日本考古学
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斧のある場所
田中 英司
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2000 年 7 巻 9 号 p. 1-19

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抄録

定角式磨製石斧はその美しく整った形状から,宝物的な品物とみなされることが多かった。この石器に対する感性的認識は,現在でも評価の底流に残っている。定角式磨製石斧は希に土器に入れられた状態で検出されることがある。こうした事例を集成し分析した結果,それが希少品を隠匿したデポ遺構であるという結論に至った(田中1995)。これらのデポ遺構は集落の内外に通常1箇所設けられて,少ないものでは3本,多いものでは10本の完成品が入れられている。他の遺構と比較すると,定角式磨製石斧が副葬される墓は一部の成人男子に限られる傾向が強く,磨製石斧を用いた実作業のリーダー格となる人物に関連が深いと考えられる。住居内に置かれる時も,副次的な位置ながら所定の場所を持っている。住居から搬出される際には空間的に独立する要素を本来持っていたことになる。
定角式磨製石斧の製作は特定の石材のみに限られない。交易によって製品を手に入れることもあれば在地の石材を用いて自作することもあった。集落外のデポ遺構には隣接地に拠点的集落がある場合がある。定角式磨製石斧の所有者ともなるリーダーは数軒からなる世帯群を率いて,拠点的集落での活動を通じて物と情報に接する機会を得ることができたろう。所有した定角式磨製石斧を常時所持する必要がなく,帰属する空間が確定していてデポを設けた場所への回帰があらかじめ予想された場合には,集落から離れる際に,置き方に入念な工夫をした上で手元から離されたのだろう。集落外のデポ遺構が携帯土器を伴うことも,移動の途上で帰属する領域内にデポが設置されたことを示している。もどる場所が住居ならば,デポと同じ環境が特定の住居内に持ち込まれることもあった。逆に世帯を大規模に取り込んだ定住的な集落では,携帯土器に入れられることもなく隠匿性は弱い。その場合でもデポは単発的であり,組織的な行為だったとは考えにくい。デポを為したものは自立的,または自律的な個人レベルに近い小規模主体者である。この主体者が一種の公的な環境の中でどのように私的な権利を獲得するかという取り組みが,デポの痕跡となって残されている。

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