2018 年 81 巻 3 号 p. 263-268
本解説記事では,スイスアルプスの山岳氷河にミューオンラジオグラフィーを初めて適用した実践例をもとに,同技術の 氷河研究における重要性,その将来展望について概説する.地球温暖化により氷河の融解・後退が顕著な現在では,氷河の下の基盤岩の形状を正確に理解することが氷河学上,保安上の観点から求められている.ミューオンラジオグラフィーは,その優れた空間分解能のために,現存する他の物理探査手法(氷中レーダーなど)を補完する新たな観測技術として期待されている.また,宇宙線検出器としての原子核乾板は電源を必要としないため,過酷な氷河での観測に適している.著者を含むベルン大学のグループでは,スイスアルプスの中でも最大の流域を誇るアレッチ氷河に対して同技術の実証試験を行い,最上部の基盤岩形状を5-10 mの精度で測定することに成功した.今後,原子核乾板のさらなる改良やデータ解析技術の高度化を行うことによって,氷河内部構造の季節変動の理解といった挑戦的課題を解決する新たな観測手法となるだろう.