Nihon Shishubyo Gakkai Kaishi (Journal of the Japanese Society of Periodontology)
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Periodontal specialist training and accreditation in Hong Kong
Atsushi Saito
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2016 Volume 58 Issue 3 Pages 155-159

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要旨

この度,香港における歯周病専門医認定試験に外部評価者として参加する機会を得たので,歯周病専門医の育成システムと認定試験の実際について報告する。

はじめに

現在,国民の歯科医療に対するニーズの変化とともに,専門的かつ良質な歯科医療の提供が求められており,専門医制度はそれに対応すべく策定されている1)。日本歯周病学会認定歯周病専門医制度は,「歯周病学の臨床的経験を通しその専門的知識と技術を有する歯科医師を育成するとともに,歯周病学の発展および向上を図り,もって,国民の口腔保健の増進に貢献する」ことを目的としている2)。現在,歯周病専門医は厚生労働大臣の承認のもと広告可能な5資格のうちの一つであり,国民の認識も高まっている。一方,医科系学会では新しい専門医制度に向けた整備が進められており,歯科医療においても専門医制度のあり方についての議論が始まっている。

このような中,去る平成28年1月26日に,香港における歯周病専門医の認定試験である「College of Dental Surgeons of Hong Kong(CDSHK)Periodontology exit examination 2016」が実施された。筆者はCDSHKのSupervisorであるThe University of Hong Kong, Faculty of Dentistry(HKU歯学部)のWK Leung教授の要請により,当該試験の外部評価者を務める機会を得た。本稿では,香港の歯周病専門医の育成と認定試験の実際について報告する。

香港における歯科医学教育

The University of Hong Kong(HKU)は1911年に創立され,大学の世界ランキングであるQS World University Rankings 2015-163)で30位に,アジアでは5位にランクされている世界的に評価が高い大学である。HKU歯学部は,香港で唯一の卒前・卒後歯科医学教育を担う教育機関であり,1982年に正式に設置された4,5)。前述のQS World University Ranking歯科分野で2016年には第1位にランクされている。1981年に歯科病院であるPrince Philip Dental Hospitalが開設され,HKU歯学部もそこに設置されている。「To be Asia's leading faculty of dentistry」のVisionを掲げ,世界中から優秀な教員,学生を集めている。HKU歯学部は年間50人の歯科医師を送り出しており,2015年までの卒業生(学部および大学院)は世界44カ国の出身者を含む合計1,978人に及ぶ6)。現在,学士課程の歯科医学教育は,修業年限5年から,2012年から導入された6年制への移行途中にある7)

2012年時点で,香港には1,900人の歯科医師が登録されており,7割以上が開業医(およびその勤務医)である8)。歯科医師―患者比は約1対3800であり,人口10万対歯科医師数として換算すると約26.3人である。ちなみにわが国では2012年時点で80.4人となっている9)

歯周病専門医の研修プログラム

歯周病専門医(Periodontist, registered in the Specialty of Periodontology)の育成および認定は学会ではなく,「The College of Dental Surgeons of Hong Kong」(CDSHK)という独立した機関が自立性をもって担っている。CDSHKは1993年に設立され,次の3つの目標を掲げている:1.Dental Surgeryおよび関連分野の知識向上を通して公益のために貢献する 2.Dental Surgeryの教育や諸問題に関する権威団体として機能する 3.Dental Surgeryに関する研修や研究を促進する10)。CDSHKは現在,歯周病専門医を含めた8つの専門医制度を統括し,専門医の認定や生涯研修を行っている。その他,学術大会の開催や奨学金制度の運営なども行っている。CDSHKの組織図を図1に示す。この中のSpecialty boardが各専門医の認定をはじめとする実務を担当している。

歯周病専門医の研修および認定試験は,CDSHKの「Guidelines for Accreditation and Training in Periodontology」11)に基づき,HKU歯学部とPrince Philip Dental Hospitalを中心として行われている。歯学部卒業後,専門医取得までは最低6年間の研修が必要となる(図2)。歯科医師(香港における学士号Bachelor of Dental Surgery:BDS取得者またはそれと同等の資格を有する者)は,まず1年間,CDSHK認定の歯科医療機関で臨床経験を積みながら,所定の講義等を受講し生涯研修単位を取得する。単位がCDSHKに認定されれば2年目から4年目までを認定施設でさらに研修(structured basic training)を積むことができる。現在,この部分の研修はHKU歯学部が唯一の認定機関となっており,修了者には修士号およびFellow(FCDSHK)が与えられる。ちなみに,海外の機関がCDSHKに申請し,研修内容等が同等であると認められれば,CDSHK認定機関となることも可能である。

ここまでがBasic Trainingであり,CDSHKのIntermediate examinationを受験し合格すると,次の段階のHigher Specialist Trainingに進むことができ,5,6年目の研修を認定施設で受ける。最終的に歯周病専門医と認定されるには,年1回実施されるCDSHKの専門医試験(Exit examination)に合格することが条件となる。これまでに42名が歯周病専門医として認定されている10)

図1

College of Dental Surgeons of Hong Kong(CDSHK)の組織図10)

図2

歯周病専門医取得までの研修過程(Training pathway)

歯周病専門医試験

CDSHK歯周病専門医試験は,Specialty Board in Periodontologyのメンバーである試験官,Specialty Boardが選定した外部評価者,そしてオブザーバーにより実施される。試験日程が決定すると,外部評価者を含めた試験官には事前に受験予定者が提出した資料の写しが配布され,試験官はそれを確認・事前評価し,当日の試験に備える。専門医試験は4つの要素から構成されている(表1)。今回の受験者4名は,1グループ4~5名の試験官(およびオブザーバー各1名)で構成される2つの系列をローテートしながら,計4項目の試験を受けた。事前提出の資料から当日の質疑応答まで,試験は全て英語で行われた。

まず試験官の全体ミーティングがあり,Specialty BoardのChairmanであるDr. Gordon Kai Chung Chiuを中心に,当日の流れや注意点が確認された(図3)。この間,受験者は最初の試験であるClinical Caseの準備を行っていた。一人ずつ個室の試験会場に案内され,スクリーンに映し出された症例シナリオ(受験者は初めて見る内容)について30分間,質疑応答に備えるための準備時間が与えられた(図4)。その後,受験者は2グループの試験官の系列に分かれ,一人ずつその症例シナリオについての質疑応答に臨んだ。内容は,問題点の提示から診断,治療計画そして治療法と多岐に及んでいたが,特に患者への説明内容について時間を割いて議論がなされていた。

次のDocumented Case Reviewでは,受験者が指導医(Trainer)とともに治療を行った15症例の詳細な内容について質疑応答が1時間行われた。症例は表2に示す内容を含むものと指定されている(図5)。質疑応答は,技術的な事項も含まれていたが,あまり細かい点や知識を確認するのではなく,治療方針の考え方や患者とのコミュニケーションをいかに行うかが重視されていた。

昼食休憩をはさんで,次にLog bookについての試験が行われた。ここではDocumented Caseほど詳細ではないが,事前提出された25症例の記録について,1時間にわたる質疑応答がなされた。多様な症例への対応を通して,受験者の歯周治療に関する基本的な考え方や臨床家としての総合力が確認されていた。

最後のWritten Essayは,受験者が選び,試験官が事前に認定したテーマに関する小論文(ミニレビュー)について質疑応答が30分間行われた。関連知識や小論文のまとめ方,文献引用の適切性などについて審議された。

全ての試験が終了すると試験官全員が集まり,試験の総括と合否判定が行われた。筆者は実際に試験官として各試験項目で質問を行うとともに,試験全般について,さらに試験官の対応などについても外部評価者としての意見を求められた。その後,外部評価者としての評価レポート(個別の受験者の概略評価および試験全体の評価)をまとめ,提出した。なお,今回の試験結果としては,1名がWritten Essayの修正・再提出を求められ保留となり,他の3名は合格であった。

4名の受験者のために,ほぼ1日を費やして行われた試験であったが,特に受験者に対して適切かつ公平な試験の実施に心が配られていると感じた。海外から外部評価者を招聘することもそれを担保するために必要と認識されている。また,試験官と受験生は真剣なやり取りの中にも笑顔を忘れず,和やかな雰囲気のもと質疑応答が行われていたことも大変印象的であった。緊張している受験者を安心させて,本来の実力を発揮してもらおうとする姿勢が感じられた。

これまでCDSHK歯周病専門医試験の外部評価者は,欧米の歯周病専門医が招聘されてきたが,今回は日本からの参加であった。歯周治療を含む歯科治療は香港では,基本的にすべて自費であるという環境の違いはあるが,歯周治療へのアプローチや使用材料についての考え方はわが国の標準的なものに近いと感じた。

表1

CDSHK歯周病専門医試験(Exit examination)の構成

図3

試験官およびオブザーバーの事前全体ミーティング

図4

Clinical Caseのシナリオ提示

表2

Documented Case Reviewの要件

図5

Documented Caseの提出資料の例

おわりに

試験官の一人に,なぜ,香港の歯科医師は長い研修期間と厳しい試験がある歯周病専門医の資格を目指すのかと尋ねてみた。「それは歯科医師としての自らの努力の証であり,専門医としてプライドをもって歯周治療を行えるからである」との回答があった。これは日本でも同じであり,あらためて専門医取得の意義について考える機会となった。今回の認定試験そして翌日行ったHKU歯学部での講演を通して香港の歯学部学生や教員,歯科医師と議論をするなかで,彼らのレベルの高さや国際性を実感した。これまで日本歯周病学会は1,051名の専門医,224名の指導医(平成28年3月31日時点)を世に送り出し,国民の口腔保健の向上に大きく貢献してきた。今後,海外の専門医や学会とも切磋琢磨しながら,さらなる高みを目指していくことが必要であると思われた。

謝辞

専門医試験についてご指導をいただいたHKU歯学部およびCDSHK Specialty Board in Periodontologyの各位に深謝いたします。

利益相反

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

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