本稿は、戦前日本の主権論という与えられたテーマについて、憲法学者・美濃部達吉の主権論に焦点を当てることを通じて検討しようとするものである。すなわち、「立憲学派」 を代表する美濃部は、一方において立憲主義と矛盾する主権概念の使用に消極的であった。もっとも、他方で彼は、国家が有する統治権概念を再構成することによって、国家併合に基づく領土高権や対人高権の移転を正当化していた。このようにして、戦前日本における立憲主義と帝国主義との親和的な関係の一端を論じることができれば、本稿の目的はひとまず果たされたと言えよう。