マーケティングジャーナル
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特集論文 / 招待査読論文
バースト現象における拡散の定量分析
― ツイッターデモはどう広がったか ―
鳥海 不二夫
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2021 年 40 巻 4 号 p. 19-32

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Abstract

ネット上で大きな話題が生じた場合,現実社会にも影響を与えることも多い。例えば正の側面として「バズり」があり,負の側面として「炎上」がある。現代社会においては,マーケティングを考える上でネット上の社会現象を無視することはできない。一方で,ネット上での大規模な拡散事象が実社会の現象を反映していないこともある。すなわち,ネット世論と実際の世論との間に隔離が存在していることがある。そのためネット上で生じた現象を正しく理解するために,データから全体像を把握し,ネット上の現象が何なのかを正確に把握することが望まれる。本論文では検察庁法改正案を巡るツイッターデモを対象として,データを用いたバースト現象の詳細分析を行った。その結果,2%のアカウントが50%の投稿を行っていたことが分かり,一部のユーザによって拡散が水増しされた事実はあるものの,多様な人々によって支持されており,単なるノイジーマイノリティ現象でもなかったことが明らかとなった。本論文で紹介した分析は,炎上やバズりといったバースト現象においても応用可能であり,マーケティング分野における口コミの効果を分析する上で有用であると考えられる。

Translated Abstract

When a movement occurs on the Internet, it often affects the real world. For example, “buzz,” as a positive phenomenon, and “flames,” as a negative one. Therefore, it is important to understand social phenomena on the Internet for social marketing. However, large scale diffusion events on the net may not reflect real-world phenomena; that is, there may be segregation between online opinions and actual opinions. Therefore, data analysis is needed to determine whether internet phenomena affect the real world. This paper presents a detailed analysis of the phenomenon of bursts in the Twitter demo over the Public Prosecutor’s Office Act. We found that 50% of tweets and retweets are posted by only 2% of users; that is, the volume of the tweets is overstated. However, the Twitter demo was supported by a diverse community; that is, the Twitter demo was not only a noisy minority phenomenon. The analysis presented in this paper can also be applied to other burst phenomena such as flames and buzz, and may be useful to analyze the effect of social marketing.

I. はじめに

ツイッターなどソーシャルメディアの利用が増加し,社会のインフラの一部となってきている。そのような中で,ソーシャルメディア上で投稿される内容は,個人的なコミュニケーションだけではなく,様々な情報の共有や意見の表出など多岐にわたるようになっている。

ネット上で大きな話題が生じた場合,現実社会にも影響を与えることも多い。例えば,ソーシャルメディア上などで口コミによって商品情報が拡散する,いわゆる「バズる」という現象がある。特定の商品がバズることによって商品の売り上げの増加や企業イメージの向上など実社会に与える影響も大きい。一方で,情報の拡散が負の影響を与える「炎上」と呼ばれる現象も存在する。商品に不備があった場合等に炎上が生じた場合商品の売れ行きに影響を与えるだけではなく,企業にはその対応を迫られる。そのため,バズった時と同様に実社会にも大きな影響を与えることになる。現代社会においてネット上の社会現象を無視することはできない。

このような状況を踏まえ,ソーシャルメディアに投稿された内容から社会全体の動向を探ろうという試みが多数存在する。例えば,Golder and Macy(2011)はツイッター上に投稿される気分の変化を捉え,人々がいつポジティブな感情を持つのかを分析している。また,選挙結果の予測(Sang & Bos, 2012; Tumasjan, Sprenger, Sandner, & Welpe, 2010)や,社会の政治的分断(Adamic & Glance, 2005),ヒット商品の予測(Kawahata, Genda, Koguchi, Uchiyama, & Ishii, 2014)等が行われている。ツイッターを実社会で生じた事象の理解のためのセンサ,すなわちソーシャルセンサ(Sakaki, Okazaki, & Matsuo, 2010)として用いることで,従来の社会科学では困難だった社会の一面をデータの観点から計測することが可能となっている。

その一方で,ネット世論と実際の世論との間に隔離が存在していることがある。このような乖離が生じる要因としては,ソーシャルメディア上で積極的に活動するユーザの年齢や性別職業などの分布が必ずしも実社会とは一致していないことや,特定の強い意見を持ったユーザが大きな声を上げることによって生じるノイジーマイノリティ現象などが存在する。また,観測者がネット全体を観測できない場合,偏ったネットの一部を切り出して議論することとなり,これもまた大きなバイアスとして分析に悪影響を与える。そのため,ネット上で生じた炎上や社会運動などのバースト現象を正しく理解するためには,単に数や広がりを議論するのではなく,そのバースト現象の全体像を把握し分析する要がある。特に,ソーシャルメディアをマーケティングで利用とした場合はソーシャルメディアの盛り上がりがどこで発生しているのかはその効果測定に大きな影響を与える。例えば,キャンペーンを行ってネット上で「バズり」が生じたとき,その内訳を把握しなければターゲットとは異なる場所で盛り上がっていることを見逃す可能性がある。このようなバースト現象の詳細を理解するためには,単に「リツイート数」や「トレンドに掲載された」などを測定するだけでは不十分である。そこで,本論文では2020年に発生したバースト現象の中でも規模の大きかったものをピックアップし,そのバースト現象の詳細を分析した一例を紹介する。ここでは具体的な事例として,その拡散数からだけでは実態の把握が困難であった「検察庁法改正案」に関するバースト現象を対象とする。

新型コロナによって人々の行動の多くがオンラインに移行した2020年において,ツイッターデモと呼ばれる社会現象が注目されるようになった1)。その発端は,2020年5月に発生した検察庁法成案を巡る論争である。2020年4月に検事総長や検事長らの定年を内閣の裁量で延長できるという検察庁法改正案が国会に提出されたことを受け,それに反対する投稿が「#検察庁法改正案に抗議します」とともに大量に投稿,拡散され,ツイッターデモと呼ばれるようになった。これには,多数の芸能人や歌手なども参加し,大きな話題となった。その後,検察庁法成案は見送られることとなり,ツイッターデモが国の政策に一定の役割を果たした事例と言われている。一方で,ツイッター上での拡散ではボットの関与や一人による大量の投稿などが可能であることから,拡散した数と実態はあっていないのではないかという指摘も存在した。そこで,検察庁法改正案において投稿されたツイートデータを分析し,このツイッターデモがどのようなものだったのかその詳細を明らかにする。

II. 分析対象データ

1. TwitterAPIを用いたツイートデータの収集

まず,検察庁法改正案に関するツイッターデモの実態を明らかにするために,ツイッター上のデータの収集を行った。検察庁法改正案に関しては,ハッシュタグ「#検察庁法改正案に抗議します」が含まれるツイートが拡散したことが知られている。しかしながら,それ以外にも,「#検察庁法改正案に反対します」や「#検察庁法改定案に抗議します」などマイナーチェンジしたものも存在する。そこで,微妙なマイナーチェンジをとらえるため,「#検察庁」が含まれるツイートを収集し分析対象とした。

TwitterAPIでは,ツイートそのもののほかに,ユーザのデータ,フォローフォロワーデータなどを収集可能であるが,ここではツイートそのものとユーザプロフィールの一部を収集対象とした。収集方法には大きく分けて,検索とストリーミングが存在する。検索は特定のキーワードを指定して検索をすることでキーワードを含むツイートを収集する方法であり,ストリーミングはツイッター全体で投稿されたツイートの一部をリアルタイムに収集していく方法である。今回は「#検察庁法改正案に抗議します」が拡散を始めてからデータの収集を開始したが,ストリーミングでの収集では過去のツイートが収集できないため,検索機能のみを用いて収集を行った。Standard Search API2)を利用することで,検索語を指定したうえで7日前までさかのぼってツイートを収集することが可能である。

今回収集したデータは,ツイートに関する情報とアカウントに関する情報である。ツイートに関しては,TweetID,ツイート時間,ツイート内容,リツイート情報,リプライ情報等であり,アカウントに関してはユーザID,スクリーンネーム,プロフィール,(収集時点での)フォロワー数,過去のツイート数等が含まれる。

検索語には「検察庁」を選択し,収集したツイートの中から「#検察庁」を含むツイートを抽出したものをデータセットとして用いた。これは,Twitter APIではハッシュタグを検索として用いると指定されたハッシュタグしか検索対象としないためである。すなわち,「#検察庁」を含むすべてのツイートを収集したい場合でも,「#検察庁」を検索ワードに指定すると例えば,「#検察庁法改正案に反対します」は検索対象から外れてしまうことがあるためである。

収集はベストエフォートで行っているため,削除済みツイート,プライベートアカウントによるツイートは収集されず,またツイッター社による制限によって収集に失敗しているツイートも存在するが,リツイート数の比較から経験的におよそ80%程度が収集可能であると推定される。

2. ツイートデータ概要

収集したデータの概要を表1に示す。収集期間に700万近い検察庁ツイートが投稿され,そのうち600万件がリツイート(情報の拡散)であった。

表1

データセットの概要

一日当たりのツイート数を図1に示す。収集は5月2日から開始しているが,ツイートが拡散を始めたのは5月8日からで,そのピークは5月9日にあった。ツイートの収束も比較的早く,5月18日にはほぼ終息しており,全体の99%が5月8~18日にツイートおよびリツイートされていた。

図1

一日ごとのツイート数

III. 拡散アカウントの分析

2に,ツイート及びリツイートを行ったアカウント数を示す。全体の46.1%はリツイートのみを行っており,全体の30.6%のアカウントはツイートのみを行っている。

図2

ツイート,リツイートを行ったアカウントの数

直接ツイートを行う場合は自らの意見を発信していることになり,リツイートを行っている場合は単に情報に共感(あるいは非共感)したり関心を持ったり,重要な情報と判断した場合が多いと考えられる。リツイートはクリック一つで可能なため,自ら意見を発信するのに比べると気軽に行うことができる。逆にツイートは自ら内容を記述する必要があることから負荷が高い。以上から考えると,自ら発信したアカウントが全体の53.9%と半数以上のアカウントであることは通常のバーストと比較して多いといえよう。

次に,ツイートおよびリツイート数とそれぞれを行ったアカウント数から,1アカウント当たりの平均ツイート数及びリツイート数を見てみよう。表2より,オリジナルツイートを行ったアカウントは平均すると2.32回ツイートしており,リツイートを行ったアカウントは平均して12.86回リツイートを行っている。

表2

平均ツイートリツイート数

しかしながら,ツイートを一度しか行っていないアカウントが265,601でありオリジナルツイートを投稿したアカウント全体の72%を占めている。また,リツイートに関しても1度しかリツイートしていないアカウントが216,867存在し,リツイートしたアカウントの45.8%を占めている。

そこで,どの程度ツイートやリツイートを行ったアカウントがどの程度あったのかを明らかにするために,アカウントごとのツイート回数およびリツイート回数の分布を図3に示す。横軸にツイート数,リツイート数を,縦軸にアカウント数を両対数グラフで示している。これを見ると,ほとんどのアカウントはツイートまたはリツイートを数回のみ行っていることが分かる。ただし,このようにツイート数分布が通常両対数グラフで直線状の分布は比較的よくみられ,本事例に特殊な現象であるとはいえない。

図3

アカウント当たりの投稿ツイート・リツイート数の分布

一般的な事象であるとはいえ,一部のアカウントによって大量のツイートが投稿あるいはリツイートされていることは事実である。そこで,ツイート,リツイートがどの程度のアカウントによってどの程度の規模になったのかを確認する。ここでは,投稿回数の多いアカウントと少ないアカウントに分類し,何パーセントのアカウントによって全体の50%の投稿が行われたかを算出する。

まず,ツイートの投稿については,850,827ツイート中445,115ツイート(52.3%)が投稿数4以下のアカウントによって投稿されていることが分かった。投稿数4以下のアカウントは全体の89.1%を占める。すなわち,残りの405,712ツイートは投稿数が5以上の30,282アカウント(10.9%)によって行われたことになる。

次にリツイートについて見てみると,6,086,807回のリツイート中3,052,066回(50.0%)はリツイート数が123回以下の462,889アカウントによって行われた。すなわち,残りの50%のリツイートは残りの10,346アカウントによってリツイートされたことになる。これはリツイートを行った全アカウントの2.2%である。600万回の拡散が行われたとはいえ,その半分がわずか2.2%のアカウントによるものであったということはバースト現象を正しく理解するうえで重要な情報であると言えよう。

IV. 拡散の偏り分析

1. 偏りの推定

ソーシャルメディア上の多くのバースト現象(Kleinberg, 2003)においては,一部のコミュニティに所属する人々だけが興味を示す状態,すなわちアカウントの偏りが生じていることが多い(Toriumi & Sakaki, 2017)。本対象データにおいても,一部の偏ったアカウントのみがツイートを行っていたとすると,それは偏った人々の意見であるにすぎないことになる。

ここで,ツイートが大量に投稿された時のコミュニティの分布について考える。各アカウントを当該アカウントが興味を持っている話題に応じて「政治的志向」「趣味」「好きな芸能人」などのカテゴリcごとに分類したうえで,ある特定の話題に対して,カテゴリcに属するNc人のアカウントが興味を持って投稿を行う確率をTcとする。このとき,ソーシャルメディア上に投稿されるツイートの数Vtweetは,

  

Vtweet=cNcTc

によって表される。この時,もしすべてのカテゴリに所属するアカウントのTcが高ければツイートの数Vtweetは大きくなる。一方で,一部のカテゴリに所属するアカウントのツイート確率Tcが大きく他がほとんど0だったとしても,Vtweetが大きくなる可能性はある。このような場合,ツイート数が同程度だとしても,後者は前者に比べて世間一般からの支持を得られているとは言えない。

そこで,バースト現象が発生した際に,アカウントの偏りが存在するかどうかを確認するために,アカウントをコミュニティに分類し,コミュニティ分布の一般性からの乖離を調べる。これによって話題についてツイートするアカウントの偏りを検出する。もし一部の偏ったアカウントのみがバースト現象に関する投稿をしていたとすれば,一般的なユーザのコミュニティ構成からずれると予想される。コミュニティの偏りからバースト現象が特定の一部のアカウントによってもたらされたものか,一般的な人々によって作られたネット世論といって良いものなのかを明らかにする。

2. コミュニティの抽出

まずSakaki and Toriumi(2018)の手法を用いコミュニティを抽出した。まず,過去の情報拡散行動からアカウント同士の情報拡散ネットワークを構築し,社会ネットワーク分析のクラスタリング手法を再帰的に適用することで,Twitter上のコミュニティ構造を図4のように階層化した。

図4

コミュニティの階層化

ここでは,クラスタリング手法としてネットワークのクラスタリング手法としてであるLouvain法(Blondel, Guillaume, Lambiotte, & Lefebvre, 2008)を用いた。

なお,コミュニティデータの作成は2018年11月から2019年1月に収集した日本語10%サンプリングのツイートデータを用いて行った。

今回は3階層のコミュニティを抽出したものの,3階層目のコミュニティにはほとんどアカウントが含まれない小規模なコミュニティが存在した。そこで,図4における2-1-1,2-1-2のように,所属するアカウントの少ない小規模コミュニティについては上位コミュニティをコミュニティとして採用することでコミュニティに所属するアカウント数を調整した。上記コミュニティに所属するアカウントを対象に偏りの評価を行った。

3. KL-Divergenceを用いた偏りの評価手法

すでに述べた通り,特定のバースト現象においては,一部の特定のコミュニティに所属するアカウントのみが情報を拡散することがある。このような場合,社会全体で興味を持っている人々の数と乖離して大きく見える,いわゆるノイジーマイノリティー現象(King & Anderson, 1971)が生じる。このような場合バースト現象の規模から社会の関心の規模を正しく推定できなくなる。そこで,バースト時に拡散された情報が,一部のコミュニティのユーザに偏っていないかを定量的に評価する必要がある。

「検察庁法改正案」に関するツイートを行ったアカウントの分布がツイッターにおけるユーザの分布と比較して偏りがあるかどうかを分析する。ここでは,ツイートを投稿・拡散したアカウントが所属しているコミュニティの分布の偏りから,特定のコミュニティのユーザだけが投稿しているのではないかを確認する。

ただし,もともとコミュニティに所属するユーザ数が多いコミュニティのユーザが多数拡散するのは当然である。そこで,そもそものコミュニティの構成アカウント数,すなわちコミュニティの規模の分布と,情報を投稿したユーザが所属するコミュニティのアカウント数分布が乖離しているかどうかを確認することで偏りを評価する。

分布の偏りは,カルバック・ライブラー情報量(Kullback & Leibler, 1951)(以下KL-Divergence)によって評価する。

ここで,Pt(c)をコミュニティcに所属するユーザ数の割合,Pb(c)を対象とするアカウント群のうちコミュニティcに所属するユーザ割合とすると,

  

DKL =cPbc lnPb cPtc

によって,KL-Divergenceが計算できる。このとき,二つの分布が完全に一致していれば0となり,異なれば異なるほどKL-Divergenceが大きくなる。

4. 検察庁法改正案ツイッターデモにおける偏り

まず,各コミュニティに所属するアカウントがツイートしたアカウント全体に占める割合を図5に示す。ここで,横軸はコミュニティ番号を,縦軸はそのコミュニティに属するアカウントが全体に占める割合である。

図5

各コミュニティのアカウントの割合

なお,コミュニティは所属するアカウントが大きい方から降順にソートされている。これを見ると,全体に占める割合が多いコミュニティにおけるツイートアカウントの割合が低いものの,それ以外のコミュニティにおけるツイートアカウント率は概ね期待値通りであるといえる。

このときのKL-Divergenceを計算したところ,0.395であることが分かった。4月ごろの新型コロナウィルスに関するツイートのKL-Divergenceが0.4~0.6であった(Toriumi, Sakaki, & Yoshida, 2020)ことから,検察庁法改正案に関するツイッターデモは新型コロナに関する話題と同程度に一般性のある話題としてバーストしたといえるだろう。

次に,KL-Divegenceの時間変化から,どのタイミングで話題として一般化し,どの程度持続したのかを確認する。ここでは,1時間ごとにツイートを抽出し,当該時間におけるKL-Divergenceを算出した。図6に5月8日から5月20日までのKL-Divefgenceの1時間ごとの変化と1時間ごとのツイート数を示す。これより,ツイート数が増加を始めた5月9日17時ごろからKL-Divergenceが減少をはじめ,最初のピーク(5月9日の深夜)には1.0を下回り偏りがかなり小さくなっていることが分かる。この傾向は最大のピーク(5月10日中)が終わるまで続き,その後徐々にKL-Divergenceは増加していき偏りが生じ始めていることがわかる。

図6

「検察庁法改正案反対」ツイート群におけるKLDivergenceの変化

以上より,検察庁法改正案に関するバーストは最初のピークおよび最大のピークである2回目のピークにおいて一般的なアカウントによって情報が投稿,拡散されており,一部の偏ったアカウントによるノイジーマイノリティ現象とはいえないことが示された。

5. 期待値超過率による評価

検察庁法改正案反対ツイートによるツイッターデモは一般性が高いことが分かったが,どのようなコミュニティが特にツイートに参加していたのだろうか。図5より,多くのコミュニティがまんべんなく投稿,拡散を行っていることが分かるが,特に投稿拡散率の高かったコミュニティを抽出してみる。

このとき,対象となるN個のツイート群が存在したときに,全く偏りなくランダムにツイートが行われていたとするとすると,あるコミュニティcに所属するアカウントの投稿数の期待値は,

  

E(Vc)=VtweetNcNi

となる。コミュニティcのアカウントによるツイート数Vcを考えると,期待値に対する超過率Scは,

  

Sc=VcE(Vc)

と算出できる。Sc>1であればコミュニティcに所属するアカウントが期待値よりも高い割合で情報の投稿・拡散を行っていたことになる。超過率Scによって,「あるコミュニティが対象トピックに関心があったかどうか」を確認することが可能となる。

ここで,もっとも一般性の高かった5月10日に注目し,各コミュニティの期待値超過率を図7に示す。これより,超過率Sc>1をみたすコミュニティは27存在した。

図7

コミュニティごとの期待値超過率

これら期待値以上に興味を持ったコミュニティはどのようなコミュニティなのだろうか。各コミュニティの特徴を明らかにするため,所属するアカウントのツイートからTF-IDFによって特徴語を抽出し,ワードクラウドによって図示した。なお,所属アカウントのツイートは2020年1月~11月までにストリーミングAPI上に現れたものを利用している。

もっとも超過率が高い,すなわちコミュニティ内で関心が高かったと思われるコミュニティはC033と呼ばれるコミュニティである。このコミュニティは主に政治的なトピックでよく出現するコミュニティであり,いわゆるリベラル的な主張を支持することが多い。C033のツイートをワードクラウドで示したものが図8の左図である。このコミュニティの期待値超過率Sc=8.6であった。これはすなわち期待値の8.6倍ほどのツイートがあったということになり,大きな関心を持っていたことが分かる。ただし,このコミュニティはもともと政治的なコミュニティであることから当然の結果とも考えらえる。

図8

コミュニティC033(左)とC023(右)のワードクラウド

次に超過率の高かったコミュニティはC023と呼ばれるコミュニティであり,そのワードクラウドが図8の右図である。このコミュニティは主に映画に関する話題を行うコミュニティである。本来政治的な話とは無関係なコミュニティでSc=4.2という高い超過率があったことは,興味深い。なお,当該コミュニティに所属しているアカウントは53,497あり,比較的大きいコミュニティといえる。このような大きなコミュニティのユーザが投稿,拡散していたことは本バースト現象の一般性が高いことを示しているといえよう。

そのほかSc>1.0となるコミュニティは25件あったが,その中でも特徴的だったものを図9に示す。これらのコミュニティは,それぞれ文学系,SMAPファン系,宝塚ファン系,フィギュアスケートファン系のコミュニティと推測される。いずれも通常政治的な言及をすることは少ないと考えられる。

図9

期待値を超過したコミュニティ(左上:C127,右上:C101,右下:C132,左下:C80)

6. 「国会を止めるな」ツイッターデモとの比較

「検察庁法改正案」に関するバーストの一か月後6月9日ごろから,「#国会を止めるな」というハッシュタグを含むツイートによるツイッターデモが行われた3)。そこで,「国会を止めるな」ツイッターデモにおいても同様の分析を行った。

まず,6月8日~6月18日までの間に31,973件のツイートが収集された。得られたツイートから1時間ごとにKL-Divergenceを求めた。その時間変化を図10に示す。これより,数回のバースト現象が生じたものの,KL-Divergenceは2.0以上と高い値であり,コミュニティの偏りが非常に高いことが明らかとなった。

図10

「国会を止めるな」ツイート群におけるKLDivergenceの変化

次に,期待値超過率がSc≥1.0となるコミュニティを抽出したところ,C010, C022, C033の3つのコミュニティのみが見つかった。これらのコミュニティのツイートワードクラウドは図11左(C010),図11右(C022),および図8左(C033)のとおりである。いずれも政治的な内容を多く含むコミュニティであり,C010, C033がリベラル系,C033が保守系のコミュニティであった。

図11

C010(左),C022(右)のワードクラウド

同じツイッターデモであるにもかかわらず,「検察庁法改正案」は多様な人々によって拡散されることで大きな影響を与えるまでに広がったが,「国会を止めるな」はほとんど広がることなく終了した4)。特定のコミュニティ以外にその運動がほとんど広まらなかったことは原因の一つであるといえるだろう。

ツイッターデモに限らず,ソーシャルメディアを用いて社会的に影響を与えようとした場合,多くの場合その評価指標として拡散数が利用される。一方で,拡散されたツイートが誰によってどの程度行われたのかを理解することでその影響力がどの程度だったのか,そして一般に支持されたのかどうかを見極めることが可能となる。

V. 終わりに

本論文では,ネット上で生じた社会現象が実社会に影響を与えた事例として,2020年5月に生じた「検察庁法改正案反対」ツイッターデモを取り上げ,その実態について投稿・拡散アカウントから分析を行った。大規模なバースト現象となった本事例は通常あまり拡散が拡大しない政治的な話題であったにも関わらず大規模に拡散されたため一部のアカウントによる大規模な拡散などが疑われた。そこで,当該期間中に投稿された関連ツイートを収集分析することで,当該バースト現象で何が起きていたのかの明らかにした。

その結果,一部のアカウントによって大量の拡散が行われる現象が生じていたことが示され,2%のアカウントによって50%のツイートが拡散されていたことが明らかとなった。一方で,ツイートを拡散したアカウントのコミュニティを分析したところ,多様なコミュニティに所属するアカウントによって拡散は行われており,一部の偏ったユーザのみによって拡散が行われたわけではないことが明らかとなった。すなわち,「一部のユーザによって拡散が水増しされた事実はあるものの,多様な人々によって支持されたツイッターデモであった」と結論付けることができるだろう。

本論文では,ツイッターデモを対象として分析を行ったが,同様の分析はツイッター上で生じる様々なバースト現象において応用可能である。例えば,何らかの理由により炎上に巻き込まれた企業があった場合,その中でどのようなアカウントが炎上に関連しているのか,そしてどのような意見が存在するのかをデータから明らかにすることで,対処法が明らかになると期待される。

また,口コミなどのバーストにおいても誰がバーストをさせているのか,そしてそのバーストが企業にとってどのような影響を与えるのかを明らかにすることで,適切なマーケティングが可能になると期待される。例えば,「リツイートをしたら〇〇プレゼント」といったキャンペーンの多くが,それ専用の特定のアカウントによってリツイートされていることが多い。今回の分析においても,このような応募することが目的のコミュニティが複数見つかっている。それらのコミュニティにおける頻出語の例を図12に示す。このようなアカウントによって拡散されたキャンペーンは,ターゲットとする対象には情報が届いていないことになり「リツイート数」といった指標から予測されるものとはかけ離れた効果しか期待できないことになる。口コミが広まった数ではなく「誰に広まったのか」まで詳細に確認しなければ正しいマーケティングの効果を測定することはできないだろう。

図12

キャンペーンにのみ反応するコミュニティ群

以上,ソーシャルメディア上に生じたバースト現象をツイッターデモを例に分析を行った。このような分析が炎上といった負の影響が強いバースト現象や,口コミなどソーシャルメディアのマーケティング利用を行う際の参考になれば幸いである。

鳥海 不二夫(とりうみ ふじお)

東京大学大学院工学系研究科准教授。

2004年,東京工業大学大学院理工学研究科機械制御システム工学専攻博士課程修了(博士(工学)),2012年より現職。計算社会科学,人工知能技術の社会応用などの研究に従事。

情報法制研究所理事。人工知能学会,電子情報通信学会,情報処理学会,日本社会情報学会,AAAI各会員。

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