2020 年 2020 巻 3 号 p. 19-22
5 月中旬に枝幹害虫フタモンマダラメイガ第 1 世代幼虫の防除のためにカルタップ塩酸塩水溶剤を散布したカキ園において,カキの果実を食害するカキノヘタムシガによる果実被害を調査した.その結果,本剤を 5 月中旬に散布したカキ園では,カキノヘタムシガによる果実被害が抑制されることが明らかとなった.
カキノヘタムシガ Stathmopoda masinissa Meyrick (チョウ目:ニセマイコガ科)はカキノキ Diospyros kaki Thunb.(ツツジ目:カキノキ科)の果実を食害する重要害虫である.本種は年に 2 回発生し,いずれの世代においても幼虫による果実被害を防ぐためには,幼虫が果実に食入する前に殺虫剤を散布する必要がある.本種第1世代幼虫の防除は通常,「富有」の満開 10 日後にあたる 6 月上旬に行われる(新井ら 2016).カキの枝幹害虫フタモンマダラメイガ Euzophera batangensis Caradja(チョウ目:メイガ科)は年 3 回発生し(新井ら 2019),第 1 世代幼虫のカルタップ塩酸塩水溶剤(商品名:パダン SG 水溶剤)による防除適期は 5 月中旬と考えられている(望月 私信).5 月中旬にフタモンマダラメイガに対して本剤を散布したカキ園において,防除対象として想定していなかったカキノヘタムシガ第 1 世代幼虫による果実被害が抑制された事例を観察した.そこで今回,フタモンマダラメイガ防除のためのカルタップ水溶剤の散布がカキノヘタムシガ第 1 世代幼虫に及ぼす効果を検証した.
調査は農研機構果樹茶業研究部門ブドウ・カキ研究拠点内のカキ園(A 園と B 園)で実施した.A 園は列間 3.5 m,樹間 5 m,栽植本数は 12 樹,面積は 2 a で,‘ 甘秋’と‘ 西条’が 6 樹ずつ栽植されていた.A 園は周囲のカキ園から 100 m 以上離れていた.A 園は 2016 年 5 月 12 日および 2019 年 5 月 15 日に全樹にカルタップ塩酸塩水溶剤(商品名:パダン SG 水溶剤)1,500 倍をフタモンマダラメイガ対策としてスピードスプレイヤーで樹全体に散布した以外,殺虫剤無散布とした.B 園はカキノヘタムシガに対する無防除園で,A 園の約 10 m 東に位置し,列間・樹間とも約 4 m,栽植本数は 11 樹,面積は約 4 a で,‘ 富有’が 10 樹と‘ 平核無’の高接ぎ樹 1 樹が栽植されていた.本園は試験開始前の 2012 年 6 月 13 日に殺虫剤を散布した後は殺虫剤無散布とした.A 園の‘ 甘秋’および B 園の‘ 富有’全樹について,地上から 2 m 以下の高さに結実した全果実のカキノヘタムシガ第 1,2 世代幼虫による被害を 2016 年 7 月 14 日と 8 月 23 日,2017 年 7 月 21 日と 8 月 24 日,2018 年 7 月 18 日と 8 月 21 日,2019 年 7 月 24 日と 8 月 19 日に調査した.また,A 園と B 園で調査した品種と殺虫剤無散布条件とした期間が異なることから,両園におけるカキノヘタムシガの発生量を事前に把握し,翌年以降の防除試験効果を評価するために,2015 年 9 月 10 日にカキノヘタムシガによる被害果率を同様の方法で調査した.カキノヘタムシガによる被害果率の圃場間差は「R」Version3.5.2(R Development Core Team 2018)を用い,Fisher の正確確率検定により,各調査年の世代ごとに比較した.
A 園および B 園おけるカキノヘタムシガ被害果率をFig. 1 に示した.A 園において,試験開始前の 2015 年の第 2 世代幼虫による被害果率は 56.5% であったが,カルタップ塩酸塩水溶剤を散布した2016 年の第 1,2 世代幼虫による被害果率は 0% となった.その後のカキノヘタムシガ被害果率は翌年以降世代を経るごとに増加し,2018 年の第 2 世代幼虫による被害果率は 32.9% に達した.続く 2019 年の殺虫剤散布後の被害果率は,第 1 世代幼虫では 1.2%,第 2 世代幼虫では 0% と低くなった.殺虫剤無散布とした B 園における被害果率は 28 ~77.2%と,調査期間中高く推移した.2015 年の A 園の被害果率は B 園よりも高くなったが(p=0.001),それ以降は B 園での被害果率が高くなった(p<0.0001).
本試験で殺虫剤無散布としたカキ園ではカキノヘタムシガによる果実被害は高く推移し続けたが,5 月中旬にカルタップ塩酸塩水溶剤を散布したカキ園ではカキノヘタムシガによる果実被害が低くなった.この結果から,本剤の 5 月中旬の散布によりカキノヘタムシガ第 1 世代幼虫による果実被害を抑えることができると考えられた.なお,本試験で調査した品種は圃場により異なったが,試験開始前の被害果率から両品種ともカキノヘタムシガの食害を高率で受けていたことから,品種の違いによる結果への影響はなかったと考えられた.カキノヘタムシガの防除では通常,果実に食入する前の幼虫を防除対象としており,果実食入前の防除適期に殺虫剤散布を行うと防除効果が高いが,果実への食入が起こった後では防除効果が劣ることが報告されている(新井ら 2016,新井ら 2018,杖田 2015).本試験によるカルタップ塩酸塩水溶剤の散布時期は,これまでに知られるカキノヘタムシガ第 1 世代幼虫の防除適期よりも 20 日以上早い.一方,本剤散布後のカキノヘタムシガ第 1 世代幼虫の果実被害は著しく低下し,さらにその卓越した被害抑制効果は次の第 2 世代幼虫にまで及んだ.カキノヘタムシガは主に粗皮下,あるいは粗皮の裂け目などで繭を形成して越冬することから,繭内の蛹または羽化した成虫に本剤の影響があったのではないかと推測される.また,付着した薬液がふ化した幼虫に影響を及ぼした可能性もある.本試験ではカルタップ塩酸塩水溶剤の効果があった発育段階については未調査であることから,今後これらについて明らかにする必要がある.また,今回カルタップ塩酸塩水溶剤を散布したカキ園ではカキノヘタムシガに対する被害抑制効果が複数世代にわたり認められたが,これは同園がカキノヘタムシガの新たな飛来源となる多発生園に隣接していなかったためとも考えられる.今後はカキノヘタムシガが再侵入しやすい園地においてカルタップ塩酸塩水溶剤による被害抑制効果の持続期間についても解明する必要がある.カルタップ塩酸塩水溶剤はフタモンマダラメイガとカキノヘタムシガに適用があり,しかも同様に両害虫に適用のあるジアミド系殺虫剤とは作用機構が異なる.今回防除試験を実施した圃場では,フタモンマダラメイガの発生がほとんど認められず,カルタップ塩酸塩水溶剤のフタモンマダラメイガ第1 世代幼虫に対する本剤の密度抑制効果を確認できなかったことから,今後このことについても明らかにする必要がある.それらの知見を積み重ねることにより,カルタップ塩酸塩水溶剤を活用した,これら害虫に対するジアミド剤の連用による殺虫剤抵抗性発達の問題(島 2017)にも対処した効率的な同時防除体系の構築が可能になると考えられる.
すべての著者は開示すべき利益相反はない.