日本農村医学会学術総会抄録集
Online ISSN : 1880-1730
Print ISSN : 1880-1749
ISSN-L : 1880-1730
第57回日本農村医学会学術総会
セッションID: kokai
会議情報

公開講座
いのちと心と遺伝子を守る本物の森を
?足もとから世界へ?
宮脇 昭
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

今、私たちは人類がかつて夢にも見なかったほど物質的に豊かな生活をしています。しかし、どれほど科学、技術、医学を発展させても、この地球上に生かされているかぎり、人間も含めたすべての地球上の生物は地域から地球規模までつながっている生態系:ecosystemの消費者、正しくは寄生者の立場でしか生きてゆけません。その基盤であり、寄主の立場の緑が、濃縮している森も、今我々が見ているものはほとんど土地本来の本物の森とは、はるかにかけ離れています。ほんものとはきびしい条件にも耐えて長持ちするものです。
我々日本人も4000年このかた、新しい集落、まちつくりには森を伐採し、畑や水田をつくってきました。まわりは新炭林、下草刈場として、定期的な伐採、草刈りによって持続してきた里山の雑木林(二次林)で囲まれていました。しかし新しい集落、村や町づくりでは必ず“ふるさとの木によるふるさとの森”を残し、守り、つくってきました。それが世界に誇る鎮守の森です。
都市、工場地帯に住んでいる人たちの食糧、緑環境を支えているのは農村地帯です。その農村が疲弊しているようにいわれている現在、実は都市部こそ刹那的な経済主義に陥って、いのちと心と30数億年つづいた遺伝子を守る生存環境が、危機に陥っています。地球のいのちのドラマの最後の幕間に出てきた人類が主役の地球上のいのちのドラマは、決して悲劇に終わらせることはできません。今こそ我々は後ろ向きや、引き算をやめて、希望をもって前向きに何としても健全な明日をきづくためにすべての欲望の満足できる最高条件から少し厳しい我慢を強いられる生態学的な最適条件で確実に生き、発展してゆかなくてはなりません。
鉄やセメント、石油化学製品などの死んだ材料でつくられている人工環境の中に生かされて、あらゆる欲望を満足させられているように見える都市の人たちこそ実はもっとも危険な破滅の危機に直面しています。今最も大事にしなければならないところは日本人のかけがいのない遺伝子を守ってきた地方や農村です。しかし、そこでも本物とにせものが正しく理解されないで過疎化の厳しさだけでなく、そこで働いている人たち、そのおかげで生きている都市の人も含めて未来に対して確たる希望も見失い、心も体も疲れているのではないでしょうか。
医学が発展、進歩して個別な病気の対応は十分できますが、心も体も病にならないための対策は、限られた要因とのかかわりを主に診断、加療する予防医学だけでは不十分です。健全な体と心と遺伝子を守るためには、どんなに我々が科学・技術・医学を発展させても地球上に生かされている限り、緑の寄生者の立場でしか生きていけない。その緑が濃縮している森が失われ、劣化しています。バーチャルな世界に没頭して都市部に生かされている人たちも農村と連帯し、地方や農村と交流しながら、大地に触れてなまのいのちの尊さ、儚さ、素晴らしさを体得しながら潜在自然植生にもとずいて共に木を植え、土地本来の本物の“ふるさとの木によるふるさとの森”を地方から町、都市につくりましょう。ローカルには防災・環境保全林、地球規模ではカーボン(CO2)の吸収、固定機能を果たすそのいのちの森つくりを今日と明日を健全に生きてゆくために積極的につくりましょう。
農村医学学会の皆さん、予防医学として本物のいのちと心と遺伝子を守る森つくりのリーダー、舞台監督となり、地域の人たちを主役として足元から世界に向かっていのちの森つくりにもがんばっていただきたい。移動能力のない植物の社会では互いに競争しながら少し我慢し、共生して生きています。
すべての欲望が満足できる最高条件は危険な状態です。エコロジカルな最適条件とは少し厳しい、少し我慢を求められる状態であることを、動く力のない植物社会が示しています。我々は木を植えながら植物社会の厳しいおきてを習い性となるまで体得し、ともに前向きに日本から世界に医学とエコロジーの共生した新しい共同プロジェクトを日本のすべての人たちの生活を支えている農村の皆さんの食と健康とを支える活動と共に進めていきたいと願っています。

著者関連情報
© 2008 一般社団法人 日本農村医学会
前の記事 次の記事
feedback
Top