日本語の研究
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函館市中央図書館蔵「蠣崎文書」に見る松前藩士の音韻状況(<特集>資料研究の現在)
諸星 美智直
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2008 年 4 巻 1 号 p. 173-159

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抄録

函館市中央図書館蔵「蠣崎文書」は、松前藩家老将監流蠣崎氏の別家蠣崎伴茂(松涛)に始まる藩士の家に伝わった文書群で、『万古寄抜萃』(万延元年)、無題狂歌写本(『狂歌百人一首闇夜礫』の写本)、『鶏肋録』、『松涛自娯集』など方言音韻の特徴が強く認められる文書が多い。このうち、『万古哥抜萃』・無題狂歌写本には母音のエをイと表記する例が多いが語頭の混同例はまれで、現在の浜ことばとは異なる傾向が指摘できる。母音のイ段をウ段に表記する例が「し」を「す」とする例を中心に見られ、力行・タ行を濁音表記する例も語頭以外で多用されている。文書中には和漢洋に亙る古典籍から実用書に至る様々な文献からの抜書がなされており、『鶏肋録』所収の『徒然草』抄写本の本文にもイとエとの混同、力行・タ行に濁点を付した例が多く拾える。このような音韻表記は、意図的というよりは書写者たる松前藩士の学問が方言音韻の環境の中でなされたことによる無意識的な書記行為に起因する可能性がある。

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