抄録
【目的】健常者のリーチングの手の運動軌道は滑らかで直線的である.しかし,それを保証する姿勢制御を評価する指標である体幹重心移動量との関連性を検討した報告は少ない.本研究では,座位にてリーチングした際の手の運動軌道特性と,体幹重心移動量との関連性を検討した.
【方法】内容は本学の疫学倫理審査委員会の承認を得た.対象は健常男子学生12名(平均23.0歳,全例利き手右)であり,文書及び口頭にて説明し,同意を得た.測定には3次元動作解析装置(VICON612)を使用し,Sampling周波数は60Hzとした.マーカーは右橈骨茎状突起(手)と両側の肩峰・大転子に貼付した.課題は座位にて任意の速度で台上に設置された円柱の木片に手を伸ばし,掴むものとした.目標までの距離は最大リーチ距離に設定し,位置は肩峰の高さで方向の異なる3条件とした.方向は,右肩峰を通る矢状面にある前方条件,前方から左側へ30度の左方条件,前方から右側へ30度の右方条件とした.分析項目は手データより運動時間(MT,sec),移動距離(disHAND,mm),MTにおける手の移動速度の最大時点 (TPV,%),運動軌道の円滑性を示す指標としてNormalized Jerk Score(NJ),また直線性を示す指標としてRoot Mean Square Error(RMSE)を算出した.両変数は低値ほど,円滑性・直線性に優れると解釈される.また,課題開始から停止における頭部と上肢を含む体幹重心移動距離(disCOG,mm)を算出した.統計学的解析として全体および各条件で,手の運動軌道に関連する変数間と,それらとdisCOGとの関連性をPearsonの相関係数と,disHANDを制御変数とした偏相関係数を算出し検討した.有意水準は0.05とした.
【結果】全体の傾向では,NJとRMSE間で有意な相関を認め(r=0.67),両変数とTPV間で有意な相関を認めた(r=-0.62,-0.54).またNJとMT間と,RMSEとdisHAND間で有意な相関を認めた(r=0.64,0.66).disHANDで制御した場合,disCOGはNJとのみ有意な相関を認めた(r=0.46).前方では,全体の傾向とほぼ同様であった.左方では,NJとRMSE間で有意な相関を認めたが(r=0.90),他の変数との関連性は低かった.右方では,NJとRMSE間の関連性は低く,NJとMT間で有意な相関を認めた(r=0.71).また,RMSEとdisHAND間で有意な相関を認めたが(r=0.68),disHANDで制御するとRMSE とdisCOG間の関連性は低かった.
【考察】手の運動軌道特性として円滑性と直線性は相互に概ね関連しているが,円滑性は時間的変数と,直線性は空間的変数との関係性が高いと考えられた.また手の移動距離に関わらず,重心移動距離が大きい程,円滑性が低下する傾向が示唆された.リーチングのような合目的な時間的・空間的運動課題に対する評価の際,上肢関節や体幹等の運動学的分析に加え,運動軌道特性の測定が必要である.また運動時間や重心移動距離等を制御することで,リーチングに特異的な影響を操作できるかもしれない.