2020 年 71 巻 2 号 p. 2_55-2_81
民主主義の敵に対して寛容である必要はないという戦闘的民主主義の思想は、ナチスの経験を経た戦後ドイツで特に発展したが、今日ではそれ以外の少なからぬ国々でも採用されており、さらにはヨーロッパ人権条約のような国際条約にも見られるようになっている。しかし同時に戦闘的民主主義は、そのエリート主義的な人民不信や恣意的な拡大適用ゆえにそれ自体が民主主義を毀損する危険があるとも批判されてきた。特に2000年代以降、イスラムと自由民主主義の両立可能性が疑われるなかで、ヨーロッパ人権裁判所は世俗主義の擁護を名目とした各国でのムスリムの権利制限を容認する判決を下すようになったが、これに対しては戦闘的民主主義の過剰適用として批判も多い。こうした問題を受けて、近年の新戦闘的民主主義論者は、民主主義の敵を排除するだけでなく、それを包摂する実践も伴った二重戦略を構想するようになっている。それは民主主義を実体的価値として防衛する必要性を認めると同時に、万人が自由で平等な市民として参加するという手続き主義的な民主主義理解も維持するような戦略である。本論文は戦闘的民主主義論の現状を概観したうえで、それが従前批判されてきた欠点の克服に成功しているかどうかを検討する。