マーケティングレビュー
Online ISSN : 2435-0443
査読論文
移動者インサイト
― 移動中の生活者,その行動と心理に関する研究 ―
高橋 伸治佐々木 康成
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2020 年 1 巻 1 号 p. 48-57

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Abstract

「移動者」とは通勤や通学で移動中の生活者のことで,本研究では主に鉄道を利用して通勤する「移動者」を対象とする。その「移動者」は鉄道利用者であり,駅ナカや駅チカで買物をする消費者であり,OOHや交通広告のオーディエンスであるが,駅周辺の商業環境が益々充実化し,またスマートフォンやデジタルサイネージの普及により移動中の情報環境が急激に変化する中,潜在ショッパーとしての「移動者」,コミュニケーションターゲットとしての「移動者」が重要な存在になってきている。本研究の狙いはそういった「移動者」の行動特性と心理特性を捉え,それを駅や駅周辺施設のサービス向上や「移動者」との効果的なコミュニケーション手法の開発に結びつけることである。

Translated Abstract

In this study, commuters refer to consumers that use transit, especially train. They include railway users, consumers shopping in or near the stations and the audience for out-of-home (OOH) advertising and traffic advertising. While the commercial environment around the stations is increasingly fulfilling, and the information environment in transit is changing rapidly due to the spread of smartphone and digital signage, commuters are becoming important potential consumers and targets of communication. The aim of this research is to improve service in the stations and the facilities around said stations and to find effective ways to communicate with commuters by understanding their behavioral and psychological characteristics.

I. 問題認識と調査の概要

本研究は生活者を「移動中」というTPOで捉えた消費者行動の応用研究である。そしてその目的は鉄道を利用して通勤する移動者の行動と心理を捉えることであり,移動シーンにいる生活者にはその属性に関わらず共通した心理特性があるという仮説を前提としている。移動空間における商業環境が益々充実化し情報環境が急激に変化する中,移動者とのコミュニケーションによってその消費行動に影響を与える可能性が大きく広がってきている。そしてそのコミュニケーションを効果的に行うためには,まずは移動者の本音のニーズを知ることが必要である。

本研究は2016年から2017年にかけて4回の定性調査を実施し,そこで抽出した仮説を定量調査で検証するというプロセスで行い,本稿はその計5回の調査結果をもとに分析を行ったものである。定性調査については,まず初めに生活者が移動中にどのような「気づき」を得ているかを調べ移動者の心理的状況を大まかに捉えるとともに,生活者にとって移動空間とはどういったものであるのかを探り,次に移動者の「所作」を観察し生活者が移動時間をどのように過ごしているかを捉えることで,その背景にある無意識の思考や感情を探るとともに現代の生活者にとっての移動時間の意味合いを考察した。その上で3回目には「移動中の買物行動」,4回目には「移動中のスマホ利用行動」といったテーマで,本研究の焦点となる消費行動やコミュニケーション行動に関する調査を行い,そこから各々の行動の背景にある事情や状況を洞察しながら意識や心理に関する仮説を導き出した(表1)。そしてこれらの定性調査から得た仮説を定量調査によって検証した(表2)。

表1

定性調査概要

表2

定量調査概要

II. 調査結果の概要と主な発見

1. 移動中の行動

「移動者がしていること」や「移動者に起こっていること」を日記調査や行動観察によって,「気づき」,「所作」,「買物」,「スマホ利用」といった側面から洗い出し,それを定量調査で検証した。

はじめの「移動中の気づき」に関する調査では,「他人の迷惑行為」,「季節の変化」,「自分の体調変化」,「街の様子の変化」,「レジャーの広告」などが多くの移動者に共通する「気づき」の対象であることがわかった(図1-①)。また移動者はいろいろな考え事をしているが,その多くが「気づき」に紐づいていた。そして次の休日の予定や将来のこと,最近の出来事や昔のことなど,過去や未来に思いを巡らせている状況が多く見られ,生活者は移動中に「マインドワンダリング」といわれる頭がぼんやりした状態になり,こうした「メンタルタイムトラベル」をしていると思われる(図1-②)(Corballis(1843)によると,「マインドワンダリング」とは頭がぼんやりした状態のことで,人はそういった状態の時,時間を遡ったり進めたりといった「メンタルタイムトラベル」をしているという)。

図1-①

移動中の気づきや関心ごとの主な対象

図1-②

移動中の考え事

生活者は様々なメディアから情報を得て世の中の動きや流行を知るが,それらの対象物や事象を移動中にリアルに見たり触れたりすることで,それを実感している状況が窺われた。テレビやインターネットなどのメディアで得る気づきが「認知的気づき」であるのに対して移動中のそれは「実感的気づき」であり,すなわち生活者にとって移動空間とは「実感的気づき」を得る機会であるといえる。そしてその「気づき」は実感的であるが故にその後の行動につながることも多いと思われる。

次に実施した行動観察調査では駅のホームや電車でスマホ操作しながら資料を読んだり書き込みをしたりといったように忙しく活動する移動者の所作が多く見られ,現代の生活者にとって移動時間は「つぶすもの」から「使うもの」に変わってきていることが窺われた。また混雑した電車で「パーソナルスペース」が確保できずに不快感を紛らわそうとする移動者や,イヤホンを耳栓替わりにして「カプセル人間」になって自分の世界に入り込む移動者の様子なども多く観察された(図2-①)。Nakano(1997)によると「カプセル人間」とはメディアによって周囲を遮断する人のことで,会社や家庭では中々自分の時間を持てない生活者が移動中に「カプセル人間」になって一人の時間を過ごしているということである。また他人がいると落ち着かない個人の空間のことを「パーソナルスペース」といい,人はそれが確保されないと不快になる。電車で端の席にすわるのは「パーソナルスペース」を確保するためであるが混雑した電車ではそれが確保できずに不快になり,その不快感を紛らわすために外の景色を眺めたり,周囲の人を観察したり,広告を読んだりするということである(「混雑した電車では広告をよく見る」と応えた人は「40.0%」)。

図2-①

電車内でよくすること

図2-②

駅や電車内での振る舞い

次に「移動中の買物」に関する調査によると,通勤の「行き」では半数近く,「帰り」では約7割の人が週1回以上何らかの買物をしていた(図3-①)。そして利用する店は「行き」はコンビニ,「帰り」は食品スーパーとコンビニ,次いで百貨店,ドラッグストア,駅ビルSC,買うモノは「行き」は食料品と飲料,「帰り」はそれに加えて生活雑貨や衣料品など様々なジャンルに広がっていた。また会社の行き帰りに「習慣的に買っているものがある」という人が約4割いたほか,「会社帰りに衝動買いをする」,「色々な店を見て回ることがある」という人も相当数いることがわかった(図3-②)。

図3-①

移動中の買物頻度

図3-②

移動中によく買物をする店

図3-③

移動中の買物行動パターン

「習慣的買物」,「衝動的買物」,「探索的買物」といった行動には各々違った意味合いが窺われた。通勤の行き帰りでの「習慣的買物」は50代男性に多く,その理由は「生活のリズムをつくるため」,「気持ちを切り替えるため」,「買物をしないと物足りないため」などである。生活者は日常を安定させるために自ら習慣を創り出し,それは繰り返されるほど強固なものになり,またモノに対しても繰り返し消費することで「授かり効果」が生まれて更に同じモノを買い続ける。また「衝動的買物」は20代から40代の女性に多く,「その日の気分で」といった内的要因による場合と「欲しかったモノを偶然見つけて」といった外的要因による場合が見られたが,都市部に勤める移動者は毎日巨大なショッピングセンターの中を歩いているようなもので衝動買いを促す外的刺激も多い。そして自由気ままに店を見て回る「探索的買物」は特に金曜日に多く見られ,それは週末が近づいて開放感が高まるためであり,一週間を少しでも充実して終えたいという気持ちが働くためと思われる。

そして「移動中のスマホ利用」に関する調査では,「電車でスマホを使う」という人が「97.8%」と,ほとんどの移動者がスマホを利用していることが確かめられた。そして今回の対象者の一日のスマホ利用時間は平均90.3分,内移動中は41.7分で,30代以上の男性では移動中の利用時間が移動中以外よりも長いことがわかった(図4-①)。そして利用目的は「情報の収集や検索」が最も多く,具体的には「ニュースを見る」,「気になっていることを調べる」,「仕事に関することを調べる」などで,移動中が貴重な情報収集の時間になっていることがわかった。次いで多いのが「帰宅時間などを家族に連絡する」,「SNSで友人とやり取りする」といった「情報の伝達や対話」で,これは特に20代の女性に多く見られた。更に「ゲームをする」,「音楽を聴く」といった「情報コンテンツの消費」を目的とした利用,「スケジュールの調整」,「メールの整理」といった「情報の処理や整理」を目的とした利用も見られ,移動者が活発に情報を取り扱っている実態が捉えられた(図4-②)。

図4-①

移動中の一日平均スマホ利用時間(性年代別)

図4-②

移動中のスマホ利用目的

図4-③

移動中のスマホ利用内容

スマホ利用に関する調査で,普段スマホを持ち歩いている人にスマホを持たずに出かけてもらったところ,その日は普段よりも活発に駅や街ナカの広告に目を向けたという実態が捉えられ,スマホを持つようになった現代の移動者は以前よりも情報感度が高くなっていることが窺われた。

2. 移動中の心理

「移動者が思っていることや感じている」など,移動中の行動の背景にある意識や気分,感情について定性調査で洗い出した仮説をもとに検証を行った。

はじめに生活者に移動時間は必要か否かを問うてみたところ「必要」と応えた人は「42.0%」と半数に満たなかったものの移動時間に対する考えを問うてみると,「できるだけ有効に使いたい」と応えた人が7割近くいたほか,「気分を切り替えるのに必要」,「生活のリズムや安定感が得られる」,「考え事をするのに必要」,「情報を整理するのに必要」といったように必要とする理由が多く聴かれた。また「自分を振り返る時間」や「アイデアを得る時間」といった捉え方も見られ,人によっては移動時間が自分を振り返ったり新しい発想を得たりする機会になっていることがわかった(図5-①)。

図5-①

移動時間が必要か,否か(性年代別)

図5-②

移動時間に対する考えや意識

次に移動中の気持ちや思いについては,「移動中は他人とのつながりを避けて自分の時間を楽しみたい」という気持ちが「あてはまる」と応えた人が6割近くいたほか,「ぼぉーっとしていたい」,「仕事から解放されたい」,「気分をリフレッシュしたい」,「自由に過ごしたい」といった応えが多く,これらからは日常の役割から解放されて自分の時間を気ままに過ごしたいという移動者の本音が窺われた。また「平穏無事であってほしい」,「何も変わったことが起こらないでほしい」といった声も聴かれ,毎日ルーティンを繰り返すことで安心感を得たいという思いがあることもわかった(図6)。

図6

移動中の気持ちや思い(あてはまるもの)

また移動中の気分を「Uneasy(つらい,イライラ等)」,「Boring(憂鬱,うんざり等)」,「Exciting(ウキウキ,楽しい等)」,「Relaxed(落ち着く,ゆったり等)」の要素で問うてみると,「行き」では「憂鬱」や「うんざり」,「つらい」といった「不快」な気分の人が多く,「帰り」では「Exciting」や「Relaxed」などの「快」な気分の人が多くなるものの「Uneasy」や「Boring」な気分でいる人も少なからずいることがわかった。そして移動中に求める気分では「行き」,「帰り」ともに「Exciting」な気分よりも「落ち着く」,「安らぐ」など,「Relaxed」な気分を求める人が多いことがわかった。「Boring」は覚醒水準が低い不快な気分,「Uneasy」は覚醒水準が高い不快な気分で,人は「Boring」の時は「Exciting」を求め(刺激欲求),「Uneasy」の時は「Relaxed」を求める(安楽欲求)(図7-①)。同じシチュエーションであっても「刺激欲求」をもつ時と「安楽欲求」をもつ時があり,従って通勤の行き帰りでもその時々で生起する欲求も異なるであろうが,先に述べた移動中の気持ちや思いも合わせて考えると移動者は「刺激欲求」よりも「安楽欲求」を感じることが多いと思われる。

図7-①

移動中に求める気分

図7-②

気分と欲求の関係

III. 消費者行動研究としての本研究の意義

1. 移動中の快楽消費

消費者行動研究としての今回の研究の意義は移動中の消費行動の多くが「快楽消費」であることを捉えた点にある。Horiuchi(2001)によると「快楽消費」とは,商品やサービスを消費することで得られる快楽の経験が原動力になっている消費行動のことで,これに対し実用的価値に立脚する消費は「実用消費」である。「実用消費」における消費者は合理的な購買動機を持ち理性的に判断する論理的思考者であるが,「快楽消費」は感情に従って買物をする非合理的な消費者を想定していて,移動者はこの「快楽消費」を行う非合理的な消費者としての性格が強いということである。

快楽消費の要素には「繰り返す安心感」,「発散」,「自発性」,「認識された自由」,「新奇性」,「発見」,「非日常」などがある。「繰り返す安心感」とは「習慣的になった行動は慣れによって快楽をもたらす」といった意味であるが,今回の調査で聴かれた「出社前にいつもの店でいつもの飲み物を買わないと落ち着かない」,「毎日のルーティンを崩さないことでその日の仕事をいつも通りにうまくいかせたい」といった「習慣的買物」についてのコメントからは,まさにこの「繰り返す安心感」という快楽を求める移動者の心理が窺われる。

次に「発散」とは「消費が発散の機会になり暮らしにメリハリが生まれることで快楽が得られる」,「自発性」や「認識された自由」とは「強制や義務によってではなく自由意志で,または自分勝手に消費することで快楽が得られる」といった意味で,移動者は主に「衝動的買物」によってこれらの快楽を得ていると思われる。衝動買いは自由気ままな行動であり,いつもストレスや緊張感を抱えている生活者にとってはそれを発散できる魅力的なものである。また衝動買いという行為は自発的な行為であり,自分が主導権を握り周囲を支配している感覚,すなわち「コントロール感覚」が得られる行為である。会社や家庭では周囲に動かされ自分中心に物事が進められないことが多い生活者は移動中に衝動買いをすることによって,この「コントロール感覚」を取り戻していると思われる。

そして「新奇性」とは「珍しい買物の対象物が快楽への刺激になる」,「発見」とは「掘り出し物や予想外のモノを発見した喜びから快楽が得られる」,「非日常」とは「消費を通じて非日常的な空間に浸ることで快楽が得られる」といった意味で,移動者はこれらの快楽を「探索的買物」によって得ている。買物がもつレジャー性の要素はこの「探索性」であり,欲しいと思っていたモノを偶然見つけたり掘り出し物を見つけたりといったことへの期待感から買物の楽しさが生まれ,期待が叶えられた時には大きな快感を得て,その経験がまた同じ行動を促す。今回の調査では「仕事が早く終わった日にいろいろな店を見て回るのは自分にとって非日常」といったコメントも聴かれ,移動者がこうした目的性のない探索的買物行動をするのは,日々のルーティンを繰り返す中にも新しい出会いや発見を求めているからであり,非日常的な感覚を得ようとしているためと思われる(図8)。

図8

移動者の快楽消費

「快楽欲求」が生じた時に消費者の中で買物行動への内的な準備状態が形成され,それが買物行動の動因となるが,今回の調査で実際に行われた買物を見ると「繰り返す安心感」,「発散」,「自発性」といった快楽の要素が動因として特に多く認められた。そして実際の買物が行われるのはこれらの動因が生じると同時に,それを実現できる環境要因,すなわち「誘因」が存在しているからである。環境要因とは移動経路上に対象となる店があったりモノが並んでいたり,また時間的余裕があるといったことであるが,逆にいえば「動因(快楽欲求)」が生じたにも関わらず,それを実現できる「誘因(環境要因)」が存在しなかった場合には買物行動は実現しない。そのような時には,生活者はその場で行動を起こすのではなく次の休日などに欲求を満たすための時間をつくり,欲求が満たされる場所や施設を見つけて行動することになる。従って移動者とコミュニケーションをとるにあたっては移動者の「欲求」を捉えた上で,その場での行動に影響を与えようとするのか,それとも後の行動に影響を与えようとするのかを区別して考える必要がある。

2. 移動中のスマホ利用と消費行動

本研究の消費者行動研究としての意義のもうひとつは,常にスマホを持ち歩く現代の移動者の消費行動に影響を与える情報提供に関する新しい知見を得たことである。スマホの普及により移動中の情報環境は大きく変化し,それによって生活者の移動中の過ごし方や移動時間に対する意識も大きく変化した。スマホを携帯するようになったことで移動中にできることが以前に比べて格段に増え,移動時間は「つぶすもの」から「使うもの」に変わり,その使い方も多様化したということである。中でも電車に乗っている時にスマホを利用して情報を収集する移動者は多く,これは移動者とうまくコミュニケーションすることでその行動に影響を与える可能性が広がってきたということであり,今回の調査においても移動中での情報収集が購買行動に直接結び付いているケースが見られた。

例えば,あるSNSで得た情報がきっかけとなって次から次へとSNSをハシゴし,それがショッピングサイトでの情報検索やリアル店舗での商品購入,更には知人との情報共有といった行動につながっているケースが見られたが,これはまさに移動中に「気づき」から「訴求」,「調査」,「行動」,「推奨」までのカスタマージャーニーが起こっているということである。また今回の調査では電車でネットショッピングをするのは約1割の人に限られていたが,そのユーザーはかなり高い頻度でそれを利用していた。特に利用者が多いのは30代女性で(「行き」の電車では「21.0%」,「帰り」では「14.5%」),移動時間を利用して通勤のための洋服や化粧品などを購入するということであるが,一度利用すると購入履歴が残り次にはより短時間で買物を済ますことができることで,その利用が繰り返されるということである。またネットショッピングでも衝動買いによって気晴らしをするといったケースや,「行き」の電車で情報検索して「帰り」の電車で購入するといったケースなども見られた。

通勤電車でスマホを用いてよく情報収集する内容を問うと,「買物に関する情報」と応えた人は「行き」では「36.2%」,「帰り」では「43.2%」,「店に関する情報」と応えた人は「行き」では「23.6%」,「帰り」では「26.6%」であった。そしてそれを年代別で見ると20代女性では「帰り」に買物情報を検索するという人が「61.9%」,30代女性でも「56.5%」であった(図9-①)。すなわち特に20代,30代の女性の多くが移動中に買物のことを考え,その情報を自ら取りにいっているのである。

図9-①

電車内での「買物情報の検索」(性年代別)

SNSや情報サイトの利用者には常に情報過多の問題がつきまとう。すなわち受信はされても目にされなかったり注目されなかったりするという問題があり,それは今や多くの生活者にあてはまる。そして情報過多を感じている利用者は直近の情報を選別して見たり読んだりする傾向があり,受信してから時間が経過した情報は見過ごされる可能性が高い。すなわち情報を送る側からするとタイミングによって配信した情報がどの程度の深さで受け入れられるかが違ってくるということである。これまで述べてきたように電車では多くの移動者がSNSや情報サイトを起動させている(図9-②)。すなわち電車内の移動者は情報をすぐに受け取れる状態にあり,且つ「今届いた情報」であるが故にそれに注意を払う可能性が高いということである。買物情報やレジャー情報など,移動者が関心を持っている情報を,位置情報システムを用いて乗車中の移動者に届けると,それはしっかり受け取られ,買物やサービス利用などの行動を喚起できる可能性も高いということである。

図9-②

電車内でよく利用するアプリ(サイト)

IV. まとめと今後の研究課題

1. 移動者の「ホンネ」

今回捉えた移動者の心理は「移動時間を有効に使いたい」,「自分だけの時間を楽しみたい」,「気分を切り替えたい」,「安心感を得たい」,「その日の充足感を高めたい」,「変化がほしい」,「非日常を求める」,「安楽を求める」などであるが,これらには相反する意味が含まれている。すなわち「移動時間を無駄にしたくない」といった意味合いと「移動中はぼんやりと過ごしたい」といった意味合いが両方含まれているということであるが,前者の「無駄にしたくない」という思いは無駄にできない事情を抱えているからであり,それが必ずしも「ホンネ」とは思えない。今回の調査で日常生活の繁忙感について問うてみると約8割の人が「忙しいと感じる」と応え,また「とても忙しい」と感じている人ほど「移動時間を有効に使いたい」と応えた人が多く,同時に「ぼんやりと過ごしたい」と応えた人も多かった。すなわち現代の多くの生活者には常に「忙しい感覚」があり,それ故移動時間も無駄にできないという意識あるものの,同時に「ホンネ」として「移動時間くらいはぼんやりと過ごしたい」という思いを持っているということである。複数の社会に属し各々の役割を担いながら日常を過ごしている現代の生活者の多くは,会社と家庭の中間にある移動中にいずれの役割からも解放されて「素の自分」に戻りたいという欲求を持っているのではないか。移動をある役割から別の役割に移行する「通過儀礼」と考えると,移動者が求めているのはその途中にある「コムニタス」の状態,すなわち「いずれの社会にも属さない意識状態」であり,そこで移動者は「何者でもない存在」になって日常の緊張を和らげ,自分をリセットし,自己を再確認し,そして個人としての自分と社会的存在としての自分のバランスを調整しながら次の役割に備えていると思われる(図10)。

図10

「通過儀礼」としての移動

2. 今後の研究課題

本研究の理論的成果は現代の生活者にとっての移動の意味合いと移動者の「ホンネ」を捉え,移動中の消費行動に関する新しい知見を得たことである。そして次には「どういったメッセージが移動者の心を動かし,どのようなコミュニケーション手法を用いれば移動者の行動変容を促せるのか」という問題に具体的にアプローチする必要がある。そのために移動者研究の第二段階では,電車内や駅ナカ商業が充実した駅構内など,特定の移動空間にいる移動者にメッセージを送りその行動変容の実態を捉えるといったことや,特定のコンテンツを移動者に提供しその反応の程度を測定するといった実証研究に取り組む。それによって移動者に対する効果的なコミュニケーション手法や移動者の満足度を高めるための移動空間設計の具体的方策を導き出したい。

References
  •  Corballis,  M. (1843). The wandering mind: What the brain does when you’re not looking. Chicago: University of Chicago Press.
  •  Gennep,  A. V. (1909). Les rites de passage: Etude systematique des rites. African Affairs, Volume IX, Issue XXXIII. London: Oxford Academic.
  •  Horiuchi,  K. (2001). Kairaku shohi no tsuikyu. Tokyo: Hakutou shobou.(堀内圭子(2001).『快楽消費の追及』白桃書房)(In Japanese)
  •  Nakano,  O. (1997). Media ningen: Communication kakumei no kouzou. Tokyo: Keisou shobou.(中野収(1997).『メディア人間―コミュニケーション革命の構造』勁草書房)(In Japanese)
  •  Ueno,  K. (2016). Seikatsu koudou moderu no kisoteki kenkyu. University of Hyogo Monograph, B-6.(植野和文(2016).「生活行動モデルの基礎的研究」『兵庫県立大学政策科学研究叢書』B-6)(In Japanese)
 
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