日本農村医学会学術総会抄録集
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第60回日本農村医学会学術総会
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中濃厚生病院の歩みとこれからの地域医療
*田中 孜
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キーワード: 学会長講演
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抄録

中濃厚生病院の歩み
 昭和23年1月開設当初は,関市周辺の農協関係者を主に対象にした病院(37床)であったが,徐々に病床数も増加し,昭和38年4月には第二准看護学院を設置,昭和39年4月には隔離病舎を併設し,昭和44年に全面改築(297床),3月に総合 病院の認可を受け,その頃から関市,武儀郡などの中核病院として地域医療に取り組んできた。
 平成8年岐阜県より,他の4医療圏には既に設置されていた救命救急センターを中濃医療圏にも設置要請があり,協議の結果平成9年当院に併設されることが決定した。しかし旧病院では敷地面積も狭く,建物も老朽化していたため,平成12年8月現在の土地に全面移転新築と同時に救命救急センター(20床)も開設することになった(一般病床316床,感染病床6床の342床)。なお准看護学院は必要性の低下,生徒数の減少により平成13年3月閉校した。
 新病院開設後は,関市,美濃市を始め中濃医療圏の各地から救命救急センターを中心に搬送,紹介が増え,病床数も増加し,現在383床で運営されている。
 平成15年4月に僻地医療拠点病院に指定され,現在も2ヶ所の僻地診療所に医師を派遣している。7月には日本医療機能評価機構より認定証が発行され,10月に臨床研修病院に指定された。その後初期臨床研修医を毎年5~7人受け入れ,現在も11人が研修している。また常勤医の充足にも努力し,平成15年は49人だったが,現在は74人に増加し,診療体制も充実してきた。
 平成17年2月岐阜県厚生連の7病院の名称が統一され中濃病院から中濃厚生病院に病院名を変更した。
 平成18年4月より院外処方箋の発行,5月よりDPC 導入,19年4月から敷地内禁煙,5月から7対1看護体制を始め病院経営は安定した。
 平成20年4月から夜間の救命救急センターの混雑を避ける目的で,関市と地元の武儀医師会の協力により初期夜間急病診療支援室を設置し,内科,小児科を標榜する診療所の医師22名が交代で平日午後8時~10時に受診する主に小児の患者に対応して頂いている。しかし,そのバックアップ体制がまだ不十分であり,小児救急医療には問題が多い。
 平成20年6月には放射線治療棟,外来化学療法室,研修センターが完成,平成21年4月より高エネルギー放射線治療開始し医療体制,研修体制が更に充実した。また同年7月DMAT(災害医療派遣チーム)を編成し,平成22年3月には駐車場造成工事も完成し,職員の増員にも対応できるようになった。
 平成23年3月にはDMAT を更に1チーム増やし,3月11日の東日本大震災にも出動した。

今後の課題とこれからの地域医療
 今後は災害拠点病院,地域医療支援病院,地域がん診療連携拠点病院を目指し,また脳卒中センター,循環器呼吸器センター,消化器病センターなどの設立,胸部外科,口腔外科,ペインクリ ニックの新設も視野に入れて,病床数500床,常勤医師100人を目標に更なる増床,増員を図る。それによって,救急医療,災害医療,僻地医療,周産期医療,小児救急医療など国の掲げる政策医療の実現が可能になる。また所詮当院のみで全ての医療を完結することは不可能であり,近隣の病院,診療所と補い合いながら効率の良い医療を展開し,住民のニーズに応えていくことが必要である。
 以上当院のこれまでの歩みと現状,今後の展望を報告し,全員の皆様に少しでも参考にして頂ければ幸いである。
 最後に当院の理念と基本方針を述べて終わる。当院の病院理念は「患者さんに安心を」「地域社会に信頼を」「明日に希望を」,基本方針は「医療の質の向上」「職員教育の充実」「医療経営の安定」である。
 この基本方針の三本柱を実践することにより患者さんが求める良い医療サービスを効率的,効果的に提供して,その過程,結果の全てにおいて患者さんの安心と満足を得ることができる。すなわち職員教育に熱心に取り組み,医療の質を向上することが患者さんの増加,医療経営の安定につながり,収益が増える。増えた収益は働く職員,医療機器の整備,拡充などに還元され,一人ひとりの心にもゆとりが生まれ,このゆとりが患者さんへの優しさや緻密な医療にもつながり,良い循環になって,患者さん中心の医療の実践,医療情報の提供,病院理念の達成,実現が可能になる。

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© 2011 一般社団法人 日本農村医学会
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