要旨
近年,関節リューマチや歯周病で見られる炎症性骨破壊において,病的な状態での骨代謝に影響を及ぼす免疫系の関与が注目されている。歯周病は細菌による自然免疫応答についで獲得免疫応答が誘導されて,急性炎症から慢性炎症に至り,歯槽骨破壊がもたらされるという,免疫応答の結果として惹起される。
骨代謝と免疫系は,骨髄の微小環境ならびに多くの制御因子を共有し,相互制御が行われている。矯正的歯の移動においても,免疫応答で誘導される様々な炎症性サイトカインが発現し,これらは歯の移動に必須な歯槽骨吸収に関与している。矯正的歯の移動における骨吸収には,骨表層にある破骨細胞と骨芽細胞のみならず,骨中に埋め込まれて互いに細胞性ネットワークを形成している骨細胞が,メカニカルストレスに著しく応答して細胞間コミュニケーションをはかり,破骨細胞形成における司令塔的な役割を果たすことがわかってきた。歯の移動の圧迫側歯槽骨では,骨細胞が骨免疫因子とも言えるosteopontin(Opn)や結合組織成長因子(connective tissue growth factor,CTGF/CCN2)を産生し,その結果,免疫系因子と骨系細胞による破骨細胞形成のメカニズムが働き,活発な骨吸収が生じる。
本稿ではメカニカルストレスによる矯正的歯の移動の分子メカニズムについて我々の知見を紹介し,免疫細胞を支持する骨髄環境の制御における骨細胞の新たな役割について述べる。
1. はじめに
近年,関節リューマチや歯周病で見られる炎症性骨破壊においては,病的な状態での骨代謝に影響を及ぼす免疫系の関与が注目されている。骨代謝と免疫系は,骨髄の微小環境や,マクロファージなどが産生する炎症性サイトカイン,シグナル伝達分子など,receptor activation of nuclear factor-κB ligand(RANKL)を代表として多くの制御因子を共有,相互制御が行なわれている1)。歯周病は細菌により引き起こされる感染症であるが,病原体関連分子だけではなく,外傷や侵襲による傷害関連分子により自然免疫応答が誘導され,さらに樹状細胞によりT細胞,B細胞が活性化され,獲得免疫応答が誘導されて,急性炎症さらに歯槽骨破壊をもたらす慢性炎症が引き起こされるという,免疫応答の結果として惹起される2-4)。さらに,リポポリサッカライド(LPS),ペプチドグリカンや咬合力/メカニカルストレスが破骨細胞を活性化し,歯槽骨の破壊を進展させる。
矯正的歯の移動においても,歯肉溝浸出液および歯周組織にはさまざまなサイトカインが発現している。Interleukin(IL)-1β,IL-2,IL-6,IL-8,IL-12,IL-18,RANKL,macrophage colony stimulating factor(M-CSF),transforming growth factor(TGF)-β,tumor necrosis factor(TNF)-αおよびInterferon(IFN)-γなどは,免疫応答を調整するとともに,矯正力というメカニカルストレスによる破骨細胞形成に影響を与える因子である。我々もこれらの因子による歯の移動と破骨細胞形成との関係ならびにそのメカニズムに関して報告して来た。歯の移動には生理的なものと矯正力によるものがあるが,いずれの歯の移動の過程でも,歯の移動の前方部歯槽骨では主に骨の吸収が,後方部歯槽骨では主に骨の形成・添加が活発になり,モデリングとリモデリングが局所的,選択的に生じている5)。こうして,歯槽骨の内外部の形態が変化するが,破骨細胞と骨芽細胞のみならず,細長い細胞突起によってギャップ結合で細胞性ネットワークを形成している骨細胞が,メカニカルストレスに強く応答して,細胞間コミュニケーションをはかり,骨改造に中心的に働くことがわかってきた6-10)。
矯正的歯の移動のためにメカニカルストレスが歯に付与されると,圧迫側歯槽骨の骨細胞は,樹状細胞の活性化にも関わるosteopontin(Opn)を産生する6,10)。Opnは破骨細胞前駆細胞を骨表面に遊走・集簇させて,骨吸収を生じさせる重要な因子であるが,このメカニズムはメカニカルストレスによる破骨細胞形成の引き金として不可欠であると考えられる6)。また,メカニカルストレスにより,圧迫側の骨細胞で産生される結合組織成長因子(connective tissue growth factor,CTGF/CCN2)が骨細胞のアポトーシスを誘導し,骨小腔の空洞化が生じて破骨細胞の標的部位になり,活発な骨吸収を生じることが,歯の移動時の歯槽骨内部の時空的再構築をもたらす要因となることが示唆されている11-13)。
本稿ではメカニカルストレスによる矯正的歯の移動の分子メカニズムについて我々の知見を紹介し,免疫細胞を支持する骨髄環境の制御において,メカニカルストレス下における骨細胞の新たな役割について述べる。骨免疫に深くかかわる歯周病の新しい治療戦略の開発ための分子基盤の一助となることを期待したい。
2. 免疫系と骨系細胞による破骨細胞形成のメカニズム
近年,骨免疫学は,免疫系と骨の相互作用や共通の制御機構を研究領域として発展してきた1,14)。骨代謝と免疫系は骨髄の微小環境や炎症性サイトカイン,シグナル伝達分子など多くの制御因子を共有している。骨を構成する細胞は造血幹細胞を始めとする骨髄内の免疫細胞の支持細胞となって,免疫細胞と相互作用しながら,骨免疫系が一体となって骨の主機能であるミネラル代謝,骨強度維持,造血を司っていると考えられる1)。近年,自己免疫疾患であるリューマチ性関節炎や歯周病のような炎症性疾患などの病理的な状況下では,骨代謝に影響する免疫系の働きが注目されている。
自己免疫応答の中枢となるT細胞と骨破壊との関係は長年にわたり不明であったが,リュウマチ性関節炎では,T細胞性免疫反応がマクロファージを活性化し,TNF-α,IL-1を発現亢進させ,滑膜線維芽細胞上にRANKLを発現することで破骨細胞の分化を促進することが報告された14)。一方で,活性化したTリンパ球が産生する大量のIFN-γはRANKLシグナルを阻害して,強く破骨細胞分化を抑制することが明らかにされた14)。T細胞による破骨細胞分化に及ぼす作用はRANKLによる正の作用とIFN-γによる負の作用のバランスに依存していると考えられている14)。炎症性骨破壊部位において,浸潤T細胞のみならず,炎症性サイトカインによって刺激された滑膜線維芽細胞は,RANKL発現を亢進し,高いRANKL発現が保たれる一方で,IFN-γの発現は抑制され1),このようにRANKL/INFのバランスが崩れると,破骨細胞分化が亢進に傾き,炎症性骨破壊の原因となると考えられる1)。
骨髄および血管内から遊走してくる血液幹細胞由来の破骨細胞は,骨表面に接着した後,タンパク質分解酵素や酸を放出して骨吸収を行うが,多くの骨吸収促進因子は骨芽細胞に作用し,RANKLの発現亢進を介して,間接的に破骨細胞の分化を促進し骨吸収を進行させる。破骨細胞による骨吸収は,種々のホルモンや増殖因子,サイトカインによって綿密な調節を受けている。
骨芽細胞は副甲状腺ホルモン,活性型ビタミンD3あるいはプロスタグランジン,IL-1,IL-11等の骨吸収促進因子の刺激を受けると,M-CSFを合成,分泌するとともに15),骨芽細胞表面にRANKLを発現する16)。破骨細胞前駆細胞はM-CSF受容体を持ち,骨芽細胞が産生したM-CSFが結合すると15),細胞表面にRANKを発現する。骨芽細胞上に誘導されたRANKLと破骨細胞前駆細胞上のRANKが直接結合すると,前駆細胞から成熟破骨細胞への分化,融合,活性化が起こる。なお,骨芽細胞はRANKLのほかに,RANKと構造が酷似する破骨細胞分化抑制因子(osteoprotegerin;OPG)を産生・分泌する。このOPGはRANKLのdecoy(おとり)受容体としてRANKのシグナルを遮断し,破骨細胞分化を抑制する16,17)。このように破骨細胞誘導能はともに骨芽細胞が産生するRANKLとOPGの相対的な発現量により規定され,破骨細胞活性の調節がなされている。これまで,RANKLを産生する細胞としてT細胞18),骨芽細胞19),滑膜線維芽細胞20),軟骨細胞21),骨細胞22)が報告されている。歯周組織においては歯槽骨内の骨芽細胞に加え,歯根膜線維芽細胞23),セメント芽細胞24),歯肉上皮細胞25)がRANKLを発現していることが明らかになってきた。
以上のように,破骨細胞形成には,破骨細胞前駆細胞がRANKLを産生する細胞と接触し,その受容体であるRANKと結合して,分化誘導シグナルを受け取ることが必須である。したがって,多くの免疫系サイトカインが骨代謝に関与する中でRANKLは骨と免疫系とをつなぐ最も重要な免疫系サイトカインであり1,2),骨免疫分子である。RANKLはT細胞に発現し,樹状細胞を活性化するタンパク質として同定されていたが26),その後,破骨細胞の分化に必須のタンパク質であることが発見され16),免疫系と骨代謝をつなぐ契機となった。RANKLは骨系と免疫系の両方に必須であり,骨への免疫細胞による制御ならびに骨系細胞による免疫系の調節を仲介する1)。近年,免疫系の細胞で役割を果たすシグナル伝達分子や転写因子の多くが破骨細胞においても重要であることが次々と解明され,骨と免疫系における共有性がさらに大きく広がってきた。歯周病原細菌の感染により免疫機構が働き,その結果として歯槽骨破壊が生じる歯周病は,骨免疫疾患と捉えることができる。
3. 矯正的歯の移動における炎症性サイトカイン
矯正的歯の移動において,歯肉溝浸出液(表1)および歯周組織にはさまざまなサイトカインが発現している27,28)。歯の移動中の歯周組織における発現が報告されているTNF-α29-31),IL-1α29),IL-1β29,31),IL-329),IL-629,31),IL-832),IL-1129),IL-1733), IL-1829),RANKL34),M-CSF35),TGF-β36)ならびにIFN-γ37,38)などの炎症性サイトカインは,免疫応答を調整するとともに骨系細胞に作用して破骨細胞形成を制御する,骨免疫因子である。矯正力が働くと歯の周囲の支持組織の細胞はメカニカルストレスを感受し,破骨細胞形成が促進されて骨吸収を亢進するが,この反応に以上のような骨免疫因子が深く関わっていると考えられる。歯の移動と破骨細胞形成におけるこのような因子の役割ならびにそのメカニズムの研究は,矯正歯科臨床においても興味深く,生理的なメカニカルストレスが懸るリューマチ性関節炎や歯周病の病因の解明にも繋がると考えられる。
破骨細胞形成の過程は,種々のサイトカインによって制御されている。RANKL16),M-CSF15),IL-639),IL-1740)TNFα41)およびTGFβ41)は破骨細胞形成を誘導し,破骨細胞による骨吸収を促進する。一方,IL-442)IL-1043),IL-1244,45),IL-1346),IL-1847,48)およびIFN-γ38,45)は破骨細胞形成や破骨細胞の機能を阻害する。また,IL-442),IL-1245),IL-1848),IFN-γ49)は,TNFαが誘導する破骨細胞形成をin vitroおよびin vivoにおいて阻害する。
破骨細胞分化の最も重要な調節因子であり骨免疫因子であるRANKLとそのデコイ受容体であるOPGのレベルは,矯正的歯の移動においても検討されている。矯正治療中の患者の歯肉溝浸出液のRANKLレベルは矯正力の負荷24時間後に上昇した50,51)。ラットの矯正的歯の移動においては,歯根膜に高いRANKL発現が認められた23)。また,圧縮力を受けた歯根膜(PDL)細胞はRANKLを発現することが報告された52,53)。一方,歯の移動時にRANKL発現が増加するのとは対照的に,OPGの発現は減少した54)。また,in vitroでPDL細胞に圧縮力を負荷するとOPGの発現が減少した53)。OPG欠失マウスにおける矯正的歯の移動は,RANKLの増加をもたらし破骨細胞形成を亢進した55)。以上のようにOPG発現が減少すると,RANKL/OPG比を増大し,破骨細胞形成を亢進する。
ネコの歯の移動において,炎症性サイトカインとして初めて,IL-1βの発現が報告された56)。その後,矯正患者の歯肉溝浸出液中にIL-1βが存在し57),その発現が24時間でピークに達することと,歯の移動早期に重要な調節因子であることが示された58,59),さらに,矯正的歯の移動マウスでは,IL-1R阻害剤により破骨細胞形成および歯の移動の速度が低下した60)。
IL-6は矯正歯科治療中の患者の歯肉溝浸出液中に存在することが示された58,61)。また,ラット歯槽骨のin situハイブリダイゼーションにより,IL-6の発現は実験的歯の移動後3日目で最大に達することがわかった31)。さらに,in vitroのヒトPDL細胞に圧縮力を負荷するとIL-6の発現を誘導することが示された62,63)。
TNF-αは,矯正患者の歯肉溝浸出液中に存在することが同定された61,68,69)。また,マウスの矯正的歯の移動において,圧迫側のPDLにTNF-αの発現が認められた30)。TNF受容体ノックアウトマウスでは,歯の移動が遅れ,移動量も少ないことが分かった30)。さらに,ワイルドタイプでは著しい破骨細胞形成が認められたが,TNFR2欠失マウスでは破骨細胞形成が有意に低下した30)。さらに,TNFR 1欠失マウスを用いた矯正的歯の移動において,破骨細胞数が減少し歯の移動量が低下したことより,TNFR1は歯の移動に重要な役割を果たすことが示唆された66)。また,in vitroにおいてPDL細胞に圧縮力を負荷すると,TNF-αの発現が誘導された53)。TNF-αは骨芽細胞のRANKL発現を増加させること,ならびに,破骨細胞前駆細胞に直接作用してRANKの発現を亢進することによって,破骨細胞形成を誘導することが報告されている67)。以上のことから歯根膜に圧迫力が作用すると,TNF-αが産生され,それが骨芽細胞に働きRANKLの発現を亢進すること,また,破骨細胞前駆細胞に直接作用してRANKの発現を亢進することによって破骨細胞形成を誘導することが推測される。このようなことから,矯正的歯の移動時の歯根膜には,IL-1,IL-6,TNF-α,IFN-γなどの種々のサイトカインが発現し,破骨細胞形成と骨吸収において重要な働きをしていることから,サイトカインやその他の因子の複雑な相互作用も含めて合目的的に厳密な制御機構が存在していると考えられる。
4. 生理的歯の移動における歯根膜・歯槽骨の恒常性維持のメカニズム
PDLは,歯の支持,感覚の受容,血管網による栄養の供給および歯周組織の維持・再生に役割を果たしている。歯はさまざまな多方向からの機械的刺激に曝されており,生理的条件下では,ソケット内にある歯の位置は,歯根膜―骨の界面での骨の吸収と添加の間の動的平衡を確立することによって維持されている。歯はさまざまなメカニカルストレスによって終生動き続けている5,68)。生理的な歯の移動は,歯の機能的な位置を獲得し維持するためになされる。それらは,歯の成長,萌出,咬合,さらに歯に加わる生理的な外力による移動と関連している。矯正力が作用すると歯の移動が速くなり,骨形成系細胞の増殖と細胞外マトリックスの石灰化がPDLの伸展側で発現し,圧縮された領域は破骨細胞の活性を増加させる7,69,70)。したがって,PDLはmechano-responsiveな組織であり,その歯根膜腔とソケットの維持だけでなく,歯の移動のためにも不可欠である。
PDLは線維芽細胞,骨系細胞,歯系細胞のほか各前駆/幹細胞からなる,多様な細胞集団である69,71,72)。PDLにおいて間葉系幹細胞マーカーCD146およびSTRO-1を発現する細胞が同定され,それらは多分化能を有し,骨,軟骨,脂肪,神経などの細胞にも分化できることが知られている71)。PDLに存在する細胞が,骨やセメント質を生成する細胞に分化できるために,様々なメカニカルストレスに応答して歯根膜・歯槽骨の恒常性維持や歯の移動のためのリモデリングが可能となる3,6,7,70,71)。PDLにおける間葉系幹細胞の存在が明らかになったことにより,PDLは伸展力や圧縮力のようなメカニカルストレスに応答し,歯根膜線維芽細胞または骨芽細胞のいずれかの細胞への分化の振り分けが行われ,恒常性維持のためのメカニズムが存在すると考えられる。しかし,PDL細胞において,メカニカルストレスを生物学的メディエータに伝達することにより,線維形成と骨形成のバランスを調節する分子メカニズムは殆ど不明である。
骨芽細胞分化はrunt関連転写因子2(Runx2)およびosterix(Osx;SP7 ―マウスゲノム情報)によって調節される73,74)。Osxは,前骨芽細胞の成熟骨芽細胞およびセメント芽細胞への分化を調節するジンクフィンガー含有転写因子である74)。Scleraxis(Scx)は,腱・靭帯の細胞系において主に発現される塩基性helix-loop-helix型の転写因子であり,腱細胞の分化および成熟において重要な役割を担っている75-77)。Scxは力の伝達部位ならびに筋肉間の腱の形成および成熟に必要とされる78)。In vivoとin vitroでメカニカルな力は腱におけるScxの発現を調節することが報告されている79,80)。
我々は,Scx遺伝子のプロモーター制御下で緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現するトランスジェニックマウスScxGFP Txマウス82)を用いて,歯とその周囲組織における二重免疫染色を行った70)。その結果,歯槽骨中の歯の発育中のPDLでは,Scxは歯の萌出に伴うPDLの成熟につれて発現し,コラーゲン繊維に沿って配列した細長い線維芽細胞に強く発現した。Osx+細胞は6週齢のマウスの発育中のPDLで見出されたが,12週齢マウスの完成された歯根のPDLでは減少した。Scxが強く発現したScx+/Osx+およびScx+/Osx-細胞はPDLの石灰化していない中間領域に局在した。これに対し,Osxは新生骨の形成が行われている歯槽骨周囲ならびに根尖部にある骨形成系細胞,Scx-/Osx+細胞に強く発現した。またin vitroにおいて,レンチウイルスによるScxの過剰発現した骨誘導培養条件下でのPDL細胞においては,Osx mRNAレベルに影響を与えずに,骨芽細胞マーカーであるOsteocalcin(Osc)が顕著に抑制され,石灰化を阻害した。一方,Scxをノックダウンすると,Oscの発現が上昇した70)。以上のように,Osx+の細胞集団は,歯周組織の積極的なリモデリングに貢献し,PDL中の骨芽細胞やセメント芽細胞に運命づけられた細胞の起源である。このように,Scx及びOsxが拮抗して,PDLの線維形成と骨形成を調節することが示唆される。また,Scxは歯根膜細胞の骨芽細胞分化を抑制的に制御することが明らかになり,Scxが歯根膜の恒常性維持に重要な役割を果たすことが示唆される(図1)。
これまで,負の石灰化を調節する分子は,セメント質および歯槽骨の間に存在するPDLの恒常性の維持に重要な役割を果たしていると考えられており,Matrix Gla protein(MGP)82,83),アスポリン84),mshホメオボックス2(Msx2)85)とtwist-related protein(TWIST1)86)が報告されている。Scxは,塩基性helix-loop-helix転写因子であり,TWISTのサブファミリーメンバーである87)。ペリオスチン(PSTN)の石灰化に対する阻害作用は,象牙芽細胞の細胞株を用いて報告された88)。我々は,Scxの過剰発現によって,MGPおよびPSTNが有意に産生亢進されることを認めた70)。PSTNは骨誘導培地によって発現低下したが,Scxの過剰発現によってその発現が回復した。これらの結果から,Scxは,以前に報告された分子と協調してPDLが石灰化しないように維持することに関与すると示唆される。
PDLの主な細胞外基質はコラーゲンであるが,非コラーゲン性蛋白質として,Osc,osteonectin(Osn),osteopontin(Opn)などがある89)。Oscは6KDのvitamin K依存性の基質蛋白質でγ-carboxyglutamin酸を含み,骨芽細胞と象牙芽細胞によって産生され,hydroxyapatiteに結合して石灰化結合組織に特異的に存在する90)。Osnは32KDのリン酸化糖蛋白質で1型コラーゲンとhydroxyapatiteに同時に結合することができる91)。Opnはシアル酸に富んだ44KDのリン酸化糖蛋白質でArg-Gly-Asp(RGD)排列を持ち,種々の細胞の接着に関わっているattractant因子とみなされている92)。さらにOpnは骨吸収時に骨表面に破骨細胞を接着させることが報告されている92,93)。これら3種の骨基質蛋白質は組織の石灰化と骨リモデリングに重要な役割を果たすと考えられている。
我々は,生理的な歯の移動時に,PDLの骨リモデリング,象牙質,セメント質形成におけるOsn,Osc,Opnの分子レベルの役割を理解する為に,歯周組織の非コラーゲン性骨基質蛋白質の遺伝子発現を,7週齢ラット上顎の臼歯と歯根膜を含む歯槽骨を用いて,in situハイブリダイゼーションによって検討した5)。ラット臼歯の生理的遠心移動において,根間中隔遠心表面を覆っている骨形成面にある立方型の活性化骨芽細胞はOsn,Oscの強いシグナルを発現した。その部位の歯根膜において,歯根の近心表面に存在するセメント芽細胞にはOsnの発現も認められたが,特にOscが著しく強く発現した。一方,Opnは骨吸収面にある破骨細胞,破骨細胞前駆細胞と思われる単核細胞に強く発現し,一部の骨細胞にも発現した(図2)。以上のように,生理的歯の移動時に,歯根膜の骨形成系細胞はOsn,Oscを発現し,骨吸収系細胞はOpnを発現することが明らかになった。成熟ラットの生理的遠心移動は6.7 um/日の速度94)で,ソケットの後方部では骨吸収が,前方部では骨形成が生じ,骨形成前線の歯槽骨表面はオステオイドと骨芽細胞で覆われている。これらの知見より,Osn,Oscはハオドロキシアパタイトと結合できることから,活発な骨形成前線で骨基質の石灰化に関与していると示唆される。一方,生理的状態では,骨吸収面のOpnを発現している細胞は,破骨細胞ならびに単核細胞であり,これはマクロファージあるいは破骨細胞前駆細胞と推測され,Opnは骨吸収に関与すると考えられる。
5. 矯正的歯の移動における骨吸収は骨細胞が司令する
骨細胞は骨の中で最も多い細胞で,1 mm3の骨中に26,000個も存在するといわれている。我々は,共焦点レーザー顕微鏡と微分干渉レーザー顕微鏡を用いた骨組織の同時撮影によって,骨表面に存在する骨芽細胞から,骨深部に存在する骨細胞の蛍光断層切片を作製し骨細胞性ネットワークを観察した7)。骨芽細胞は,自ら分泌した骨基質中に埋め込まれて骨細胞になる。骨小腔に存在する骨細胞は多数の細胞突起を骨基質中に伸ばし,隣接する骨細胞や骨芽細胞,破骨細胞と互いにギャップ結合で連絡し,細胞性ネットワークを形成して,細胞間の情報伝達を行うと考えられている。また,そのネットワークはメカニカルストレスを感知することで機械的負荷の存在する環境に適応するための何らかの重要な機能を担っていると考えられている7-9)。
ラットの生理的な歯の移動時には骨基質蛋白であるOpn mRNAは,in situハイブリダイゼーションによる検討において,根間中隔の深部の骨細胞には検出されない5)。しかし,ラットの上顎臼歯間にエラステイックを挿入して矯正的歯の移動を行なうと,加えられたメカニカルストレスによって生じたシグナルはOpn mRNAの発現として,まず根間中隔圧迫側の骨細胞へ伝えられ,1日目には根間中隔遠心側の骨細胞から,2日目には牽引側である近心側の骨細胞まで拡がってゆき,根間中隔全域に発現シグナルがみられるようになった6)(図3)。3日目には破骨細胞数の著しい増加も起こり骨吸収が活発に生じた6)。また,この時,メカニカルストレスに反応した骨細胞によって作られたOpnは,単核の破骨細胞前駆細胞を骨表面に遊走させて,破骨細胞形成を促進することが明らかとなった。さらに,ラットにOpnの阻害剤を適用して歯の移動を行うと,多核の破骨細胞の誘導が抑えられた。Opnノックアウトマウスの矯正的歯の移動においても破骨細胞の発現が抑制された95)。以上により,破骨細胞による骨吸収を伴う矯正的歯の移動にはOpnの働きが必須であることが明らかとなった。
近年,ラット尺骨力学的負荷モデル96),ラット実験的歯の移動97)において機械的刺激をうけた骨細胞がアポトーシスを起こしていることが報告された。アポトーシスはプログラム化された細胞死で98),細胞死誘導因子によって厳密に調整されており,生物の発生過程における形態形成や恒常性の維持に必須な現象であるが,作用機構やシグナル伝達系については不明なことが多い。すでに我々は,ラット歯槽骨において骨細胞と骨芽細胞にCTGF遺伝子が発現すること,さらに実験的歯の移動12時間後にCTGF mRNAを発現する骨細胞が増加することを見いだし,CTGFが骨細胞に対する機械的刺激の伝達機構に関与している可能性を示唆した11)。さらに,マウス実験的歯の移動において,CTGF mRNAはメカニカルストレスのかかった2時間後に圧迫側骨細胞に発現し始め,6時間後に骨細胞にアポトーシスの誘導がみられ,1日後には骨小腔の骨細胞が消失した12)。その後,多数の破骨細胞が出現し歯の移動が生じた。そこで次に,ニワトリ頭蓋冠から採取した骨細胞培養系に圧縮力を作用させて,矯正的歯の移動の圧迫側におけるin vitroのモデル系を確立し,骨細胞においてどのような分子メカニズムでアポトーシスが誘導されるかを検討した13)。骨細胞に圧縮力が作用するとCTGFが産生され,ERK1/2シグナル経路を介してカスパーゼ3,8,9などアポトーシス関連遺伝子が働いてアポトーシスが誘導された。なお,外因性CTGFは同じ経路で骨細胞にアポトーシスを誘導した13)。以上のように,骨への圧迫力によって骨細胞に産生亢進されるCTGFを介してアポトーシスが誘導されるシグナルパスウェイが明らかとなった(図4)。
これらのin vivoならびにin vitroの研究結果から,歯の移動方向となる歯槽骨圧迫側では,圧迫力によって骨細胞で産生されたCTGFが自らの細胞のアポトーシスを誘導し,骨小腔に存在する骨細胞の細胞死を招くことによって,骨小腔が空洞化する,それに付随して破骨細胞形成を促進するアポトーシス小体99)を放出する。一方で,圧迫力により骨細胞の産生するOpnが破骨細胞前駆細胞を,骨細胞死を起こした骨吸収表面に遊走,集蔟させ,骨細胞から分泌されるRANKLや骨芽細胞の細胞膜上のRANKLが破骨細胞の分化を誘導し,さらにCTGFやその他のサイトカインの相互作用によって破骨細胞の活性化が亢進され,空洞化した骨小腔をめがけて骨吸収が生じる,このような微小環境が構築され,圧迫力によって活発な骨吸収が生じた場所に歯が移動して,骨の3次元的形態変化をもたらすと考えられる。
ラットの実験的歯の移動において,4日目に骨芽細胞,骨細胞,歯根膜線維芽細胞にRANKLの免疫組織化学反応が認められることが報告されている23)。In vitroでヒト歯根膜線維芽細胞に圧縮力を負荷するとRANKLの産生が増加する51-53)。しかし,歯根膜細胞が発現するRANKLは骨芽細胞のレベルに比べて低い。現状では,骨芽細胞が産生するRANKLと歯根膜細胞の産生するRANKLがどの程度,矯正的歯の移動に関与しているのかは明確ではない。
最近,骨細胞にRANKLが骨芽細胞よりも多量に産生され,存在することが報告された100,101)。また,破骨細胞形成に必須なRANKLが骨細胞で産生されることと,可溶性のRANKLは破骨細胞形成を発現しなかったことから,骨細胞と破骨細胞前駆細胞との細胞性接着が必須であることが示唆された100)。また,骨細胞様細胞株MLO-Y4にメカニカルストレスを作用させるとRANKLの発現が亢進した100)。以上より,骨細胞はRANKLを高いレベルで産生し,さらにメカニカルストレスによって産生亢進されること,破骨細胞形成には骨細胞との細胞間接着が必要であることが示唆された100)。しかし,矯正的歯の移動においては,歯根膜細胞ならびに骨細胞のRANKLの働きは十分明らかではなく,今後の研究が期待される。
メカニカルストレスに応答する主たる細胞はどの細胞であるかを明らかにするために,純度の高い骨細胞群を単離・培養し,骨細胞の細胞外カルシウムに対するリアルタイム解析と細胞骨格102)の研究を行った。その結果,骨芽細胞に比較して,骨細胞は流体剪断応力に対する感受性が低いことがわかった9)。また,骨細胞と骨芽細胞にみられた流体剪断応力に対する応答性の違いにfocal adhesion形成や細胞の弾性率103),gap junction104)などが関与していることが示唆された。
以上のように,骨細胞は定常時には低い細胞活性であるが,骨の変形やマイクロダメージをもたらすような外界からの強い機械的刺激に対してメカニカルセンサーとして著しく反応し,骨が新たな環境に適応するための時空的再構築を絶えず行い,恒常性の維持ならびにメカニカルストレスによる骨吸収の制御において,いわば司令細胞であると考えられる。
6. 骨細胞は矯正的歯の移動における歯槽骨圧迫側で骨免疫因子を産生する
Opnは,様々な組織で発現しているリン酸化糖タンパク質であり,選択的翻訳で,分泌性Opn(sOpn)および細胞内Opn(IOpn)の二つのアイソフォームが生成される105)。sOpnは細胞外タンパク質として認識され,免疫調節を含む,炎症106),腫瘍進行,転移107)などの生理学的および病理学的事象に関与している。IOpnはラット頭蓋冠細胞の細胞質に初めて見出され108),樹状細胞,マクロファージ109)および神経細胞110)などに発現が報告されている。IOpnは,ヒト胎児腎由来293細胞の核では細胞複製に関与する112)。また,先天性免疫におけるアダプター分子としても働き,形質細胞様樹状細胞では,骨髄分化一次応答遺伝子88(MyD88)と相互作用し,Toll様受容体9(TLR9)を介してIFNα産生を増強する112)。さらに,IOpnは,壊死した肝細胞によって放出された細胞残査の刺激下で,MyD88に動員され,マクロファージにおけるTLRシグナル伝達を負に調節して,炎症性サイトカイン産生と肝発癌を減少させる113)。この知見は,IOpnが炎症関連の肝癌を改善するために,TLRを介する免疫応答を負に調節する内因性因子として機能し得ることを示唆している113)。また,Opnはクローン病と潰瘍性大腸炎のモデルであるTNBS114)ならびにデキストラン硫酸ナトリウム115)誘発性大腸炎において,炎症誘発性が示唆された。以上のことより免疫調節,腫瘍形成,自己免疫疾患および細胞生存に関連したより広い領域において,様々な生理学的機能にOpnが関与することが示唆される。
分泌性細胞外マトリックス関連タンパク質であるCCNファミリー蛋白質は,1次構造の共通な3つのメンバー,CCN1/cysteine rich 61(Cyr61),CCN2/CTGF,CCN3/nephroblastoma overexpressed(NOV)と,その後発見されたWntの下流分子,Wnt-inducible secreted protein(WISP)1,2,3が,それぞれCCN4,CCN5,CCN6として新たにこのメンバーに加えられ,CCNファミリーと命名された116,117)。CCNファミリー蛋白質は,細胞外基質,細胞膜,細胞質内,核内に分布し,骨格系,神経系,心・血管系,腎などを主な発現組織とし,これらの複雑な組織形成において相互に協調的であり,その発現は時空的に厳密に制御されている。構造的に類似するCCNファミリータンパク質は,多くの細胞機能に関与し,組織的に相反する作用を発揮する重要な因子として注目されており,細胞間微小環境のなかで様々なシグナルを調節し,統合的に情報伝達を担うmatricellular蛋白質群である116-118)。
近年,炎症過程におけるCCNファミリータンパク質の潜在的な関与について,免疫および血管細胞を含む炎症に関与する細胞の細胞接着,移動,増殖,アポトーシスおよび生存を調節するとの報告が増加してきた119)。CCNファミリータンパク質は厳密に炎症因子によって調節され,また,一方で,細胞の状況に応じてサイトカインおよびケモカインなどの重要な炎症性メディエータの発現を調節する強力な調節因子である。CCNの作用は,第一次的にインテグリンやHSPGsを介し,特に炎症において重要因子であるNF-κBのような細胞内シグナル伝達経路をさまざまに活性化する119)。組織損傷のモデルでは,CCN2/CTGFは免疫細胞を調節することによって創傷治癒を促進することが報告されている120)。腎臓において,CTGFはマクロファージおよびT細胞の浸潤を促進することから121),免疫細胞の化学遊走物質として作用することが示唆されている。また,膵臓のエタノールによる損傷モデルにおいて,CTGFの過剰発現が膵臓に好中球およびT細胞の動員を増加させる122)。膵臓損傷後のβ細胞のCTGFによる効果的な増量のために,免疫系,特にマクロファージが必要であることも報告された123)。CTGFはこのように特定の免疫細胞集団の動員を促進し,また,それらの特性を変化させ,その結果,β細胞の増殖および再生を亢進させる123)。
最近,CTGFはヒトTh17細胞の分化を誘導し,IL-17A産生を促進して,腎臓のTh17炎症反応を引き起こすことが明らかにされ,CTGFのC末端モジュールIVはヒトTh17応答の免疫調節因子であると報告された124)。このIL-17Aは,標的臓器の損傷を起こす,種々の白血球サブセットを動員するIL-6,IL-8,monocyte chemoattractant protein-1,CXCL1,CXCL8などのサイトカインおよびケモカインの放出を誘導する125)。また,IL-17Aは直接単球の走化性を促進することができる126)。
以上のように,矯正的歯の移動において歯槽骨圧迫側で骨細胞が産生するOpnやCTGFは免疫系のサイトカインであり,骨免疫因子である。これらメカニカルストレス下における骨免疫因子としての作用メカニズムは今後さらに検討すべきであろう。
7. おわりに
歯周病は,歯周組織局所への微生物感染に対する生体防御反応の結果引き起こされた炎症によるものである。最初の免疫応答として歯周病細菌の特別な構造を認識する自然免疫が活性化し,ついで獲得免疫に移行して,サイトカイン類が過剰産生されることにより,リンパ球が浸潤して炎症が生じると考えられる。さらに,結合組織,歯根膜,歯槽骨を含んだ広範な歯周組織の破壊が進行し,歯の動揺,病的移動を生じるようになり,やがて歯を喪失する。歯周病と全身の健康との関連が指摘されているなか,歯周病の骨破壊において免疫系に視点をおくことは大変重要であると思われる。近年,免疫系と骨との関係は骨免疫学として発展し,炎症性サイトカイン等を介した相互作用や共通の制御機構が解明されつつある。
我々のこれまでの一連の研究によって,マウスやラットの矯正的歯の移動において,特に,圧迫力により,Opn,CTGF,RANKLのような骨免疫因子が骨細胞で産生・分泌され,破骨細胞前駆細胞ならびに破骨細胞の分化誘導や活性化をもたらして,局所性に骨吸収が亢進する結果,歯の移動が促進されることが明らかとなった。さらに,主たる骨免疫因子とともに,骨髄微小環境において産生される様々な炎症性サイトカインとの相乗効果によって,骨吸収が一層進行するものと考えられる。
破骨細胞と骨芽細胞のみならず,骨内部に存在し,細長い細胞突起によってギャップ結合で連絡し,細胞性ネットワークを形成している骨細胞がメカニカルストレスに応答するには,focal adhesionの形成,ギャップ結合を介した細胞間コミュニケーションが必須であることも明らかとなった。以上のような知見によって,将来,骨細胞を制御することにより,歯の移動のコントロールが可能となり,矯正歯科治療方法の変革がもたらされるかも知れない。
矯正的歯の移動モデルは,メカニカルストレスの関与する骨と免疫系の関係を細胞・分子レベルで解明するために有用な実験系であると思われる。現在,骨粗しょう症治療薬として,破骨細胞にアポトーシスを誘導し,骨吸収能を抑制することにより骨量を維持するビスフォスフォネートや抗RANKL抗体が臨床応用されている。しかし,顎骨壊死の発生などが問題となっている。このような問題への対処として,破骨細胞ではなく,骨細胞を制御することにより,骨粗しょう症や歯周病の治療薬を開発することが可能であると思われる。
謝辞
本稿は,岡山大学大学院医歯薬学総合研究科顎顔面口腔矯正学分野,東北大学大学院歯学研究科顎口腔矯正学分野の研究業績にもとづくものであり,関係の皆様に感謝いたします。以上の関連研究は日本学術振興会ならびに文部科学省科学研究費により行われた。
利益相反
今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。
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