中東レビュー
Online ISSN : 2188-4595
ISSN-L : 2188-4595
論稿
エジプトの社会保障改革
土屋 一樹
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2020 年 7 巻 p. 80-97

詳細
Translated Abstract

Although Egypt’s social security system became obsolete in the 1990s, it was the Sisi administration that launched the major reform. The social security system was restructured along with the implementation of the bold macro-economic reform. As a result, the new social security plan can cover a much bigger population than what the old system could, despite a chronic fiscal deficit. The purpose of this paper is to examine the state of the social security reform in Egypt since 2014 and discuss its sustainability. The paper reviews the developments of the new cash transfer programs as well as the rebuilding of the social insurance system. While the new social security scheme is well-designed and is highly reputed, administrative capabilities will be a major challenge.

はじめに

スィースィー政権は2014年6月の発足直後から経済改革を推進した。エネルギー補助金の段階的な削減(2014年~)、付加価値税の導入(2016年)、変動為替相場制への移行(2016年)など、マクロ経済の安定化を目的とする改革を次々と実施した。さらに、2016年11月にはIMFと拡大信用供与措置(EFF)を締結し、3年間で計120億米ドルの融資を受けることで合意した。こうした一連の経済改革とIMF融資によってエジプトのマクロ経済状況は改善し、2017年以降、経済成長への期待が高まった。

経済改革に加え、スィースィー政権は社会扶助の拡充に着手した。それは経済改革に伴う低所得者層の負担増を緩和するだけでなく、恒常的なセーフティネットの枠組みを再構築するものとなった。従来のエジプトのセーフティネットは、価格補助による安価な食糧の販売が主だったが、食糧補助制度を見直し、また本格的な現金給付を導入することで、それまでの社会扶助の枠組みを刷新した。

本稿では、スィースィー政権による社会保障制度の再構築と、新制度の実施状況を検討する。そのうえで、今後の社会保障改革と新しい社会扶助の持続性について論じる。以下、第1節で従来のエジプトの社会保障制度の基本的枠組みと課題を整理し、第2節で2000年代後半以降の社会保障改革の試みを概観する。第3節では新たな社会扶助として導入された現金給付プログラムの状況を明らかにし、最後に第4節で今後の社会保障制度の方向性と持続性を論じる。

1. エジプトの社会保障制度

エジプトの社会保障制度は、年金保険、医療保険、社会扶助の3つで構成されている(Sieverding and Selwaness[2012:4]、 Ameta and El Shafie[2015:7])。この枠組みは、ナセル政権期(1956~1970年)に形成された、公的部門雇用者を対象とする社会保障体制が基になっている。ナセル政権は、「アラブ社会主義」政策に基づく国家建設と政権の正統性を確保するため、公的部門を主な対象とする社会保険を構築し、またポピュリスト的な再分配政策によって大規模な社会扶助を確立した。その後、サダト、ムバーラクの両政権によって制度の一部改定が行われたものの、ナセル政権下で構築された社会保障制度の基本的な枠組みは維持された。以下では、2000年代末までの社会保障の枠組みと状況を整理する。

(1) 年金保険

現在の年金保険は、主に4つの法律から成り立っている(表11。雇用形態によって適用される法律が異なり、保険料、保障内容、年金額などを個別に定めている。そのなかで、1975年に制定された公務員、公共企業労働者、民間企業労働者を対象とするLaw No.79 of 1975が最も大規模かつ基本的な枠組みとなっている。その後、1976年に雇用主と自営業者を対象とするLaw No.108 of 1976、1978年に海外で働くエジプト人労働者のためのLaw No.50 of 1978、1980年に不定期労働を含むその他労働者を対象とするLaw No.112 of 1980が制定された。

(出所)Helmy[2008:202

1980年代までは公的部門の雇用比率が高く、労働者の年金保険加入率は高かった(Sieverding and Selwaness[2012:13])2。しかしながら、1990年代以降になると、労働人口の増加が続く一方で、公的部門での新規雇用が縮小したため、年金保険の加入率は低下した。民間企業労働者の加入率は約60%に留まったためである(Loewe[2004:7-8])。表2は2006年時点での年金保険加入率を年齢、男女、地域別に示したものであるが、全体の加入率は40%と全労働者の半数以下となっている。なかでも、30歳以下の若年層、そして農村部で加入率が低くなっており、世代と地域を軸にした大きな格差があることが分かる。

(出所)Sieverding and Selwaness[2012:14

現在の年金保険制度の問題点として、加入率の低さに加え、保険料率の高さ、逆進税のような仕組みになっている保険料の算出方式、支給前年の賃金水準で決まる年金支給額、インフレ率の反映されない支給額が指摘されている(Sieverding and Selwaness [2012:16-17])。こうした問題のため、現行の年金保険制度は労働者にとっても必ずしも望ましいものでなく、加入率の低下を招いたと考えられる。

(2) 医療保険

公的医療保険制度は、年金保険と同様に複数の枠組みから構成されている(表3)。雇用形態や属性によって異なる法律が適用されるためである。医療保険に加入しているのは、2000年代末時点で人口の51%だった(Rafeh et al.[2011:74])。未加入なのは、Law No.79 of 1975に加入していない労働者、自営業者、インフォーマル部門労働者、失業者、自らの意思で働いていない者(非労働者)、大学生、不就学児童などである。このなかで、自営業者、インフォーマル部門労働者、失業者、非労働者は、対象となる公的医療保険がなく、公的な医療保険制度に加入することができない。

エジプトの公的医療保険は1964年にアレクサンドリアで始まり、1975年に制定されたLaw No.32 of 1975とLaw No.79 of 1975によって全国に拡張された。この2つの法によって、公的部門労働者、民間企業労働者、年金受給者などが医療保険制度の加入対象となった。しかしながら、1980年代末まで、人口に占める医療保険加入率は10%未満と低い水準に留まった。

医療保険の加入者数が大きく増加したのは、1992年に制定されたLaw No.99 of 1992によって、幼稚園から中等教育までの生徒が加入対象となったときだった 。さらに、1997年の保健相令(Decree No.380 of 1997)によって未就学児も加入対象となった 。その結果、前述のように、医療保険への加入割合は約5割まで増加した。

(*) 2012年にLaw 86 of 2012 に引き継がれ、保険料は年LE8となった。

(出所)Maeda and El Saharty[2008:313

医療保険未加入者に対しては、公立病院・診療所での低額(または無料)での診療と、入院費用などの補助制度(Program of Treatment at the Expense of State: PTES)がある。しかしながら、資金不足および運営体制の不備のため、十分な医療サービスを提供できていない。

現在の医療保険制度の主な課題とされているのは、低い加入率と高い自己負担である(Sieverding and Selwaness[2012:20-22])。民間雇用の大部分を占める中小企業の医療保険制度への加入が任意となっていることもあり、労働人口の3分の2は医療保険に加入していない3。また、加入労働者の扶養家族は加入者の医療保険でカバーされないため、大学生や非労働者は医療保険制度の対象外となっている4。その結果、国民の約半数が医療保険に未加入となっている。

もう一つの課題は、医療費の自己負担(家計支出)割合が高いことである。2000年代半ば時点で、国全体の医療費支出のうち約60%が自己負担(家計による負担)だった(表4)。健康リスクに対する公的なリスク・プーリングと保護の枠組みが十分に確立されていないと言えるだろう。実際、医療費は世帯支出の主要項目の一つとなっているが、とくに低所得世帯ほど支出割合が高い。たとえば、2000年代末時点で、所得上位20%世帯では医療費支出が世帯所得の13.5%だったのに対し、所得下位20%世帯では同21%だった(Rafeh et al.[2011:43])。

(出所) Maeda and El Saharty [2008:306

(3) 社会扶助

エジプトの社会扶助は、食糧補助、社会開発基金、生活保護給付の3つが主な手段となっていた。このうち、食糧補助は供給省(Ministry of Supply and Internal Trade)、社会開発基金と生活保護給付は社会連帯省(Ministry of Social Solidarity)によって管理・運営されている。

3つの手段のなかで最も予算規模が大きく、長年社会扶助の中心となってきたのは食糧補助だった。エジプトの食糧補助制度は、第2次世界大戦時の配給制に始まり、その後の歴代政権においても「暗黙の社会契約」として維持・拡充されてきた(Adams [2000:117]、Gutner[2002:457])。補助制度の対象となる品目は、1980年までに小麦、米、砂糖、食用油、茶、トウモロコシ、豆類、肉類、魚類など18品目に上った。その多くは、割当カード(ration card)の保有者が安価に購入できる仕組みだったが、1980年代末まで国民の約90%が割当カードを保有しており、実質的に全国民を対象とする制度となっていた(Ali and Adams[1996:1780])。

食糧補助制度の対象品目は、その時々の社会情勢に合わせて、拡大と削減が繰り返された。食糧価格が上昇すると補助対象品目が増え、財政赤字が深刻化すると品目と規模が縮小された5。そのなかで一貫して補助対象品目となっていたのは、小麦(パン)、砂糖、食用油だった。これらはエジプト国民の基礎食糧として、政府が安価で安定的な供給に責任を持つことが期待された。

2000年代末時点での食糧補助制度は、2つの枠組みで構成されていた。1つは誰でも無制限に購入できるパン(エイシュ・バラディ)で、1枚0.05エジプト・ポンド(以下:LE)で販売されていた。もう1つは割当カードを利用するもので、毎月決められた分量だけ補助対象品目を購入できるものだった6

社会扶助の2つ目の柱となる社会開発基金は1991年に設立された。IMF・世界銀行の勧告する構造調整政策を受け入れたエジプト政府は、低所得者層への負の影響を軽減するため、世界銀行などからの援助によって、新たなセーフティネットとして社会開発基金を発足させた。

社会開発基金の役割は、(1)貧困削減を目的とする社会開発支援、(2)雇用創出のための公共事業とマイクロクレジット、(3)小規模企業の発展の3つだった(Abou-Ali et al.[2009:2])。具体的には、社会開発支援として保健、教育、環境分野での発展促進、公共事業では水資源、公衆衛生、道路建設の推進、小規模企業の発展では中小企業向け融資が実施された。その結果、1990年代を通じて、社会開発基金のプロジェクトによって毎年5~6万人の雇用が創出された(柏木[2008:159])。

3つ目の柱である生活保護給付は、1980年のLaw No.112 of 1980によって創設された無拠出の現金給付であるが、他の2つの手段と比べ小規模に留まった。現在の正式名称は「社会連帯年金(ma’ash al daman)」で、給付対象は他の年金を受給していない低所得世帯である。とくに世帯主が女性、高齢者、遺児など主な労働力となる成人男性のいない世帯を対象としている7

社会連帯年金の給付水準は受給世帯の規模や構成で異なるが、2000年代初頭時点で、月50LE(単身世帯)~70LE(5人以上の世帯)だった(Sabry[2005:32-33])。エジプトの下位貧困ラインは2000年時点で年953~1097LE(一月あたり79~91LE)と推計されており、給付額は貧困ラインを大きく下回る水準だった(World Bank[2002:12])8。その後、2000年代末以降に何度か給付額の引き上げが実行され、2012年には215LE(単身世帯)~300LE(4人以上の世帯)となった9

生活保護給付の課題として、低水準の支給額に加え、カバー率の低さと利用の難しさが指摘されている(Sieverding and Selwaness[2012:23])。たとえばエジプトの貧困率は2000年時点で16.7%(約1170万人)と推計されているが、生活保護給付を受けていたのは23万世帯(平均世帯人数5.82人で換算すると134万人)と、貧困層の一部のみだった(Sabry[2005:38])。また、申請には身分証明書(IDカード)が必要となるが、低所得者層ではIDカードを取得していない人が多い10。その他にも、制度の情報が共有されていないこと、認定の際の客観的な判断基準がないことなど、生活保護給付を受給するのは容易でなかった(Sabry[2005:37-40])。

2. 社会保障改革の模索

エジプトの社会保障制度の骨格は、前節でみたように、1980年頃までに形成された。その後、制度の部分的な変更や拡張が行われたものの、2000年代まで大きく変わることはなかった。その一方で、エジプトの社会経済状況は1980年代以降に大きく変わった。人口は1980年の4400万人から2000年には7000万人と約6割増加した。また、失業率が上昇基調となり、失業者数は1980年の55万人から2000年には184万人と3.3倍になった(図1)。

・失業率の1976年と1985~1988年は欠損値。

(出所)World Development Indicators

エジプト政府は2000年代に社会保障制度の見直しを開始した。社会経済状況の変化によって社会保障制度は制度疲労を起こし、改革が不可避となったのである。しかしながら、恒常的な財政赤字と政府不信のなか、社会保障の再編は容易でなかった。

年金保険については、2005年に見直しが始まり、2010年6月に新たな枠組みを定めた新年金法(Law No.135 of 2010)が成立した。同法は、従来の制度の欠陥を是正するとともに、効果的で持続可能な年金保険の仕組みを構築しようとするものだった(Helmy[2008]、 Sabreen and Maait[2011])。

Law No.135 of 2010における主な変更点は、加入対象の拡大、負担率の見直し、給付水準の引き上げだった。また、失業手当の創設などセーフティネットの充実も図られた。新制度は2012年1月に導入される予定だったが、ムバーラク政権崩壊の混乱によって見送られ、その後2013年8月にマンスール暫定大統領(当時)によって破棄された(Ido[2018:5-6])11。その結果、現在(2019年7月)まで、年金保険はLaw No.79 of 1975を中心とする従来の枠組みで運営されている。

医療保険においても、エジプト政府は2005年7月に制度の改革開始を宣言した(WHO[2006:104])。そのねらいは、2010年までに国民皆保険を実現させるとともに、医療サービスの向上を図ることだった。年金保険と同様、社会経済状況の変化によって、医療保険も社会保障制度として機能不全に陥っていたのである。しかしながら、新たな医療保険の策定に向けた動きは容易でなかった。2010年までに何度も改正案が起草されたものの、可決には至らなかった12

新しい医療保険は、スィースィー政権下の2017年12月にLaw No.2 of 2018として成立した。同法は国民皆保険を導入するもので、そのための仕組み、資金負担、運営規則などを定めた13。新制度では、全国民の加入が義務化され、世帯主(主な稼ぎ手)が家族全員の保険料の支払いに責任を負う。保険料率は収入と属性によって決定され、また国庫負担分の税源も明記された14。新制度への移行は、全国を6つの地域に分けて順次実施される計画で、2032年までに完了する予定となっている15

社会扶助では、社会状況に合わせた給付水準の引き上げに加え、スィースィー政権において食糧補助金制度の刷新と新たな現金給付プログラムが導入された。食糧補助金制度の仕組みが変わったのは、スィースィー政権が成立した2014年だった16。それまでの特定品目の割当方式から、毎月一定額を受け取り自ら購入品目を選択するバウチャー方式へと移行した17。補助品目は、新方式導入当初は約20品目だったが、ゆくゆくは非食料品にも拡大し100品目以上とする計画である。また、補助金付きパン(エイシュ・バラディ)の購入制限も導入され、補助カードの保有者のみ1日5枚まで購入可能となった。

新方式への移行に加え、食糧補助の受給資格の見直しも検討された。その目的は、受給基準を明確にし、食糧補助制度の対象者を絞り込むことである。それは、これまでのような国民の大多数を対象とする普遍主義的な制度ではなく、社会扶助の一手段として、低所得者の生活支援を目的とする選別主義的な仕組みへと移行させるものだと理解できる18

さらに、社会扶助の新たな枠組みとして、2015年に条件付き現金給付が導入された。条件付き現金給付は、2000年代末から一部地域で実験的に実施されていたが、正式な制度として導入されたのは初めてだった。新しい現金給付プログラムは、いずれ現在の生活保護給付である社会連帯年金と統合する予定である(World Bank[2018a:5])。そこで、次節で新しい現金給付プログラムの仕組みとインパクトを検討する。

3. 新たな社会扶助:タカーフルとカラーマ

スィースィー政権は、新たな社会扶助として、2015年3月に2種類の現金給付プログラムを導入した。子供のいる低所得者世帯を対象とした子供の就学などを条件とする所得支援の「タカーフル(Takaful:連帯)」と、高齢者や障害者など社会的弱者を対象とする「カラーマ(Karama:尊厳)」の2つである。タカーフルは条件付き現金給付(Conditional Cash Transfer: CCT)、カラーマは「無条件(unconditional)」現金給付に分類することができる19

(1) 新しい現金給付プログラムの仕組み

タカーフルは一世帯あたり子供3人までを対象とし、子供の通学と検診を条件として、所得支援(現金給付)を行うプログラムである20。就学の場合は出席率80%以上、未就学児は年4回以上検診を受けることが受給条件とされている21。プログラム開始当初の支給額は、一世帯につき月325LEに加え、子供の教育課程に応じて月60LE~100LEに設定された。その後、急激な物価上昇を反映して、2017年7月に支給額の引き上げと対象拡大が実施された(表5)。

タカーフルのもう一つの目的として、女性のエンパワーメント推進(世帯内での意思決定への関与強化)が掲げられ、受給者は原則として母親(あるいは女性保護者)になっている。その結果、2017年6月時点において、タカーフル受給者の90%が女性だった。

タカーフルの対象世帯に想定されるのは、所得下位20%の世帯である。そのため当初は貧困の集中する地域のみで展開されたが、プログラム導入後2年の間に対象地域は全国に広がり、2018年初めまでに受給世帯数は196万世帯を超えた(World Bank[2018b])。

・適用されるのは,一世帯あたり子供3人まで(2019年から2人までに変更)

(出所)Ahmed[2018

一方、カラーマは65歳以上の高齢者、障害者、疾患、18歳以下の孤児に対する社会的包摂プログラムで、対象者には「無条件」で月350LE(2017年7月以降は450LE)が給付される22。2018年半ば時点において、カラーマ受給者のいる世帯は30万世帯を超えた。その内訳は、高齢者5万世帯(カラーマ受給世帯の17%)、障害・疾患者25万世帯(同82%)、両方の対象者のいる世帯1600世帯(同1%)だった(World Bank[2018b])。

現金給付プログラムを運営するのは社会連帯省であるが、それに加えて、教育省、保健省、内務省、計画省、農業省、財務省といった省庁も関わっている。複数の省庁が社会扶助プログラムに関与するのは、低所得者層の状況把握と多様な支援を可能とするためとされる。具体的には、2015年以降に始まった家族計画や、職業訓練などの人的資本開発支援「フォルサ(Forsa:機会)」プログラムなどの社会支援策が現金給付プログラムとの連携の下で運用されている。

タカーフルとカラーマは、開始3年で計226万世帯以上に広がった。その財源として、主に燃料補助金改革によって節減した政府支出と、世界銀行からの4億米ドルの融資(2015~2019年)が充てられた。包括的な経済改革によって財政支出構造を再編することで、新たな現金給付プログラムの実施が可能になったと言えるだろう。しかしながら、恒常的な財政赤字のなか、十分な財源を確保することはできず、世界銀行の支援を受けた。世界銀行は、2019年以降の追加支援として、2018年末に5億米ドルの追加融資を決定した23

(2) 現金給付プログラムのインパクト

タカーフルとカラーマの導入から2年余りとなる2017年半ばから翌2018年前半にかけ、国際食糧政策研究所(IFPRI)が両プログラムのインパクト評価を実施した(Breisinger et al.[2018]、ElDidi et al.[2018])。数量分析とインタビュー調査による評価が行われ、タカーフルの効果が示された24

Breisinger et al.[2018:30]では、タカーフル受給世帯の消費水準が7.3~8.4%上昇したと推定されている25。それは受給額の3分の1から半分程度となる世帯あたり156LE~233LEの消費増加に相当する。タカーフル受給による消費増加率は、条件付き現金給付の成功例とされるラテンアメリカ諸国での水準と同等であり、国際的に比較しても良好なパフォーマンスだと評価されている26

消費水準の引き上げは、貧困削減に有意な効果をもたらした。タカーフルは、国際貧困ライン(1日1.90ドル)を基準とした場合、受給世帯が貧困に陥る確率を11%軽減した。また、国内貧困ラインを基準にすると、同8%軽減した(Breisinger et al.[2018:30-33])。もしタカーフル受給世帯のすべての消費水準が7.3%上昇したと仮定すると、タカーフルによって国内貧困ラインでの貧困率は約0.4%ポイントの減少となる。これは約15万世帯(72万人)が貧困から脱出したことを意味する(Breisinger et al.[2018:92])。

タカーフルのもう一つの目的である女性のエンパワーメントについて、Breisinger et al.[2018:54-56]の推定では、負のインパクトが見出された。すなわち、タカーフル受給によって女性の世帯内での意思決定権が弱まったのである。同報告書では、想定と異なる結果について、新たな現金収入が世帯内の意思決定バランスを崩した可能性を指摘している。タカーフル・プログラムで女性が現金を受給したことで、現金の使い道について、男性世帯主が関与を強めたという可能性である。

一方で、質的分析によってタカーフルの効果を評価したElDidi et al.[2018:23-34]では、数量分析のデータ収集のために訪問した世帯と同じ世帯(の一部)にインタビュー調査を行っているが、女性のエンパワーメント効果について、タカーフルが負のインパクトを与えたという確かな証拠は得られなかった。多くのインタビューでは、世帯内での意思決定プロセスについて、受給以前と変わりないとの回答を得ている。また、受給者である女性の関与が高まったという回答も報告されている。

女性のエンパワーメント推進の効果については、数量分析では負の効果が見い出されたが、インタビュー調査ではそれを裏付けるような明確な結論は得られていない。なぜ数量分析とインタビュー調査で結果が異なったのか。評価方法も含め、さらなる調査と検討が必要だと言えるだろう。

4. 社会保障制度の再構築に向けて

社会保障改革は、ムバーラク政権下の2000年代半ばから試みられ、スィースィー政権下で実現しつつある。その間に起った「1月25日革命」によってムバーラク体制は否定されたが、社会保障改革の基本方針はスィースィー政権に引き継がれた。改革の方向性は、エジプトの社会経済状況の変化と国際的な潮流に沿ったものであり、政権の政治的イデオロギーと連動するものではないからだと言えるだろう。

スィースィー政権での社会保障改革は、経済安定化と構造調整を含む包括的な経済改革の一つとして実施された。その結果、既存の社会保障制度を修正するのではなく、社会状況を反映させた新しい社会保障体制を構築するものとなった。従来の「暗黙の社会契約」に基づく政府の義務としての社会保障から、相互扶助と貧困救済を目的とする社会保障へと移行するものだと位置付けることができる。

相互扶助の視点で刷新された医療保険制度は、従来のような対象者ごとに細分化された仕組みを廃止し、家族単位で加入する単一ルールに基づく国民皆保険となった。新制度への完全移行には15年を要し、またその間に医療サービスの運営と提供体制の再構築を必要とするが、医療保障を大きく向上させると期待されている。こうした保障枠組みの統一化は、年金保険でも近い将来に適用されるだろう。年金保険は、前述のように2013年に新制度の導入が撤回されたが、抜本的な見直しが不可避なことに変わりない。社会経済状況に合わせた社会保険を提供することは、社会安定と経済成長に不可欠であり、スィースィー政権にとっても優先度の高い政策課題となっていると言えるだろう。

新しい医療保険は、国内の社会状況と国際的な社会保障の潮流を反映させた「適切な」制度として設計された。しかしながら、新制度の決定において十分な議論が行われ、また慎重に実行可能性が検討されたわけではなかった。そのためか、新制度は財政的な負担を政府から個人に移すという点で、憲法の保障する医療サービスの在り方と矛盾するという見解もある(Hamdi[2018:2-3])。さらに、当初2018年7月から新制度への移行を開始する計画だったが、2019年以降に順延となった。こうした動揺は、新制度がいまだ十分な理解と社会的合意を得ていないことを示唆している。そうしたなかで新制度を機能させるには、制度設計だけでなく、円滑な運営によって新制度の意義を確かなものとすることが不可欠となる。今後は、公的医療サービスへの信頼を高め、効率的な運用を行うことが求められるだろう。

それに対し、貧困救済を主な目的として導入された新しい現金給付プログラムであるタカーフルとカラーマは、受給者の満足度から見ると、首尾よく機能している。Breisinger et al.[2018:6-7]では、調査した受給者の89%がプログラムに大変満足あるいは満足していると答えている27。また、現金給付の効果についても、前述のように、国際的に比較しても良好な結果を得ている。現金給付プログラムは、国際的ベストプラクティスに基づいた手法を導入することで、順調な滑り出しとなったと言えるだろう。

タカーフルでは、貧困救済に加え、就学を条件とすることで子供の通学を促進する仕組みとなっている。現段階では就学条件は適用されていないが、エジプトでは初の試みであり、人的資本の形成に寄与するものとして期待される。しかしながら、通学の有無をモニタリングし給付と結びつけるには、行政の連携と円滑な運営が不可欠である。行政の硬直性と非効率性が指摘されるなか、条件付き現金給付が目的通り機能するには、行政能力の向上が必要となるだろう。

現金給付プログラムの持続性という点では、財源の確保と給付水準の調整が課題となる。現在の財源には、政府支出に加え、世界銀行からの融資が充てられているが、持続可能なプログラムとするためには、さらなる財政構造改革によって、自ら必要な財源を調達する必要がある。また、これまでの生活保護給付は物価上昇に対応できず、次第に有効性を失った。現金給付が有効な社会扶助手段であり続けるためには、インフレや社会状況に合わせた適切な給付水準を維持することが重要となるだろう。

おわりに

社会保障は長年にわたって国民の不満の源泉だった。1970年代に構築された社会保障制度の枠組みは2000年代までに有効性を失い、国民の多くに安心できる生活を提供するものではなくなった。しかし、社会保障改革は容易に進まなかった。恒常的な財政赤字のなか、一方的な制度拡充は困難であり、また制度変更に対する国民の警戒感が強かった。

社会保障改革は、スィースィー政権の成立した2014年以降に進展した。包括的な経済改革の柱の一つとして、社会保険と社会扶助の両面で抜本的な改革が実施された。スィースィー政権で改革が実現したのは、過去の不文律に縛られることなく、また社会経済改革に対する機運が高まっていたためである。スィースィー政権は、持続不可能な経済構造を是正し、社会的包摂を推進することで、経済成長と社会安定を実現させようとしている。

スィースィー政権の社会保障改革は、国民皆保険制度への移行、大規模な現金給付による所得支援、食糧補助制度の再設計など、従来の社会保障の枠組みを再編するものとなった。いずれもまだ緒に就いたところであるが、社会扶助を中心に、多くの国民に高く評価されている。

しかしながら、新しい枠組みを長期的に機能させ、すべての国民が制度を利用するには、財政面での持続性に加え、制度運用能力が重要となるだろう。財政的には、健全なマクロ経済運営を続けることで経済成長を実現し、いずれ必要な支出を確保することも期待できる。一方で、大規模な社会保障制度を円滑に運営することは容易でない。多くのステークホルダーがいるなか、公正に制度を運用するには高い行政能力を必要とする。エジプトの新しい社会保障制度は、行政の運営能力が成否を分けるだろう。

本文の注
1  それ以外にLaw No.90 of 1975で規定される軍を対象とする年金保険があるが、社会保険庁(National Organization for Social Insurance)の管轄外で運営される無拠出性年金となっている(Loewe[2004:7])。

2  公的部門の雇用者は自動的に年金保険と医療保険に加入する仕組みになっている。

3  民間部門の労働者に限ると、2000年代半ば時点での公的医療保険への加入割合は5%以下だった(Maeda and El Saharty[2008:315])。

4  非労働者であっても、遺族給付の対象となっている場合は公的医療保険によってカバーされる。

5  近年では、物価上昇への対策として、2004年に米、茶、豆類、パスタ、バターへの補助が再導入され、また2008年に割当カードの新規発行が約20年ぶりに実施された。

6  割当カードには完全補助と部分補助の2種類があり、カードの種類によって購入価格(補助割合)が異なった。しかし、割当カード保有者の90%以上が完全補助であり、その区別効果は小さかった(Korayem[2001:75])。

7  生活保護給付は、当初「サダト年金」と呼ばれていた。その後、正式名として「社会連帯年金」と名付けられた。しかし、現在でもサダト年金と称されることも多く、また「ムバーラク年金」と言及されることもある。

8  1999/2000年の世帯調査を基に推計された値で、1人あたり平均の下位貧困線は、価格水準の違いによって、最も価格水準の低い上エジプト農村部で953LE、最も高い都市圏で1097LEと推計された。また、El-Ehwany and El-Laithy[2001:45]では、同年の下位貧困線を農村部と都市部でそれぞれ955LE、1297LEと推計している。

9  2012/2013年度の下位貧困ラインは、月326LEであり、単身世帯においても受給額はいまだ貧困ライン以下の水準にあった(Daily News Egypt, 2016年7月27日)。

10  生活保護給付の主なターゲットである女性に関しては、55%がIDカードを取得していないと推計されている(Sabry[2005:38])。

11  大統領令No.79 of 2013によって破棄された。その理由として、Law No.135 of 2010は社会的なコンセンサスを欠いていることが挙げられた。

12  ムバーラク政権下で作成された改革案の内容についてはILO[2009]を参照。

13  Law No.2 of 2018の細則は、首相令No.909 of 2018として2018年5月に公布された。

14  主な税源として、タバコ税、各種証明書発行手数料、自動車税の一部などが充てられることになっている。

15  第1段階(2018~2020年)として南シナイ県、北シナイ県、イスマイリア県、ポート・サイード県、スエズ県の5県に新制度が適用され、その後2年ごとに4~5県ずつ移行し、最終の第6段階(2031~2032年)でカイロ県に適用されて完了する計画となっている。法成立時の計画では2018年7月から第1段階が始まることになっていたが、開始が遅れ、2019年7月から新方式への移行が開始される予定となった(Daily News Egypt, 2019年2月2日)。

16  食糧補助金制度の改革に向けた動きはムバーラク政権下の2004~2006年にも見られたが、その後の世界的な穀物価格高騰の影響もあり、改革案の実行には至らなかった。

17  当初一人あたり月15LEだったが、物価上昇に合わせて幾度か増額され、現在は一人あたり月50LEとなっている。

18  食糧補助金の受給基準については,2016年後半~2017年前半にかけて議論が続き,いくつかの案が検討されたが,現在まで実施には至っていない。

19  ここでの「無条件」とは、誰でも受給できるという意味ではなく、行動面での条件を付けない給付プログラムを指す。

20  2019年からは対象となる子供は2人までに変更された。

21  しかしながら、2018年末時点において、モニタリング体制が整備されていないため、就学及び検診の条件は適用されていない。

22  孤児への支援は2017年から開始され、支給額は同年7月以降も350LEとなっている。

23  エジプト政府は、現金給付プログラムを2022年までに300万世帯まで拡大することを目標としている。

24  カラーマの評価については、相対的に受給世帯が少なく、また評価期間中に受給基準が変更になったことで、効果を推定できなかった(Breisinger et al.[2018:xvii])。

25  推定モデルによって数値は異なる。操作変数法を用いた推計では7.3%、回帰不連続デザインでは8.4%の消費増加との推計結果を得ている(Breisinger et al.[2018:29-34])。

26  タカーフルによる消費増加率は、ブラジル、メキシコ、コロンビア、ホンジュラスと同等の水準となっている。

27  大変満足との回答が68%、ある程度満足との回答が21%だった(Breisinger et al.[2018:6-7、39-40])。

参考文献
 
© 2020 独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所
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