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哲学
Vol. 1997 (1997) No. 48 P 297-306

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http://doi.org/10.11439/philosophy1952.1997.297

  • 抄録

後期アドルノは哲学のとるべき態度を「否定弁証法」と規定した。弁証法の否定性が要求される決定的な理由は、「客観の優位」 (Vorrang des Objekts) という反観念論的な主張に求められる。アドルノは、主観性を原理とする哲学を欺瞞として批判しつつ、観念論を乗り越える哲学のあり方を、否定弁証法の名のもとに設定するのである。だがそれゆえに、ともすればアドルノの哲学は、主観性に依拠した理論的次元そのものと訣別するかの印象を与えることにもなる。たしかにアドルノ自身の語るとおり、否定弁証法に貫かれているのは、整合的な概念の「崩壊の論理」にほかならない (GS6. 148) 。
しかしアドルノが行なう観念論への仮借なき批判は、概念に基づく思惟のレベルそれ自身を放棄するものではない。否定弁証法を単に観念論へのアンチテーゼとみなすことは、むしろアドルノの意図を捉えそこなうことになる。アドルノが試みたのは、主観性の原理を克服する方途を、あくまで主観それ自身のあり方のうちに見いだすことであった。
この逆説的な試みのうちに否定弁証法の実質を見きわめること、ここに本稿の目的がある。つまり、客観の優位を主張するアドルノ哲学の実質がむしろ主観の潜在的可能性に置かれていることを明らかにし、この主観の機能を見定める点である。課題の中心となるのは、アドルノが着目する主観のあり方を、カントとヘーゲルとの関連において際立たせること、そして主観に見込まれる積極的機能を、「経験」 (Erfahrung) と思惟の「自己反省」 (Selbstreflexion) という概念に即し確定することである。テキストとしては、後期の理論的主著『否定弁証法』を中心に、同書と前後して執筆された幾つかの論文を取り上げる。

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