日本食品科学工学会誌
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技術用語解説
魚肉水溶性タンパク質
太田 尚子
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2009 年 56 巻 11 号 p. 605-606

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抄録

魚肉タンパク質は,中性塩溶液に対する溶解性に基づき,イオン強度0.05以下の塩溶液に可溶な水溶性タンパク質(Water Soluble Protein : WSP),イオン強度0.5の塩溶液に可溶な塩溶性タンパク質(Salt Soluble Protein : SSP)およびこれらの塩溶液に不溶な不溶性タンパク質に分けられ,それぞれ筋形質(sarcoplasmic protein),筋原繊維(myofibrillar protein),筋基質(stroma protein)タンパク質と呼ばれている1)2).WSPは主として解糖系酵素,パルブアルブミン,ミオグロビン,クレアチンキナーゼなどから構成され,魚肉タンパク質中20~50%を占める良質タンパク質であるが,蒲鉾や竹輪等の弾力性(あし)の低下を招く為に大部分が加工時の水さらし工程で廃棄されている現状にある.わが国の平成17年の水産動植物を主原料とした食用加工品の年間生産量は209万493トンで,平成20年現在の練り製品の国内生産量はおよそ60万トンである3).練り製品中のタンパク質量は平均13%程度であるため,魚肉タンパク質における各タンパク質の存在割合を考慮すると,練り製品の生産工程で年間およそ4~5万トンものWSPが廃棄されていると見積れる.国の水産物未利用部位利用技術の開発で,魚の頭部を用いた魚醤油の製造などが試みられているが4),未だ未利用資源であり基礎研究も数少ないのが現状である.
このような背景の中,WSPの有効利用のための基礎研究として太田ら5)により,アマダイ(標準和名,学名アカアマダイBranchiostegus japonicus, スズキ目アマダイ科)からそのWSPが回収され,レオメーターによる魚肉水溶性タンパク質濃縮物(Water Soluble Protein Concentrate : WSPC)の物性測定がなされた.WSPC単独では線形範囲(応力と歪が比例する領域)を求めることができない非常に不均質な分散系であることが明らかになっている(図示せず).しかしWSPCに脂肪酸塩(Fatty Acid Salt : FAS)を添加して乳化を試みたところ(図1a),WSPCの線形範囲が,乳清中の主要タンパク質として高度に利用されているβ-ラクトグロブリン(β-LG)のそれに匹敵するようになると結論づけられた.
次に7% WSPCと7% β-LGの混合タンパク質を試料とし,タンパク質・FAS混合系のレオロジー的性質に対する常温下(25℃)でのインキュベーション効果を解析したところ,およそ26時間でゾル-ゲル転移が観察され,更に約1週間で貯蔵弾性率がおよそ1000Paに達することが明らかになった(図1b).また,同時にこのゲル状凝集体は,β-LG単独系よりも長い線形範囲を持つ均質性の高い粘弾性体である事が示されている(図1c).
また近年,環境保全の観点から生分解性フィルム調製の研究が盛んになっている.Iwataら6)はWSPCを用いたフィルムの創出を行っている.一般に,単独の天然材料からつくられるフィルムは物理化学的適性を欠くことが多いため,多種成分(ハイドロコロイド,油脂,他のカテゴリーに属する結着剤によってつくられたコンポジット剤)を組み合わせたフィルムを調製する.彼らは,3% WSPが1.5% グリセロールを可塑剤としてpH10にて70℃ 15分間の加熱により他のタンパク質フィルム(大豆やカゼインなどのフィルム)に比べて水蒸気バリヤー性の高い柔軟性に優れたフィルムを形成することを示した.
以上,WSPの利用にあたってはFASやグリセロール添加等,可塑性を付与することがその機能特性向上に効果的である事が判りつつある.コスト面など予想される問題は残るが,人や環境に優しいもの作りを考える上で今後の開発が益々期待される.

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© 2009 日本食品科学工学会
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