2021 年 40 巻 4 号 p. 94-103
マーケティングでは以前から,ビジネスを実施する市場の特性に関する議論がなされてきた。とりわけ,市場の成長段階に注目し,成熟市場への参入は避けるべきであると主張されてきた。成熟が進んだ市場におけるビジネスの展開は,イノベーションの誘発が難しく,成熟から衰退という流れの渦に巻き込まれやすい。体力のある大企業であればまだしも,経営資源の不十分な中小企業ともなればなおさらである。そうした中,リアル店舗の看板製作をメイン事業として成長してきたクレストホールディングス株式会社(以下,クレストHD)は,デジタル化による経営効率化と,店舗設置型看板や広告の効果測定を可能とするカメラ「esasy(エサシー)」の開発によってイノベーションに成功した。本稿では,クレストHDが取り組むデジタル・イノベーション戦略に着目し,デジタル化による生産性の向上によって得られた収益をもとに,イノベーションへの投資を行うことでデジタルトランスフォーメーションを遂げる取り組みについて考察する。クレストHDの事例は,中小企業においても,デジタル化による経営効率化とイノベーションによって,成熟市場の中で再活性化ができることを示唆している。