1. はじめに
歯周病は歯周病原細菌感染に対する免疫応答の結果生じる歯周結合組織の炎症と歯槽骨の吸収である1)。1979年にSeymourにより歯肉炎は安定化状態のT細胞病変,歯槽骨吸収を伴う歯周炎は進行性状態のB細胞病変であると提唱された2)。B細胞が優勢とはすなわち体液性免疫応答が中心ということであるが,そのような免疫応答のパターンを決定するのはT細胞であり,事実,歯周炎のB細胞病変部には多数のT細胞の浸潤が認められる3)。この免疫応答の司令塔ともいえるT細胞は,T細胞レセプターのリアレンジメントによって無限数の抗原に対応している4)。また多彩なT細胞サブセットの存在とサブセット間のバランスによって免疫応答を制御している5,6)。
近年は歯周炎が動脈硬化性疾患や糖尿病などの全身疾患に及ぼす影響に注目が集まっている7-9)。歯周組織と全身の臓器での免疫応答は密接に関係している。歯周病原細菌や歯周局所の炎症性メディエーターが全身循環に流入することにより,全身の血管や臓器に軽微な炎症を惹起し,代謝へも影響を及ぼしている可能性が強く示唆されている。
本稿では歯周炎の免疫応答にかかわるT細胞の抗原特異性,制御性のT細胞サブセットによる歯周免疫応答調節と慢性炎症化のメカニズム,さらには歯周炎組織と動脈硬化病変部組織のT細胞の共通性,そして歯周炎の制御による全身応答の改善と予防について,我々の研究から得られた知見を中心に述べる。
2. 歯周炎のT細胞レセプターレパトア
口腔内には300種類を超える細菌が棲息している。初回の感染では自然免疫応答が発動し,感染源を排除する。一方,再感染,あるいは慢性的な感染状態においては獲得免疫応答が働き,抗原特異的なT細胞,B細胞が増殖して細胞性免疫,あるいは体液性免疫機能を発揮する。獲得免疫応答が起きるには,抗原提示細胞がT細胞に抗原提示を行うが,抗原の種類,量,抗原提示細胞との結合力の強さが,その後に誘導されるT細胞サブセットの種類を決定づけ,Th1サブセット優勢ならば細胞性免疫応答,Th2サブセット優勢ならば体液性免疫応答が誘導される5)。
T細胞は抗原に特異的なT細胞レセプター(TCR)を介して抗原を認識する。TCRのレパトアは抗体同様にV,D,J領域の遺伝子の組み換えで作られ,組み換え時に塩基の欠失や挿入がランダムに生じるために,無限に近い組み合わせがある4,5)。
ヒト歯周炎患者の末梢血と歯周炎歯肉について6種類のTCRVβ鎖レパトアの解析をフローサイトメトリー法ならびに免疫組織化学染色法にて行ったところ,末梢血と歯肉組織ではそれぞれのレパトアの検出頻度に明らかに違いが認められた10)。これは歯周炎歯肉には末梢血のT細胞がランダムに移行してきているのではなく,何らかの抗原に特異的に反応するT細胞が選択的に浸潤してきていることを示唆した。
代表的な歯周病原細菌Porphyromonas gingivalisの外膜タンパク質で歯周炎患者末梢血由来の単核細胞を刺激し,応答するT細胞集団の変化を検討した。22種類のTCR VβレパトアについてRT-PCR法により解析したところ,特定のVβレパトアの著しい割合増加は認められず,P. gingivalisにはスーパー抗原と呼ばれる特定のVβ鎖に結合する抗原分子はないことが明らかになった11)。Vβレパトアの単位よりもさらに細密なレベルでT細胞の抗原特異性を見極めるために,同一のT細胞クローン集団を1本のバンドとして検出することができるSSCP(single strand conformation polymorphism)法を用いてT細胞クローン単位の解析を行ったところ,P. gingivalis刺激により末梢血のT細胞集団から新たに増幅するクローンと減衰するクローンが認められ,刺激後のクローンの種類は数十のレベルであった11,12)。
SSCP法でヒト歯周炎歯肉中のT細胞のクローナリティを解析すると,P. gingivalisで末梢血T細胞を刺激した結果と同様に,数十種類程度のクローンで構成されていた13)。この数は,自己免疫疾患である関節リウマチの病変部から検出されるT細胞クローンの種類と同程度であった。これらの結果から,歯周炎の免疫応答を惹起している抗原の数は比較的限定されており,複数の細菌種,あるいは細菌と宿主であるヒト細胞とに共通する抗原分子があるのでないかと考えられた。すなわち歯周炎には,歯周病原細菌に対する免疫応答として発症後に,組織破壊の段階で自己の組織成分に対する自己免疫応答を生じてさらに組織破壊が進行するという,自己免疫的側面があると示唆された。Yamazakiらは,広い生物種で発現されており種を超えた分子相同性が高い熱ショックタンパク質が,歯周病原細菌とヒト自己組織の共通抗原となっていることを示した14,15)。
3. 歯周炎の慢性化と免疫調節性のT細胞
歯周炎は多くの感染症とは異なり,感染源である細菌の完全な除去は難しく,そのため急性炎症はコントロールできても慢性炎症が持続する。また上述したように,歯周炎患者の歯肉や末梢血中には自己のコラーゲン16,17)や熱ショックタンパク質14,15)に対して特異性を持つT細胞や抗体が存在し,歯周炎には自己免疫的側面がある。細菌量が減っても自己免疫応答が持続すれば炎症や組織破壊は終息しない。自己反応性の応答は生体にとって不都合なものであり,通常これを抑える免疫調節機能が働いている。それを担っているものの一つに制御性T細胞というT細胞サブセットがある。
制御性T細胞にはさらにいくつかのサブセットがある18)(表1)。Naturally occurring regulatory T cell(nTreg)と呼ばれるCD4+CD25+という細胞表面マーカーを持った制御性T細胞はその主体をなし,共刺激分子との接触を競合的に阻害したりTGF-βの産生により抗原提示細胞ならびにエフェクターT細胞(Th1,Th2,Th17サブセット)の細胞増殖を抑制する。ヒト歯周炎歯肉組織を免疫組織染色法にて解析したところ,CD4+CD25+CTLA-4+のnTregの浸潤を確認するとともに,歯肉炎組織に比較してTGF-βやIL-10といった抗炎症性サイトカインのmRNA発現が上昇していた19)。ヒト歯周炎歯肉組織からT細胞クローンを樹立し,そのプロファイルを解析したところ,同様にCD4+CD25+CTLA-4+のnTregフェノタイプが確認された20)。
制御性T細胞以外の免疫調節性T細胞サブセットにNKT細胞がある(表1)。NKT細胞はT細胞レセプターを発現していながらナチュラルキラー細胞(NK細胞)が発現するパーフォリンなどの細胞障害性分子も発現しているサブセットで,IFN-γ,IL-4,そしてIL-10のいずれも産生する能力がある。大半のNKT細胞はヒトではVα24Jα18,マウスではVα14Jα18というT細胞レセプターを発現しておりインバリアントNKT(iNKT)細胞と呼ばれる。一般のT細胞がタンパク抗原を認識するのに対して,iNKT細胞はCD1分子に結合して提示された脂質抗原を認識して活性化する特徴がある21)。細菌抗原やヒト由来脂質抗原にiNKT細胞を活性化する機能があることが報告されている22)。
SSCP法ならびにヒト歯周炎歯肉の免疫組織染色解析より,iNKT細胞の歯周炎歯肉への浸潤が示された。歯周炎歯肉組織に優勢に浸潤しているB細胞上にCD1d分子の発現が広く確認され,B細胞がiNKT細胞に抗原提示している可能性も示唆された23,24)。
これら免疫調節性の細胞が歯肉炎組織よりも歯周炎歯肉に多く浸潤していることは,炎症応答の結果として負のフィードバックが働いている,もしくは自己反応性T細胞によるB細胞活性化を抑制しようとしていると推測されるが,その機能が十分に発揮されていない場合に組織破壊が進むことが考えられる。
歯周炎の病態形成におけるNKT細胞の免疫調節機能を検討するために,NKT細胞欠損マウスにP. gingivalisを経口感染させた。この歯周炎モデルマウスにおいてはコントロールのwild typeマウスでも歯肉の炎症は著明ではなく,NKT細胞による炎症の調節効果は判定できなかったが,歯槽骨吸収に関しては予想に反してNKT細胞欠損マウスで吸収抑制が認められた25)。NKT細胞は局所ではなく全身性の免疫応答を介して歯槽骨吸収を調節していると考えられ,歯槽骨吸収は局所性のみならず,全身性の制御を受けていることが強く示唆された。
表1
おもな免疫調節性T細胞サブセット
4. 歯周炎の慢性化とB細胞病変の維持
歯周炎における優勢な浸潤細胞はB細胞・形質細胞である。B細胞の主要な機能は抗体産生であるが,同時に抗原提示細胞としての役割を持ち,また,IL-1などの炎症性サイトカイン産生能も有する。動物モデルでは抗体は歯槽骨吸収に抑制的に働き,好中球による細菌の貪食を亢進することから防御的に働くことが示されているが,一方でコラーゲンタイプIに対する自己抗体を産生するB細胞が増加している16)など,組織破壊的にも作用する。B細胞病変が維持されていること自体が炎症の慢性化を招いていると考えられる。歯周炎歯肉組織ではB細胞浸潤に必須のケモカインCXCL13発現とB細胞病変の相関が認められ,CXCL13を産生するとされている濾胞樹状細胞も浸潤していた26)。濾胞樹状細胞はリンパ組織においてはCXCR5を発現しているB細胞と濾胞ヘルパーT細胞を引き寄せリンパ濾胞を形成する。歯周炎のB細胞浸潤は典型的濾胞形成には至っておらず三次リンパ節と呼ばれるような異所性リンパ節構築には至ってはいなかった。それゆえ抗原に対する親和性の高い有効な抗体産生はできないままB細胞病変が維持され,急性化もしないが緩やかに骨吸収が進むという状況が続くのかもしれない。
5. 歯周炎歯肉と動脈硬化病変部のT細胞の共通性
1990年代以降,心筋梗塞や脳梗塞といった動脈硬化性疾患と歯周病との関連が盛んに研究されるようになった7,9)。動脈硬化は血管壁の炎症反応であり,マクロファージ,T細胞といった免疫担当細胞が動脈の粥状プラーク病変に浸潤している。マクロファージはコレステロールを細胞内に取り込み,泡沫化マクロファージとなっていく27)。動脈硬化と歯周炎の病変部の免疫応答の共通性から,両者の関連メカニズムが推測されていった(図1)。
我々の研究チームは動脈壁と歯肉に同一のT細胞クローンが浸潤していることをSSCP法によって示した。すなわち,同一の患者の歯周炎歯肉組織,動脈瘤組織に同じT細胞クローンが浸潤しており,なおかつ,その患者の末梢血T細胞をP. gingivalis由来の熱ショックタンパク質あるいはヒト熱ショックタンパク質で刺激すると,組織に浸潤しているものと同一のT細胞クローンが増殖した28)。また,P. gingivalisのDNAがヒト動脈壁から検出された。これらの事実より,血流にはいって動脈壁に到達した歯周病原細菌に対してT細胞応答がおきている,あるいは歯周病原細菌と共通の自己抗原―熱ショックタンパク質など―が動脈硬化病変部の自己の細胞に発現しているために,同一のT細胞免疫応答が惹起されている可能性が考えられた。
炎症メディエーターを介して歯周炎が動脈硬化に関与する可能性もある。血管内皮細胞は血液中の分子の影響を直接的に受ける。血管内皮細胞の障害は血管の炎症即ち動脈硬化のきっかけとなる。歯周炎歯肉局所ではIL-1,IL-6などの炎症性サイトカインレベルが上昇している29-31)。これらは歯周炎患者において血中でも健常人に比較して有意に上昇しており,血管内皮細胞の接着分子発現を誘導し,炎症反応を惹起する32)。歯周炎患者の血中ではC反応性タンパク(CRP)のレベルも上昇している(図2a)。CRPは主に肝臓で産生される急性期タンパクで,IL-6により産生が誘導される。急性心疾患(心筋梗塞,不安定狭心症,心突然死)の発症直後の患者の末梢血中にはCD4+CD28nullというフェノタイプを示すT細胞が増加しており,動脈壁にもこのフェノタイプのT細胞が浸潤していることが確認された33)。CD4+CD28null T細胞はCD4ヘルパーT細胞でありながら,パーフォリンなどの細胞障害性分子を発現しており,血管内皮細胞に対して細胞障害性を発揮した34)。このとき血管内皮細胞をCRPであらかじめ処理すると,CD4+CD28null T細胞による内皮細胞障害レベルはいっそう高まった。
図1
歯周病が全身疾患のリスクとなるメカニズム
図2
a.血清中の高感度C反応性タンパク(hs-CRP)レベル。b.歯周炎患者の歯周治療前後における血清中hs-CRPレベル。歯周治療前のhs-CRP値に基づき,4群に分類した比較。*p<0.05. 文献30,31より引用,改変。
6. 歯周炎の制御から全身応答の制御へ
歯周組織感染,炎症が動脈硬化を促進するのであれば,歯周治療は動脈硬化を改善,予防する可能性がある。我々は,日本人歯周炎患者において,血清中高感度CRP(hs-CRP)レベルが高いこと,歯周治療による介入でそのレベルは健常人と同じにまで改善することを示した29,31)(図2)。さらに日本人歯周炎患者の4分の1において,血清中CRPレベルは1 mg/Lを超えており,これは日本人の急性心疾患の発症リスクレベルを超えていることを意味した31,35)。経口抗菌薬などの全身的な介入はせずに,機械的デブライドメントのみの歯周治療によって血清中CRPレベルが急性心疾患発症リスクレベル以下に下がったことは,歯周炎が全身に及ぼす影響と歯周治療の全身の健康への有益性を示す結果である。
我々の介入研究においては,歯周炎患者ではCRP,IL-6といった炎症メディエーターだけでなく,HDLコレステロールの低下,LDLコレステロールの上昇といった血清脂質の異常が認められ,これらも歯周治療によって改善した29,30)。また歯周治療は糖尿病患者のHbA1c値の改善をもたらすことが報告されている36)。このように,歯周組織の感染または炎症は,単に炎症メディエーターのみならず,脂質代謝,糖代謝にも影響を及ぼしていることが明らかとなった。
歯周病原細菌はバイオフィルムを形成するために,歯周治療の原則は機械的デブライドメントである。しかしながら,超高齢社会を迎え,すでに何らかの全身疾患に罹患しており,浸潤麻酔や歯周組織の機械的侵襲がはばかられる患者が増加している。このような人たちに対して低侵襲な治療で感染と炎症をコントロールする方法として,経口抗菌療法はひとつの選択肢となる。我々は,歯周病安定期治療中の活動性歯周ポケットを有する患者を対象に介入研究を実施した。3~5日間の経口抗菌薬の服薬により,歯周病原細菌はおよそ3か月に渡り減少が維持され,P. gingivalisに対する血清抗体価も減少した37)。臨床的な指標の改善はさらに1年間持続した38)。
7. まとめと今後の展望
歯周炎は歯周病原細菌の複数の抗原分子に対する特異的な免疫応答の結果惹起される。細菌と自己組織の共通抗原の存在により,自己免疫応答の側面も有している。慢性炎症化することは抗原の完全除去が難しいことに加え,制御性T細胞サブセットにより産生されるIL-10,TGF-βなど抗炎症性サイトカインや,B細胞病変で産生される抗体の質が影響している可能性がある。慢性炎症の結果,歯周病原細菌や炎症メディエーターの全身循環への流入あるいは歯周病原細菌と共通する自己抗原への免疫応答というメカニズムにより動脈壁の炎症を惹起し動脈硬化を促進する。歯周炎患者では歯周組織の炎症,歯槽骨吸収にとどまらず,全身循環中の炎症メディエーターや脂質,糖代謝に異常を生じているが,それらは歯周治療により改善する。
現在,我々の研究チームでは,歯周病が脂質代謝,糖代謝に影響する新たなメカニズムとして,歯周病原細菌を飲み込むことにより腸内細菌叢が撹乱されてリーキーガットとなり全身性内毒素血症を生じている可能性を提唱し,マウスモデルでの解析を続けている(図1)39,40)。今後は,動物モデルを用いた研究とヒト介入研究の双方向から,歯周炎の発症進行メカニズム,病状安定を維持する要因,全身代謝への影響のメカニズムの解明が必要と考えられる。
謝辞
稿を終えるにあたり,ご指導いただきました新潟大学大学院医歯学総合研究科口腔保健学分野 山崎 和久 教授に心から感謝いたします。一連の仕事は,山崎和久教授が主催する歯周―全身プロジェクト研究グループの先生方との共同研究であり,共同研究者の先生方に深く感謝いたします。また,研究活動を見守っていただきました新潟大学大学院医歯学総合研究科歯周診断再建学分野 吉江 弘正 教授ならびに歯学教育研究開発学分野 藤井 規孝 教授に深く感謝いたします
利益相反
今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。
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