マーケティングレビュー
Online ISSN : 2435-0443
査読論文
組織の市場志向形成におけるバウンダリースパナー行動とマーケターの越境的役割
矢倉 和雄黒澤 友貴
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2026 年 7 巻 1 号 p. 24-30

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Abstract

本研究は,組織の市場志向を高めるための要因として,制度や構造といった「仕組み」だけではなく,実際に機能させる「人の行動」に注目した。特に,組織の境界を越えて情報・知識・関係性を翻訳・調整する「バウンダリースパナー行動」が,市場志向の形成に果たす役割を実証的に検証した。131名のマーケティング実務者に対するWeb調査と共分散構造分析の結果,トップマネジメントの支援と組織システムは市場志向に直接影響を与える一方で,組織間連携はバウンダリースパナー行動を介して市場志向に寄与することが明らかとなった。また,バウンダリースパナー行動は,市場志向の中で,情報生成と情報普及には有意な影響を与えるが,情報反応には影響を及ぼさないことも示された。生成AIの進展により情報収集・分析が効率化される一方で,文脈を理解し橋渡しを行う人の行動の重要性は今後さらに高まると考えられる。

Translated Abstract

This study focuses on human behavior, rather than institutional or structural mechanisms, as a key factor in enhancing an organization’s market orientation. In particular, it empirically examines the role of boundary-spanning behavior, which involves translating and coordinating information, knowledge, and relationships across organizational boundaries, in shaping organizational market orientation. Based on a web survey of 131 professional marketers and structural equation modeling (SEM), the results reveal that while top management support and organizational systems have direct effects on market orientation, interdepartmental dynamics contribute indirectly through boundary-spanning behavior. Moreover, this behavior significantly influences intelligence generation and intelligence dissemination, but not responsiveness, within the market orientation framework. As generative AI advances and automates information collection and analysis, the importance of human actions that interpret context and bridge organizational boundaries is expected to become even greater.

I. 研究目的

1. 背景

生成AIなどの技術進展により,情報収集・分析といった機械的業務は急速に効率化されつつある。一方で,異なる組織間で意味を翻訳・調整し,組織として一貫した行動をとるための人間の行動の重要性が高まっている。マーケティングの現場では,マーケティング知識に加え,関係者との合意形成,組織横断的な調整といったスキルが求められる場面が増えており,マーケティングの専門的役割を超えた能力が期待されている。こうした環境変化のもと,持続的な競争優位を確立するため,市場志向の重要性が認識されている。多くの研究が,市場志向が顧客満足や業績向上に寄与することを示しており,その必要性に異論は少ない。Kohli and Jaworski(1990)以降の研究により,市場志向を促進するためには,トップマネジメントの支援,組織システムの整備,組織間連携といった組織的要因が重要であることも示されてきた。しかし,このような要因が整っていても,それだけで市場志向が組織に定着するとは限らない。現場では制度や構造だけでは十分に機能せず,それらを横断的につなぐ個人の行動が不可欠となる場面も多い。特に,マーケターは営業・販売・ITなど他部門と連携しながら価値創出を担う役割にあり,組織内外の関係者との橋渡しを担うような,越境的な調整・翻訳行動(バウンダリースパナー)が,市場志向の実践を支えている可能性がある。

2. 先行研究

(1) 市場志向

市場志向とは,「情報生成」「情報普及」「情報反応」という3つの行動プロセスから構成される組織的な姿勢である。市場調査の実施や顧客ニーズの把握に加え,それらの情報が組織を越えて共有し,迅速に意思決定に反映することが求められる(Kohli & Jaworski, 1990)。Jaworski and Kohli(1993)ら,多数の実証研究により,市場志向の高さがマーケティング成果に正の影響を与えることが確認されており,トップマネジメントの支援,組織間連携,組織システム(制度・評価等)の整備といった組織的支援が重要であるとされている。

(2) 組織間連携

市場志向の実現には,組織間での円滑な情報共有と協働的な意思決定を可能にする組織間連携が不可欠である(Kohli & Jaworski, 1990)。特にマーケティングは,他部門との連携を前提とした課題が多く,部門の境界を越えて協働することで,他機能とともに戦略的意思決定に関与しやすくなる。Joshi and Giménez(2014)は,境界を開拓する行動(越境的な連携)が,組織構造上のボトルネックを回避し,意思決定の迅速化と実行力の向上につながると指摘している。したがって,制度的な仕組みの整備だけでは不十分であり,組織間のつながりを実質的に機能させる行動的要因の重要性が示唆される。

(3) バウンダリースパナー

バウンダリースパナーとは,部門や組織の境界を越えて情報・知識・関係性を媒介・翻訳・調整する役割を担う個人を指す。Williams(2002)は,こうした人材に求められる中核機能として,信頼構築,翻訳,交渉・調整などを挙げており,異なる職能や価値観の橋渡しを行う特性とされる。したがって,制度や構造だけでは実現が難しい組織間の知識流通や協働を促進するうえで,バウンダリースパナーは実務的に不可欠な存在といえる。

3. 研究目的

本研究の目的は,市場志向を促進する組織的要因の中でも,組織間連携とバウンダリースパナー行動の関係性に着目する。従来の研究では,組織間連携が市場志向の形成に寄与することが指摘されてきたが,その関係がどのような個人の行動によって媒介されるのかについては十分に検討されていない。そこで本研究では,以下のResearch Questionを設定する。

RQ1:トップマネジメントの支援,組織システム,組織間連携といった組織的要因は,市場志向の形成にどのような影響を与えるのか。また,組織間連携が市場志向に与える影響は,バウンダリースパナー行動によって媒介されるのか。

RQ2:バウンダリースパナー行動は,市場志向を構成する「情報生成」「情報普及」「情報反応」の各行動プロセスに対して,それぞれどの程度の影響を及ぼすのか。

本研究では,バウンダリースパナーを,組織や職能の境界を越えて情報・知識・関係性を媒介・翻訳・調整する個人と定義する。バウンダリースパナー行動とは,そのような個人が実際に行う越境的活動を指し,市場志向の実現における行動的要因として注目する。

II. 分析

1. 仮説モデル

本研究では,表1に示す構成概念,図1に示す仮説モデルに基づき,企業における市場志向の形成メカニズムを検証する。

表1

構成概念

出典:筆者作成

図1

仮説モデル

出典:筆者作成

モデル1では,「トップマネジメント」「組織システム」「組織間連携」といった組織的支援要因が市場志向に与える直接的な影響に加え,「組織間連携」がバウンダリースパナー行動を媒介して市場志向に影響を与えるという間接的な経路も仮定している。組織間連携は,情報の共有や協働体制として重要であるものの,組織間には専門知識や価値観の違いが存在し,形式的な連携だけでは意味の共有や迅速な意思決定につながらないケースも多い。このような構造の限界を乗り越え,情報を相互に理解可能な形に翻訳し,調整を図る個人の行動が,実質的な市場志向形成を支えていると考えられる。Williams(2002)は,バウンダリースパナーが信頼構築・翻訳・調整を担うことで,異なる職能間の橋渡しを果たすと述べており,こうした行動が組織間連携を実効性あるものに変える要因であると考えられる。

モデル2では,市場志向を構成する3つの行動要素(情報生成・情報普及・情報反応)に対して,バウンダリースパナー行動がそれぞれどの程度影響するのかを分析することで,その貢献の濃淡を明らかにすることを目的とする。

2. 調査概要

本研究では,2025年6月27日から7月12日にかけて,オンライン方式による質問票調査を実施した。調査対象は,従業員規模が50名以上の企業に所属し,自社内でマーケティング業務を担当している実務者(マーケター)とした。マーケティング支援会社などに属し,他社の業務をサポートする立場の人材は対象外とした。企業単位での制限を設けていない。トラップ設問なども設け,内容が不適切であると判断されたデータは分析から排除した。

3. 構成尺度

各構成概念の測定項目は29問で構成しており,7段階のリッカート尺度を用いて測定した。選択肢1はとてもあてはまらない,選択肢7はとてもあてはある,成果に関する設問のみ選択肢1は競合よりはるかに劣る,選択肢7は競合よりはるかに優れているとした。各設問は表1の参考文献の設問を利用している。バウンダリースパナー行動のみ一部を独自設問とした。また,バウンダリースパナー行動のみ回答者自身の自己評価,他の構成概念は組織全体に関する認知評価である。

4. 基本統計量

有効回答数は131件であった。有効回答者の71%がマーケティング部門に所属しており,20%はマーケティング部門以外でマーケティング業務を担当していた。残りの9%は,社内にマーケティング部門がない中で,マーケティング業務に従事していた。ビジネスモデル別では,BtoCが47%,BtoBが39%,BtoBtoCやその他が14%となった。所属企業の特性においても大きな偏りはなかった。基本統計量を表2に示す。

表2

基本統計量

(※)は逆転項目

出典:筆者作成

5. 分析結果

共分散構造分析を用いて仮説検証を行った。モデルの適合度はRMSEAを基準とし,Toyoda(2007)に基づき0.10未満を許容水準とする。モデル1(RMSEA=.094),モデル2(RMSEA=.091)ともに実務的に許容可能な範囲内と判断される。天井効果・フロア効果はいずれの指標でも確認されなかった。共通法バイアスによる歪みを避けるために,Harmanの一因子テストで構成概念の独立性を確認し,逆転項目や匿名回答の導入により回答の信頼性を高めた。その結果,測定モデルは複数因子から成る構造として統計的に妥当であり,バイアスの影響は限定的と評価された。Cronbach’s αが.70以上,CRが.70以上であった。統計処理にはIBM SPSS Statistics 31,共分散構造分析にはIBM SPSS Amos 26を使用した。表3に構成概念と信頼性指標を示す。

表3

構成概念と信頼性指標

出典:筆者作成

モデル1(図2)では,トップマネジメントおよび組織システムが市場志向に有意な正の影響を与えている。組織間連携は市場志向に直接的な影響を及ぼさなかったが,バウンダリースパナー行動を介した間接効果が統計的に支持された。すなわち,組織間連携が市場志向に与える影響は,バウンダリースパナー行動という媒介変数を通じて発揮される構造が確認された。モデル2(図3)では,バウンダリースパナー行動が市場志向の3つの構成要素のうち「情報生成」「情報普及」に対しては有意な正の影響を持ち,「情報反応」に対しては影響が認められなかった。これにより,バウンダリースパナー行動は情報の獲得と共有といった前段階の活動には積極的に関与するものの,意思決定や実行といった最終的な対応フェーズには関与が限定的であることが示された。表4に仮説検証結果を示す。

図2

分析結果(モデル1)

出典:筆者作成

図3

分析結果(モデル2)

出典:筆者作成

表4

仮説検証結果

出典:筆者作成

III. 総括

1. Research Questionへの回答

RQ1:バウンダリースパナー行動が媒介変数として有効に機能していることが実証された。組織間連携そのものは市場志向に直接影響しないものの,バウンダリースパナー行動を通じて間接的に市場志向を高める効果が確認された。すなわち,連携の「仕組み」ではなく,それを実質的に機能させる「人の行動」が市場志向の形成にとって不可欠であることが示唆される。

RQ2:バウンダリースパナー行動は「情報生成」「情報普及」には有意な影響を持つが,「情報反応」には影響を及ぼさないことが明らかとなった。これは,バウンダリースパナーが主に情報を組織に取り入れ,流通させる役割を担っており,最終的な意思決定やアクションに関しては,組織での権限の違い(例:事業の意思決定はマーケティング担当ではなく,別組織の事業責任者が担う)など他の要因が関与している可能性も示している。

2. 理論的意義

本研究の理論的意義は,市場志向の形成を支える要因として,制度や構造といった仕組みではなく,それを現場で実質的に機能させる人の行動に着目した点にある。とりわけ,組織の境界を越えて情報を翻訳し,関係性を調整するバウンダリースパナー行動に理論的焦点を当て,その役割を市場志向の形成過程において理論的に位置付けた。従来の市場志向研究では制度的支援が中心的に扱われてきたが,それらの効果は自動的に発揮されるものではなく,行動によって媒介される必要がある。本研究は,仕組みと行動の接点に注目し,仕組みが自動的に市場志向を生み出すのではなく,それを現場の人がどう解釈し,どのように行動に移すかという実行プロセスに着目し,理論的な説明を与えた点に本研究の意義がある。

3. 実務的示唆

本研究は,マーケターが暗黙的に行ってきた調整・翻訳などの活動の一部を,バウンダリースパナー行動として概念化し,理論的に位置づけた。こうした行動は従来,個人の資質や情熱に依存しがちで,組織内で十分に認識・評価されてこなかった可能性がある。継続的に引き出すには,制度面と育成面の両面からの支援が不可欠である。制度面では,越境的な行動を評価制度などに組み込み,個人任せにしない仕組みが求められる。育成面では,マーケティング知識に加え,他部門との関係構築や調整,合意形成といった“橋渡しスキル”の開発が重要である。こうした制度整備と能力開発を通じて,バウンダリースパナー行動を促進し,市場志向の文化を根付かせていくことが求められる。また,この行動は一部の専門人材に限られるものではなく,多くのマーケターが日常的に無意識で実践している。他組織との情報交換や調整,合意形成といった行動の重要性が見過ごされてきた。本研究は,そうした行動が市場志向の形成に寄与することを明らかにした。今後,マーケター自身がこうした活動を職務の一部として再認識し,自律的に実践していくことが期待される。さらに,生成AIの進展により,情報収集や分析は効率化が進む一方で,組織間の文脈を理解し翻訳・調整する行為は依然として人間にしか担えない。バウンダリースパナー行動は,人間の独自性を発揮する領域であり,市場志向の実現に向けて今後ますます重要となる。

4. 今後の課題

第一に,本研究ではすべてのデータを個人の主観的回答に基づいており,特にバウンダリースパナー行動が自己評価である一方,他の構成概念は組織全体に関する認知評価であるため,測定レベルに不一致がある。組織レベルの要因をより厳密に検証するためには,同一組織内から複数の回答を収集し,個人レベルと組織レベルの双方の視点から分析を行うことで,結果の精度と妥当性を一層高められる可能性がある。

第二に,バウンダリースパナー行動が市場志向に与える影響は,担い手の役職や立場によって異なる可能性がある点である。例えば,若手社員は現場での調整や共有には積極的に関与できても,意思決定層への働きかけには限界がある。一方で中間管理職は,現場と経営の双方を橋渡しできる立場にあり,より効果的なバウンダリースパナー行動を実践しやすい。今後は,役職や経験年数など属性ごとにバウンダリースパナー行動の効果を検証し,誰が担うと効果的かという点の明確化が求められる。

第三に,バウンダリースパナー行動が常に望ましいとは限らず,その介入の程度にも限界がある。例えば,過度に他部門に入り込みすぎることで組織間の摩擦を引き起こすことや,越権とみなされることで信頼関係が損なわれるリスクもある。本研究ではバウンダリースパナー行動のポジティブな側面に焦点を当てたが,今後はどの程度の介入が適切か,どのような関係性構築が必要かといった質的な側面も含めた検討が必要である。

References
 
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本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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