約するという点では優れている一方,生産工程の進化が図られないというジレンマを抱えている。しかし,その解消に貢献しているのが,委託工場と楽月工場から構成されるデュアル・ソーシング・システムである。このシステムを構築することによって,グッドスマイルカンパニーは,次の3つの競争優位を享受したと指摘することができるであろう。

第1の競争優位は,生産ノウハウの学習(Parmigiani, 2007)である。海外の委託工場には,独自の生産ノウハウが蓄積されており,それがイノベーションを生み出す原動力となっていた。日本のフィギュアメーカーは,海外の工場を視察して,そうしたイノベーションの存在を知ることはできるものの,その背景にあるノウハウを視察だけで修得することは不可能であり,直接的に経験すること,すなわち「為すことによって学ぶ」必要がある。楽月工場はそこに貢献した。2か年を費やして委託工場から移転された生産技術は,いまや,他社にとっては模倣困難な,グッドスマイルカンパニーの競争力の源泉(Barney, 1991)の一つなのである。

デュアル・ソーシングがもたらす第2の競争優位は,新技術の開発(Mols et al., 2012)である。委託工場の生産ノウハウを学習した後,楽月工場では,委託工場では行われていなかった生産効率化の余地を探って,産学連携や異業種間連携による研究を推進している。その例として挙げられるのは,職人によるスプレーワークで行われている塗装の機械化である。その機械化は到底かなわないと考えられていた工程を機械化するべく,溶接用ロボットアームのメーカーとの共同開発によって,エアブラシを操る手の動きを再現するための制御プログラムを完成させたのである(図6を参照)。

図6

楽月工場における塗装の機械化実験

左の写真は,要求される塗装細密度の低い手のパーツに対してロボットが塗装を行う様子。右の写真は,拳銃型のスプレーピースを振るう熟練工の腕の動きを再現する,より大掛かりな6軸垂直多関節ロボットによる塗装の様子。これらのロボットは,楽月工場が試験的に導入した後,海外の工場における量産の現場にも導入されている。楽月工場は,研究開発拠点としての機能を担っているのである。著者撮影。

さらに,生産工程の進化という目的で採用されたデュアル・ソーシングは,思いもかけず,第3の競争優位をもたらした。それは,委託工場に対する交渉力の強化(Heide, 2003)である。フィギュア生産を自社工場で開始したことによって,グッドスマイルカンパニーは,それまでは未知であった,各生産工程に掛かる労力や費用を把握することができた。つまり,フィギュアの自社生産によって,同社は,委託工場との間の情報の非対称性を軽減することに成功した。その結果として,同社は,委託工場との商談に際して,大まかな総額ベースでの金額交渉ではなく,詳細な各項目ベースでの金額交渉を行えるようになったのである。

最後に,グッドスマイルカンパニーにおけるデュアル・ソーシングは,同業・異業の企業家たちだけでなく,学術研究者から見ても注目に値する事例であるということを指摘したい。表1に示される通り,企業の生産形態は,生産場所(国内か海外か)と生産方式(自社生産か他社委託か)によって,4つの形態(表中のセルA~セルD)に分類される。しかしながら,これまでの学術研究は,国内・自社生産と国内・他社委託のデュアル・ソーシング(すなわち,セルA+セルB)(e.g., Mols et al., 2012; Parmigiani, 2007),あるいは,海外・自社生産と海外・他社委託のデュアル・ソーシング(すなわち,セルC+セルD)に焦点を合わせており(e.g., Ju, Murray, Gao, & Kotabe, 2019),同社が採用している,国内・自社生産と海外・他社委託のデュアル・ソーシング(すなわち,セルA+セルD)は検討されていない。それゆえ,今後の有望な研究課題の一つとして,このタイプのデュアル・ソーシングが企業業績に及ぼす影響を分析するに際して,グッドスマイルカンパニーにおけるデュアル・ソーシングは,希少な実例として注目に値すると言いうるのである。

表1

生産形態の分類

出典:著者作成。

VII. おわりに

グッドスマイルカンパニーは,デュアル・ソーシング戦略を採用するべく,楽月工場を建設したわけであるが,同工場長は人間ではなく,アメリカからやってきた自律駆動型ロボットの「L.U.C.K.Y(通称:らっさん)」であるという遊び心のある架空の設定を行った。そして,会社創業15周年記念動画においては,彼が楽月工場内を紹介する役割を演じた。この動画は,工場の未来図として2016年に公開されたが,それから僅か4年余りの月日が流れた現在,動画に登場した技術のうちの大半が,すでに実現済である。フィギュア産業をリードする同社の旺盛な開拓心と,卓越した技術革新力をもってすれば,現実に,ロボット工場長が工場を取り仕切る未来を創ることができるかもしれない。

謝辞

本ケースの執筆に際して,株式会社グッドスマイルカンパニー楽月工場の複数の方々に,取材のご協力を賜りました。ここに記して感謝申し上げます。また,同社をご紹介くださった鳥取大学学術研究院工学系部門准教授の三浦政司先生,および,取材にご同行いただき質的データの収集にご協力くださった中央大学商学部教授の久保知一先生にも,心より感謝申し上げます。上記の方々の多大な協力を得たものの,本論に記した事象は著者の認識する事象であって,本論中にありうる誤謬の責は,全て著者に帰するものです。

石井 隆太(いしい りゅうた)

福井県立大学経済学部助教。2015年 慶應義塾大学商学部卒業,同大学商学研究科修士課程修了・後期博士課程単位取得退学。日本学術振興会特別研究員(DC1)を経て,2019年より現職。

白石 秀壽(しろいし ひでとし)

鳥取大学地域学部講師。2011年 中央大学商学部卒業,慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程修了・後期博士課程単位取得退学。日本学術振興会特別研究員(DC2)を経て,2016年より現職。

小野 晃典(おの あきのり)

慶應義塾大学商学部教授。1995年 慶應義塾大学商学部卒業,同大学院商学研究科修士課程・後期博士課程修了。博士(商学)。慶應義塾大学商学部助手,専任講師,助教授,准教授を経て,2010年より現職。

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