これまでの研究史のなかで、沖縄文学は、日本文学との対抗的関係性において自らのネイション的特質を構築するものとして評価されてきた。沖縄近代小説の始まりと評される、山城正忠(やましろ せいちゅう)の小説「九年母」もまた、先行研究により、沖縄的な特殊性たる地方色を、日本文化との差異として表現するものとみなされてきている。しかし、本論では、沖縄の文化的特殊性の表象と日本という同一性の表象が、植民地帝国日本のナショナリズム再編において依存的な相互性を持つことを、「九年母」の精読において考察した。この考察において、日清戦争を背景に急速に進む沖縄の近代化の過程で、警察制度が沖縄の民衆のネイション化に深く関与している点を明らかにした。同時に、ネイションとしての沖縄人意識の規律化が、民衆内部にネイションの敵としての性的逸脱者の排除攻撃へと連動し、民衆の警察化が進むプロセスをも明らかにした。