マーケティングレビュー
Online ISSN : 2435-0443
査読論文
グローバル経営に国民文化が与える影響力の解析
― 経営理念の国別比較を通じて ―
宮林 隆吉
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2020 年 1 巻 1 号 p. 12-22

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Abstract

グローバル経営において国や文化の異なる従業員同士の融和は重要な課題であり,国境や文化を超えて組織アイデンティティを構築するためにも,人々を束ねる経営理念が重要な役割を果たすと考えられる。しかし,多くの日本企業の人材面・制度面での現地化は遅れており,安易に翻訳された理念やビジョンがそのまま輸出されて形骸化しているケースが見られる。本研究では,まず経営理念が組織アイデンティティの重要な基盤であり,戦略や組織のあり方に大きな影響を与える要素であることを先行研究より考察した。次に,異なる文化圏(アメリカ,中国,日本,ドイツ)の企業計121社の経営理念をコンテンツ分析・比較し,国民文化が経営理念に与える文化の影響度を検証した。その結果,権力格差(PDI)と不確実性の回避(UAI)が社内外のステークホルダーとの関係構築姿勢に影響を与えていることが認められた。今後,経営理念を核とした企業ブランディングや組織運営を行う上でも,グローバル企業にとって異文化文脈の理解は欠かせない。

Translated Abstract

Harmonization among employees of different countries and cultures is an important issue in global management, and a mission statement that brings people together is considered to play an important role in building an organizational identity that transcends national borders and cultures. However, many Japanese companies are lagging behind in localization in terms of human resources and systems, and there are cases in which the easily translated mission and vision are exported and do not work effectively as a management tool. In this investigation, I determined that the mission statement was an important foundation of the organization identity, and that it was the factor that has major impacts on strategy and organizational structure. I then analyzed and compared the mission statements 121 companies in different cultural fields (U.S.A., China, Japan, Germany) and quantitatively examined the effect of national culture on the mission statements. As a result, I concluded that both power distance index (PDI) and uncertainty avoidance index (UAI) influenced the corporate attitude towards all stakeholders. In the future, understanding of cross-cultural context will be indispensable for global companies in corporate branding and organizational management based on the mission statement.

I. 研究の目的と背景

近年,企業の不祥事・ダイバーシティマネジメントの推進・M&Aの増加・組織のグローバル化を背景に,マネジメントツールとしての経営理念の役割が改めて問われている。特にグローバル経営において,国や文化が異なる社員同士の信頼関係構築は重要事項である。国境を超えて組織アイデンティティを構築するためにも,従業員の意識を束ねる経営理念の役割は小さくない。その際に,異なる国民文化に配慮しながら理念やビジョンの浸透を図って行くことが,グローバル・コミュニケーションに欠かせない。しかし,多くの日本企業の人材面・制度面での現地化は遅れており,安易に翻訳された理念やビジョンがそのまま輸出され形骸化しているケースが見られる。

本研究の目的は,国別の経営理念のコンテンツ比較を通じて,グローバル経営における国民文化の影響力を解析し,効果的に経営理念の浸透および組織アイデンティティの構築を行うための示唆を得ることにある。そのために,第一に経営理念が組織アイデンティティ形成にどのような役割を果たし,組織や従業員の行動に影響を与えているかを考察すること。第二に,国民文化が経営理念に与える影響力について明らかにしていきたい。

II. 先行研究のレビューおよび本研究における仮説

1. 経営理念と組織アイデンティティの関係性

(1) 経営理念とは

経営理念に関する過去研究では,主に定義や機能,効果,構造,経営理念と経営戦略との関係,理念浸透の重要性について議論されてきたが,経営理念に関する統一の定義があるわけではない(Hirokawa & Haga, 2015)。例えばPearce and David(1987)は,経営理念とは「ミッションと目的,ゴールを指し示すものである」と主張する一方,Bart and Baetz(1998)は「従業員の資質や行動指針を表すもの」だと主張している。また,Bartkus, Glassman, and McAfee(2006)は経営理念を「ゴールを達成するための経営方針」と考え,やや現場の戦略・戦術寄りの見方を提示している。これらをまとめたものが下の図1である。

図1

経営理念の構造

経営理念の定義についてこれまで一致したものがない大きな理由は,経営理念が包含する領域が広いため,同じ言葉を用いても異なる部分を指していることが多かったためだと考えられる。そこで本研究では経営理念を以下のように定義した。

「経営理念」とは,①企業が存在する理由(Mission) ②それを支える経営方針(Vision) ③従業員の資質と行動指針(Values) を含む一連の明文化された公式宣言文であり,必要最低条件として①企業が存在する理由(Mission)を含むものである。

(2) 経営理念の機能

経営理念には大きく2つの影響力がある(図2)。第一に,「従業員の行動方針」に与える影響力である。Macedo, Pinho, and Silva(2016)によれば,経営理念の浸透は組織的コミットメントを上昇させ,間接的に個人及び組織のパフォーマンスに影響を与える(Yang & Pandey, 2009)。同様に,Hirokawa and Haga(2015)も,「経営理念の浸透が,組織成員の内発的モチベーションやアイデンティティに影響を与え,組織もしくは個人の成果に繋がることが推測される」と指摘している。

図2

経営理念の機能

第二に,経営理念は組織の「経営リソース配分の方法」に影響を与える。Bartkus, Glassman, and McAfee(2004)によれば,経営理念は企業が不適切な目標を設定したり,本業とは関係のないビジネスに関わることを防ぐといったコントロールメカニズムを提供している。では次に,経営理念と組織アイデンティティの関係性について詳しくみていきたい。

(3) 組織アイデンティティとは

Albert and Whetten(1985)以来注目を集める“組織アイデンティティ”は,「我々は何者か?」という問いに対する「組織構成員の共通認識」を指し,次の3つの要素;①中心性(組織を表す中心的な特徴) ②独自性(組織構成員が自分たちにしかないと認めるユニークな特徴) ③継続性(時間とともに変化するもの) を持つものと言われる。Albert, Ashforth, and Dutton(2000)は,この概念が組織学,社会心理学,戦略論において度々議論されてきた背景に,企業を取り巻く環境がより複雑でダイナミックになってきたことを指摘している。環境に適応しながら成長を続けるために,企業は常に「自分たちが何者であるか」と自問しながら,自己革新する必要に迫られているのである。

(4) 組織アイデンティティと経営戦略の関係性

組織アイデンティティが企業の経営戦略に与える影響について検証している研究は過去文献をみる限り少ないが,Livengood and Reger(2010)は,次の3つの要素を通じて組織アイデンティティが経営戦略に与える影響を説明している。

1)認知:自分たちの競争領域に影響を与えている一般的な環境要因が何かを強く意識させる

2)モチベーション:自社事業に悪影響を与えかねない要因を排除しようとする心理的動機づけ

3)組織的能力:自社事業に関連する組織能力を優先的に開発させようとする

つまり,組織構成員が「自分たちは何者であるか」という問いへの共通見解を持つことで,企業はその関連事業ドメインにより多くの時間と経営リソースを割き,競争力を高めながら成長し続けることができるという主張である。この組織アイデンティティと戦略・組織構造との関係性を示したのが図3である。

図3

組織アイデンティティと戦略・組織構造の関係性

組織とは人の集合体である。戦略の立案・実行のためには,組織構成員が納得をする合理的な理由をつくり(センスメイキング),組織としての意思決定を行い,それを組織体として合理的な形で伝え(センスギビング),実行に移していく。その土台となるものが,組織アイデンティティといえる。企業の従業員は,所属組織が持つ「特定のフィルター」=「組織アイデンティティ」を通して物事を解釈し,社内外のステークホルダーとの合意形成を行い,必要な経営施策を実行しているといえる。

またHofstede(1984)は社会人類学の切り口から,次のように組織と外部環境の関係性について見解を示している。「組織の価値体系は,組織の創設者またはその優勢なエリートグループの国籍によって影響を受ける。これらは,創設者の価値・信念体系が国の文化によって大きく形作られているという仮定に基づいている」と。仮に国民文化が創業者のマネジメントスタイルに影響を与えているとすれば,組織構成員の価値観にも何らかの作用を及ぼしている可能性がある。

(5) 経営理念と組織アイデンティティの類似性

上記で触れた通り,組織アイデンティティには3つの機能(認知,モチベーション,組織的能力)が備わっており,それが経営戦略や組織の在り方に影響を与えている。経営トップは「我々は何者か?」という組織アイデンティティの共通認識のおかげで,己の競争領域/事業ドメインに何らかの影響を与える可能性のある環境要因をいち早く認識し,それに対して手立てを講じようとする。当然経営リソースは限られているため,あくまで自分たちの本業のビジネスに関係のある領域に注力しながら組織能力を開発していく。これらは,経営理念が持つ「組織の向かう方向性(ビジョン)を示す」「経営リソース配分に関するコントロールメカニズム」とほぼ同様のマネジメント機能といえる。つまり,経営理念は組織アイデンティティと同義とまでいかなくても,少なくともその重要な基盤と考えられる。よって本研究では,経営理念を「組織アイデンティティを明文化したもの」として扱う。

2. 国民文化が経営理念に与える影響

国民文化は人々の行動のみならず,その集合体たる国家・企業の行動をも制約する。米国の社会学者Swidler(1986)は,「集団や社会の中で起こる象徴的な出来事や神話の伝承,儀式の実践が,人々の気分やモチベーションを形作り,経験をベースにした現実の評価手法,行動のコントロール方法,そして社会的結束を生み出す方法を作り出す」と説きながら「行動戦略は文化的産物である」と主張した。同様の視点で,Hofstede(1984, 1991)は組織マネジメントにおいて特に権力格差(PDI)と不確実性の回避(UAI)という2つの文化的影響を避けられないと述べている。ここで権力格差(PDI)は「それぞれの国の制度や組織において,権力の弱い成員が,権力が不平等に分布している状態を予測し,受け入れている程度」を,不確実性の回避(UAI)は「ある文化の成員が曖昧な状況や道の状況に対して脅威を感じる程度」と定義されている。これらの影響を組織が受ける大きな理由は,いかなる組織もマネジメント上,①誰が決定者なのか(PDIに関連) ②ゴールを達成するために社内でどういうルール・手続きが必要なのか(UAIに関連) という2つの質問に答えなければならず,その違いが国家および企業の行動に直接影響を及ぼすからである。

ここで次のような仮説が考えられる。創業者の信念を中心に作られる経営理念のようなコンテンツであったとしても,それが組織運営に使われるマネジメントツールだと捉えると,国民文化の影響は避けられない。例えばBartkus et al.(2004)は日米欧の経営理念のコンテンツ比較を通じて,そこに地域ごとの明確な差があることを指摘しているが,その理由についての検証はない。筆者はそこに国民文化の影響がみられると考えている。また新制度派組織論の議論において,社会が持つ価値観を制度的プレッシャーとして捉える研究は存在するが,国民文化の影響を定量的に調査している研究は,筆者が知る範囲では存在しない。ここに本研究の理論的貢献の余地があると考える。

3. 本研究における仮説

先行研究の整理より,次の2点が明らかになった。1点目は,制度派組織論がいう環境要因としての文化を定量的に調査した研究は筆者が知る限り皆無であること。2点目は,国別の経営理念の違いへの学術的な説明がなされていないことである。本研究の目的は,経営理念の国別比較を通じて,グローバル経営における国民文化の影響力を解析し,効果的に経営理念の浸透および組織アイデンティティの統一を行うための示唆を得ることにある。そこで以下の仮説と考察を提示したい。経営理念は組織アイデンティティの重要な基盤として組織行動に影響を与えており,経営理念は国民文化からの影響を受けている(H0)。

Hofstede(1984)によれば,PDIが高い国は階層的かつ中央集権的構造を持ちやすい。これは従業員を早い段階から上の階層の人間へ依存させ,指示待ちをしやすい傾向をうむ。一方,PDIが低い国はフラットな組織構造を好み,従業員の自律性を促す傾向にある。つまり,高いPDIのある環境は,人々に戦略的行動よりも政治的行動を促し,何か物事を進める際に周りのステークホルダーとの関係性を気にする傾向にあると考えられる。よって次のような仮説が導かれる。PDIが高い国の企業は「ステークホルダーとの良好な関係性構築」を重視する傾向にある(H1)。また,フラットな組織構造の組織では,バラバラになりがちな従業員の意識を一つの方向性に向かわせるために,コントロールメカニズム(どの領域で誰に何をすべきかという規定等)を効かせようとする傾向があると考えられる。よって,PDIが低い国の企業は「コントロールメカニズム」を働かそうとする傾向にある(H2)。また,PDIが低い国の企業は「明確な将来ビジョン」を見せる傾向にある(H3)。

高いUAIを持つ国は不確実な未来にストレスを感じ,それを避けようと事前に様々なルールを作ろうとする傾向がある。一方,低いUAIの国では,“まずやってみよう”というマインドセットの下で柔軟性を重視する傾向にあると考えられる。ここから,次のような分析と仮説が考えられる。不確実性回避の傾向の強い国の企業は,事前の根回しにより全てのステークホルダーの了承を取りつけながら不足の事態を避けようという意志が働く。よって,UAIが高い国の企業は「ステークホルダーとの良好な関係性構築」を重視する傾向にある(H4)。また,不確実性回避が高い国の企業は,不安定な未来を前に物事を明言したくないというモチベーションが働いていると考えられる。よって,UAIが高い国の企業は「自社のビジネスドメイン」を明確に定義しない傾向にある(H5)。

III. 調査と分析

1. 調査方法

本研究では独立変数としてホフステードの国民文化スコア,従属変数として組織アイデンティティとしての経営理念を置きながら,環境要因としての文化が組織アイデンティティに与える影響度をみていく(図4)。具体的には,独立変数としてホフステードモデルより組織により深い影響を与えているPDI(権力格差)/UAI(不確実性の回避)の2つの国民文化スコア(表1)を用いる。対象国に関しては,国民文化の違いが経営理念に影響を与えていることを検証するために,PDI/UAIの4象限(図5)より4つの異なる文化圏(アメリカ,中国,日本,ドイツ)から企業を選んだ。

図4

調査フレームの考え方

表1

Hofstede(1984)の文化スコアによる比較

図5

PDI/UAIスコアに基づく4つの文化圏

次に従属変数として,この4カ国における計121社(約30社/国)の経営理念をオンライン上で収集した。企業の選定にあたり,1)従業員数が最低でも500名以上 2)一定の成功を収めている企業 3)営利企業 を条件とし,Global Fortune 500(2017)より各国の上位30社を選出した。これは,コントロール変数として①企業のサイズ(従業員数,時価総額,設立からの年数より比較企業の条件を可能な限り揃える) ②成功を収めている企業(ビジョン・ミッションといった組織マネジメント手法を活用している可能性が高い) ③業界文化の影響(上場企業に絞ることで業界文化の影響力を小さくする) を抑えることが必要と考えたためである。「経営理念」の具体的収集手法については,コミュニケーションコンテンツの解析で用いられている実績のある以下のアプローチを用いた(Ju-Pak, 1999)。各企業のウェブサイトにアクセスし,もし経営理念に当たるページが見当たらなければ,企業の「About US(我々について)」もしくはそれに等しいページにアクセス,もしくは検索エンジンを用いて指定ワードを含むステートメントを探し出す。なお客観性担保のために,事前に特定のキーワードを過去のリサーチ手法(Bart, 1997)をベースに決めておいた(表2)。

表2

経営理念コンテンツの国別比較及びキーワード

2. 分析手法

経営理念のコンテンツ分析にあたっては,Bartkus et al.(2004)のコンテンツ解析アプローチをベースに,次の3点を基準に各国の経営理念を解析,スコアリングすることで,従属変数として活用した。1)各国企業理念のステークホルダー(顧客・従業員・投資家・パートナー・社会)への言及有無,2)理念コンテンツの構成要素(業界・事業ドメイン・市場のある場所・価値観/哲学・明確な競争優位・イノベーション・将来の方向性・財務的な目標・モチベーションとなる言葉)への言及有無,3)目標設定ツールとしての活用有無(将来ビジョン・コントロールメカニズム・自主的な意思決定の支援・従業員のモチベーション向上・ステークホルダーとの良好な関係構築)

各国の国民文化スコア(PDI/UAI)と,上記1)〜3)の傾向をスコアリングした数字との影響度を見ることで,ホフステードが主張する国民文化の影響力が,組織アイデンティティの基盤である経営理念のコンテンツにも及んでいるのかを検証する。

IV. 分析結果と仮説の検証

1. 経営理念の国別比較

II章で経営理念として定義した,①企業が存在する理由 ②それを支える経営方針 ③従業員の資質と行動指針を含む一連の宣言文のうち,少なくとも①のコンテンツが含まれている企業は,全体のうち83.3%だった。これは過去研究に出てきた数値60%(Pearce & David, 1987)に比べると高い数字となっている。おそらく未上場企業も含めてアンケートベースの調査をしている過去研究に比べ,今回Fortune Global 500の優良企業のみを対象にしていることが影響していると思われる。次にコンテンツ分析結果(表2)をみながら考察していきたい。

(1) ステークホルダーへの言及

ステークホルダーの定義は,「顧客」「従業員」「投資家」「パートナー」「社会」の5つであり,5つのステークホルダーのうち最も言及が多かったのは,いずれの国も「顧客」(平均83.0%)であった。各国の特徴においては,日本が全てのステークホルダーの中でも「社会」への言及が96.6%と最も多かった。中国とドイツは他国に比べ,「従業員」に関する言及が多かった。

(2) 理念コンテンツの構成要素

各国の経営理念がどのようなコンテンツ要素を含んでいるかを調べた表2を見ると,日本は他国に比べ企業のビジネスドメイン(Industry)を明確に規定していないという結果となった(米国79.2%,日本58.6%,中国88.5%,ドイツ85.7%)。これは日本企業が将来のビジョン(Future Orientation)を他国の企業に比べて明確に示していないという結果(48.3%)とも一貫している。また米国とドイツが従業員へのモチベーションを高めるためのメッセージとして「卓越した存在になる」といった表現を用いる一方,日本では「社会への貢献」という表現を用いる傾向にあることがわかる。

(3) 目標設定ツールとしての活用

国別の目標設定に関する特徴を見ていくと(表2),日本企業は他国に比べ企業の方向性を示し(48.3%),コントロールメカニズムを働かせるような表現を用いること(44.8%)が少ない。一方,米国とドイツはコントロールメカニズムを働かせようとする傾向が非常に強いと言える(75%,71.4%)。ほとんど全ての国の企業が従業員のモチベーションを高める取り組みを行なっており,日本と中国は他国に比べ,特に全てのステークホルダーと良好な関係性を維持することに注力している。

2. 統計分析

IBM SPSS Statistics version 26を用い,日本を基準に統計的差異が認められた項目は以下の通りである。「1顧客」,「2従業員」,「5社会」,「7製品&サービス」,「16モチベーションとなる言葉」,「20従業員のモチベーション向上」,「21ステークホルダーとの良好な関係構築」。この結果より,PDIとUAIのそれぞれ「コントロールメカニズム(将来のビジョン提示含む)」と「ビジネスドメインの規定」への影響はみられなかった。よって,H2/H3/H5の可能性は棄却し,H1とH4の2つの仮説に絞ってロジスティック回帰分析を行った。今回コントロール変数として,会社の規模や歴史が持つ影響力を考慮し,社歴/従業員数/時価総額を使用した。次に,PDI/UAIの2つの文化的要因が「ステークホルダーとの良好な関係構築」に影響を与えているかを検証するため,経営理念コンテンツの中で5つのステークホルダー(顧客・従業員・投資家・パートナー・社会)の中から3つ以上の言及がある場合を「1:関係構築の意志あり」,3つ未満の言及しかない場合を「0:関係構築の意志なし」として,2項の従属変数を設定した。統計分析は強制投入法を用い,PDI/UAIが「ステークホルダーとの良好な関係構築」の意志の有無に与える影響を検証した。その結果が表4である。

表3

記述統計と相関関係

Note: Mean categories for dummy variables show the proportion of cases in the category coded 1. * p<.05 ** p<.01

SR(Social Relationship):ステークホルダーとの関係構築

表4

ロジスティック重回帰分析の結果

Notes: Robust standard errors are in parentheses.

* p<.05 ** p<.01

今回の結果では,PDIおよびUAIのオッズ比(信頼区間)は,それぞれ1.025(1.001–1.050),1.027(1.007–1.047)であり,ともに「ステークホルダーとの良好な関係構築」にポジティブな影響を与えていることがわかった。またHosmer-Lemeshow検定では,p=0.992と有意でないことから,データがモデルにうまく適合していると判断できる。よって,H1/H4及びH0は支持されたと言える。

V. 考察及び結論

今回,独立変数としてPDI/UAIを用い,国ごとの経営理念構成要素への影響度を見ることで,国民文化の影響力を検証した。高いPDIは階層構造のある組織を表し,指揮命令系統が明確であるため,意思決定のプロセスにおいてステークホルダーに対する配慮が欠かせない。同様に,高いUAIの組織に関しても,合意形成のため関係するステークホルダーの意見調整に多大な時間をかけるため,経営理念の中で言及することは有効な調整行為ともいえる。そうした国民文化を反映する形で,より社会に受け入れやすい経営理念が形作られていることが今回の結果より推察でき,一定の妥当性を持っていると考えられる。一方,ステークホルダーとの関係性以外の項目に国民文化の影響力に対する有意差が見られなかった。これは今回,市場や機関投資家と対話することが自然と求められる上場企業を調査対象としており,最低限のコントロールメカニズムを備えることが要件となり,文化の影響力を超えて能動的な行動を求められているためと推察される。

グローバル企業が一つのミッションを持って世界中で働く従業員の意識を統一し,共通の組織アイデンティティを備えた組織として機能させるには,各ローカルの価値観に沿う形でそれを浸透させるための工夫が必要だ。例えば,サントリーはブランドスローガン「水と生きる」を世界中のグループ各社に浸透させるにあたり,あえてスローガンを翻訳せずにそのまま伝えることで,各ローカルの社員たちが能動的にその意味を解釈し,理解できるようグローバルのコミュニケーションを行なっている。これは一つの施策例ではあるが,いかに理念やビジョンといったものを各ローカルの文化的文脈に織り込む形で現場に浸透させるかは,全てのグローバル企業の課題といえる。

一方,検証にあたり,組織アイデンティティを定量的に表すデータとして経営理念のコンテンツを用いたが,組織アイデンティティは組織構成員の共有認知であって,本来企業が持っている経営理念とイコールな存在ではない。仮に同じように扱うためには,経営理念が組織内に100%浸透しており,その内容が組織構成員の共有認知となっていることが必須ではあるが,現実はそこまで高い浸透率となっていないことは調査の限界として考慮すべきだと考える。また,今回は業界文化の影響度を加味した定量検証ができなかった。国民文化が同質化のプレッシャーを与えるように,その組織が属する業界ごとに異なる同質化圧力があり,何らかの影響を与える可能性はあるだろう。

VI. おわりに

国民文化は全てを包含する制度的前提であったため,今まで単体の企業活動を説明する要素として議論されてこなかった。しかし企業の活動領域がグローバルに広がった今,理論の境界線も広げなければならない。本研究の理論的な貢献としては,経営理念を組織アイデンティティの一部として考察したこと。組織アイデンティティに文化が与える影響を定量的に解析した数少ない研究であること,があげられる。実務面においては,報酬制度/人事評価システムなどハード面ばかりではなく,ローカルの国民文化が自社の組織行動に与える影響というソフト面にも配慮しながら国際展開を検討することが,長期の視点で不可欠だという示唆を得られた。今後,グローバルで戦う企業が経営理念を活用した企業ブランディングや組織マネジメントを行えるよう,統計的に有意な関係が見られなかった他の仮説に関しても,サンプル数を十分に揃えながら検証を続けたい。

References
 
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