対角毛づくろい(以下GHC)は,チンパンジーの社会的慣習の一つである。マハレでは,手のひら同士を合わせる「手のひら型」のGHCはK集団に特有であると報告されたが,その後,M集団においてもK集団から移籍したメス(GW)を含むダイアドで低頻度行なわれていることがわかった。本発表では,その後のM集団内におけるGHCの型の変化を分析した。タンザニア・マハレM集団のチンパンジーを対象に,2002年から2014年まで断続的に観察を行った。前半の6年間を第Ⅰ期(3,263.6時間),後半の7年間を第Ⅱ期(2,609.4時間)に分け,観察されたGHCを手のひら型,擬手のひら型,非手のひら型に分類した。66個体から全1,127例のGHCが観察された。第Ⅰ期から第Ⅱ期にかけて,GHCの頻度変化はほとんどなかったが,手のひら型の頻度は0.0049から0.0169(回/時)に,GHC全体に占める割合も2.1%から9.1%に増加した。手のひら型が観察されたのは第Ⅰ期には12個体12ダイアド,第Ⅱ期には15個体18ダイアドであり,いずれの個体/ダイアドでも必ず非手のひら型も観察された。手のひら型のダイアドのうちGWを含むのは6から2ダイアドに減少した。第Ⅰ期から第Ⅱ期にかけての手のひら型の割合の変化を調べたところ,GWまたはXTを含む12ダイアドのうち7ダイアドで手のひら型の増加が見られたのに対して,GWもXTも含まない17ダイアドでは手のひら型の増加は見られなかった。M集団では非手のひら型が依然優占型であるものの,手のひら型の占める割合や観察頻度は増大し,GWを含まないダイアドにも伝播している。しかし手のひら型を行う個体の集団内割合や,ダイアド間で手のひら型が全GHCに占める割合は短期間で劇的に増加したわけではない。M集団内での手のひら型の伝播経路は,最初期に型を持ち込んだGW,そして比較的早い段階で型を「受け入れた」XTと他個体との間の親和的関係性の強さとの相関を示唆するが,伝播現象自体はきわめて緩慢な変化としてしか観察されない。