日本内分泌外科学会雑誌
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症例報告
長期生存を得た超高齢者甲状腺未分化癌の1例
吉澤 宏一山本 典子橋本 慶子栢野 香里
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2024 年 41 巻 4 号 p. 311-316

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抄録

症例は90歳女性,Performance Status 1,認知機能は保たれていた。前頸部腫脹,嗄声を主訴に当院初診した。甲状腺右葉腫瘍と右声帯麻痺を認め,細胞診で甲状腺乳頭癌の診断となったが,通院を自己中断した。

9カ月後に嚥下障害が出現し再診した。腫瘍は増大し,気管膜様部と下咽頭頸部食道壁の浸潤を疑う所見とⅡ・両側Ⅴbリンパ節腫大を認めた。

甲状腺全摘術,咽喉頭頸部食道合併切除,D3b郭清,右大胸筋皮弁による再建術を行い,甲状腺未分化癌と診断された。手術から2年後に乳頭癌頸部リンパ節再発を認めたが,救済手術により術後9年7カ月の長期生存を得た。

偶発型未分化癌の1年生存率は71.8%と通常型未分化癌より良好だと報告されている。本症例は気道と咽頭を分離し有茎皮弁で再建する術式が,重篤な合併症を回避し,予後を改善したと考えられた。85歳以上の高齢者は甲状腺癌以外の疾患での死亡リスクが増えるため,適応は認知機能など他因子を含め検討する必要がある。

はじめに

2023年12月1日時点で,日本の65歳以上の人口は3623万人で総人口の29.2%にも上る[]。90歳以上では280万人,総人口の2.26%であり,近年高齢者の癌治療に携わる機会がますます増加している。

甲状腺未分化癌は予後不良な疾患で,未分化癌を対象とした研究によると,治療方法によらず全生存期間はStageⅣAで9カ月,ⅣBで4.8カ月,ⅣCで3カ月であった[]。

術前は甲状腺分化癌の診断だが,切除標本の病理検査で偶発的に未分化癌成分を認めることがあり,これを偶発型未分化癌と呼ぶ[]。

偶発型未分化癌は通常型と比較して,腫瘍径が小さく,腺外浸潤や遠隔転移が少なく,予後も有意に良好である[,]。

超高齢者の甲状腺乳頭癌に対して,甲状腺全摘術,咽喉頭頸部食道合併切除,D3b郭清,右大胸筋皮弁による再建術を行い,術後病理組織検査で甲状腺未分化癌の診断となったが,術後9年7カ月の長期生存が得られた症例を経験したので報告する。

症 例

患 者:90歳,女性。

主 訴:嗄声,頸部腫脹。

既往歴:中等度の大動脈弁閉鎖不全と三尖弁閉鎖不全,高血圧,大腿骨骨折整復術後(87歳)。

現病歴:嗄声と頸部腫脹が出現し,当院外来を初診した。

初診時現症:Performance Status(PS) 1,認知機能低下なし。

前頸部に弾性硬,可動性不良な腫瘤を触知した。喉頭内視鏡検査で右声帯麻痺を認めた。

血液検査所見:Alb 4.5g/dL(3.8-5.2),WBC 4,600/μL(3,500-9,100),Hb 12.1g/dL(11.3-15.2),FT4 1.11ng/dL(0.9-1.7),FT3 1.94pg/mL(2.3-4.3),TSH 7.92μIU/mL(0.5-5),Tg(サイログロブリン)162ng/mL(0-32.7),抗TPOAb 6IU/mL(0-16),抗TgAb 10IU/mL(0-28)。

頸部超音波検査所見:甲状腺右葉に長径40mm大の石灰化を伴う不整形な腫瘍を認めた。穿刺吸引細胞診(FNA)はclassⅣで乳頭癌疑いと診断された。

頸胸部造影CT検査所見:淡い造影効果と石灰化を伴う長径40mm大の境界不明瞭な甲状腺右葉腫瘍を認めた。有意なリンパ節腫大は認めなかった(図1)。

図1.

初診時画像所見

頸部造影CT検査 軸位 矢頭は腫瘍を示す。

淡い造影効果と石灰化を伴う長径40mm大の境界不明瞭な甲状腺右葉腫瘍を認めた。

PET-CT検査所見:甲状腺右葉腫瘍にFDG集積を認めた。頸部リンパ節への集積や遠隔転移を疑う集積は認めなかった。

頸部造影MRI検査所見:甲状腺右葉腫瘍の気管膜様部への浸潤を疑う所見を認めた。頸部食道壁にも接して圧排する所見を認めた。

右声帯麻痺を伴う甲状腺右葉乳頭癌 cT4aN0M0 StageⅣA(甲状腺癌取扱い規約 第6版)[]の診断となったが,手術希望なく通院を自己中断した。

臨床経過:初診から9カ月後,頸部腫脹が増悪し嚥下障害が出現したため再診した。

頸胸部造影CT検査では,腫瘍は長径55mm大に増大しており,内部に低吸収域が混在し境界は不明瞭であった。気管膜様部と頸部食道壁への浸潤を疑う所見を認めた(図2A)。血液検査所見はTg 106ng/mL,誤嚥性肺炎に罹患しWBC 11,670/μLと高値であった。FNAはclassⅤ,乳頭癌で,未分化癌を示唆する核異型は認められなかった。

図2.

再診後画像所見

A 再診時(初診9カ月後)の頸部造影CT検査 軸位 A’再診時(初診9カ月後)の頸部造影CT検査 冠状断 B 手術前(初診10カ月後)の頸部造影CT検査 軸位 B’手術前(初診10カ月後)の頸部造影CT検査 Ⅱリンパ節腫大。

矢頭は腫瘍を示す 再診時,腫瘍は初診時より増大しており,さらに手術待機期間中にも増大を認めた。

緊急入院の上,経鼻胃管による栄養管理と肺炎治療が行われた。上部内視鏡検査では食道内腔への腫瘍露出は認めなかった。入院後1カ月間に腫瘍は急速増大した。頸胸部造影CT検査を再検すると,さらに喉頭,気管膜様部,食道壁浸潤が進行し,Ⅱ/両側Ⅴbリンパ節腫大が出現していたが,遠隔転移を疑う所見は認めなかった(図2B)。甲状腺乳頭癌 cT4aN1bM0 StageⅣA(甲状腺癌取扱い規約第6版)[]の診断となり,手術に同意した。入院時栄養状態は不良であったが,治療後,全身状態は初診時程度まで改善した。手術前の血液検査所見は,WBC 8,580/μLと改善し,Tg 55.1ng/mLであった。

術前に心臓超音波検査を行った。moderate AR,moderate TRを認めたが,左室壁運動は良好,右心負荷所見はなく,循環器内科医師診察の上,耐術能は問題ないとの評価であった。

甲状腺全摘術,咽喉頭頸部食道合併切除,D3b郭清,右大胸筋皮弁による再建術を行った。当初下咽頭粘膜は部分切除の予定であったが,肉眼的に広範な腫瘍浸潤を認め,温存不可能と判断し全周性に切除を行った。手術時の年齢は91歳であったため,侵襲低減を図り,開腹と血管吻合が必要ない有茎大胸筋皮弁をロールにして咽頭食道を再建した(図3)。

図3.

手術所見

A 摘出標本 B 右大胸筋皮弁皮膚デザイン C 大胸筋皮弁をロールにして咽頭再建 矢頭はロールにした大胸筋皮弁を示す C’ロールにした皮弁と食道を吻合 矢頭は食道断端との吻合部を示す 矢印は気管を示す。腫瘍の下咽頭粘膜・頸部食道壁への浸潤を認めたが,喉頭・気管内腔への腫瘍の露出は認めなかった。侵襲軽減のため,開腹操作と血管吻合が必要ないように,大胸筋皮弁をロールにして咽頭再建に用いた。

心負荷を軽減するため,術中に輸液過多にならないように注意した。術中輸液量は2,200ml,照射濃厚赤血球液2単位を輸血した。術中出血量は149ml,尿量は355mlであり循環動態は安定していた。術後も輸液過多にならないように注意した。

病理組織学的所見:核溝,核内封入体を有する異型細胞が乳頭状増殖を示す乳頭癌に接して,顕著な核異型の短紡錘形細胞,多角形細胞,多核巨細胞が束状,充実胞巣状に増生する未分化癌を,周囲への浸潤先進部に認めた。明瞭な角化を示す扁平上皮癌成分を伴い,未分化癌 pT4bN1aM0 StageⅣB(甲状腺癌取扱い規約第6版)[]と診断された(図4)。乳頭癌が気管軟骨をこえて粘膜間質に浸潤する所見を認めた。追加切除となった下咽頭粘膜にも浸潤を認めた。Ⅱリンパ節2つに転移所見を認めた。

図4.

病理所見

A 甲状腺癌の切り出し図 赤線で囲まれた領域は未分化癌,黄緑線部は乳頭癌を示す未分化癌成分は癌全体の約80%で,周囲への浸潤先進部に認める B HE染色 左に乳頭癌組織,右に未分化癌組織を認める C HE染色 顕著な核異型の短紡錘形細胞,多角形細胞,多核巨細胞が束状,充実胞巣状に増生する未分化癌組織 D HE染色 未分化癌組織に明瞭な角化を示すシート状増生からなる扁平上皮癌成分を伴う E CAM5.2染色 乳頭癌成分でCAM5.2発現を認める F TTF1染色 乳頭癌成分でTTF1発現を認める G p53染色 未分化癌成分でp53過剰発現を認める H Ki67染色 未分化癌成分でKi67高発現を認める。

術後経過:術後1日目はベッド上座位での理学療法を行い,術後2日目に介助下での立位,車椅子移乗と離床することができた。理学療法を継続し術後6日目には介助なしで立位歩行することができた。術後13日目に発熱精査目的で全体幹CT検査を行い,両側胸水貯留を認めた。手術侵襲による漏出性胸水が疑われ,利尿薬の投与で改善を認めた。

術後14日目の造影透視検査で縫合不全を認めたが,保存的加療にて改善し,21日目に経口摂取を開始,50日目に3食経口摂取で自宅退院した。

退院から1カ月後(手術から3カ月後)に嚥下障害で緊急入院した。上部消化管内視鏡検査で食道吻合部に食物残差を認め,除去することで改善を認めた。

手術から2年3カ月後,PET-CT検査で左Ⅵリンパ節にFDG集積を認め転移再発が疑われた。頸部造影CTでも同部位に長径7mmの石灰化のないリンパ節を認め,穿刺吸引細胞診ではclassⅤ,再発疑いと診断し,左Ⅵ領域の頸部郭清術を行ったところ,左Ⅵリンパ節1つに乳頭癌転移所見を認めた。

その後は再発なく,手術から9年7カ月経過しており,先日101歳の誕生日を迎えた。

考 察

日本老年医学会 高齢者に関する定義検討ワーキンググループは,65~74歳を准高齢者,75~89歳を高齢者,90歳以上を超高齢者と定義することを提案している[]。

82歳の未分化癌に対して甲状腺全摘および咽喉頭合併切除を行った報告や,91歳の喉頭癌に対して喉頭全摘術を行った報告があるが,本症例は手術時91歳であり,未分化癌に対して咽喉頭頸部食道合併切除および有茎皮弁による咽頭再建を行った症例で,検索し得た限り最高齢である[,]。

高齢者の治療について,様々な検討および提言がされている。

鈴木らは80歳以上の頭頸部癌患者は根治治療群が無治療群よりも粗生存率が高く,暦年齢にとらわれず個々の全身状態を評価して治療法を選択すべきだと報告している[10]。また金子らは70歳以上の甲状腺癌患者に対しても,可能な範囲で根治切除を求めることは妥当だと報告している[11]。そして西野は75歳以上の高齢者において,PSが2や3であっても気道と咽頭が分離される術式は耐用性が高く術後経過が良好であるとした一方で,PS2以上の患者ではPS1以下と比較して,術後合併症が増多かつ増大すると報告した[12]。また花井らは75歳以上の高齢者では,PS2以上,脳血管障害の既往,ASA(American Society of Anesthesiologists)3以上,低Hb(Hb<12),低alb(Alb<3.5)は予後不良因子であり,根治性を損なわない範囲で侵襲の軽減に努めることが望ましいと報告した[13]。そして松山らは85歳以上の高齢者では甲状腺癌以外の疾患で死亡するリスクが増加するため,手術適応は認知機能など他因子を含めて検討する必要があると報告している[14]。

本症例はPS1,認知機能が保たれており,気道と咽頭が分離される術式かつ侵襲を軽減できる有茎皮弁による再建術式であったことが良好な予後につながったと考えられた。

偶発型未分化癌は通常型と比較して予後は有意に良好であり,未分化癌コンソーシアムの報告では全生存率は1年71.8%,2年58.3%である[,]。

偶発型未分化癌は女性に多く,合併する分化癌のほとんどが乳頭癌である[]。

甲状腺未分化癌患者を対象に,治療層別化にPrognostic Index(PI)を用いて前向きに評価した報告がある[15]。PIは,1カ月以内の急性増悪症状,5cmを超える腫瘍径,10,000/m3以上の白血球増多,遠隔転移の4つの予後不良因子のスコアである。

PIが1以下の患者は,2以上の患者と比較してより積極的な集学的治療が行われた。PI1以下の患者の全生存期間は,PI3以上の患者と比較して有意に長かった。

また甲状腺腫や分化型甲状腺癌に罹患していた患者が未分化癌を発症した場合,Stegginkらは罹患していた群としていない群で全生存期間に差はなかったと報告している[16]。

Stage,遺伝子検査,PIなどを総合的に考慮して治療を選択し,介入時から適切な支持療法・緩和医療を提供することが望ましい[]。

米国甲状腺協会のガイドラインによると,未分化癌患者への手術はStageⅣAとⅣBが適応であり,R(腫瘍の遺残)分類でR1(肉眼的に腫瘍遺残がない)以上を達成できる場合に推奨される[17]。

そして偶発型未分化癌は根治切除できた症例は長期予後が期待でき,R0(顕微鏡的に腫瘍遺残がない)切除を目指した手術計画を立てるべきである[]。

未分化癌StageⅣBにおいて,気管・喉頭・下咽頭食道の合併切除を伴う拡大根治切除を行った症例は,姑息手術または非手術で集学的治療に移行する症例と比較して生命予後は良好であったという報告がある[]。

本症例は腫瘍の急速増大を認め,腫瘍径は5cmを超えていたため,PI 2点相当であった。乳頭癌の未分化転化を考慮した,周囲組織の合併切除を伴う根治手術は妥当だと考えられた。

甲状腺未分化癌の術後治療について,根治切除単独群と比較して,(化学)放射線療法追加群は成績が良好であり,偶発型未分化癌に対しても,術後放射線療法を行うことを推奨している[]。

一方で術後放射線療法群は手術単独群と比較して死亡率を有意に低下させたが,R0切除が行われた症例に限った場合,有意差はなかったという報告もある[18]。

また85歳以上の高齢者は,通院での放射線療法の完遂は困難であり入院治療となることが多く,PSや認知機能悪化が多く認められると朝倉らは報告している[19]。

本症例はR0切除であり,入院放射線療法に伴うADL低下リスクの点から,術後放射線療法は行わなかった。手術から2年後に乳頭癌頸部リンパ節再発を認めたが,救済手術により長期生存を得ることができた。

おわりに

根治手術を行い,長期生存を得た甲状腺偶発型未分化癌の1例を経験した。

本症例では,気道と咽頭が分離され,侵襲を軽減できる有茎皮弁による再建術式であったことが良好な予後につながったと考えられた。

超高齢者でも,PS1以下かつ認知機能が保たれている場合は,年齢に関わらず全身状態を考慮した上で根治治療を考慮すべきである。

謝 辞

京都中部総合医療センター病理診断科 伏木信次先生,伊東恭子先生に謝辞を申し上げます。本論文の要旨は第23回 京滋臨床甲状腺懇話会,第27回 日本頭頸部外科学会で発表した。

【文 献】
 
© 2024 一般社団法人日本内分泌外科学会

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