日本歯周病学会会誌
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ミニレビュー
歯周病対策としてのバイオフィルム制御の展望
高柴 正悟
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2016 年 58 巻 4 号 p. 229-235

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このミニレビューでは,超高齢社会で医療が高度に発展した結果として易感染性者が増加した日本社会において,全身の健康に密接に関わる歯周病の対策の基本である口腔細菌バイオフィルムを長期間制御するために,伝統的ではあるが革新的な存在に変わりうる自然素材の応用に関する考えを纏める。

1. 新しいバイオフィルム対策が求められる社会情勢

歯科の2大疾患である歯周病とう蝕は口腔細菌の感染によって発症するものであるが,これらの原因菌は常在細菌とも考えられ,増殖すると歯面等にバイオフィルムを形成する。バイオフィルムが発達すると,マイナーであった細菌(嫌気性のグラム陰性菌など)がメジャーな存在となってバイオフィルムの性状を病原性に変化させる。一方で,ブラッシングによって歯面からバイオフィルムを除去しても数時間後にはバイオフィルムが再形成されてしまうので,これを1日の内には1~2回のブラッシングを行うことによって除去するというサイクルを繰り返すことになる。歯周病の進行とそれに対応する治療法を考えると,感染と炎症の段階で対応した方が経費が低く多くの人を助けることが可能であるが,反面では,日常の努力が大きくなるという問題が生じる。そのため,付着を避けることのできないバイオフィルムへの対応を,いかに効率も経済性も良く行うかが課題となる(図1)。

超高齢社会となった日本では,平均寿命の前後である80~94歳まで15年間での死亡者数の割合は全体の50%を超えている(図21))。この年齢間では,がんによる死亡率がピークである65~69歳間の50%から急激に減少していき,30%,23%,そして15%になる(図31))。一方で,心疾患,脳血管障害,そして肺炎の割合が増加していくことになる。これら3種の疾患の合計はがんによる死亡率を超え,90~94歳では死因の第1位は心疾患となり,3位と4位は老衰と肺炎になる(図31))。このように,高齢者になると歯周病が関連するとされる疾患による死因の割合が大きくなる。8020運動の成功の結果,1981年に5%であったのが2011年には5倍の25%超になった2)。しかし,年齢階級別の歯科医療費は,70~74歳の2,800億円余をピークに,60~79歳の20年間では2,000億円に留まっている(図4A3))。これらは,歯科医療費全体の8~10%余を占めるが,医科医療費の伸びによって年齢階級別医療費全体では4.5~7.3%に過ぎない(図4B3))。この年齢階級では,歯科医療を必要とする高齢者数が多いことが想像される。そのため,前述のように,バイオフィルムへの対応による感染と炎症の制御の効率性が求められるのである。それも,易感染性の高い高齢者に対して,である。

一方で,医療用機器やチューブ,さらには食品業界でも,バイオフィルムによる細菌の感染と汚染は長期にわたる問題となっている4-7)。これらは,医療の進歩と高齢化の進行によって増加した易感染性者への院内あるいは訪問診療時の感染という問題につながっている。また,食品加工過程のバイオフィルムは,各種の食中毒の原因となることも考えられる。まさに,生体のみではなく,生体に関わる機器等のバイオフィルム対策が必要な時代となっている。

図1

歯周病の発症・治療と患者負担

歯周病が,口腔細菌の感染,歯周組織の炎症,そして歯周組織破壊と進行すると,歯の動揺や喪失によって口腔機能が喪失される。これらへの対策の基本は,感染源の除去,消炎,歯周組織の形態改善による再感染の防止,そして失われた機能を回復させるリハビリテーションである。現在の歯周病治療は,ブラッシングと抗菌薬や消炎薬の使用を含む歯周基本治療,歯周外科治療,そして口腔機能回復治療が行われている。最近では,感染に対して積極的に抗菌薬を使用したり,歯周組織の再生療法を行ったり,さらには歯科インプラントなどが応用されるようになっている。

しかし,歯周病が進行した段階での治療にかかる費用は多くなり,治療を完了することが困難となる患者が存在する。一方で,歯周病が進行しない段階で治療を受けると,費用は少ないが日常生活での努力が大きくなってしまい,日常の口腔衛生管理を行うことができない患者が存在する。そこで,日常の口腔衛生管理に対する努力を小さくするための,バイオフィルム制御が必要となる。

図2

年齢階級別の死亡数割合-H27(対全死亡数比)

文献1のデータからグラフ化した。(データは,http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/Csvdl.do?sinfid=000031450320

図3

年齢階級別の死因-H27(死因簡単分類)

文献1のデータからグラフ化した。(データは,http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/Csvdl.do?sinfid=000031450320

図4

A:年齢階級別にみた国民医療費-H27 B:年齢階級別にみた国民医療費の構成割合-H27

文献3のデータからグラフ化した。(データは,http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-iryohi/14/xls/toukei.xls

2. バイオフィルム対策は細菌との殺戮戦が続くのか?

バイオフィルムの形成は,①細菌の初期付着,②不可逆性付着,③バイオフィルムの形成,④増大と成熟,そして⑤バイオフィルムからの細菌の分散,といった5段階であるとされる8,9)。バイオフィルムを形成すると,細菌間での情報交換であるquorum sensingが活発になり,浮遊状態である細菌の代謝活性とは異なるものになる。バイオフィルム中の細菌は,菌体外マトリックスの存在によって抗菌薬のバイオフィルムへの浸透が妨げられるために,抗菌薬が作用しにくいと考えられている。しかし,そこでは細菌の代謝活性も変化しているために,ますます抗菌薬が作用しにくくなるとも考えられるようになってきた9)

こうした常在細菌のバイオフィルムを生体に無害な範囲で維持することは,生体とのバランスが崩れてバイオフィルムが惹起する炎症を未然に防ぐことや,薬剤耐性細菌や真菌などの病原性を持つ微生物による日和見感染を防止するために,非常に重要な手段であると考えることができる。すなわち,口腔に棲息する常在細菌叢を,質的に各細菌種の構成割合を維持し,一方で量的には各細菌種の細菌数を減少させることが,細菌と生体のバランスを考えると望ましいと考えられ,相利共生(symbiosis)の概念が普及してきた10)。歯学研究においても,口腔細菌叢と疾患の関連を理解することの重要性が提唱されている11,12)

この考え方は,抗生物質の開発と耐性菌の出現という1928年のペニシリンの発見13)以来の100年間にも満たない期間で繰り広げられてきたヒトと微生物との戦いの結果として現れてきた。もちろん,急性期の感染症,耐性菌の感染症では,強力な抗生物質・抗菌薬が医療現場で必要とされる。日本での現状を憂いて,日本化学療法学会,日本感染症学会,日本臨床微生物学会,日本環境感染学会,日本細菌学会,そして日本薬学会からなる6学会提言が出され,耐性菌問題に対して創薬を促進するという,産学官で国を挙げた対策が執られようとしている14,15)。そして,2016年4月初旬に首相官邸で開催された「国際的に脅威となる感染症対策関係閣僚会議」16)において,『薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン2016-2020』が示され,①普及啓発・教育,②動向調査・監視,③感染予防・管理,④抗微生物剤の適正使用,⑤研究開発・創薬,そして⑥国際協力の6つの分野において,それぞれの目標を掲示した17)。成果目標には,抗微生物剤の使用量と微生物の薬剤耐性率を掲げている。歯科においても,また獣医学分野においても,抗菌薬の使用への配慮が求められている。

一方で,抗菌性をもつ薬用石けんが一般に普及して長年用いられていたが,米国食品医療品局(FDA)が2016年9月2日に発表したニュースによってフェノール誘導体であるトリクロサンは殺菌効果がないうえに内分泌撹乱性や薬剤耐性をもたらす可能性があるとのことで,使用停止を提唱した18)。これによって,厚生労働省も追随し,トリクロサンからの切り替えを勧めている19)。歯磨剤をはじめとする広範囲の医薬部外品や化粧品に用いられていたので,私たちの日常生活にもある程度の影響が出ると思われる。ただしこれまでは,口腔領域で用いられてきた洗口液等用の抗菌薬では細菌叢への悪影響はないとされてはいる20-23)

こうした中で,バイオフィルムの成り立ちの各段階で対策を講ずる考え方が出てくることはとても自然な流れである。細菌の付着が始まる段階からバイオフィルムが成熟した段階までの間で種々の対策が考えられるが,経済効率と細胞毒性等のバランスを熟考する必要がある。さらに,菌体外マトリックス内,細胞壁・細胞膜,そして菌体内と,細菌へ対応するレベルを分けて考えることもできる24)

3. 共生的バイオフィルム制御で持続的発展社会へ

抗生物質・抗菌薬の使用結果としてさらなる耐性菌が出現することは事実であるので,強力な抗生物質・抗菌薬の使用を必要とするまでの間には細菌叢の維持による健康維持が大切となる。こうした共生による耐性菌の抑制や健康維持に関する論文を目にすることが最近増えている。細菌叢内でのquorum sensingを理解することで,細菌間での連携を攪乱する方法でバイオフィルムを阻止することも考えられている。特に,quorum sensingに用いられている種々の分子を把握して22-24),この分子の作用を阻害することでバイオフィルムを成立させようとする研究が環境や生体という広範囲の分野で進んでいる10,28,29)

耐性菌対策として腸内細菌叢を復活させることや共生関係の回復のために用いる食品やサプリメントなど,全身の健康維持に関する総説27)がある一方で,口腔細菌叢を維持することの大切さや殺菌ではない方法で口腔細菌叢を制御することなど,口腔領域でも考えが普及している31-35)。そして,自然界の物質,たとえばハーブやエッセンシャルオイルといった植物化学・植物薬学的な観点からの物質を応用して,細菌叢の正常化を図る試みが最近再興してきている36-45)

日本歯周病学会の会員からも,プラーク付着,歯肉炎症,そして口臭などが緑茶やハーブに由来する物質によって抑制されたとする報告がある46-53)。このように,これまでの抗菌スペクトラムや抗菌強度を考慮した抗生物質・抗菌薬の使用による殺戮的対応から,細菌叢を保ちながら細菌数を減少させるような共生的な対応へのシフトが見られる。医療における「CureからCareへのシフト」の動きに似たものを感じる。抗菌性を持つ化学薬品や天然由来物質を用いたり,細菌叢を維持するための物質(プレバイオティクス)や細菌そのもの(プロバイオティクス)を補充したり,という共生を意図した試みが国内外において行われている。

この動きは,産業界も巻き込んだものになっている。国内においては,九州大学からの産学連携では乳酸菌由来の天然抗菌薬「バクテリオシン」を製品化54)してマイルドな殺菌作用を期待し,広島大学からの産学連携では乳酸菌の新規株「ラクトバチルス・ラムノーザスK03株」で作ったヨーグルトを製品化55)してプロバイオティクス効果を期待し,さらに岡山大学からの産学連携では海藻のミル由来の糖認識タンパクである「レクチン」を製品化56)して細菌付着の抑制効果を期待している。まさに,マイルドな方法で口腔細菌叢を維持して共生する常在細菌との新たな付き合い方を提唱している。

4. バイオフィルム対策の新時代における私たちの責務

口腔細菌叢の正常化とその維持に向けて,経験論的な洗口液や機能食品の使用ではなく,これらの用いられている手段の中で有効な成分を把握し,その作用機序を解明し,さらにそれらを使用した際の細菌叢の状態を把握するという包括的な対応が,学会には求められている。その結果として,持続的発展を可能とする微生物との共生が可能になり,ヒトのみではない動植物を含めた「One Health」57)を達成できる。口腔細菌との共生を目指す歯科医療従事者・研究者として,人間の健康のみではなく,人間の健康を達成するためにもっと周囲に配慮する責務を負った時代に入っているのである。

利益相反

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

References
 
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