2020 年 30 巻 1 号 p. 11-18
難聴は65歳以上の3割が罹患する高齢社会の国民病である.私たちは治療法のない慢性感音難聴に対する開発研究を進めてきた.慢性感音難聴は,再生能を持たない内耳感覚上皮や神経細胞の脱落,あるいは組織構築の破綻が原因とされるが,そのプロセスを死後標本で捉える機会は極めて稀で,また解剖学的制約から生検もできないため,細胞レベルでの病態や分子メカニズムは不明な点が多い.原因療法の提唱が長い間不在である中では,どのような臨床的効果が実際の難聴患者にとってどれくらいの福音になるか,どれくらいの効果量が規制医学的観点から見て承認に適切と考えられるか手探りの状況にある.したがって,臨床に即した論理的・科学的なモデルの構築と並行して,臨床現場で観察し得る現象やニーズを淡々と観察した記載と,その観察結果を反映したclinically-orientedの基礎・臨床一体型のトランスレーショナルリサーチが,この領域の治療法開発の第一歩に求められる最も重要な要素となる.本稿ではこの視点の下に私たちが進めてきた,疾患モデル研究と,幹細胞生物学と霊長類モデルを用いた内耳性難聴の治療法開発を概観する.