日本歯周病学会会誌
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ミニレビュー
脳由来神経栄養因子(BDNF)を用いた新しい歯周炎治療の開発
武田 克浩加治屋 幹人松田 真司柏井 桂佐々木 慎也水野 智仁藤田 剛栗原 英見
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2016 年 58 巻 3 号 p. 91-97

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緒言

歯周炎は歯周病原細菌の感染とそれに対する宿主の免疫応答の結果,歯周組織の破壊が起こる炎症性の疾患である。近年,この持続的な細菌感染とそれによって引き起こされる慢性炎症は,全身への内科的影響も大きく,心疾患や脳血管疾患,糖尿病,非アルコール性脂肪性肝炎(NASH),関節リウマチ,低体重児早産など様々な全身疾患の発症や進行に関わることが明らかとなっている。

一般的な歯周炎治療として,ブラッシングやスケーリング・ルートプレーニングによる細菌バイオフィルムの除去が行われる。これによって炎症を軽減させることはできる。しかし,喪失した歯槽骨や歯周靭帯の再生およびその機能を回復することは難しく,歯周炎の再発のリスクは残る。すなわち,歯周組織欠損部に侵入した上皮によって,歯周靭帯細胞などの歯周組織再生に必要な細胞が歯根面に遊走できなくなる。さらに破壊された歯周組織に感染した歯周病原細菌の排除は困難で,慢性炎症が持続する。以上のことから,歯周炎によって破壊された歯周組織の構造および機能を回復する歯周組織再生療法が必要である。

現在,細胞の機能を制御する新しい歯周組織再生療法として開発が進められている治療法は,大きく2つに分類される。サイトカイン療法と細胞療法である。サイトカイン療法は従来から行われているGTR法と同様に,組織修復に関わる内在性の細胞を制御する治療法である。GTR法は術式が難しく,治療効果は術者のスキルに大きく依存している。一方,サイトカイン療法は術式が簡単で,術者が投与方法などのプロトコールを遵守すれば誰もが同じ治療効果を得られることが期待される治療法である。細胞治療は組織修復に関わる細胞を外部から補充する治療法である。サイトカイン療法と細胞治療は対立するものではなく,症例に応じて選択され,症例によっては複合的に適応することも考えられる。比較的小規模で複雑な形態の歯周組織欠損では,内在性の細胞を活性化することによって歯周組織の再生が期待される。一方で,歯周組織欠損が大きく平坦な形態の症例では,内在性の細胞だけでは再生が困難であり,外部から必要な細胞や組織を補充する必要がある。本稿ではサイトカインの一つである脳由来神経栄養因子(BDNF)に関する最近の知見をまとめるとともに,当講座で行ってきた歯周組織再生療法への臨床応用の研究を紹介する。

脳由来神経栄養因子(BDNF)

1. 神経栄養因子とレセプター

脳由来神経栄養因子brain-derived neurotrophic factor(BDNF)は,神経栄養因子の一つである。ヒトでは,nerve growth factor(NGF),neurotrophin(NT)-3,NT-4/5という4つの神経栄養因子が知られている。高親和性受容体としてtropomyosin receptor kinase(Trk)A,TrkB,TrkCの3種が知られ,4つの神経栄養因子とそれぞれ特異的に結合する関係がある1)。BDNFはTrkBのみと特異的に結合する。また,低親和性受容体p75があり,これは全ての神経栄養因子と結合する2)(図1)。神経栄養因子はこれらの受容体を介して,中枢及び末梢の神経細胞の機能制御に関わっている。BDNFは骨,軟骨,腎臓,歯胚などの非神経系の組織にも発現しており,細胞レベルでも,歯周靭帯細胞,骨芽細胞,免疫担当細胞,血管内皮細胞,上皮細胞が産生するとの報告がある3-9)。また,骨折治癒過程において,骨芽細胞様細胞によって産生されるとの報告がある10)。さらに,歯の形成初期において,未分化な上皮系・間葉系細胞の増殖,そして象牙芽細胞やエナメル芽細胞への分化に関与している可能性が示唆されている11)。このようにBDNFは神経系細胞だけでなく,種々の非神経系細胞において機能的な役割を果たしているシグナル分子である。

BDNFは,脳の神経細胞の神経突起の伸展やシナプス形成を促進することによって脳機能を維持することから,多くの精神神経疾患の発症に関与している。例えば,アルツハイマー病では脳の前頭前野や海馬でのBDNF発現量が著しく低下し12),発症に関与するβアミロイドの毒性を抑制する効果が減少している13)。うつ病でも海馬を中心とした辺縁系におけるBDNF発現量が減少しており,うつ病発症との関連が注目されている14)。SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)といった既存の抗うつ薬の効果が現れた場合は血清BDNF濃度も上昇するとの報告があり,血中のBDNFによってうつ病の治療効果判定ができる可能性が示唆されている15)。また,認知機能が衰えるペースが遅い高齢者の脳にはBDNFが多く存在していることも最近報告された16)。BDNFは糖代謝,脂質代謝の制御にも関与している。糖尿病モデル動物であるGKラットを用いた実験では,BDNFの低下が糖尿病に伴う内臓肥満の一つの成因であり,BDNFの補充がその治療に有効であることが示唆されている17)。また,BDNFは横隔膜,心臓,骨格筋,褐色脂肪細胞,肝臓での糖取り込みを促進することで,末梢組織での糖利用やエネルギー消費を制御すると考えられている18,19)。このようにBDNFは神経疾患のみならず,様々な疾患の診断や治療への応用が研究されている。

図1

神経栄養因子とそのレセプター

2. BDNFのヒト歯周組織構成細胞に対する作用

1) ヒト歯周靭帯細胞に対する作用

ヒト歯周靭帯細胞(HPL cells)はTrkBを発現しており,BDNFはHPL cellsの増殖を促進する20,21)。一方で,BDNFはヒト歯肉上皮細胞(HGEC)の増殖を抑制する22)。歯周組織再生において,歯周靭帯細胞は歯周組織再生に促進的に,歯肉上皮細胞は阻害的に働くと考えられるため,BDNFのこの性質は歯周組織再生に適していると考えられる。BDNFは骨―セメント質関連タンパク質であるosteopontin(OPN),bone morphogenetic protein(BMP)-2,type I collagenの産生量およびalkaline phosphatase,osteocalcin,BMP-7のmRNA発現量を時間依存的あるいは濃度依存的に増加させる21)。以上のことから,BDNFはHPL cellsの増殖・分化といった細胞機能を制御し,歯周組織再生を促進する可能性が示唆される。

2) ヒト血管内皮細胞に対する作用

BDNFはヒト血管内皮細胞(HMVEC)の増殖を濃度依存的に促進する21)。また,vascular endothelial growth factor(VEGF)-B,そしてVEGF-Bとの相互作用によって血管新生促進に関わるTenascin-XのmRNA発現を促進する21)。BDNFはHMVECの遊走や管腔形成を促進し,血管新生に促進的に作用すると考えられる23)。炎症の観点からは,炎症性サイトカインであるinterleukin(IL)-1βやtumor necrosis factor(TNF)-αによる血管内皮細胞のアポトーシス誘導や細胞間接着分子であるVE-カドヘリンの破壊を抑制することが明らかになっている24,25)。さらに,IL-1βやTNF-αによって誘導されるintercellular adhesion molecule 1(ICAM-1)発現を抑制し,炎症性細胞の血管外への遊出を抑制する可能性も示唆されている26)。以上から,BDNFは炎症の拡大を制御する能力があると考えられる。サイトカイン療法による歯周組織再生療法では歯周外科治療時に増殖因子などを単回投与する。歯周外科手術の後には外科侵襲による炎症が惹起されるが,BDNFが直接炎症を抑え込むのではなく,炎症の拡大を制御することは炎症から組織再生にスムーズに移行させる上で重要である。

3) ヒト歯肉上皮細胞の増殖抑制

前述したように,BDNFはヒト歯肉上皮細胞の増殖を抑制する。歯周組織再生治療に用いられるサイトカインで歯肉上皮細胞増殖抑制作用を有するのはBDNFだけである。ヒト歯肉上皮細胞とヒト歯周靭帯細胞でTrkBとp75の2つのレセプターの発現の程度を比較すると,TrkBの発現は2つの細胞間で同程度であるが,p75の発現はヒト歯肉上皮細胞で極めて強く,一方ヒト歯周靭帯細胞ではp75の発現はほとんど見られない22)。さらに,ヒト歯肉上皮細胞をBDNFで刺激するとアポトーシスが誘導されることが明らかになった。このようにBDNFは1つの分子でありながら,2つの異なるレセプターを介して作用している。すなわち,歯周靭帯細胞ではTrkBを介し増殖・分化を促進することで再生を誘導し,再生を阻害する上皮細胞ではBDNFはp75に結合した後,JNK,caspase-3の経路を通り,アポトーシスを誘導することによって細胞増殖を阻害している22)

3. BDNFの歯周組織再生促進能

1) 高分子ヒアルロン酸(HA)とBDNFとの複合体

In vitroの結果から,BDNFは歯周靭帯細胞や血管内皮細胞などの増殖や分化といった細胞機能を制御することが明らかとなり(図2),歯周組織再生に有効である可能性が示唆された。そこで,ビーグル犬を用いてin vivoでBDNFの歯周組織再生促進能を検討することとした。担体として高分子ヒアルロン酸を用いた。ヒアルロン酸は遺伝子工学によって産生可能であり医薬品・医療材料として臨床応用されている。ヒアルロン酸は分子量によって細胞に及ぼす作用が異なり,分子量が数百万を超える高分子ヒアルロン酸は,抗炎症作用を有している27)。また,高分子ヒアルロン酸は粘稠度が高く,薬品などの徐放性にも寄与する。BDNFを5 μg/mlの濃度で高分子ヒアルロン酸に溶かした場合,14日間に渡って高い濃度を維持することが可能である28)

図2

In vitroにおけるBDNFの歯周組織構成細胞への作用

2) 動物モデルにおけるHA/BDNF複合体の歯周組織再生促進効果

ビーグル犬に炎症を伴う3級根分岐部病変を作成したモデルにおいて,感染・炎症巣の廓清を行った後に,HA/BDNF(50 μg/ml)複合体を投与した実験群では,8週間後に対照群(HAのみを投与)と比較して明らかな歯周組織再生の促進効果が組織学的に観察された28)。とりわけ,実験群では歯周組織欠損部への歯肉上皮細胞の侵入が完全に抑制され,歯根面に沿って新生されたセメント質,歯周靭帯が観察される。アザン染色では,新生セメント質に埋入した多量のコラーゲン線維束が,新生した歯周靭帯を経由して新生歯槽骨に達している像が観察される。組織計測を行うと,HA/BDNF(50 μg/ml)複合体投与群は対照群に比べて,統計的に有意な歯周組織再生促進効果を示した28)(図3)。さらにBDNF投与後早期の歯周組織再生過程を明らかにするために,手術後1,2,6週において,細胞接着分子であるインテグリン,細胞増殖能を示す増殖細胞核抗原(proliferating cell nuclear antigen,PCNA),BDNF高親和レセプターであるTrkBと骨―セメント質関連蛋白であるOPN陽性反応の局在を免疫組織化学的に検索した。その結果,BDNFは血管内皮細胞,セメント芽細胞,歯周靭帯細胞などの内在性細胞の接着,増殖,分化といった細胞機能を制御し,BDNF投与後早期にコラーゲン線維の埋入を伴うセメント質を再生することで再生のスペースを確保し,歯周組織再生を促進すると考えられた29)

前臨床試験の最終段階として行ったカニクイザルの大臼歯根分岐部を用いた同様の実験においても,HA/BDNF(50,500 μg/ml)複合体を投与した実験群では,12週間後にHAのみ投与の対照群と比較して,明らかな歯周組織再生の促進効果が組織学的に観察された30)(図4)。以上の研究から,BDNFは中等度歯周組織欠損の再生に対する外科的処置に併用することで,予知性の高い歯周組織再生を誘導すると考えられる。

図3

In vivoでのBDNFの歯周組織再生促進能の検討

(A)BDNF/高分子ヒアルロン酸(HA)複合体投与後6週目の根分岐部のHE染色像

(B)セメント質再生率は,作製した欠損部の裸出象牙質の長さに対する再生セメント質の長さの割合で表わす。

(C)歯槽骨再生率は作製した欠損部の面積に対する再生歯槽骨の面積の割合で表わす。

図4

カニクイザルを用いたBDNFの歯周組織再生効果の検討

(A)カニクイザルザル大臼歯部に炎症を惹起させた根分岐部2級の歯周組織欠損を作製

(B)CTにて歯槽骨再生を計測

(C)切片の作成方向(水平断)と欠損作製部位

(D)図4(C)円のフクシン染色像。HA/BDNF(500 μg/ml)複合体を投与した群。セメント質,歯槽骨の再生,歯周靭帯の再構築が観察される。

今後の展開

現在,アタッチメントロスが3 mm程度の小規模歯周組織欠損に対してはSRP,歯周ポケット搔爬術などの除去療法が主体となり,その治癒形態はおおむね修復となる。このような小規模歯周組織欠損をより正常に近い状態に再生することで,セルフケアが容易になり,審美性の改善にも有効である。小規模歯周組織欠損は,大規模歯周組織欠損と比較し,欠損の総容積に対して間葉系細胞よりも上皮細胞の占める割合が大きい。よって,これまで述べたBDNFの組織再生誘導能,上皮増殖抑制能,炎症制御能は,軽度歯周炎に対する非外科的治療に有効であると推察される。すなわち,BDNFを非外科的に歯周ポケットに局所投与することで破壊された歯周組織を再生することができれば,患者負担が少なく重症化を未然に防ぐことができる。これはペリオドンタルメディシンの観点からも,歯周組織局所の改善だけでなく,全身疾患の罹患リスクを低下させ,患者の健康増進への貢献度も大きい。

今後はBDNFの臨床応用に向けた臨床治験の実施とともに,BDNFの特徴を最大限に生かせる適応症の拡大のための新たな基礎研究を推進する必要がある。

利益相反

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

References
 
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