日本歯周病学会会誌
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総説
歯周病と循環器疾患の関連解明を目指す基礎的および臨床的解析
青山 典生
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2019 年 61 巻 3 号 p. 107-113

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1. はじめに

これまで,歯周病と循環器疾患の関連がさかんに検討されてきた。その結果,歯周病患者では循環器疾患を発症する可能性が高いことが示唆されている。一方で,歯周病と循環器疾患との関連の重要性は認められるものの,その因果関係については未知なることが多いとの評価もなされている。歯周病と循環器疾患の関連は,因果関係によるものであるのか,あるいは遺伝子や個体の表現型の違いに起因するものであるのかといった,関連メカニズムの解析が急務となっている。

近年,医科歯科連携の必要性がしきりに指摘されている。医科歯科連携を進めるにあたり,歯科からの科学的根拠の蓄積は大いなる課題であろう。循環器疾患の予防に歯周病管理が重要だと示されれば,その波及効果は大きい。歯科介入による循環器疾患予防は,まず,患者のQOLの向上や死亡率の減少につながる。また,一般市民へ口腔の健康管理の大切さを新たな側面から伝えていくことが可能となる。さらに,歯周病の検査や治療がより一般的に広がれば,歯科ニーズのますますの創出が期待できる。

2. 疫学研究から見る歯周病と循環器疾患の関連

歯周病による全身への影響が着目されてきた背景として,歯周病患者での死亡率の高さがひとつのきっかけであろう1,2)。その後,歯周病との関連が強い全身疾患として,糖尿病3)や循環器疾患4)などさまざまな疾患が指摘されるようになった。

歯周病患者がその後,心血管疾患に罹患しやすいかについては,1,200名を対象としたコホート研究から明らかにされている5)。この研究結果から,心血管病に対する既知のリスク因子を除外した上でも,歯周病患者は心血管疾患を発症しやすいということがわかる。しかしながら,歯周病が心血管疾患発症へのリスク因子となるのか,あるいはそうではなく,歯周病に罹患しやすい人はそもそも心血管疾患にも罹りやすいのか,この問いに対する答えは本結果からは導けない。

持続的な細菌感染,および微弱で継続的な炎症反応を特徴とする歯周病が,もし循環器疾患へのリスクとなるのであれば,歯周治療によって歯周病を治癒あるいは病状安定などに抑えることにより循環器疾患の発症率を低減できるはずである。この発想に従って進められたThe Periodontitis and Vascular Events(PAVE)という一連の研究の結果がある6-8)。結果として,歯周病治療によって心血管疾患の発症を抑制できるという結論は得られなかった。最近のレビューからも,この研究以外で歯周治療介入による循環器疾患予防を示す長期の研究結果は認められていない9)。現代では倫理的な観点より,歯周病を有する被験者に対し長期間歯周治療を控えるということはできにくいことから,もし歯周治療を行わない重度歯周炎患者群と,同様の歯周炎を有し歯周治療を実施した被験者群を比較した場合には,歯周治療による循環器疾患低減への有効性を示すことができるのかもしれないが,それに対する明確な答えはいまだ導き出されていない。

歯周治療による循環器系への効果ということで言えば,有名な報告のひとつとして集中的な歯周治療による血管内皮細胞機能の改善が得られたというものがある10)。この報告において,歯周治療による循環器系へのポジティブな効果も示唆される一方,集中的な歯周治療をした翌日には,血中炎症マーカーが上昇しているという点も興味深い。このことから,全身的にリスクのある患者に対し歯周治療を行う際は,そのデメリットにも十分な注意を払うべきことを強く感じさせる。

歯周病が循環器系に影響する可能性という点では,口腔細菌の一部がアテロームなどの血管病変から数多く検出されていること4),抜歯のみならずブラッシング後にも口腔細菌が血中から検出されていること11)は,重要な点であろう。また,歯周病患者では高感度C反応性タンパク(CRP)などの血中の炎症性メディエーターが上昇していることも知られている12-15)。炎症性メディエーターの高値は,その後の循環器疾患発症リスクを上昇させることが知られていることから,この全身的な炎症反応の惹起も歯周病と循環器系をつなぐひとつの経路として指摘されている。

以上のような背景を基に,われわれは歯周病と循環器疾患の関連において特定の歯周病原細菌による感染あるいは細菌に対する抗体産生の多寡によって,発症しやすい循環器疾患があるのではないかという仮説を立案し,これを検証するための疫学研究を実施した。被験者として,東京医科歯科大学医学部附属病院にて循環器疾患の治療を受ける入院症例の成人男女1,000例を対象とした。臨床的な歯周病検査に加えて,血中の歯周病原細菌に対する抗体価の測定,および口腔内の歯周病原細菌の定量的評価を行った。被験者は50歳代から70歳代の者が約75%を占め,平均年齢は64.5歳であった。被験者の罹患していた循環器疾患は,多い順に不整脈,冠動脈疾患,心不全,心臓弁膜症,心筋症,血管疾患であった。

冠動脈疾患を有する者とそれ以外の者を比較すると,冠動脈疾患患者では歯周ポケットが深く,Porphyromonas gingivalisPrevotella intermediaに対する抗体価が上昇していることがわかった16)。また,末梢血管疾患患者では圧倒的に歯の喪失が多いこと(表117,18),糖尿病患者で口腔機能の悪化やP. gingivalis感染者が多いこと19,20),肥満や高血圧を有する被験者での歯周病指標の悪化21,22),徐脈性不整脈と頻脈性不整脈での歯周状態の違い23),心不全患者でP. gingivalis抗体価が高いこと24)などを明らかにしてきた。また,全身的な炎症マーカーと歯周病原細菌に対する抗体価について,喪失歯数別で見た際には両者のピークには違いがあることを報告した25)

表1

喪失歯数の比較

各群の年齢層別での平均喪失歯数を示す(平均±標準偏差)。末梢血管疾患患者では喪失歯数の有意な増加を認めた。(参考文献17より引用改変)

3. モデル動物を用いた歯周病原細菌感染による循環器疾患の促進の解析

このように,歯周病と循環器疾患の関連が疫学研究などから認められてきた。両疾患をつなぐメカニズムの探究を目的として,動物モデルを用いた研究も進められている。

アテローム形成を起こしやすいタイプのマウスを用いて,P. gingivalisを感染させ,その後のアテローム形成状態を評価した報告がある26)。結果として,P. gingivalisを感染させたマウスではアテロームの形成が増加していた。さらに,P. gingivalisの種類にも着目して同様の実験が行われている27)P. gingivalisの正常株と線毛欠失株を用いて口腔から感染させたところ,正常株のものではアテローム形成の増加が見られた一方,線毛欠失株ではアテローム形成の変化は認められなかった。線毛は組織付着に関与していると考えられており,歯科臨床においてもP. gingivalis線毛の種類により臨床状態が異なると知られていることから,菌株による循環器系への影響の違いも考慮する必要がある。

以上のことを踏まえて,われわれの研究グループでも,循環器疾患マウスモデルに歯周病原細菌感染をさせた際の,循環器疾患の進行の違いを評価した。

まず,腹部大動脈瘤モデルを用いて歯周病原細菌感染による影響を解析した。腹部大動脈瘤は無兆候性に増大し,破裂すると致死的な転帰を取りうる循環器疾患である。その形成には炎症や感染,高血圧などが関与するとされているが,進行についての詳細なメカニズムは不明な部分も多い。マウスを開腹し,腹部大動脈を露出したのち,塩化カルシウム溶液を塗布することにより実験的に大動脈瘤を誘導した28)。マウスの背部皮下に矯正用ワイヤーを巻いて作製したコイルをあらかじめ埋入しておき,その中に歯周病原細菌の懸濁液を週に1回の頻度で注入した。

結果として,P. gingivalisを注入したマウスでは,無感染のマウスと比較して有意に血管拡張が亢進していた(図129)。一方,Aggregatibacter actinomycetemcomitansを注入したマウスでは,動脈瘤のさらなる拡張は認められなかった。免疫組織学的解析により,P. gingivalisを用いたマウスでは大動脈壁におけるマトリックスメタロプロテイナーゼ(MMP)-2が多く存在していることが観察された。MMP抑制薬を内服させると,同様に処置したマウスにおいても動脈瘤の形成が抑制されたことから,MMPの過剰な分泌が歯周病原細菌を感染させた際の動脈瘤形成に影響していると考えられた30)。さらに歯周病原細菌の感知に関し,Toll様受容体(TLR)をノックアウトしたマウスを用いて検討を行ったところ,TLR-2ノックアウトマウスでは細菌感染後の血管拡張が生じず血管壁のダメージも少なかったことから(図2),歯周病原細菌感染による大動脈瘤への影響はTLR-2を介した経路が重要であることが示された31)

この他にも,モデルマウスへの歯周病原細菌の感染により,心筋虚血後の心筋壊死範囲の変化32-34),心筋炎症や心機能への影響35-39),血管傷害後の内膜肥厚の亢進40-42),などを明らかにしてきた。

図1

腹部大動脈径の拡張率

腹部大動脈径の拡張率を,術前に対する割合(%)で示す(平均±標準誤差)。Ca-:動脈瘤非誘導群,Ca+:動脈瘤誘導群,Pg+:Porphyromonasgingivalis感染群,Aa+:Aggregatibacteractinomycetemcomitans感染群。*Ca-群と比較して有意差あり(p<0.05),#Ca+群と比較して有意差あり(p<0.05)。(参考文献29より引用改変)

図2

大動脈瘤誘導後の病理組織像

各群における動脈瘤誘導後の腹部大動脈の横断面を示す。いずれもPorphyromonas gingivalis感染させ,動脈瘤誘導を施した4週間後。Elastica van Gieson染色。上段の弱拡大ではバーが100μm,下段の強拡大ではバーが10μm。矢印はエラスチン層の破壊部位を示す。WT:野生型マウス,TLR-2 KO:Toll様受容体-2ノックアウトマウス,TLR-4 KO:Toll様受容体-4ノックアウトマウス。(一部,参考文献31より引用改変)

4. まとめ

疫学データから解釈できることとして,歯周病や口腔状態との関連が強い疾患として糖尿病や末梢血管疾患が認められ,それらよりは弱いながらも歯周病と関連が認められる状態として高血圧や肥満,冠動脈疾患などが挙げられる。歯周病は感染と炎症を特徴とする疾患であるが,全身との関連を理解するにあたってそのどちらの要素に重点を置くと理解しやすいか,いまだその明確な答えは不明である。われわれのデータからも,例えば,P. gingivalisの抗体価高値の被験者では血中の高感度CRPも高いとは必ずしも言えず,歯周病学の観点から提起できるはっきりとした全身指標というものは,議論のあるところであろう。

また,これまで歯周病の臨床指標として用いられてきたプロービング深さやクリニカルアタッチメントレベルは,平均値を取ると思いのほか近い値に収束してしまい,このため歯周炎の状態を比較する際にあまり有効でないと考えられることがある。最近は日本歯周病学会においてPISA43)を用いて臨床評価をするという機運になっているが,これは良い方向性だと感じる。歯周病の基準や主要指標の問題はこれまで多くの論文でも指摘されてきたところであるが,より適切に病態を表現できる指標を,世界的な方向性とも一致させながら使用していくことができれば,研究の面でも効率的である。

動物実験データからわかることは,歯周病原細菌感染により循環器疾患の進行を促進しそうだということである。しかしながら,この解釈についても注意が必要である。すなわち,実験動物における細菌感染量は生体のサイズを考えると一般的なヒトでの感染に比して過剰な可能性があること,歯周病原細菌の定着は順序立って多種の菌が層別に積み重なると知られている44,45)にも関わらず実験モデルでは単一あるいはせいぜい2種の歯周病原細菌を用いるケースが多いこと,いくつか提起されている歯周病モデルは本当に歯周炎の進行を正しく模しているのか不明であること(この点については,そもそも歯肉炎から歯周炎への進行メカニズムについてわからない部分がある)など,多くの解消すべき課題がある。

このように,解決すべき課題は多く存在しているが,一方でペリオドンタルメディシンは一般からの関心が高い分野でもあろう。できるだけ早く科学的な情報を提供することが求められている。以上のことを踏まえると,まずは歯科からの介入が全身に効果があるという証拠を示すことが必要なのかもしれない。

「病は気から」。これはよく使われてきた言葉であるが,現代の医学知識を加味すると,「病は口から」ということが言える。過不足のない正しい歯科医療情報を一般市民に提供しつつ,少しずつ新しい知見を明らかにしていくことが,われわれ歯科研究者の責務であろう。

謝辞

このたびの一連の研究遂行にあたりご指導賜りました,東京大学先端臨床医学開発講座の鈴木淳一先生,東京医科歯科大学歯周病学分野の和泉雄一先生および医局員の先生方,東京医科歯科大学循環制御内科学分野の磯部光章先生および医局員の先生方,東京医科歯科大学血管外科学分野の岩井武尚先生および医局員の先生方,ノースカロライナ大学チャペルヒル校歯周病学のOffenbacher先生および教室員の先生方,神奈川歯科大学歯周病学分野の三辺正人先生および医局員の先生方に,心より感謝申し上げます。

本論文の概要は,第62回春季日本歯周病学会学術大会・学会学術賞受賞記念講演にて発表いたしました。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

References
 
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