2024 Volume 41 Issue 1 Pages 31-35
甲状腺癌取扱い規約第9版が発刊された。WHO分類第5版に合わせ,腫瘍細胞の起源と悪性度,ドライバー遺伝子変異を意識した分類に改訂された。「その他の腫瘍」の枠組みも,固有のドライバー遺伝子と腫瘍細胞の分化・起源により整理された。形態学的な組織分類である原則は変わらないが,免疫染色による各種分化マーカーの検索や遺伝子解析の重要性が高まっている。本稿では,甲状腺腫瘍の遺伝子異常を総括し,「その他の腫瘍」の改訂点と診断の要点を解説する。
2022年,内分泌・神経内分泌腫瘍のWHO分類第5版(WHO5版)のβ版[1~4]が発表され,これに対応する形で甲状腺癌取扱い規約第9版(以下,第9版と略す)が2023年10月に発刊された[5]。甲状腺腫瘍の組織分類は形態学的に定義されるが,ドライバー遺伝子変異など各腫瘍におけるゲノム異常が考慮されている。その結果,WHO5版は腫瘍細胞の分化ないし起源と悪性度に従う系統的な分類に再編された。この際に,固有のドライバー遺伝子を有する腫瘍が整理され,「その他の腫瘍」の枠組みにもいくつかの変更が加えられた。第9版の組織分類では,本邦における診療の現状を加味しつつ,WHO5版との整合性を図っている。
甲状腺はコロイドを囲む濾胞細胞が主体で,少数の傍濾胞細胞(C細胞)と血管などよりなる単純な臓器である。生じる腫瘍も大部分が濾胞細胞由来ないしC細胞由来であるが,稀な組織型として唾液腺型腫瘍,胸腺腫瘍,胎児性腫瘍と起源不明腫瘍がある(図1)。肉腫,血液腫瘍,転移性腫瘍はWHO5版では甲状腺固有の腫瘍分類からは除外されたが,第9版では引き続き記載されている。

甲状腺癌取扱い規約第9版/WHO分類第5版(β版)におけるその他の腫瘍.
第9版はWHO分類第5版(β版)を参考に改訂された。これらの分類では,腫瘍の分化ないし由来細胞で大別し,形態および遺伝子異常に基づいて細分化する。肉腫・血液腫瘍,転移性腫瘍は規約第9版に記載されているが,WHO分類第5版では内分泌・神経内分泌腫瘍の共通の項目となり,甲状腺固有の分類からは外れている。
*ITC: Intrathyroidal thymic carcinoma, SETTLE: spindle epithelial tumour with thymus-like elements.
分化型の濾胞細胞由来腫瘍“Follicular cell-derived neoplasms”(FDN)は,濾胞癌と乳頭癌に大別される[6,7]。濾胞癌を代表とする濾胞構造を保持し,被膜形成を伴って膨張性に増殖する腫瘍はRAS系腫瘍と呼ばれ,N-/H-/KRAS変異やPAX8::PPARG遺伝子再構成などがドライバー遺伝子変異となる。一方乳頭癌は,BRAF p.V600EやRETないしNTRK融合遺伝子がドライバーとなり,特徴的なPTC様核所見を呈して乳頭状,浸潤性に増殖する。これらはBRAF系腫瘍と呼ばれる。いずれのドライバー遺伝子も相互排他的であり,各腫瘍に単一のドライバー変異が検出される。好酸性細胞型濾胞腺腫・癌とされてきた分化型FDNはRAS変異の頻度が低く,ミトコンドリア遺伝子の変異や単数体に近い核型など固有の遺伝子背景を有することから,膨大細胞腺腫・癌と分類されることとなった[8]。
悪性度の高い低分化癌や未分化癌はBRAF系,RAS系のいずれのドライバーを有する場合もあり,加えてリスクに関連する遺伝子変異を認める。リスク遺伝子としては,TERT(プロモーター変異),TP53,PIK3CA,CDKN2Aなどが重要である[9~11]。こうしたゲノム情報は病理学的な分類のみならず,治療法の選択や,分子標的薬の適応においても不可欠となっている。
第8版[12]から4項目の移動・削除があり,第9版に3項目の追加があった(表1,2)。前者は,硝子化索状腫瘍(Hyalinizing trabecular tumor:HTT),円柱細胞癌,粘液癌,扁平上皮癌(Squamous carcinoma:SCC)である。HTTは濾胞細胞由来で極めて予後良好であることから,低リスク腫瘍に分類された。円柱細胞癌は,濾胞細胞分化が見られること,一部の症例でBRAF p.V600E変異が確認されることから,PTC亜型に移動された。粘液癌に関しては,極めて頻度が低いこと,粘表皮癌(Mucoepidermoid carcinoma:MEC)の亜型と考えられることから分類リストより除外された。SCCは,PAX8やTTF1が部分的に陽性のことが多く,一部の例でBRAF p.V600E変異が確認されること,未分化癌と同等の予後を示すことから,未分化癌に含めることとなった。

甲状腺癌取扱い規約第8版(その他の腫瘍)

甲状腺癌取扱い規約第9版(その他の腫瘍)
第9版で採用・追加となった項目としては,篩状モルラ癌(Cribriform morular carcinoma:CMC),好酸球増多を伴う硬化性粘表皮癌(Sclerosing mucoepdermoid carcinoma with eosinophilia:SMECE),甲状腺芽腫(Thyroblastoma)がある。CMCは第8版ではPTC亜型とされていた。APCやCTNNB1遺伝子などの変異によるWNT/βカテニン経路の恒常活性化に起因する腫瘍で,一部は家族性大腸腺腫症に関連して発生する。また,TTF1が陽性であるものの,PAX8やThyroglobulin(Tg)は陰性のことが多く,由来不明腫瘍として「その他の腫瘍」に移動された。SMECEはMECの亜型とされてきたが,背景に橋本病を伴うこと,MECに特徴的なMAML2遺伝子再構成が検出されないことから独立した組織型となった。
甲状腺腫瘍において,通常の濾胞細胞由来腫瘍と異なる組織像を認めた場合には,腫瘍細胞の分化・由来細胞を推定することが診断の鍵となる。この際,免疫染色による各種マーカーの発現パターンが参考となる(表3)。分化の保たれた濾胞細胞では,Tg,TTF1,PAX8の3つが陽性になるが,分化度の低下や異なる由来の場合,これらの発現が低下もしくは認められない。カルシトニンやCD5の発現は腫瘍の分化・由来を示す重要なマーカーである。また,形態,免疫染色パターンに加え,特徴的な遺伝子異常を検出できれば診断確定の根拠となる(表4)。

甲状腺腫瘍鑑別の参考となる免疫染色所見

甲状腺腫瘍と特徴的な遺伝子異常
CMCは濾胞状ないし篩状構造を呈するが,腺腔内のコロイドを欠く。時に乳頭状や索状構造も見られ,モルラが散在する。溝を有する淡明な核を持ち,PTCとの鑑別が問題となる。免疫染色におけるPAX8陰性や遺伝子解析(APC,CTNNB1など)により診断を確定できる。
MECは唾液腺のMECと類似の組織像を呈する唾液腺型腫瘍である。扁平上皮成分と粘液成分が混在し,乳頭癌を混じることもある。MECの起源については異所性唾液腺由来とする説と甲状腺のsolid cell nest由来とする説がある。唾液腺のMECと同様,CRTC1::MAML2融合遺伝子が検出されることがある。
SMECEは女性に多く,背景に橋本病が見られる。好酸球を含む炎症細胞浸潤,著明な線維化が見られ,粘液細胞を混じた扁平上皮様の腫瘍細胞が浸潤する。TgおよびPAX8は通常陰性である。
甲状腺内胸腺腫瘍としては,第8版と同様に甲状腺内胸腺癌(Intrathyroidal thymic carcinoma:ITC),胸腺様分化を伴う紡錘形細胞腫瘍(Spindle cell tumour with thymus‒like differentiation:SETTLE)が含まれる。SETTLEは若年に多く,分葉状の充実性腫瘍を呈する。組織学的には紡錘形細胞成分と腺管状成分が二相性を示すため,滑膜肉腫との鑑別が必要である。SS18の転座が存在しないことを確認することが推奨されている。免疫染色にてサイトケラチンやビメンチン,P63,BCL2などが陽性になる。ITCは胸腺分化を伴う癌であり,下極付近に多い。発症平均年齢は52歳,アジア系民族で頻度が高い。リンパ球,形質細胞浸潤を伴う線維性結合織内に腫瘍が島状の胞巣を形成する。免疫染色にてCD5,P63やCD117(c-KIT)が陽性である。CD5陽性は低分化癌や未分化癌などとの鑑別に重要である。
新たに甲状腺芽腫(Thyroblastoma)が設けられた。胎児性甲状腺腫瘍であり,これまで悪性奇形腫や癌肉腫などと診断されてきた。ミクロRNAの切断酵素であるDICER1の体細胞変異に起因する[13]。ただし,DICER1の体細胞変異は他の甲状腺癌でも認められることがあり,特異性は高くない。組織学的には,胎児型の濾胞(濾胞細胞マーカー陽性)と紡錘形の間葉系成分よりなる腫瘍で,間葉系成分は横紋筋分化や軟骨形成を伴うことがある。核分裂像が目立ち,壊死を伴う。免疫染色では,幼若な成分でSALL4が陽性になる。遺伝性のDICER1症候群(DICER1の胚細胞変異)では甲状腺芽腫ではなく,若年発生の甲状腺癌や濾胞結節性病変(thyroid follicular nodular diseaseないしmultinodular goiter)が生じる。
これらの項目は基本的に第8版から大きな改訂はない。肉腫としては,平滑筋肉腫,血管肉腫,線維肉腫,骨肉腫などがある。肉腫様の未分化癌との鑑別が問題となる。また,他臓器において癌肉腫とされるような所見を認めた場合には,未分化癌ないし甲状腺芽腫を考える。
その他として甲状腺に生じうる腫瘍が列記されている。 WHO5版で唾液腺型腫瘍に分類される分泌癌(secretory carcinoma of salivary gland type:SC)や甲状腺内胸腺腫瘍に分類される異所性胸腺腫も含まれる。SCは唾液腺や乳腺原発の場合と同様にETV6::NTRK3融合遺伝子が検出される。孤立性線維性腫瘍は内分泌臓器の中では甲状腺に頻度が高いとされる。傍神経節腫はカルシトニン発現のない(低い)髄様癌との鑑別が問題となる。いずれも極めて稀である。
続発性(転移性)腫瘍としては,甲状腺周囲臓器由来の癌の直接浸潤と他臓器癌の遠隔転移の場合がある。前者としては頭頸部のSCCが多い。後者では,腎癌転移の頻度が最も高く,肺癌や乳癌などが次ぐ[14]。
第9版は,WHO5版に倣って分類が変更された。形態に基づく診断である原則は変わらないが,客観的な診断根拠としての免疫染色,遺伝子異常などの情報が増えている。現状でこれらの検査を網羅する施設は多くないため,特殊な組織型を疑った際には忌憚なくコンサルトして頂きたい。本稿が第9版の理解と病理診断の一助となれば幸甚である。