主催: 日本霊長類学会・日本哺乳類学会大会
ニホンジカ(以下シカ)の保護管理においては,シカの採食による植生への影響が様々な方法で評価され,結果から管理目標が設定され,対策が進められてきた.しかしながら,これまでに各地で実施されてきた植生影響評価は,段階的な管理目標を設定しうる量的な評価ができているのだろうか?シカの保護管理において適切なスケールでの管理目標を設定しうるのだろうか?本シンポでは,植生への影響の評価,これに基づいた管理目標の設定,そして具体的な対策の実施に至るまでの一連のプロセスについて,質/量的な評価の在り方やスケーラビリティ等を軸に検討・意見交換をすすめる.
趣旨説明:安藤正規(岐阜大学)
1)シカによる植生への影響評価手法の比較
飯島勇人(山梨県森林総合研究所)
日本国内で実施されている,シカによる植生への影響を広域・複数人で評価する手法を比較した.評価には A4で 1~ 2枚程度の調査シートが用いられていた.調査者は研究者とそれ以外,評価対象は林冠木,稚樹,下層植生,シカの痕跡であった.林冠木や稚樹については剥皮の本数割合など,下層植生は被度など,シカの痕跡は糞や目撃などがよく用いられていた.研究者以外が調査者のシートは,調査項目数が少なく,種同定が必須ではなく,記述回答よりも選択回答が多い傾向にあった.発表では,これらの比較を通して今後のシカ影響評価の在り方について議論したい.
2)シカと森林の一体的管理を目指した総合対策技術開発 神奈川県丹沢山地の事例
鈴木透(酪農学園大学)
神奈川県丹沢山地ではシカの過密化による下層植生の劣化や土壌流出の拡大が長期にわたり問題となっている.この問題に対して,神奈川県では自然再生事業や水源林整備事業,シカ保護管理計画等の事業を連携させ,シカと森林の一体的管理を目指した施策を行ってきた.また,現在事業の中で蓄積された情報を集約し,効果的・効率的に施策を実行するための総合対策技術の開発を行っている.
本報告では総合対策技術開発の内,施策の意思決定支援における管理目標や対策効果の評価等の情報分析について紹介する.
3)森林生態系保全に向けたシカの密度管理における目標設定方法の一般化
岸本康誉・藤木大介(兵庫県立大学)
森林生態系保全のために県域でシカの個体群管理を進めるには,広域スケールでの植生と密度のモニタリングと,それらの関係解析により,管理の目標値を設定することが重要である.しかし,この方法に基づいた密度管理の目標設定が特定計画に記載されている県は,わずか 2県である.さらに,植生の状況と密度の関係を一般化するためには,履歴効果を含めた解析が必要となる.本講演では,兵庫県で得られたデータをもとに,森林生態系保全のためのシカの密度管理の目標設定手法を紹介するとともに,技術の普及方法についても議論したい.