新地理
Online ISSN : 1884-7072
Print ISSN : 0559-8362
ISSN-L : 0559-8362
日本の割替慣行の地理学的展望 (その2)
浅沼 操
著者情報
ジャーナル フリー

1971 年 19 巻 2 号 p. 39-50

詳細
抄録

以上によって日本の割替慣行について, その成立, 定着を主要な視点として, 地域的な角度から, その概要を見てきた。 広汎な問題であるので, 充分な検討とはいえないが, 以上述べたところから割替について次の諸項を理解することができる。
(1) この慣行は, 日本の耕地所有の私有的発展過程から見て, 変則的なものではあるが, 日本の各地に散在し, その形式も地域によって差異が認められる。 局地的, 孤立的な慣行としての一面をもつことはたしかであるが, 日本の農地利用の形態として重要な意義をもつ。
(2) この慣行は日本だけに見られるものではないが, ヨーロッパにおける成立事情と日本の場合とでは若干の相異があるようである。 日本における成立は中世である。 そのうちの或るものは, 塩田経営における慣行が, 農村に取り入れられたものの如くである。 したがって各地域の割替慣行のなかには, 孤立的発展が見られる。
(3) この慣行は中世における部落の発展とともに創設された。 部落生活の平等性を具現するための土地利用の方法として創設された。 部落民の自由な, 平等的な, 強い協同体的な団結意識のもとに創設, 継続された。 農民的, 地域的慣行である。 農民生活を守り, 村落を維持しようとする農民の強い意識によって数世紀にわたって, この慣行が推進されたことは明らかである。
江戸時代にこの慣行が, ある地域で, 領主によって強制的に拡大されたからといって, この慣行が, 江戸時代特有の領主的存在であるとする理解に事実に反するものというべきである。
(4) この慣行は部落限りで行なわれ, 他部落との関連は全くない。 部落は強力な自律的な生活共同体である。 したがって地域経営の責任主体である。 地域の生産条件, 生活条件が不十分なときは, 生命協同体として活動する。 部落の土地を総有とし, 平等分割による割替行が創設され, 強力に維持されるのは, このためである。
(5) この慣行は, 自然災害の頻度, 被害度共に高く, 実質的な生産量が低く, 農民生活が危険線上にあるような地域の農村に見られる。 又生産形態の単純で, 商品作物を欠く地域に定着する。 又部落民の土地所有の極めて零細な, 自作農を主体とする村落に定着する。 小作農は, 部落生活の主体とはならないし, 大地主は災害に対しては, 自己の財産内で処理する能力を持つので, 相互扶助的な割替を必要としない。
(6) 部落生活においては, 部落の戸数, 人口の確保は, 労働力の確保からも又部落民の精神的欲求からも基本的要求となる。
税額確保の立場から, 部落の確保は領主的強制ではあるが, それ以前の農村的要求である。 割替慣行は, その有力な紐帯となった。
(7) この慣行は, 地域性の基盤の上に成立し, 一方部落機構に支えられて継続する。 したがって地域性の変更がない限り, また村落機構の変更がない限り, 存続する。 この慣行が数世紀にわたって存続し, 一部の村落で, 今日においても尚存続する理由である。
(8) この慣行は, 多くの欠点を内蔵する。
用益地を個人に定着しないので, 農地管理が不十分となるおそれがある。 それは農業の基礎をおびやかす結果となる。
籖地編成上の技術に関連して, 耕地細分の傾向は, さけられない結果となる。 通勤距離の増大も必然的である。 このため耕地は荒廃し, 労力を多く要し, 収穫は低下することになる。 このような重大な欠点のほか, 割替作業が煩雑で, 経費を多く要するなどの欠点がある。 それにも関わらず, 尚この慣行が長い期間継続されたエネルギーは地域性にある。
(9) したがって, この慣行の分布地域は, 日本の米作地域のなかで, 特殊な地域を示す。 割替慣行は地域形成の指標として, 重要な意義をもつ。
(10) 従来の研究における封建制度のもとの領主的租税制度からの視点は, 地域性形成の1つの要素として重視されなければならない時期もあったことは事実である。 しかし, この1つの条件からのみで, この慣行を説明しようとするのは誤りである。
又この慣行の継続を地理的習慣性として, 理解することも不十分である。 従来の研究は, 訂正さるべき多くの問題を含んでいる。
この慣行は, 以上述べた多くの条件の綜合の結果形成された地域の問題として, はじめて理解さるべきである。

著者関連情報
© 日本地理教育学会
前の記事 次の記事
feedback
Top