2022 年 19 巻 p. 27-53
本研究は、公的年金制度の財政検証の指標として採用されている「モデル年金世帯」が、実際の女性の就業経験や家計状況とどの程度まで乖離が生じているのかを検証するために、第3号被保険者世帯を中心に、家計や老後の生活への備え、および元専業主婦世帯の老後の家計について、分析を行った。その結果、以下のことが明らかになった。
① モデル年金世帯に相当する、第3号被保険者で一度も就業経験がないという者の割合は、若年世代になるほど低い傾向にある。そのため、モデル年金の給付水準は財政検証の指標としては意義があっても、個々人に関する老後の生活設計の指標として使用するには限界がある。
② 第3号被保険者の世帯収入や金融資産、老後への備えの状況は、かなり多様化している。第3号被保険者が自身で加入できるようになったiDeCo(個人型DC)への加入率は低く、老後の資産形成手段はもっぱら預金や保険などの従前からある金融商品が活用されていることが、「サラリーマンの生活と生きがいに関する調査」から分かった。また、第3号被保険者世帯における「老後の備えを何も行っていない」という回答割合は、夫婦がともに第2号被保険者である世帯よりも高かった。
③ 高齢期において夫の公的年金収入が家計収入に占める割合は、過去における妻の経歴が専業主婦中心であった世帯の方が、正社員・非正規労働者を含めた共働き世帯よりも高い傾向があった。2019年財政検証で、マクロ経済スライドによる公的年金の給付水準の低下は、年金給付額における基礎年金収入の割合が相対的に高い世帯に、より深刻な影響を与えることが示されており、低所得の専業主婦世帯では、寡婦になった際の生活困窮リスクが一層高まり、女性の貧困問題をさらに深刻化させる可能性がある。
④ 現役世代の第3号被保険者について、1)就業経験があるが現在無職である者、2)一度も働いたことがない者、3)現在就業している者、の三者を分ける要因について分析を行った結果、年齢や学歴、世帯収入などを調整すると、現在就業していない第3号被保険者が過去に就業経験があるか否かを分ける決定的な要因は見いだせなかった。他方で、第3号被保険者が現在就業しているか否かについては、未就学の子どもの存在、健康状態、性別役割分業観が関連することが明らかとなった。また、有配偶の女性非正規労働者については、厚生年金加入者の方が第3号被保険者よりもコロナ禍での仕事・職場への満足度が高い傾向になることが分かった。
モデル世帯の所得代替率(給付水準)は、公的年金財政検証の指標として有効であっても、国民にとっては、自身の老後の生活設計には適さないことに留意すべきである。十分な就業期間が残された比較的若い世代にこそ、高齢期の公的年金、自身の就業、資産形成などの多様な手段について適切な情報を提供すべきである。また、高齢期の貧困問題に公的年金制度、社会保障がどう対応すべきかの検討も急がれる。