2024 年 155 巻 p. 148-173
米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の発効から3年が経過した。同協定は,米国バイデン政権が掲げる「労働者中心の貿易政策」の一丁目一番地であり,従来の自由貿易協定にない履行確保手続である「個別施設を対象とした労働即応メカニズム(RRLM)」を有している。同メカニズムでは,既に14件の実績が積み上がり,域内の企業行動に広く影響を与えている。環境に関しても,北米自由貿易協定(NAFTA)の仕組みを改善することで,着実に義務の履行確保を図っている。
労働・環境は,その根本的価値の擁護のほか,公正な競争条件の確保,及び強靱なサプライチェーン構築の観点からも益々重視されている。USMCA労働・環境章は,従来型の国家間紛争解決手続を備えるのみならず,労働組合や市民,環境保護団体といった非国家主体の関与を伴う履行確保手続を強化した点が特徴である。
本稿では,USMCAの労働・環境分野の履行確保状況を検証することで,自由貿易協定の労働・環境分野の履行確保手続に生じた発展を示し,インド太平洋経済枠組み(IPEF)といった米主導の新たな交渉に及ぼす影響について検討する。