日本農村医学会学術総会抄録集
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第57回日本農村医学会学術総会
セッションID: kyoiku
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教育講演
医療の未来を拓く再生医療
上田 実
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抄録

再生医療はかつてない追い風の中にある。昨年、暮れに発表された人工多能性細胞(IPS細胞)、乳歯幹細胞のニュース報道は一般の社会的な関心をあつめた。3月に開催された第7回日本再生医療学会(名古屋市、大会長上田実)は2000名を超える参加者(過去最高)がつめかけ熱心な討論が繰り広げられた。
研究方向にも明らかな変化がみられた。このところの再生医療のトレンドはいわゆるテッシュエンジニアリング(組織再生)から、臓器再生に向かっていた。骨、軟骨、皮膚の再生医療は、産業化、製品化のステージにあり、臓器再生が次のターゲットとみなされている。当面の目標は、心血管領域、脳中枢神経である。臓器再生は体性幹細胞だけでは臨床応用につながるだけの細胞数が入手できない。やはり万能細胞がなくては成らないというのが学会の共通認識である。そこにIPS細胞が登場し俄然、臓器再生の現実味がましたというわけである。IPS細胞はESのもつ倫理問題を回避したうえに、ESと同等の万能性をもつ。IPS細胞があれば、臓器再生が一気にすすむ可能性は高い。しかしES研究で見られた、法的インフラの不備が、研究者の足を引っ張りはしないかという懸念は残る。一方、産業化のステージにあるといわれる骨軟骨皮膚の再生医療は、ジャパンテッシュエンジニアリングの孤軍奮闘でようやく培養表皮が製造販売承認をえた。しかし適応症例は重症熱傷に限られ、保険には収載されなかったのは残念なことである。
こうしたマスコミの華やかな報道とは裏腹に、依然として再生医療の実現までの道は平坦ではない。ただ悲観的な状況の話ばかりでは夢がないので、筆者の専門領域から、すこし希望のもてる話題を提供したい。乳歯幹細胞の話である。
再生医療の実現でもっとも重要な要素は「幹細胞」である。したがって世界中の研究者が血眼で優れた幹細胞をさがしている。こうした努力のなかで、間葉系幹細胞、ES細胞、IPS細胞が発見された。しかし優れた幹細胞とはどのような細胞であろうか?筆者の理解では1)安全であること、2)増殖能が高いこと、3)分化能が高いこと、4)採取が容易であることが挙げられる。こうした条件を、乳歯幹細胞はすべてそなえている。1)の安全性は、あらゆる先端医療の実用化のまず求められる絶対条件である。細胞移植でパーキンソン病は治ったが、脳腫瘍になってしまった、というのでは悪い冗談にもならない。この点、乳歯幹細胞は自己の細胞であり、ESやIPSの腫瘍化のリスクはない。次に2)3)の増殖能、分化能であるが、これは乳歯幹細胞はESやIPSには叶わない。しかし、既存の骨髄や脂肪由来の間葉系幹細胞にはまさっている。4)の採取に際しての負担であるが、乳歯は歯の交換期に自然脱落する一種の医療廃棄物であり、この再利用は患者の負担はゼロである。
われわれはこうした好条件をそなえた乳歯幹細胞を脳神経の再生や、心血管の再生に活用しようと計画している。また乳歯幹細胞は少なくとも親子間の同種移植が可能であることがわかった。子犬の乳歯歯髄より採取した幹細胞を骨芽細胞に分化させ、親犬に作った骨欠損に移植したところ、歯槽骨の再生がみられたのである。
また乳歯幹細胞は、骨髄由来の間葉系幹細胞(MSC)の表面マーカーとほぼ同一であり、キャラクターはMSCに限りなく近似している。
したがってこの研究を発展させれば、すでに確立している各分野のMSCをつかった再生医療あるいは今後開発されるであろうMSC再生医療がすべて乳歯幹細胞で実現できることを意味している(図1)。また乳歯幹細胞バンクができれば、あらかじめ必要量まで幹細胞を増殖しておき、急性期の心筋梗塞や脳梗塞に使用するレデイメイド再生医療できる。実際、発症直後に体性幹細胞を使おうとしても、患者自身から細胞を採取し、必要量の細胞まで増殖させるには1-2ヶ月をかかり、結果的には細胞移植のタイミングを逸してしまうということある。
乳歯の歯髄という意外なところに優れた幹細胞が存在したとうのは医科、歯科の両分野の研究者にとって幸運であった。この幸運な発見が再生医療の実現化の新たな活路になることを期待したい。本講演では再生医療をとりまく最新の状況を報告したい。

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© 2008 一般社団法人 日本農村医学会
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