音楽学
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バロック時代のヴァイオリンの運弓法とメヌエットの舞踏リズムの関係について:ゲオルク・ムッファトの証言を手がかりとして
赤塚 健太郎
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2016 年 62 巻 1 号 p. 1-13

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抄録

ドイツの作曲家ゲオルク・ムッファトが1698年に出版した組曲集《フロリレギウム》第2集の序文は、舞曲演奏で用いられるフランス流儀のヴァイオリンの運弓法について詳細に述べた重要な資料である。彼の運弓法の特徴として、各小節の最初の音符を下げ弓で弾くことを原則とし、この原則を守るためにしばしば下げ弓を二度連続で行うことを求めている点が挙げられる。下げ弓の連続という運弓では、最初の下げ弓の後に、二度目の下げ弓を準備するための弓の返しが必要となる。この弓の返しという動作が沈黙や響きの減衰をもたらし、結果としてフレーズの区切りを明瞭化することが先行研究で指摘されてきた。
本論文では、当時最も人気を集めていた舞踏・舞曲であるメヌエットに注目し、ムッファトの述べる運弓法を《フロリレギウム》第2集のメヌエット楽章に適用することで、連続する下げ弓がもたらす上述の効果がどのように働くか検証した。その結果、2つの注目すべき傾向が確認された。第一の傾向は、奇数小節の冒頭音符の直前に弓の返しが頻繁に現れる一方、偶数小節の冒頭音符の直前にはあまり現れないことである。第二の傾向は、奇数小節の直前に現れる弓の返しは腕の大きな動きを要するものであり、フレーズを区切る効果が強い一方、偶数小節の直前に現れる場合は小さな運動にとどまるということである。
以上の傾向の結果として、ムッファトの運弓法には、2小節単位のフレーズ構造を強める働きがあることが明らかとなった。当時のメヌエットの基本ステップは2小節を要するものであり、踊り手は奇数小節の開始時点を聴き分けてステップを踏むのが通例であった。よってムッファトの運弓法には、2小節フレーズを明瞭にすることで踊りのリズムを強める働きがあると考えられる。

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2016 日本音楽学会
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