音楽学
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『ギター弾きのハンス』と民謡の「再発見」
牧野 広樹
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2021 年 67 巻 1 号 p. 1-16

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抄録

  世紀転換期に始まったワンダーフォーゲルにおける文化活動、とりわけ音楽活動について、民謡の再発見と普及は重要であるとされているにも関わらず、これまで十分に言及されることはなかった。本稿ではワンダーフォーゲルと民謡の関連について、ハンス・ブロイアーの編集した最も有名な歌謡集『ギター弾きのハンス』の序文を中心に、民謡の受容の文脈とその社会的作用を考察する。
  ワンダーフォーゲルにおいて、民謡は「民族の歌」として〈ドイツ的なもの〉を表す側面と、「人々の歌」として自由、生、人間性、発展などという〈普遍的なもの〉を示す側面を併せ持っていた。そもそもワンダーフォーゲルにおいて、民謡はこの普遍的価値を表すものとして「再発見」されたのであり、〈ドイツ的なもの〉を表す概念は1912年から混入してくることとなる。この意味において、〈普遍的なもの〉とはドイツ民族のみに適用されるものではなく、世界市民的な平和を目指すものとして捉えられうる。
  しかし〈普遍的なもの〉に寄与する〈ドイツ的なもの〉という論理構造は、〈ドイツ的なもの〉のうちにこそ〈普遍的なもの〉があるという論理構造と極めて近い位置にある。それゆえ、グスタフ・ヴィネケンが戦争賛美の立場に転回したのと同様に、ハンス・ブロイアーもまた戦争に赴き戦死することとなる。ここに絶対的平和を目指すために反平和的暴力へと参画していくという、〈普遍的なもの〉と〈ドイツ的なもの〉における転倒した論理構造を見出すことができるだろう。ワンダーフォーゲルにおける民謡は、そのような民族主義的ナショナリズムと啓蒙主義的フマニテートのアマルガムとして成立しており、それが戦争参加のための〈神話〉として現実へと作用していると考えられるのである。

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2021 日本音楽学会
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