抄録
本稿は、大阪市内で発生した「初姫大明神」への願掛け習俗について、流行神研究を援用し考察するものである。多くの場合、流行神などの現世利益信仰には、その霊験譚を伝えるメディアが伴うが、初姫大明神にはその痕跡がみえない。したがって、信仰の様子がわかるテキストを参照し、顕現の時期や祭神の性格、祈願方法・祈願内容の変遷などを通時的に示した。
さらに、得られた情報をもとにフィールドワークを行い、現在はその信仰が忘れ去られ、稲荷社として地域で受容されていることも判明した。この状況を踏まえ、近世大坂で出版された『神仏霊験記図会』にみえる神仏の現況調査結果と比較した。以上のことから、知られぬ神であった初姫大明神への願掛け習俗の変遷について照射するのみならず、従来は「すたり」「祀り棄て」というタームで一括りにされ見過ごされてきた、信仰の衰退や変化の経経緯についての研究の必要性を提示した。