抄録
[目的] うつ病やアルツハイマー病などの脳疾患患者は高齢女性に多く、閉経後の血中エストロゲン濃度の劇的な低下が一因といわれている。しかし性腺の老化に伴い中枢でどのような細胞応答と機能変化が生じているのか神経解剖学的な研究は皆無である。大脳新皮質や海馬に発現するエストロゲン受容体ERαとERβは、認知や情動など高次な精神活動の情報伝達を担うことが知られるが、その機序にBDNFとの共役作用が報告されている。脳疾患と密接な関連をもつBDNFは老齢ザル海馬では減少しており(Hayashi, 2001)、これが疾患の脆弱性基盤となる可能性は大きい。本研究では、女性更年期モデルとして老齢メスニホンザルをもちいて月経周期の加齢変化と、海馬体におけるエストロゲン受容体とBDNFの発現変化を明らかにした。
[方法] 統制群(10-13歳)と閉経周辺期群(24-26歳)の経時採血をおこないRIA法により血中FSH、LH、エストロゲンおよびプロゲステロン動態を調べた。また両群に加え、閉経後群(29-32歳)の海馬について免疫組織染色によりERα、ERβおよびBDNFの陽性構造を調べた。
[結果・考察] ERαはいずれの群においても海馬体での発現が認められなかった。ERβの陽性構造は核内ではなく細胞膜上に認められ、CA1、CA2多形細胞層、海馬台と嗅内野深層のPV陽性介在細胞に発現していた。また統制群と比べ閉経周辺期と閉経後群では海馬台と嗅内野でより高い発現が見られた。以上の結果から、サル海馬体において膜受容体ERβは非ゲノム性の抑制作用をもつこと、そして閉経に伴う末梢の低エストロゲンレベルに対して受容体のアップレギュレーションが生じ、その抑制作用が低下している可能性が示唆された。さらに本発表では、ERβを介したBDNF発現細胞の制御モデルを考え、老齢ザルのBDNF減少についても検討する。