日本歯周病学会会誌
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歯周炎進行を唾液中細菌検査と血清抗体価検査から予知する~SPT期治癒判定プロジェクト最終報告書~
特定非営利活動法人日本歯周病学会SPT期治癒判定プロジェクト両⻆ 俊哉中川 種昭野村 義明吉江 弘正
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2016 年 58 巻 4 号 p. 254-258

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はじめに

従来,「メインテナンス」もしくは「サポーティブペリオドンタルケア」と呼ばれていた歯周治療終了後の継続的なプロフェッショナルケアは,1998年の米国歯周病学会のポジションペーパーにて推奨されたことを機に,「サポーティブペリオドンタルセラピー(SPT)」と「メインテナンス」の2つに厳密に分別されるようになった1)。以来,我が国でもその概念は急速に広がっている。

SPTの定義は「歯周基本治療,歯周外科治療,口腔機能回復治療により歯周組織のほとんどは治癒したが,病変の進行が休止した歯周ポケットが残存した場合,歯周組織を長期にわたり病状安定させるための治療」とされている。文中の「病変の進行が休止した歯周ポケット」とは「プロービング時の出血(BOP)を認めない4 mm以上の歯周ポケット」を意味し,この状態を病状安定という2)

長期にわたって状態に応じた治療法により病状安定を維持するSPTは,歯周治療の予後を良好に保つための唯一かつ不可欠な治療である。しかしながら,臨床の現場でこの治療に移る際,時に判断に迷うことがある。例えば,どこまで病状安定部位が残っていてよいのか?それら部位に存在する細菌叢は考慮しなくてよいのか?これら疑問の元は,SPT移行に対する細菌学的な許容範囲が不明瞭であることにたどり着く。ボーダーラインが定かでないまま移行すると,個々によっては早い時期に進行してしまうこともあり,患者・術者ともに不利益が生じかねない。

これらの問題に対し,SPT移行後の進行を予知する指標があれば,術者にとって治療計画の判断に大変有用となる。歯周治療後に臨床的所見が安定していても,口腔内に残存した細菌叢の状態によっては将来的な再発や悪化のリスクが潜在的に残っている3)。また,歯周基本治療を終えたが全身性疾患や患者側のリスクにより歯周外科手術を実施できないケースも多々ある。この問題は医学的見地のみならず保険診療としての観点からも重要であり,客観的判断指標の確立は急務である。

判定指標の検討

歯周基本治療や歯周外科治療からSPTへ移行する際のこれまでの判断基準は,組織破壊の蓄積であるプロービングポケットデプスやBOP等に基づいているのが現状である。しかしながら,これらはリアルタイムの評価でなく,「見た目の異常を探す」という検査施術者の主観に頼る部分が非常に大きいため,検査結果に客観性が欠けていると言わざるをえない4)。したがって,細菌叢の平衡が崩れることを起点とする歯周炎発症(ディスバイオシス仮説)や進行期と休止期の繰り返しによる歯周炎進行(ランダムバースト説)のプロセスから顧みても,歯周炎進行の予知判定には口腔内細菌を指標にすべきと考えた。

これまでに報告されている歯周炎進行マーカーとして,唾液・歯肉溝滲出液中のマトリックスメタロプロテアーゼ5,6),歯肉縁下プラーク中のPorphyromonas gingivalisおよびTreponema denticolaがある7)。国内でも,Sugiら8)P. gingivalisEikenella corrodensCampylobacter rectusに,Nomuraら9)が唾液中P. gingivalis比率(対総菌数)とアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)の組み合わせに歯周炎進行マーカーとしての可能性を示唆している。しかしながら,いずれも短い観察期間,スモールスタディもしくは限られた指標によるものであり,いまだコンセンサスを得るまでには至っていない。

このような背景から,2008年より日本歯周病学会主導による多施設臨床研究「SPT期治癒判定プロジェクト」が立ち上げられた。研究計画の要点として以下の3項目を重要視した。

1.検査項目は細菌検査を柱に,医科歯科に共通して理解可能なものとする。

2.検体はほとんど又は全ての患者に存在し,採取が簡便であること。

3.判定指標は数値化され,医療者および患者ともに理解しやすいものとする。

討議を経て,本プロジェクトでは歯周基本治療や歯周外科治療が終了した慢性歯周炎患者を24カ月にわたりモニタリングし,歯周炎進行に対する唾液中細菌および血清抗体価の診断的有用性を検討することとした。歯周病原菌をモニターする細菌検査や細菌感染度を表す抗体価検査により判定できれば,細菌感染症という観点からも,より実際の病態を反映した基準となりうる。抗体価検査は他の全身疾患に影響されないため,細菌検査と組み合わせることでより高精度な判断指標となる可能性が高い。それらを精巧な基準にもとづいた多施設参加型のマルチセンター方式で検討することで,より客観的な指標の確立を目指した。

唾液中細菌検査と血清抗体価検査を用いた進行予知指標の検討

1. プロジェクトの概要

1) プロトコール

本研究のモニタリングおよび検体採取は2009年2月から2012年2月にかけて,17の日本歯周病学会認定研修施設(16大学および1歯科クリニック)にて行われた。歯周基本治療もしくは歯周外科治療を終えSPT期に移行する40~70歳の慢性歯周炎患者163名が被験者として選定され,インフォームドコンセントが得られた後に登録した。被験者の条件は,残存歯が20歯以上,重篤な全身疾患を有しない,過去3カ月以内に抗菌薬や抗炎症薬,免疫抑制薬を内服していないことである。被験者を3カ月毎にリコールし,原則として縁上スケーリングと歯面研磨を行った。歯周検査および検体採取のスケジュールは図1に示されたとおりである。なお,急性発作もしくは他の疾患により抗菌薬を内服した被験者は,その時点でプログラム中止とした。また,本研究における歯周炎進行の定義は,過去の文献に倣い9,10),24カ月以内に1か所でも3 mm以上のクリニカルアタッチメントロスが認められた場合とした。

図1

スケジュール

P1I:プラーク指数,BOP:プロービング時の出血,PPD:プロービングポケットデプス,CAL:クリニカルアタッチメントレベル

2) 検体採取および解析

唾液および末梢血の採取は,直近の飲食・ブラッシングから2時間以上経過してから行った(図2)。また,当日は殺菌洗口液の使用を避けて頂いた。歯周病関連菌検査セットに付属のガムを5分間噛むことで得られる刺激時唾液(歯周ポケットより溢れ出る浮遊性プラークを含む)全てを採取用カップに吐き出し,スポイトで提出用チューブに1 mLを移した。採血は市販キット(DEMECAL血液検査キット,リージャー)を用い,取り扱い説明書に従い指先から微量(約50 μL)の血液を採取した。得られた検体はすぐに臨床検査会社(唾液:BML,血液:リージャー)へ専用封筒にて郵送した。唾液中の総菌数および3種類(P. gingivalisPrevotella intermediaAggregatibacter actinomycetemcomitans)の歯周病原菌数はInvader PLUS assay変法にて定量した。3菌種に対する血清抗体価はELISA法にて解析された。

図2

専用キットによる検体採取

3) 結果

期間中,31名が東日本大震災による被害や日程調整がつかないためドロップアウトし,1名が歯根破折,7名が急性歯周膿瘍によりプログラム中止となった。最終的に124名が解析対象となり,期間中の進行有無で分類したところ,進行群・非進行群ともに62名であった(図3)。歯周炎の進行に対し,細菌および血清抗体価検査の各項目についてROC曲線を用いてカットオフ値を決定し,感度や特異度を算出した。その結果,唾液中P. gingivalis比率と血清中P. gingivalis抗体価の組み合わせが歯周炎進行の予知因子として有用であることが示された(表1)。

図3

被験者フロー

表1

歯周炎進行における唾液中細菌と対応する血清抗体価による診断特性

比率:総菌数に対する各細菌の比率。(+):テスト値がカットオフ値より高い。

IgG:免疫グロブリンG。EU:ELISA unit。フィッシャーの直接確率法にて検定(p<0.05)。

文献11から引用。一部改変。

2. プロジェクトが推奨する予知指標

歯周炎進行の予知にあたり以下の指標をプロジェクトとして提案する。すなわち,再評価時に「唾液中P. gingivalis比率が0.003%以上かつP. gingivalisに対する血清抗体価が1.355以上」を示した場合,24カ月以内に歯周炎進行が起きる可能性が有意に高い。SPT移行前に歯周基本治療や歯周外科治療へ戻ることを検討すべきである。

おわりに

歯周治療のプロセスにおいて,判定基準の確立は不可欠である。今後,検査で使用される試薬変更などにより若干の数値変動の可能性はあるものの,プロジェクトとしては当面本指標による判定を推奨したい。本指標が治療計画の判断に寄与し,口腔保健向上の一助となることを期待する。

謝辞

本研究プロジェクトにご協力いただいた19施設の日本歯周病学会会員各位に深謝する。研究構成員は以下の通りである(所属は研究当時)。

慶應義塾大学:中川種昭(研究代表者),深谷千絵,北海道大学:川浪雅光,菅谷 勉,奥羽大学:高橋慶壮,鈴木史彦,日本歯科大学新潟生命歯学部:佐藤 聡,阿部祐三,新潟大学:吉江弘正,両⻆俊哉,横山智子,日本大学松戸歯学部:小方頼昌,高井英樹,中山洋平,東京歯科大学:山田 了,齋藤 淳,奥田倫子,牧野麻子,文教通り歯科クリニック:三辺正人,高野聡美,東京医科歯科大学:和泉雄一,小林宏明,日本大学:伊藤公一,菅野直之,日本歯科大学生命歯学部:沼部幸博,関野 愉,鶴見大学(データ解析):花田信弘,野村義明,角田衣理加,松本歯科大学:吉成伸夫,横井隆政,高橋美穂,愛知学院大学:野口俊英,福田光男,大阪歯科大学:上田雅俊,梅田 誠,河野智生,岡山大学(データシステム管理):高柴正悟,九州大学:前田勝正,西村英紀,藤瀬 修,長崎大学:原 宜興,吉村篤利,鹿児島大学:野口和行,中村利明

本研究の詳細なデータは原著論文を参照されたい11)

利益相反

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

References
 
© 2016 特定非営利活動法人 日本歯周病学会
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