日本心理学会大会発表論文集
Online ISSN : 2433-7609
日本心理学会第85回大会
セッションID: SL-004
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知覚経験のマルチモダリティ生態学的現象学の観点から
村田 純一境 敦史
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抄録

現在,知覚に関する哲学や心理学の分野では,感覚間統合のあり方がホットな話題のひとつとなっている。知覚経験が必ずしもひとつの感覚様相に閉じられたものではなく,統合したあり方を示すことは,現象学の分野でずいぶん長く話題にされてきた。代表例はメルロ=ポンティによる議論であり,たとえば彼は「わたしたちは,対象の奥行きや,ビロードのような感触や,柔らかさや,硬さなどを見るのであり,それどころか,セザンヌに言わせれば,対象の匂いまでも見るのである」と述べている。知覚の基本的あり方においては,視覚と触覚や嗅覚などは区別されておらず統合的なあり方を示しており,単独の感覚というものは分析的科学によってはじめてとらえられる抽象的なあり方なのだとみなされている。そして,知覚経験が根本的にマルチモーダルであるという知見は,知覚の主体を感覚の統合体としての身体とみなすと同時に,それに対応して知覚対象のほうも「相互感覚物」とみなす見方を導き,知覚経験に示される「身体的世界内存在」のあり方を解明するうえで重要な役割を演じている。しかしながら他方で,わたしたちは日常生活のなかでも感覚様相の違いを直観的に理解している面のあることを否定できない。たとえば,通りを歩いているときに,遠くから道に汚物が落ちていることに見て気づく経験と,それに近づき匂いを嗅ぐ経験,さらには,汚物を踏んだり手にしたりしてしまった経験,ひいては口に含んでしまった経験などを比較してみれば,それらの違いは一目瞭然だろう。この違いは,感覚経路の相違に還元できない,生活経験上の意味を示しているように思われる。こうしてみると,知覚経験は,マルチモーダルでありながら,同時に感覚様相に特有な性格をも示すといえることになる。この二つの特徴は矛盾しないのだろうか。どのように考えたら両者は整合的とみなしうるのだろうか。これが,わたしが2019年に出版した『味わいの現象学——知覚経験のマルチモダリティ』のなかで取り組んだ主要問題である。この問題に取り組むに当たり,わたしは多くの心理学の研究成果を利用させていただきながら,先にあげたメルロ=ポンティと生態学的心理学の代表者であるJ・J・ギブソンによる議論を参照して「生態学的現象学」の視点から議論を組み立てた。講演では,この著作のなかで考えたことの一端をお話し,専門家の方々のご批判を仰ぎたいと思う。

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